幼馴染が大好きって言いたいけど言えない異世界転生

りつ

文字の大きさ
上 下
2 / 7

しおりを挟む
領内に秋風が吹き始めて、凍てつく冬の訪れを予感するような夕暮れ時に、屈強な辺境伯騎士団が護衛して王都からやって来た、やせっぽちの少年。それが、アルだった。

母親を恋しがって泣くアルを母上が泣き疲れて眠るまで抱きしめていたけど、夜中に目覚めてまた泣き出して、ちょうどトイレに立って、自分の部屋に戻ろうとしている時にアルのすすり泣く声に気が付いて、俺は放っておけなくてアルのいる客間に入り込んだ。

「だ、だれ? ……ひっく……」
「俺、フィリッツ……フィルだよ。えっと、お前、俺の幼馴染に似てるなって……」

今思えば、七つやそこらの子供の言う言葉じゃなかったけど、泣いているアルに気にした様子はなかった。

そう、前世の幼馴染も目が溶けるんじゃないかってくらい泣いてる時に出会ったんだ。あいつにしたように、俺は、あいつのベッドに潜り込むと抱きしめた。

額に口づけて、子守唄を歌ってやる。自分自身も眠かったからか前世の言葉で歌ってしまったのに、それが気に入ったのか、それからは毎晩子守唄を歌ってくれって頼まれて、アルが王都に帰るその日まで歌っていた。

子守歌を歌いながら一緒に寝てしまってから、アルはすっかり俺に懐いてしまってどこへ行くのも、叱られるのも一緒。

アルの方が年上だって知った時は、アルが小さくて痩せっぽち過ぎてそうは見えないことに奮起して、アルを育てなきゃって、食事に気を配っていたら、我が家の食事に前世メニューが加わってしまったのだった。カレーは無理だったけど、ハンバーグは何とか……。俺が作ったんじゃないんだけどな。平凡な高校生に出来ることなんて、ホントたかが知れてる。

そうして、一面の雪景色の中も、花々が咲き乱れる春の草原も、汗だくになって走り回った夏も、ずっと一緒に過ごすうちに、アルは痩せっぽちじゃなくて、魔物狩りについて行けるくらいの貴族の子供らしく成長した。

王都の貴族は騎士団でもない限り魔物狩りなんてしないと知ったのは、つい最近だ。辺境では、当たり前の事だったから、王都で、気安く魔物狩りに誘ったらいけないらしい。いい小遣い稼ぎになるのに残念だ。

「フィル……ずっと一緒にいてね」
アルは俺にそう言ったけど、母上と親友だというアルのお母さんが倒れたという使者がやって来て、使者に連れられて王都に帰ってしまった。
だから、一緒にいられたのは二年と少しだった。

王都に行けばアルと再会できる。

それが、嬉しくてたまらない。馬車の揺れも気にならないくらい俺は楽しい夢を見ていた。

きっと、俺に会えたと喜んでくれる。そして、会えなかった間の話をするんだと。


「フィリッツ! もう直ぐ村に着く。よだれを拭きなさい」
姉上に肩を揺すられて、目をあけると、頬がよだれで濡れていた。恥ずかしさに、袖口で拭いながら、最初の宿泊地に到着したのだと知った。殆ど馬車の中で寝てしまっていたらしい。

昨夜、父上の側室の一人が十一番目の兄弟を生むのが難産で、俺まで付いてなくていいと、自室に戻されたが、心配で中々眠れなかったのだ。

父上には母上の他に三人の側室がいるのだが、側室達は皆、母上を慕って姉妹のように仲が良いので、兄弟達も分け隔てなく育っている。

だから、母上が皆の母で、側室の方達も兄弟姉妹といった感覚で一緒に領都の城で暮らしているのだ。名前は城だが、城塞都市とか、前線基地って名のがふさわしい華美さの一切ない機能性重視の城なので、見た目は無骨だが、大変住みやすい。トイレは水洗だし、風呂にも毎日入れる。

転生先が、一応貴族で城持ちの親で良かったと、口にはしないが、めちゃ感謝しているのだ。兄弟はちょっと多いが、仲良く暮らしてるし。

元気な弟が一人増えたことだし、騎士学校を優秀な成績で卒業して、立派な騎士になって尊敬されたいとか、ちょっとは思った。うん。何しろ、長男を始めとして、立派な騎士がゴロゴロしているので、その野望には無理があったと、直ぐに心の中で撤回したが。

「ふあ~っ 姉上はずっと起きてたんですか?」
「流石に、少しは眠った。昨夜は無事、義弟の誕生を祝ったからな」
姉上の言葉に、安心したのだった。近衛騎士の姉上でも、やっぱり不眠不休は無理だったのだと。
「何しろ、お前は私が剣を捧げた主ではないからな」
あ、やっぱり。俺だから気を抜いたんですね。

姉上の言葉に納得して、馬車から降りた。
夢の余韻に、頬を緩めていたら、背後から伸びた姉上の手が俺の頭を乱暴にかき回した。
「お前の行動は辺境伯家の威信を背負っているということを忘れるなよ?」
「……はい」

春の宵を一陣の風が吹き抜けた。
俺は王都の方角に視線を向けて、ぐっと手を握った。
どんな騎士だっていい。俺は、あいつの元気な顔さえ見られればいいのだと。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したらめちゃくちゃ嫌われてたけどMなので毎日楽しい

やこにく
BL
「穢らわしい!」「近づくな、この野郎!」「気持ち悪い」 異世界に転生したら、忌み人といわれて毎日罵られる有野 郁 (ありの ゆう)。 しかし、Mだから心無い言葉に興奮している! (美形に罵られるの・・・良い!) 美形だらけの異世界で忌み人として罵られ、冷たく扱われても逆に嬉しい主人公の話。騎士団が(嫌々)引き取 ることになるが、そこでも嫌われを悦ぶ。 主人公受け。攻めはちゃんとでてきます。(固定CPです) ドMな嫌われ異世界人受け×冷酷な副騎士団長攻めです。 初心者ですが、暖かく応援していただけると嬉しいです。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...