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世界を救う勇者の話
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「……正気?」
「ちょっと失礼だな!正気も正気よ!」
ポーズとして憤慨してみせたけれど、そう言われても仕方ないことを言ったことくらいは、わたしだってわかっているつもりだ。
人類が避難のために作った地下の巨大シェルター。人々はそこでの生活に慣れて、受け入れ始めている。だけど、わたしにはそれがどうしても納得できない。
「いやだってさ……」
困惑の色が混ざった彼の目を見る。わたしはもう一度、同じ言葉を告げた。
「わたしは世界を救いに行く。
だって……、終わるのがわかっているのに止めないなんて変だよ」
「…………。」
少し黙った後、彼は大げさにため息をついた。やっぱりちょっと失礼だな君は。
「わかったよ。別に止めない。
でも、僕も行かせて」
一瞬、彼が何を言っているのか本気でわからなかった。音にしかなれなかった言葉たちを脳裏で何度か反芻して、今度は私が言う番だった。
「正気……?」
「確かに、僕だってできることなら世界が終わってほしくない。ここにいても特にすることがなくて退屈だっていうのも本当だしな。
そもそも、ニーナ一人に任せておけないし」
彼、――唯人――の言い分はこうだ。
「そうと決まれば、ひとまずは落ち着いて具体的にどうするのか考えよう」とかいう至極建設的な提案に乗って、私たちの住むシェルターの中で唯一プライバシーに多少の配慮がある私の自室へと戻ってきたわけだけれど……、当たり前のように部屋に入ってくるなこいつ。
「いや、いーけどさー。……ううん、よくないかな。どうだろう。わかんないや。
ともかく!……ほんとにほんとに本気なの?」
「正気が怪しいのはどっちだよ。
なに、止めたいのか?僕が行かないならニーナだって行かないでよ?」
「ちがうよ!一緒に行ってくれるならひとりよりも心強いし、大歓迎!
だけどまさか唯人くんがそんなこと言いだすと思わなかったんだもん」
「そんな意外かなあ」
そう言いながら唯人くんは軽く腕を組んで、右手を顎へ添えた。右下と左下とをゆっくりと交互に見ている。視線が動くのに合わせて、少しだけ頭が動くのが面白い。考え事をするときの彼の癖だ。ゆっくり揺れる髪が面白くて見つめていたら、ふっ、と右手を下ろして彼が言う。
「まあいいけど。
それで?世界を救いに行く、なんて言いだすからには、何かしらの手立てはあるの?」
そもそもこの部屋に戻ってきたのは、今後の具体的な方針を決めるためだった。忘れていたわけではないけれど、つい本題を先延ばしにしようとするのは、わたしたちの悪いところだ。
「まったくない!」
わたしは元気よく無意味に嘘をついた。「まったく」の部分が嘘。さすがに手立ても仮説もなんにもないままでシェルターから出ようとはしない。そこまでバカではないつもりだ。
「ま、まさかそこまで馬鹿だったとは……」
「誰がバカだっていうのよ」
あれ?信じられちゃったじゃん。
ま、いっか~。くらいの軽いノリでバカ呼ばわりされることを黙認した。いやつっこんじゃったけれども。
今はとにかく、早く外へ出たいのだ。目的はちゃんとあるのだから。
「じゃあなんでそんなこと言いだしたんだよ、なんで世界を救いたいわけ?」
唯人くんが少し覗き込むみたいにして聞いてくる。
よくぞ聞いてくれました!って、そんな気持ちで、私は言う。
「昔唯人くんとした約束を守りに行くの!」
唯人くんとした約束について、彼本人は覚えているのだろうか。
期待を込めて彼の方を見遣ると、何やらしかめっ面をしていた。それから、またあの考えるときの癖が出ている。
「おやおやおや、忘れたのかな?このニーナさんとのお約束なのに?」
さみしいなーさみしいなー、と大して思っていないまま口にする。何年も前、たしか5年くらい前のことだし、覚えてなくてもそれは当然だと思う。
「いや、忘れたというより、どれのことだろうと思って。」
彼の言葉は言い訳とか言い逃れのためには聞こえなくて、本気で迷っているみたいだ。なんならわたしの説明(と呼べるほどの詳細はまだ言ってないのだけど)だけでは絞れない、みたいな口ぶりだった。ということは、心当たりはあるのか。それはちょっと、嬉しいな。
嬉しい反面、わたしにはそこまで多くの心当たりについては持ち合わせがないので「どれのこと」と聞かれると困ってしまう。
「……ほら!
わたしに見せてくれるって言ったじゃない。君の家の、近くの……」
「ああ。僕の家の近くにとても綺麗な海があるからって話?」
「そうそれ!」
なんということだ。ばっちり覚えていたらしい。ほんとに数が多すぎて絞りきれていなかっただけなのか。
ということはつまり、わたしが正確に覚えきれていない約束ごとがまだまだたくさんあるらしいということだ。なんだったっけなあ。唯人くんは覚えているのにわたしが忘れていることが悔しくて、「記憶力高いねえ」と誤魔化した。
当然でしょ。と言わんばかりの顔で「まあねえ」と返された。
「でもなんで突然?海なら一応ここにもあるだろうに」
「やっぱり、人工のものと本物は違うでしょ」
「…………。世界が終わるっていうのに綺麗に残ったままとは限らないけどね」
唯人くんは難しい顔をして言う。なんだろう。やっぱり止めたいのかな。
あ、もしかして私がさっき無意味についた嘘の所為?
「だから終わっちゃう前に止めに行くんじゃない。それにシェルターの外に抜け出す出口を見つけたし、ちょうどいいかなって。
それになんだかねぇ、そうすることが私たちの使命なんじゃないかと思って!」
今度は呆れたみたいな顔をされた。彼の表情はそういう微妙な感情の表現ばかり豊富だから、やっぱり見ていて面白い。
でもできることなら、ニーナさんは彼にもっと笑ってほしいのだ。
細々した無意味な嘘たちはそのためのものだと言える。
毎回すぐネタ晴らしするし、許してくれてたらいいなあ。
「さっき手立ては何にもないって言ってなかったっけ?」
「言った!でもさすがにそれじゃまずいでしょ」
「毎度のことだけど、無意味な嘘をつくんじゃない」
言いながらため息を吐かれた。
「幸せ逃げちゃうよう」
わたしがそういうと、彼は観念しましたとばかりに小さく笑う。そうそう。その顔が見たかったの。
「……まあ、ニーナがそこまでの馬鹿じゃなくてよかったよ」
なんて。ちょっと一言余計だけれど。
「ちょっと失礼だな!正気も正気よ!」
ポーズとして憤慨してみせたけれど、そう言われても仕方ないことを言ったことくらいは、わたしだってわかっているつもりだ。
人類が避難のために作った地下の巨大シェルター。人々はそこでの生活に慣れて、受け入れ始めている。だけど、わたしにはそれがどうしても納得できない。
「いやだってさ……」
困惑の色が混ざった彼の目を見る。わたしはもう一度、同じ言葉を告げた。
「わたしは世界を救いに行く。
だって……、終わるのがわかっているのに止めないなんて変だよ」
「…………。」
少し黙った後、彼は大げさにため息をついた。やっぱりちょっと失礼だな君は。
「わかったよ。別に止めない。
でも、僕も行かせて」
一瞬、彼が何を言っているのか本気でわからなかった。音にしかなれなかった言葉たちを脳裏で何度か反芻して、今度は私が言う番だった。
「正気……?」
「確かに、僕だってできることなら世界が終わってほしくない。ここにいても特にすることがなくて退屈だっていうのも本当だしな。
そもそも、ニーナ一人に任せておけないし」
彼、――唯人――の言い分はこうだ。
「そうと決まれば、ひとまずは落ち着いて具体的にどうするのか考えよう」とかいう至極建設的な提案に乗って、私たちの住むシェルターの中で唯一プライバシーに多少の配慮がある私の自室へと戻ってきたわけだけれど……、当たり前のように部屋に入ってくるなこいつ。
「いや、いーけどさー。……ううん、よくないかな。どうだろう。わかんないや。
ともかく!……ほんとにほんとに本気なの?」
「正気が怪しいのはどっちだよ。
なに、止めたいのか?僕が行かないならニーナだって行かないでよ?」
「ちがうよ!一緒に行ってくれるならひとりよりも心強いし、大歓迎!
だけどまさか唯人くんがそんなこと言いだすと思わなかったんだもん」
「そんな意外かなあ」
そう言いながら唯人くんは軽く腕を組んで、右手を顎へ添えた。右下と左下とをゆっくりと交互に見ている。視線が動くのに合わせて、少しだけ頭が動くのが面白い。考え事をするときの彼の癖だ。ゆっくり揺れる髪が面白くて見つめていたら、ふっ、と右手を下ろして彼が言う。
「まあいいけど。
それで?世界を救いに行く、なんて言いだすからには、何かしらの手立てはあるの?」
そもそもこの部屋に戻ってきたのは、今後の具体的な方針を決めるためだった。忘れていたわけではないけれど、つい本題を先延ばしにしようとするのは、わたしたちの悪いところだ。
「まったくない!」
わたしは元気よく無意味に嘘をついた。「まったく」の部分が嘘。さすがに手立ても仮説もなんにもないままでシェルターから出ようとはしない。そこまでバカではないつもりだ。
「ま、まさかそこまで馬鹿だったとは……」
「誰がバカだっていうのよ」
あれ?信じられちゃったじゃん。
ま、いっか~。くらいの軽いノリでバカ呼ばわりされることを黙認した。いやつっこんじゃったけれども。
今はとにかく、早く外へ出たいのだ。目的はちゃんとあるのだから。
「じゃあなんでそんなこと言いだしたんだよ、なんで世界を救いたいわけ?」
唯人くんが少し覗き込むみたいにして聞いてくる。
よくぞ聞いてくれました!って、そんな気持ちで、私は言う。
「昔唯人くんとした約束を守りに行くの!」
唯人くんとした約束について、彼本人は覚えているのだろうか。
期待を込めて彼の方を見遣ると、何やらしかめっ面をしていた。それから、またあの考えるときの癖が出ている。
「おやおやおや、忘れたのかな?このニーナさんとのお約束なのに?」
さみしいなーさみしいなー、と大して思っていないまま口にする。何年も前、たしか5年くらい前のことだし、覚えてなくてもそれは当然だと思う。
「いや、忘れたというより、どれのことだろうと思って。」
彼の言葉は言い訳とか言い逃れのためには聞こえなくて、本気で迷っているみたいだ。なんならわたしの説明(と呼べるほどの詳細はまだ言ってないのだけど)だけでは絞れない、みたいな口ぶりだった。ということは、心当たりはあるのか。それはちょっと、嬉しいな。
嬉しい反面、わたしにはそこまで多くの心当たりについては持ち合わせがないので「どれのこと」と聞かれると困ってしまう。
「……ほら!
わたしに見せてくれるって言ったじゃない。君の家の、近くの……」
「ああ。僕の家の近くにとても綺麗な海があるからって話?」
「そうそれ!」
なんということだ。ばっちり覚えていたらしい。ほんとに数が多すぎて絞りきれていなかっただけなのか。
ということはつまり、わたしが正確に覚えきれていない約束ごとがまだまだたくさんあるらしいということだ。なんだったっけなあ。唯人くんは覚えているのにわたしが忘れていることが悔しくて、「記憶力高いねえ」と誤魔化した。
当然でしょ。と言わんばかりの顔で「まあねえ」と返された。
「でもなんで突然?海なら一応ここにもあるだろうに」
「やっぱり、人工のものと本物は違うでしょ」
「…………。世界が終わるっていうのに綺麗に残ったままとは限らないけどね」
唯人くんは難しい顔をして言う。なんだろう。やっぱり止めたいのかな。
あ、もしかして私がさっき無意味についた嘘の所為?
「だから終わっちゃう前に止めに行くんじゃない。それにシェルターの外に抜け出す出口を見つけたし、ちょうどいいかなって。
それになんだかねぇ、そうすることが私たちの使命なんじゃないかと思って!」
今度は呆れたみたいな顔をされた。彼の表情はそういう微妙な感情の表現ばかり豊富だから、やっぱり見ていて面白い。
でもできることなら、ニーナさんは彼にもっと笑ってほしいのだ。
細々した無意味な嘘たちはそのためのものだと言える。
毎回すぐネタ晴らしするし、許してくれてたらいいなあ。
「さっき手立ては何にもないって言ってなかったっけ?」
「言った!でもさすがにそれじゃまずいでしょ」
「毎度のことだけど、無意味な嘘をつくんじゃない」
言いながらため息を吐かれた。
「幸せ逃げちゃうよう」
わたしがそういうと、彼は観念しましたとばかりに小さく笑う。そうそう。その顔が見たかったの。
「……まあ、ニーナがそこまでの馬鹿じゃなくてよかったよ」
なんて。ちょっと一言余計だけれど。
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