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程なく、騎士学校の建物が見えてきて、王城程の規模はないが、広い敷地に由緒ありそうなツタの絡まった壁の向こうに聳える校舎に、ごくりと唾を飲み込んだ。
持ってた書類束は手に持ったままだったが。

護衛騎士に守られた馬車で、校門を抜け、寮まで直接乗って行けた。勿論、校門を開けてもらうのに、入学許可証と家柄証明書を見せましたけど。マークが。
荷物はさほどなかったので、御者と護衛の皆があっという間に運んでくれたのだった。これから、背も伸びて筋肉もついたら、護衛の皆さんの手も煩わせないのにと思いながら、お礼を言って王都の別邸に帰ってもらった。

「さて、ざっと校内を案内しますね」
「よろしく」
荷解きの前にマークに言われて、俺は後について行くことにした。やっと書類束は机に置けた。

男子寮を出てから、中庭の先に校舎があって、校舎を隔てた先に女子寮があると言われたが、用もなく女子寮に行く訳にはいかないので、そちらには行かないことにした。

「昔は女子寮がなくて、エレアーナ様は教員棟から通ってらしたとか。エレアーナ様が首席で卒業されて近衛騎士になられてから、女子の入学希望が増えたんで、女子寮を作ったらしいすっよ」
姉上~!
エレン姉上のフルネームはエレアーナだ。エレンは愛称なので家族しか呼ばない。
姉上は何故か男性より女性にモテる。婚期を逃したのも、それもあると思うけど、本人には言えない。

「女子寮は男子寮より小さいから監視もし易いんすよ? 侵入は無理ですから」
「いや、そんな気、全くないよ?」

マークに注意みたいに言われて、心外だと返すと、面白がる顔で更に言われた。
「お茶に誘われたら訪問は許されますが、二時間以上の滞在は許されません。訪問中はドアは開けっ放しにするのがルールっす。怪しいことが出来ないように」
「だから、行きません」

「一応、ルールは知っておいた方がいいすよ」
知らなくていいルールだとは思ったが、頷いてはおいた。

「食堂は、校舎の一階にあります。まあ、味より量って感じっすね。シェフを雇って自室やサロンで食べるのもアリっす。商店街で食べるのもアリで、基本校内で何でもまかなえるように、理髪店、洋服店、防具店、武器屋、何でも屋、菓子屋、カフェ、などなど小規模ですが入ってます。商店街は、校舎と正門の間の辺りに建てれてるんで、そっちはちゃんと案内しますね」
「よろしくお願いします」

領都も城下はかなり賑わっていたけど、あんまり外出させてもらえなかったから、買い食いとかできるの楽しみだなと、自然に顔がほころんでしまう。
お小遣いも少しは持ってるし。

いざとなったら、姉上に借りよう!
うん。絶対利子取るだろうけど。

楽しい妄想をしながら、校舎ほの横を抜けて商店街に向かっていると、校舎の陰から物音が聞こえた。
「フィリッツ様?」
「ちょっと待って……」
今、何か音が聞こえたと忍び寄ると……

「……自分の立場が分かっているのか?」
「…………」
「このっ……」

言い争ってるというより、一方的に大柄な方が激昂していて、手を振り上げたのが見えた。小柄と言っても俺よりは大きい金髪のその色が目に入った途端、俺は駆け出していた。

「アル?! アル!! 久しぶりだねっっ」
輝くような金糸の髪と深い蒼い瞳をしたアルは、抱き付いてきた俺を見て、驚いた顔を浮かべたが、直ぐに元の無表情に戻った。

「貴様っ……」
アルに抱き付いた拍子に、邪魔だったので俺に突き飛ばされた大柄な男が、起き上がって土を払いながら俺を睨んできたが無視した。

「アル! 会いたかった」
「……知らないな。馴れ馴れしくしないでもらいたい」
無表情を装って、冷たい言葉を吐くアルが、俺にはとても痛々しく見えた。そう、足に棘の刺さってしまった馬と同じ顔だと思った。

「ごめん! 俺、力入れ過ぎてたね。アルと会えたのが嬉しくて。アルは普通の学校に行ってると思ってたから、会えるなんて思わなくて」
「……迷惑だ。上級生に対する礼儀を弁えたらどうだ?」
「うんうん。分かった。アル以外の人には、気をつけるって」


「お前、一年生か?! この俺を誰だと思ってる?」
大柄の体を嵩にきて威圧してきた上級生らしい男に俺は首を傾げた。
「うーん……知らないな? 誰?」

「俺はシリ・キレ・デール! デール公爵家の三男だ!」
「え?  ……尻切れてる公爵?!」
俺が転生してなかったら、畏まったかも知れないけど、あんまりな名前に笑わないではいられなかった。
「シリキレ……ぶはーっ! あははは……お腹痛いっ……ははっ……」
「笑うな! 何が可笑しいんだ?!」
「あははは……だって! シリキレなんて!」

俺があんまりにも爆笑してるので、そいつは涙目になっていた。謝りたいけど、笑いが止まらない。
「このっ  失礼な新入生めっ! 覚えていろっ」
暴力に訴えてきたら手加減しようとは思ったけど、立ち去ったので、ほっとした。


「……いつまでそうしてるつもりだ?」
「あはは……だって、面白過ぎて……お腹痛い」
「公爵家を敵に回して、やっていけると思っているのか? あいつの兄は王国軍の将軍だぞ」
アルは心配そうな瞳で言うと、俺の手を振り払って歩き去った。
笑いが収まらないので追いかけられなかったけど、同じ学校にいると知れただけで、胸が一杯だった。

「はあ……フィリッツ様。あいつ、一応公爵家ですよ? 兄の権力を嵩にきてやりたい放題みたいっすけど」
「うーん……剣の腕は大したことなさそうだし。うちは姉が王妃様の護衛だから……権力はないかな?」
マークも一応とか言っちゃってるし、俺もあんまり心配はしていない。いざとなったら領地に戻ればいいかなくらいに思ってる。
兄や姉に遠く及ばないからこそ、相手の力量は足捌きとかで何となく分かる。あんな男のことは、どうでもいい。

そんなことより、王都に来たかったのは、アルに会いたかったからで……

アルが、ずっと会いたかったアルがここにいる。
それだけで嬉しくて、たまらなかった。




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