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一点の曇りもない青空を見上げながら草の上に寝転んで、この空は王都まで続いているんだなと俺は、幼い頃にこの辺境の地に転地療養にやって来た少年の面影を思い浮かべた。

キラキラと陽の光を弾くブロンドに深い湖を思わせる碧の瞳をした、痩せこけた小柄な少年は、一緒に季節を過ごすうちにどんどん逞しくなって、別れ際には背も抜かれていたなと。あれから、手紙のやり取りを何度かしただけで、会えずじまいだったあいつは元気でやっているだろうか?

王都の騎士学校に行くことを手紙に書いて送ったけど、返事は来ていなかった。
ま、いいか。王都に行けば会えるだろうと、気楽に考えると体を起こした。服に付いた草を叩き落としながら、屋敷に向かって歩いていると息を切らしてこちらにやって来る人影があった。

「フィリッツぼっちゃま! 出立のお時間です。御捜し致しました」
「ごめん! 」

俺は家令のガス爺やに両手を合わせて拝むように誤った。爺やは溜息を吐くと苦笑を浮かべた。
「ぼっちゃまは、少しも緊張もなさってないご様子で、安心致しました。どうか、王都に行かれてもお健やかに」
「うん……姉上もいるし、三兄だって王都にはよく行ってるだろ? 大丈夫だって。爺こそ体に気を付けてくれ」
「はい。お帰りをお待ち申し上げております」

ガス爺やが、学校を卒業した俺が、王家の騎士団には入らず実家の騎士団に入るものと思っているのを、俺は否定しなかった。長兄も次兄も四兄も皆、騎士学校を卒業後は実家に帰って来ているからだ。三兄は騎士学校ではなく大学に通って、七面倒くさい税金の書類や帳簿の管理など学んで、領地の財政を取り仕切っているので、色々な手続きの為に上京すること多い。

今は嫁いでいない姉達も行儀見習いに王宮に行っていたらしいので、俺だけが王都に行ったことがない。これから行くのだし、問題はないなと、爺やの歩調に合わせて屋敷まで戻って、中には入らずに爺やと別れて正門に向かった。そして屋敷の門前で待つ馬車のドアを開けて入ろうとしたら、先に馬車に乗って待っていた長姉に拳骨を落とされた。

「遅い!」
「痛っ……姉上……痛いですっ」

涙目で抗議すると、姉は美しい顔に怒気を浮かべて睨んだ。
「時間も守れないようでは、騎士学校でやっていけないぞ」
「い、以後気を付けますっ。はい」

俺がペコペコと頭を下げると、エレン姉上は呆れたように腕を組むと、早く乗れとばかりに奥に腰掛け直したので、俺は慌てて乗り込んだ。俺が長姉の隣に乗り込んだのを確認すると、御者は馬に鞭を当てて馬車を走らせる。すると、馬車を囲むように馬に乗って待機していた騎士達も併走するように馬を走らせるのだった。俺の父のデルテ辺境伯の持つ辺境伯騎士団の中から、王都まで護衛する騎士が編成されていたらしい。王都までは、急げば3日で行けるらしいが、余程のことがない限りは大体、5日くらいの旅になると聞いていた。

「エレン姉上、俺も姉上も馬に乗って5日くらいどってことないのに、何で馬車?」
「色々と荷物があるし、宿のある街に泊まれない時に、野宿はしたくない。以上だ」

簡潔に理由を述べる姉上は、長いプラチナブロンドの髪を一つに結わいて、今日の空のように青い瞳をした、大変凛々しい方だ。他の姉上達が17,8歳でお嫁に行ってしまったのとは違い、騎士学校を出て王家直属の近衛騎士になり、現在は王妃様の護衛騎士をしている。自分より弱い男とは結婚しないとか言ってるので、このままだと、ずっとお城勤めかもしれないと密かに思っている。

「フィリッツ」
「はい。何でしょうか」
「お前は騎士学校より、ヘルマンのように、普通の学校の方が良かったのではなくて?」
「えっ…‥っと、それは……」

普通の学校へ行った三兄の名を出されて俺は、ここ三年、お小遣いを増やしてくれない理知的メガネ男子である三兄を顔を思い出しながら口ごもった。
法律から税制度を網羅してあまりある三兄に教わった勉強は難し過ぎてついていけなかった。だからと言って、腕に覚えがある訳ではない。中途半端なのは、自分でも解ってるんだ。

目の前にいる姉上は、教会に建つ女神像のように美しいだけじゃない。魔導をも修めて、腕力で男性に敵わない部分を魔法で補う魔道騎士だし、父や兄達のように、筋肉を鋼のように鍛えている訳ではない。はっきり言って弱い部類に入るのだろう。でも、約束したのだ。
騎士になって守るって。だから、騎士にならないといけないんだ。


「あなたが、自分で決めたことなら、私が口を出すことではなかった。けど、何かあったら何時でも相談には乗るつもりだ。覚えておきなさい」
「はい!」

姉上は、そう言うと照れたように頬を少し赤らめて視線を窓の外に向けた。年の離れた弟を王都に無事連れて行く為に休暇まで取ってくれたのだと母上が言っていた。
姉上も、才能のない息子の為に、無駄になるかも知れない学費を出してくれた両親も、昨日の夜にパーティを開いて快く送り出してくれた兄達も皆優しい。大好きな家族達だ。


だけど、俺には前世の記憶がある。ごく普通の高校生だった記憶だ。
異世界転生って、漫画やアニメだと、チート能力があって無双するって話だったけど、俺にはそんな能力は皆無だ。前世の記憶なんてまるで役に立たない。

病気予防には手洗いうがいが欠かせない。とか、ちょっと計算が人より早いくらいだ。それだって、天才的頭脳をもった三兄には通用しないときてる。でも九九を教えたら三兄は喜んでくれて、絶賛領民に普及させているようだ。

家族に比べて俺の容姿もぱっとしなくて、薄茶の髪と瞳だ。金髪碧眼の母と黒髪濃茶の瞳の父親を混ぜたらこうなったのだろうが、どっちかに寄せてくれた方が良かったのに。

馬車の中で取り留めもないことを考えている間に、眠っていまったようだった。

心地よい眠りの中で、俺は幼い頃の夢を見ていた。何度も何度も見た夢だと思いながら。


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