窓辺の君と煌めき

さかいさき

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5.玲瓏

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それからの3週間ほどは怒涛の日々だった。

あの日、室長に連れていかれたヒューゴが戻ってくると1枚の紙を手にしており、「読み取ったカードに模様を書き込むことになった」と告げられた時にはその場で卒倒しそうになったものだ。

週に2,3度ほどの休みを幾日か返上して作業に打ち込み、論理回路が完成。

そこから機巧開発部と再度実証試験を行い、昨日王城へ設置。そしてとうとう、残すは本日のお披露目を待つのみとなっていた。



夕方からの登城を前に、自身も招待客の1人として準備をすべく、待ち合わせの仕立て屋へと向かう。

機械の完成に追われる日々を送っていたが、当初の目的は碧の塔の職員が参加する交歓会に、機械を手土産として持ち込むことだ。

当然、カレンたちを含む論理回路応用室の面々も、お披露目の交歓会には招待されている。

貴族の家のものがほとんどの碧の塔だが、カレンやアリシアのように平民も少なくからず勤めている。そうした面々の為に、塔から特別に依頼された仕立て屋が、登城のための準備を整えてくれることになっていたのだ。


指定された場所まで、拾い馬車で向かうと、「貴族御用達」の評判通り、白いレンガ建ての豪奢なメゾンがそこにはあった。

場違いな自分に、ひどく落ち着かない気持ちになり、ついてもいない、スカートの皺を正してから、ドアノックを叩く。

内側から扉が開かれると、針子の1人と思われる女性が迎え入れてくれた。



白でまとめられた玄関を抜け、奥の作業室に通されると、そこには燦爛とした世界が広がっていた。

色ごとに区画わけされ飾られたドレスでいっぱいの部屋は夢のような空間だった。

キョロキョロとつい辺りを見回すカレンを気にする様子もなく、案内の針子はさらに奥へと向かう。



開けた続きの間へ足を踏み入れると、トルソーに着せられたシルバーのドレスが煌めきを放っていた。







◇◇◇





通された部屋で、あっという間に着替えをされたカレンは、そのキラキラとしたドレスに心を奪われ、鏡から目が離せなくなっていた。肩口から首元までレースで飾られたそれは、腰のあたりまでを灰の布に銀の糸で刺繍が施されている。ウェストから足首までを覆うきらきらとしたチュールは幾重にも重ねられているが、不思議とシルエットは広がらず、ストンとした上品な仕上がリになっていた。


作業に追われ、自身でドレスを準備する間もない彼女の姿や印象を、仕立て屋に伝えてお任せで用意してもらったドレスであったが、彼女の為に作られたかのように、魅力を引き立てるものとなっていた。


控えていたお針子たちが、細かなサイズの直しをすると、慌ただしく、ドレッサーへの着席を促される。

今度は髪型の準備が始まると、針子たちは次の客の着付けに駆けていった。


長い髪をてきぱきと編み上げられ、ドレスと揃いの細いレースをカチューシャのように巻かれる。

代わる代わる現れる女性にされるがままになれば、ヘアメイクが整い、仕上げの確認に全身鏡の前に立たされると、中には輝く灰銀の乙女が映っていた。

元より高い身長を、ヒールのある靴でさらに伸ばし、転ばぬよう針子に支えられながら玄関へと戻ると、大人っぽさを全面に打ち出したカレンとは対照的に「かわいらしい」を体現するアリシアが待っていた。


光沢のある濃い萌黄色の布地であつらえられたドレスはひざ丈ほどで、裾が大きく広がっている。腰のあたりにつけられたリボンがかわいらしい。スクープネックの首元のおかげか、幼くなり過ぎず、色の印象も合わさり、まさに春の妖精といった容貌になっていた。


プロによって仕立てられた普段とは異なるお互いの装いに、興奮を隠しきれない様子で言葉を掛け合い、小さく声をあげて笑いあう。

逸る気持ちを必死に押さえつけ、手を取り合って外へ向かうと、傾き始めた陽を背景に4頭立ての大きな馬車が待っている。

扉の前に控えた御者がこちらに気が付き、頭を下げる。

ゆっくりと馬車へ向かう間、自分が姫にでもなったかのような心地になんとも言えない高揚を感じた。






◇◇◇



案内された広間はまさにおとぎ話の世界だった。

城の入り口からそう遠くない広間に通された、カレンとアリシアはキョロキョロと見て回りたい気持ちを抑え、先に到着している男性陣の元へと大人しく連れていかれる。


王城と言っても、今回の交歓会の会場は執務区画におかれた広間であった。

平民を含む職員が招待されるようなこの会は当然正式な夜会とは趣が異なる。王族である第二王子殿下や、主要な貴族の出席も予定されていたが、ある種お祭りのようなものであった。

過去に争いの歴史もないイリヤでは、王族との距離はそう遠くない。警備のものこそあれど、時に町へ直接視察に訪れることもあり、民にとって親しみ深い存在であった。

イリヤが平和というのは、ひとえに魔女の加護のおかげであったが、その事実を知る者は少ない。周辺の国からは王族や貴族と平民の間にほとんど隔たりがないことには驚かれるばかりであった。




トラヴィスたちと合流すると、ブレットの姿がない。

登城してすぐ、彼らに挨拶したブレットは、「家の付き合いで挨拶して回る必要がある」と去っていったそうだ。

すかさず、ヒューゴは良いのかと聞けば、「それよりもこっちのほうが大切でしょ」と眉を顰められた。

トラヴィス、ヒューゴのほかに、今日まで結局1度しか会わなかった室長の姿がある。挨拶はしたが、この数週間の苦労を思うと恨めしい気持ちを視線に込めてしまった。

2度目の対面だとか、今は綺麗に着飾った場だとか、すべてを忘れて毒づいてやらないと気が済まない。

口を開きかけたところ、室長の肩越しにいつかの煌めきを見つけ、出かかった罵倒を飲み込み、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。





昼寝の彼がいる。

その事実にカレンの直前までの怒りは彼方へ飛んで行った




「綺麗に化けたなぁ」


呆けるカレンに今が好機をとらえたトラヴィスが、話題をそらすように話しかける。

あまり褒められていない表現ではあったが、そんなことも気にならなくなってしまった。

光に奪われた視線を無理やりトラヴィスに向けてにこりと微笑む。

ストライプの入った黒の揃えに、鍛えられた体躯をおさめた彼は、なだめるような声色でカレンを褒め続ける。

隣のアリシアは濃い鳶色のスリーピースに身を包んだヒューゴの前で、何を言われたのか耳まで赤く染めていた。




今回の交歓会では夜会のようなダンスはなく、パートナーを連れ立つ必要がない。

普段の職務への労いが中心であり、各々食事や歓談を楽しむ庶民の宴会に近い催しであった。


機巧開発部が昨日のうちに設置した、入室記録器の評判は上々だそうだ。

それもこれも、あの日ヒューゴが持ち帰ってきた「カードに模様を書き込む」仕組みのおかげだった。


招待状に同封されたカードには、招待客それぞれの為に、デザインされた文様や絵があしらわれ、機械で読み取られると、さらなる模様と日付が書き込まれるといった仕組みになっている。

機械から書き出される模様は同じなのに、それぞれ異なる元のデザインが組み合わさると、違った模様の様に見えてくる。そんなカードが招待客達の興味をひき、お披露目の場にふさわしい盛り上がりをみせていた。



広間に点々とした人々がカードを見せ合っている姿に、数日間の苦しみが報われたような気持ちになる。

そうして昼寝の彼から意識が逸れた頃、当の彼が見知らぬ男性の後ろについて、こちらへと近づいてきていた。



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