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領内に秋風が吹き始めて、凍てつく冬の訪れを予感するような夕暮れ時に、屈強な辺境伯騎士団が護衛して王都からやって来た、やせっぽちの少年。それが、アルだった。
母親を恋しがって泣くアルを母上が泣き疲れて眠るまで抱きしめていたけど、夜中に目覚めてまた泣き出して、ちょうどトイレに立って、自分の部屋に戻ろうとしている時にアルのすすり泣く声に気が付いて、俺は放っておけなくてアルのいる客間に入り込んだ。
「だ、だれ? ……ひっく……」
「俺、フィリッツ……フィルだよ。えっと、お前、俺の幼馴染に似てるなって……」
今思えば、七つやそこらの子供の言う言葉じゃなかったけど、泣いているアルに気にした様子はなかった。
そう、前世の幼馴染も目が溶けるんじゃないかってくらい泣いてる時に出会ったんだ。あいつにしたように、俺は、あいつのベッドに潜り込むと抱きしめた。
額に口づけて、子守唄を歌ってやる。自分自身も眠かったからか前世の言葉で歌ってしまったのに、それが気に入ったのか、それからは毎晩子守唄を歌ってくれって頼まれて、アルが王都に帰るその日まで歌っていた。
子守歌を歌いながら一緒に寝てしまってから、アルはすっかり俺に懐いてしまってどこへ行くのも、叱られるのも一緒。
アルの方が年上だって知った時は、アルが小さくて痩せっぽち過ぎてそうは見えないことに奮起して、アルを育てなきゃって、食事に気を配っていたら、我が家の食事に前世メニューが加わってしまったのだった。カレーは無理だったけど、ハンバーグは何とか……。俺が作ったんじゃないんだけどな。平凡な高校生に出来ることなんて、ホントたかが知れてる。
そうして、一面の雪景色の中も、花々が咲き乱れる春の草原も、汗だくになって走り回った夏も、ずっと一緒に過ごすうちに、アルは痩せっぽちじゃなくて、魔物狩りについて行けるくらいの貴族の子供らしく成長した。
王都の貴族は騎士団でもない限り魔物狩りなんてしないと知ったのは、つい最近だ。辺境では、当たり前の事だったから、王都で、気安く魔物狩りに誘ったらいけないらしい。いい小遣い稼ぎになるのに残念だ。
「フィル……ずっと一緒にいてね」
アルは俺にそう言ったけど、母上と親友だというアルのお母さんが倒れたという使者がやって来て、使者に連れられて王都に帰ってしまった。
だから、一緒にいられたのは二年と少しだった。
王都に行けばアルと再会できる。
それが、嬉しくてたまらない。馬車の揺れも気にならないくらい俺は楽しい夢を見ていた。
きっと、俺に会えたと喜んでくれる。そして、会えなかった間の話をするんだと。
「フィリッツ! もう直ぐ村に着く。よだれを拭きなさい」
姉上に肩を揺すられて、目をあけると、頬がよだれで濡れていた。恥ずかしさに、袖口で拭いながら、最初の宿泊地に到着したのだと知った。殆ど馬車の中で寝てしまっていたらしい。
昨夜、父上の側室の一人が十一番目の兄弟を生むのが難産で、俺まで付いてなくていいと、自室に戻されたが、心配で中々眠れなかったのだ。
父上には母上の他に三人の側室がいるのだが、側室達は皆、母上を慕って姉妹のように仲が良いので、兄弟達も分け隔てなく育っている。
だから、母上が皆の母で、側室の方達も兄弟姉妹といった感覚で一緒に領都の城で暮らしているのだ。名前は城だが、城塞都市とか、前線基地って名のがふさわしい華美さの一切ない機能性重視の城なので、見た目は無骨だが、大変住みやすい。トイレは水洗だし、風呂にも毎日入れる。
転生先が、一応貴族で城持ちの親で良かったと、口にはしないが、めちゃ感謝しているのだ。兄弟はちょっと多いが、仲良く暮らしてるし。
元気な弟が一人増えたことだし、騎士学校を優秀な成績で卒業して、立派な騎士になって尊敬されたいとか、ちょっとは思った。うん。何しろ、長男を始めとして、立派な騎士がゴロゴロしているので、その野望には無理があったと、直ぐに心の中で撤回したが。
「ふあ~っ 姉上はずっと起きてたんですか?」
「流石に、少しは眠った。昨夜は無事、義弟の誕生を祝ったからな」
姉上の言葉に、安心したのだった。近衛騎士の姉上でも、やっぱり不眠不休は無理だったのだと。
「何しろ、お前は私が剣を捧げた主ではないからな」
あ、やっぱり。俺だから気を抜いたんですね。
姉上の言葉に納得して、馬車から降りた。
夢の余韻に、頬を緩めていたら、背後から伸びた姉上の手が俺の頭を乱暴にかき回した。
「お前の行動は辺境伯家の威信を背負っているということを忘れるなよ?」
「……はい」
春の宵を一陣の風が吹き抜けた。
俺は王都の方角に視線を向けて、ぐっと手を握った。
どんな騎士だっていい。俺は、あいつの元気な顔さえ見られればいいのだと。
母親を恋しがって泣くアルを母上が泣き疲れて眠るまで抱きしめていたけど、夜中に目覚めてまた泣き出して、ちょうどトイレに立って、自分の部屋に戻ろうとしている時にアルのすすり泣く声に気が付いて、俺は放っておけなくてアルのいる客間に入り込んだ。
「だ、だれ? ……ひっく……」
「俺、フィリッツ……フィルだよ。えっと、お前、俺の幼馴染に似てるなって……」
今思えば、七つやそこらの子供の言う言葉じゃなかったけど、泣いているアルに気にした様子はなかった。
そう、前世の幼馴染も目が溶けるんじゃないかってくらい泣いてる時に出会ったんだ。あいつにしたように、俺は、あいつのベッドに潜り込むと抱きしめた。
額に口づけて、子守唄を歌ってやる。自分自身も眠かったからか前世の言葉で歌ってしまったのに、それが気に入ったのか、それからは毎晩子守唄を歌ってくれって頼まれて、アルが王都に帰るその日まで歌っていた。
子守歌を歌いながら一緒に寝てしまってから、アルはすっかり俺に懐いてしまってどこへ行くのも、叱られるのも一緒。
アルの方が年上だって知った時は、アルが小さくて痩せっぽち過ぎてそうは見えないことに奮起して、アルを育てなきゃって、食事に気を配っていたら、我が家の食事に前世メニューが加わってしまったのだった。カレーは無理だったけど、ハンバーグは何とか……。俺が作ったんじゃないんだけどな。平凡な高校生に出来ることなんて、ホントたかが知れてる。
そうして、一面の雪景色の中も、花々が咲き乱れる春の草原も、汗だくになって走り回った夏も、ずっと一緒に過ごすうちに、アルは痩せっぽちじゃなくて、魔物狩りについて行けるくらいの貴族の子供らしく成長した。
王都の貴族は騎士団でもない限り魔物狩りなんてしないと知ったのは、つい最近だ。辺境では、当たり前の事だったから、王都で、気安く魔物狩りに誘ったらいけないらしい。いい小遣い稼ぎになるのに残念だ。
「フィル……ずっと一緒にいてね」
アルは俺にそう言ったけど、母上と親友だというアルのお母さんが倒れたという使者がやって来て、使者に連れられて王都に帰ってしまった。
だから、一緒にいられたのは二年と少しだった。
王都に行けばアルと再会できる。
それが、嬉しくてたまらない。馬車の揺れも気にならないくらい俺は楽しい夢を見ていた。
きっと、俺に会えたと喜んでくれる。そして、会えなかった間の話をするんだと。
「フィリッツ! もう直ぐ村に着く。よだれを拭きなさい」
姉上に肩を揺すられて、目をあけると、頬がよだれで濡れていた。恥ずかしさに、袖口で拭いながら、最初の宿泊地に到着したのだと知った。殆ど馬車の中で寝てしまっていたらしい。
昨夜、父上の側室の一人が十一番目の兄弟を生むのが難産で、俺まで付いてなくていいと、自室に戻されたが、心配で中々眠れなかったのだ。
父上には母上の他に三人の側室がいるのだが、側室達は皆、母上を慕って姉妹のように仲が良いので、兄弟達も分け隔てなく育っている。
だから、母上が皆の母で、側室の方達も兄弟姉妹といった感覚で一緒に領都の城で暮らしているのだ。名前は城だが、城塞都市とか、前線基地って名のがふさわしい華美さの一切ない機能性重視の城なので、見た目は無骨だが、大変住みやすい。トイレは水洗だし、風呂にも毎日入れる。
転生先が、一応貴族で城持ちの親で良かったと、口にはしないが、めちゃ感謝しているのだ。兄弟はちょっと多いが、仲良く暮らしてるし。
元気な弟が一人増えたことだし、騎士学校を優秀な成績で卒業して、立派な騎士になって尊敬されたいとか、ちょっとは思った。うん。何しろ、長男を始めとして、立派な騎士がゴロゴロしているので、その野望には無理があったと、直ぐに心の中で撤回したが。
「ふあ~っ 姉上はずっと起きてたんですか?」
「流石に、少しは眠った。昨夜は無事、義弟の誕生を祝ったからな」
姉上の言葉に、安心したのだった。近衛騎士の姉上でも、やっぱり不眠不休は無理だったのだと。
「何しろ、お前は私が剣を捧げた主ではないからな」
あ、やっぱり。俺だから気を抜いたんですね。
姉上の言葉に納得して、馬車から降りた。
夢の余韻に、頬を緩めていたら、背後から伸びた姉上の手が俺の頭を乱暴にかき回した。
「お前の行動は辺境伯家の威信を背負っているということを忘れるなよ?」
「……はい」
春の宵を一陣の風が吹き抜けた。
俺は王都の方角に視線を向けて、ぐっと手を握った。
どんな騎士だっていい。俺は、あいつの元気な顔さえ見られればいいのだと。
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