3 / 12
3.煌めき
しおりを挟む「こうした誤読の調査って本当にうちの管轄なのかしら?読み取り部は「機巧開発部」が担当されているんでしょう?」
「うちは肩身が狭いからね」
すっかり馴染んだカレンが思わずこぼせば、背を丸めて机に向かっていたヒューゴが顔を上げてあきれた様子で息を吐いた。
入庁から1週間。
初日に教わった試験の障害フォローも毎日続ければ慣れたものだった。
ランプが灯ったら、回収に向かい、原因調査をしては対応部署の仕分け。
論理回路に問題があれば、トラヴィスに報告を上げて判断を仰ぐ。
障害原因は初日のような読み取り不良から、特殊な綴りの暗号解読失敗まで多岐にわたった。
原因の解明・報告の都度、担当部署が修正を施し、少しずつランプの灯る回数も減ってきてはいたが、それでもまだ日に2,3度は呼び声が上がる、といった状況だった。
「読み取り口にカードの向きがわかる印をつける」「受付係に判を配布し、手書き部分を排除する」等のわずかな改善でも、目に見えて呼び出し回数が減ることに、うっすらとした達成感を覚え始めたある日。ふと我に返ったカレンがこぼしたのが冒頭の言であった。
「肩身が狭いってどういうことでしょうか?」
「そのままの意味だよ。うちは人数が少ないし、半分平民だからね。他部署の貴族様に色々押し付けられるのさ」
うんざりとした顔つきで続けるヒューゴの意図が読み切れず、すっかり通訳係となったアリシアに視線を向ければ、彼女にしては珍しく困ったような表情を浮かべていた。
「他の部署は貴族の方が中心で、研究熱心な方が多いのよ」
「つまり?」
「雑用はやりたがらないの」
曰く、他部署で扱っている分野はある程度素養の必要なものがおおく、学園に通い、特定の分野に秀でた貴族の方が、卒業後も続けて研究をするために就業することが多いらしい。
ハノンビアス王国では、確かに学園に通うのは貴族の方が多い。
特に入学に制限があるわけではないが、日常に必要な知識は学園に通わなくても学ぶことができるためだ。国内各地にある教会には、図書館が併設されており、そこで教師が読み書きや計算といった最低限必要な知識を講義してくれている。
周辺に住む子供たちは、その講義に集まって、ある程度の知識を身に着けると、家業の手伝いや、働きに出ることが多い。「学びたい」という意欲のある者だけが、「お金を払って」通う場所が「学園」なのである。
すると必然的に「学園」に通うのは、すぐに働きに出る必要がなく、ある程度の教養が必要となる貴族が多くなる。
そうして学んだ学問をさらに究めたい、と考える者が就職する碧の塔では、貴族の割合が増えるのも当然であった。
平民で学園に通うものは少数派だが全くのゼロというわけではない。すぐに働きに出なくても生活に困らない家の者や、貴族とのやり取りが多い商家の者が入学することが多く、全体の2割程度といったところだ。かくいうカレンは前者に当てはまり、学園を卒業している。
曾祖父が武勲を立てたとかで、士爵を賜っていたという過去があり、祖父の代からは平民であったものの、生活に困窮するほどの家ではなかったためだ。「勉学に励むことで得られるものもあるだろう」という父の勧めもあって、学園に通った彼女は、15の頃から4年間学園に通い、その後1年間、職業訓練校で技師になるための知識を身に着けてから働きに出ている。
論理回路応用室は、「論理回路」自体が研究色も薄いためか、学園卒業後の進路としてはあまり選ばれない。しかも、扱いやすい分野であり、市井にもその技術が広がっているため、学園で特別な学びを得た者だけでなく、多くの者が触れることが出来る。故にここの職員は平民が半分なのだそうだ。
「てっきりブレット君だけだと思っていたら、ここも半分は貴族の方なのね」
「あー…僕と室長が一応、ね」
「あら。態度を改めるべきかしら」
「やめてよ、気持ち悪い」
眉を寄せて、認めたくなさそうに声を上げたヒューゴに、軽口を叩きながら、この1週間1度もお会い出来ていない室長に関する心のメモに「貴族の方である」と書き加える。
そっけないヒューゴであるが、この1週間でずいぶんと仲良くなれたような気がしていた。なんでもアリシア任せにするところは変わらないが、それはきっと彼の性分なのだろう。
「植物園に近いところがいい」とか「誰も来ない塔の奥が良い」とか「日当たりの良い場所は嫌だ」等々、様々な理由で他部署から拒否され、余りものとなってしまった結果、貴族が少なく意見の通りづらい論理回路応用室が収まったのが、この日当たりがよく、塔の玄関に近い部屋なのだそうだ。
人数が少ないのは狭い部屋を宛てがわれた所為で、席の確保が難しいからとのこと。こちらは部屋を見渡せば十分に納得できる理由であった。
入口に近いのは、行き帰りが楽だし、日当たりが良いのも、窓から差す陽気が心地よく、良いところばかりである。
狭いところは玉に瑕だけれど、などと考えながら噂の日差しの差し込む大きな窓から裏庭に視線を向けると、視界の端で何かが煌めいた。
気のせいかと思いなおし、光のほうへと視線を向けると、さらに2,3度何かが瞬く。
よくよく目を凝らしてみると、庭のベンチにかけられた上着のカフスが太陽に反射しているようであった。
上着の持ち主はきっとベンチに横たわっている彼であろう。
シルバーの髪を後ろになでつけ、袖をまくった腕を頭の下に敷いて横たわる男性は、体格もよく、二人掛けのベンチから半分以上足がはみ出していた。
シャツの裾はしっかりと折り目のついたパンツに収められ、くつろいだ体制とは裏腹に窮屈そうである。足元はこちらからは見えないが、きっとピカピカに磨かれた革靴を履いているのだろう。
無造作に捲り上げられた袖とベンチに横たわるという暴挙に目をつむれば、きちんとした身なりをした、それなりの身分の男性のように見えた。
燦々と照る太陽に惜しげもなく捧げられた、陶器のような肌に、見ているこちらが日焼けを心配してしまう。
どこか落ち着かない気持ちになったカレンは、眩しい彼の姿からしばらく目が離せなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。
あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!?
ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど
ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。
※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
竜帝は番に愛を乞う
浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿の両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる