25 / 25
八人目「後輩の怪談でとばっちりを受けたんだ」
ああちくしょうと、青年は吐き捨てるように
しおりを挟む
青年が話し終えると、目が覚めたように店内に明かりが灯った。それどころか、客たちが話すざわめきまでも戻ってくる。混乱するあなたに向けて、青年は卑屈に笑う。
「ずーっとこんなでしたよ。明るくて、そこそこ賑やかな店でした」
そんなはずはない。話し始める前、青年は店内の暗さをオバケのせいだと言ったのだから。
何か暗かった証拠を見つけ出そうと、あなたはもう一度辺りを見回した。
すると、店のどこからか小さな爆発音が聞こえた。続いて、きゃあと悲鳴が上がる。
立ち上がる客、机の下に隠れる客、座ったまま周囲の様子を窺う客と様々な反応が混在する中、あなたは動けずにいた。
固まるあなたの正面で、青年が舌打ちする。
「ちくしょう、まだだめなのかよ」
――まだ?
何がまだなのか。青年の台詞に引っかかり、あなたは振り向いた。青年は忌々しげに空を睨みつけると、あなたの目の前で音もなく消えた。
あなたと店内の客はパニックに陥った。あなたは消えた青年に対して、客はカウンターの奥、厨房から噴き出す炎に対してとの違いはあったが、パニックに変わりはない。
店内は大混乱を極めた。
誰かが逃げろと言い出して、客たちが大慌てで外へ逃げ出す。押し合いへし合い、時に罵り合い、ドアに詰めかける。理性残る客が落ち着くよう呼びかけるが、あまり意味はなかった。あなたも押し合いの中へ飛び込み、潰されそうな圧迫感を乗り越えどうにか外へ出た。
誰が通報したのか、遠くからサイレンの音が聞こえていた。
厨房から出た火がどれほどの勢いになったか、あなたは知らない。テレビのニュースにも新聞の記事にも、ネットニュースにすら載らなかったからだ。さすがに好奇心だけで『純喫茶・生熟り』へ訪れる気にはなれず、あなたは半月ほどの間を開けて『純喫茶・生熟り』を訪れた。
当然、営業がされているわけもない。焼け跡を見つめぼんやりするあなたに、通りがかった老人が火事の原因について語ってくれた。
厨房でトーストを焼くために使っていた小さなガスボンベが突然破裂して炎が上がったとのことだ。マスターも怪我を負ったらしく、『純喫茶・生熟り』は畳んでしまうことになったらしい。
もう、あなたが〝いい話〟を聞く場所はない。
あなたはしょんぼりしながら老人に礼を言い、『純喫茶・生熟り』を後にした。そして後日、この話を何も知らないらしい知人に話した。がっかりするあなたを見て、知人はきょとんとしていた。
「ナマナリなんて喫茶店、知らないけど」
あなたは思わず、いやいや、と笑い飛ばした。紹介してくれたのは知人本人だ。それは間違いない。あなたがそう言っても、知人は「いやいやいや!」と首を振る。
「知らないって。俺そもそも、コーヒー苦手なんだから」
そういえば、とあなたは知人の嗜好を思い出した。まったく飲まない訳でもないが、その場合はたっぷりミルクを入れていた。
であれば、誰があなたに『純喫茶・生熟り』を教えたのか?
あなたは後日、『純喫茶・生熟り』の焼け跡を訪れた。するとそこには寂れた本屋が建っていた。確かに、この場所に『純喫茶・生熟り』があったはずなのに。
首を傾げたあなたは周囲を散策したが、空き店舗すら見つからない。途方に暮れて立ち尽くすあなたの背後で、誰かが、何かが、くすくす笑う声が聞こえた。振り向けば誰かが、何かがいるだろう。
振り向くか、そのまま立ち去るかは、あなた次第だ。
「ずーっとこんなでしたよ。明るくて、そこそこ賑やかな店でした」
そんなはずはない。話し始める前、青年は店内の暗さをオバケのせいだと言ったのだから。
何か暗かった証拠を見つけ出そうと、あなたはもう一度辺りを見回した。
すると、店のどこからか小さな爆発音が聞こえた。続いて、きゃあと悲鳴が上がる。
立ち上がる客、机の下に隠れる客、座ったまま周囲の様子を窺う客と様々な反応が混在する中、あなたは動けずにいた。
固まるあなたの正面で、青年が舌打ちする。
「ちくしょう、まだだめなのかよ」
――まだ?
何がまだなのか。青年の台詞に引っかかり、あなたは振り向いた。青年は忌々しげに空を睨みつけると、あなたの目の前で音もなく消えた。
あなたと店内の客はパニックに陥った。あなたは消えた青年に対して、客はカウンターの奥、厨房から噴き出す炎に対してとの違いはあったが、パニックに変わりはない。
店内は大混乱を極めた。
誰かが逃げろと言い出して、客たちが大慌てで外へ逃げ出す。押し合いへし合い、時に罵り合い、ドアに詰めかける。理性残る客が落ち着くよう呼びかけるが、あまり意味はなかった。あなたも押し合いの中へ飛び込み、潰されそうな圧迫感を乗り越えどうにか外へ出た。
誰が通報したのか、遠くからサイレンの音が聞こえていた。
厨房から出た火がどれほどの勢いになったか、あなたは知らない。テレビのニュースにも新聞の記事にも、ネットニュースにすら載らなかったからだ。さすがに好奇心だけで『純喫茶・生熟り』へ訪れる気にはなれず、あなたは半月ほどの間を開けて『純喫茶・生熟り』を訪れた。
当然、営業がされているわけもない。焼け跡を見つめぼんやりするあなたに、通りがかった老人が火事の原因について語ってくれた。
厨房でトーストを焼くために使っていた小さなガスボンベが突然破裂して炎が上がったとのことだ。マスターも怪我を負ったらしく、『純喫茶・生熟り』は畳んでしまうことになったらしい。
もう、あなたが〝いい話〟を聞く場所はない。
あなたはしょんぼりしながら老人に礼を言い、『純喫茶・生熟り』を後にした。そして後日、この話を何も知らないらしい知人に話した。がっかりするあなたを見て、知人はきょとんとしていた。
「ナマナリなんて喫茶店、知らないけど」
あなたは思わず、いやいや、と笑い飛ばした。紹介してくれたのは知人本人だ。それは間違いない。あなたがそう言っても、知人は「いやいやいや!」と首を振る。
「知らないって。俺そもそも、コーヒー苦手なんだから」
そういえば、とあなたは知人の嗜好を思い出した。まったく飲まない訳でもないが、その場合はたっぷりミルクを入れていた。
であれば、誰があなたに『純喫茶・生熟り』を教えたのか?
あなたは後日、『純喫茶・生熟り』の焼け跡を訪れた。するとそこには寂れた本屋が建っていた。確かに、この場所に『純喫茶・生熟り』があったはずなのに。
首を傾げたあなたは周囲を散策したが、空き店舗すら見つからない。途方に暮れて立ち尽くすあなたの背後で、誰かが、何かが、くすくす笑う声が聞こえた。振り向けば誰かが、何かがいるだろう。
振り向くか、そのまま立ち去るかは、あなた次第だ。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
茨城の首切場(くびきりば)
転生新語
ホラー
へー、ご当地の怪談を取材してるの? なら、この家の近くで、そういう話があったよ。
ファミレスとかの飲食店が、必ず潰れる場所があってね。そこは首切場(くびきりば)があったんだ……
カクヨム、小説家になろうに投稿しています。
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330662331165883
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5202ij/
終電での事故
蓮實長治
ホラー
4つの似たような状況……しかし、その4つが起きたのは別の世界だった。
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」に同じモノを投稿しています。
教師(今日、死)
ワカメガメ
ホラー
中学2年生の時、6月6日にクラスの担任が死んだ。
そしてしばらくして不思議な「ユメ」の体験をした。
その「ユメ」はある工場みたいなところ。そしてクラス全員がそこにいた。その「ユメ」に招待した人物は...
密かに隠れたその恨みが自分に死を植え付けられるなんてこの時は夢にも思わなかった。
心霊便利屋
皐月 秋也
ホラー
物語の主人公、黒衣晃(くろいあきら)ある事件をきっかけに親友である相良徹(さがらとおる)に誘われ半ば強引に設立した心霊便利屋。相良と共同代表として、超自然的な事件やそうではない事件の解決に奔走する。
ある日相良が連れてきた美しい依頼人。彼女の周りで頻発する恐ろしい事件の裏側にあるものとは?
夢列車
トンボ
ホラー
強かな性格の女子高生、アザミはとある夢を見る。それは電車に乗っている夢だった。アザミは何気なく、ぼんやりと古ぼけた座席に座っていた。すると、他の乗客である若い男の名前が、ノイズ混じりに車内のスピーカーから流れ出し……。
《……活けづくりぃ〜! 活けづくりですよ〜!》
隣の車両へ乗り移ろうとした男の体を、回転刃で切り刻んだだった。
車内にべっちょりと飛び散る肉の欠片。ぶちまけられた黄色と赤の汁。アザミはその惨劇から目を離せずにいた。
そして目が覚め、悪夢から解放されたアザミ。しかし彼女の体に、とある異変が起こっていて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる