10 / 12
愛憎編
10、勝利の鍵
しおりを挟む 師走の町。どこでもそうだがこの東都浅草寺界隈も特に赤い色が街を包んでいた。
東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを誠は感じていた。
そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。
豊川ではいつものことだが、かなめとアメリアが妙な緊張関係を保ちながら歩いている。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。
お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して二人も少しばかり学習していた。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。
東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。
「よう!誠君じゃないか!久しぶりだね!」
そう声をかけてきたのはなじみの八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まる。名前は忘れたが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出される。
「薫さんも今日もおきれいで」
「本当にお上手なんだから!」
薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まる。
「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方達なんですって。凄いわよねえ」
確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアメリアは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のようなかなめは目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。
「えーと、誠君は確か軍に入ったんだよな……陸軍だっけ?宇宙軍だっけ?」
「同盟司法局です」
たずねられたので誠はつい答えてしまった。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。
「ああ、この前官庁街で化け物相手にアサルト・モジュール戦やった……」
予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように母は店頭に並ぶ品物を眺めている。
「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」
そう言いながら薫はみずみずしい色をたたえている白菜を手に取る。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。
「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」
薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺める。
「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」
「ああ、ありがとう」
人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじ。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアメリアがカウラから白菜を奪い取る。
「おじさん。これいくらかしら?」
そう言うアメリアのわき腹を肘で突いたかなめが白菜の置かれていた山の前にある値札を指差す。一瞬はっとするものの、アメリアは開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめる。
「お姉さんもきれいな髪の色で……青?」
ピクリとアメリアの米神が動くのを誠は見逃さなかった。
「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」
「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」
そう言ってかなめが笑う。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアメリアがそこにいた。
「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」
おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアメリアは手にした白菜を薫に返した。
「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」
「好き嫌いは無いのがとりえですから」
カウラの言葉にアメリアが大きくうなづく。だが、かなめの表情は冴えない。
「ああ、かなめさんはにんじん嫌いだっけ?」
「ピーマンだ!にんじんなら食える」
「ならいいじゃないの」
いつものようにアメリアにからかわれてかなめはむくれる。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめる。
「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」
奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡す。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。
「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」
誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされる。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかる。
「良いんですか?いつも、ありがとうございます」
薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うと誠はつい噴出してしまいたくなる。
「毎度あり!」
そう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にする。
「でも……お母さん、何を作るのですか?」
「薫さんはオメエのお袋じゃねえだろ?」
「良いじゃないの!」
揉めるアメリアとかなめに薫は立ち止まって振り返る。彼女は笑顔でまず手にしたにんじんの袋をアメリアに手渡す。
「まずこれはスティック状に切って野菜スティックにするの。昨日、お隣さんからセロリと大根もらってるからそれも同じ形に切ってもろ味を付けて食べるのよ」
その言葉に思わずかなめが口に手を当てた。誠ははっと気がついてうれしそうな母親とかなめを見比べる。かなめの額には義体の代謝機能が発動して脂汗がにじんでいた。
「そうか、西園寺はセロリも苦手だったな」
かなめの反応を楽しむようにカウラが笑顔で薫に説明した。
その様子をかなめは不機嫌そうに見ていた。だが次の瞬間に誠達の腕につけていた携帯端末が着信を告げた。
東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを誠は感じていた。
そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。
豊川ではいつものことだが、かなめとアメリアが妙な緊張関係を保ちながら歩いている。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。
お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して二人も少しばかり学習していた。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。
東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。
「よう!誠君じゃないか!久しぶりだね!」
そう声をかけてきたのはなじみの八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まる。名前は忘れたが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出される。
「薫さんも今日もおきれいで」
「本当にお上手なんだから!」
薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まる。
「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方達なんですって。凄いわよねえ」
確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアメリアは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のようなかなめは目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。
「えーと、誠君は確か軍に入ったんだよな……陸軍だっけ?宇宙軍だっけ?」
「同盟司法局です」
たずねられたので誠はつい答えてしまった。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。
「ああ、この前官庁街で化け物相手にアサルト・モジュール戦やった……」
予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように母は店頭に並ぶ品物を眺めている。
「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」
そう言いながら薫はみずみずしい色をたたえている白菜を手に取る。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。
「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」
薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺める。
「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」
「ああ、ありがとう」
人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじ。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアメリアがカウラから白菜を奪い取る。
「おじさん。これいくらかしら?」
そう言うアメリアのわき腹を肘で突いたかなめが白菜の置かれていた山の前にある値札を指差す。一瞬はっとするものの、アメリアは開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめる。
「お姉さんもきれいな髪の色で……青?」
ピクリとアメリアの米神が動くのを誠は見逃さなかった。
「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」
「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」
そう言ってかなめが笑う。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアメリアがそこにいた。
「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」
おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアメリアは手にした白菜を薫に返した。
「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」
「好き嫌いは無いのがとりえですから」
カウラの言葉にアメリアが大きくうなづく。だが、かなめの表情は冴えない。
「ああ、かなめさんはにんじん嫌いだっけ?」
「ピーマンだ!にんじんなら食える」
「ならいいじゃないの」
いつものようにアメリアにからかわれてかなめはむくれる。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめる。
「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」
奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡す。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。
「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」
誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされる。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかる。
「良いんですか?いつも、ありがとうございます」
薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うと誠はつい噴出してしまいたくなる。
「毎度あり!」
そう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にする。
「でも……お母さん、何を作るのですか?」
「薫さんはオメエのお袋じゃねえだろ?」
「良いじゃないの!」
揉めるアメリアとかなめに薫は立ち止まって振り返る。彼女は笑顔でまず手にしたにんじんの袋をアメリアに手渡す。
「まずこれはスティック状に切って野菜スティックにするの。昨日、お隣さんからセロリと大根もらってるからそれも同じ形に切ってもろ味を付けて食べるのよ」
その言葉に思わずかなめが口に手を当てた。誠ははっと気がついてうれしそうな母親とかなめを見比べる。かなめの額には義体の代謝機能が発動して脂汗がにじんでいた。
「そうか、西園寺はセロリも苦手だったな」
かなめの反応を楽しむようにカウラが笑顔で薫に説明した。
その様子をかなめは不機嫌そうに見ていた。だが次の瞬間に誠達の腕につけていた携帯端末が着信を告げた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
新説・川中島『武田信玄』 ――甲山の猛虎・御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
新羅三郎義光より数えて19代目の当主、武田信玄。
「御旗盾無、御照覧あれ!」
甲斐源氏の宗家、武田信玄の生涯の戦いの内で最も激しかった戦い【川中島】。
その第四回目の戦いが最も熾烈だったとされる。
「……いざ!出陣!」
孫子の旗を押し立てて、甲府を旅立つ信玄が見た景色とは一体!?
【注意】……沢山の方に読んでもらうため、人物名などを平易にしております。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
☆風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記されたとされている「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の通称である。
【ウィキペディアより】
表紙を秋の桜子様より頂戴しました。
狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)
東郷しのぶ
歴史・時代
戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。
御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……?
※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)
他サイトにも投稿中。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる