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第三部
36話 転魂
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「真、何やってんのさ」
阿久津が眉をひそめる。
真の、あの首を締める動作には見覚えがある。憑いているものを確認するときの動作に似ている。
もしかして、気づいてくれた……?
「こいつ、和樹じゃねえ。言動がちょっとおかしかった。それに最後の。俺がぬいぐるみを拾ったのはサメの入っているカゴの中だった。でもこいつは『棚に戻しましょう』って言ったんだ」
「言い間違いじゃないのかい?」
阿久津はまだ納得がいっていないようだ。
真が首を横に振る。
「いや、こいつは和樹じゃねえ。何か憑いてる。阿久津、とっとと祓うぞ」
真の言葉に、再び絶望感が押し寄せてくる。
真はあのウサギが和樹でないこと自体は見破ったが、中身が入れ替わっていることには気づいていない。ウサギは祓えたとしても、自分がもとに戻るすべはない。
「あーあ、残念」
いつの間にか早見がカゴ台車の陰に座っていた。
「早見さん! どこにいたんですか」
「面白そうだったから透明化してみてたんだけど、あの真ってやつ、やっぱりあいつはだめだね」
「だめ……?」
「甲斐性なし。無職だし、おじさんだし、和樹が和樹であることにすら気づかない。なにもいいところないじゃん。あんなやつと仲良くするのやめたら?」
開いた口が塞がらなかった。
なんなんだこの男は。デリカシーがないとか、そのレベルではない。
「……許せません」
「え?」
「真さんのことを悪く言うなんて、許せない! だったら早見さんはどうなんですか? 性格悪い、漢字も読めない、しかも死んでる、いいところなにもないじゃないですか!」
もう自分が何に対して怒っているのかもわからない。ただ激しい後悔からくる怒りを、早見にぶつけていた。
怒りながら、この状況はまずいと客観的に見る自分がどこかにいた。
今、真たちと話ができるのは早見だけだ。どう考えても味方につけるべき早見に喧嘩を売ってしまった。
「ふっ」
早見が口をゆがめて吹き出した。
「あはははは、和樹ってやっぱり面白いね」
「……え?」
「協力してやるよ。貸しは高くつくからな」
早見がふよふよと浮遊して、真の近くに飛んで行った。
「おい、真」
「なんだよ幽霊。今忙しいんだ」
「あっそ。じゃあもう知らね。和樹がぬいぐるみの中で泣いてるのになあ。かわいそうに」
「……は?」
真が手を止めて、早見を見上げる。
阿久津が割り込むように真をたしなめた。
「真、ちょっと冷静になって。そのわけわかんない幽霊の言うこと信じてどうすんのさ」
「それもそうだけど……」
早見が畳みかける。
「じゃあ選んでよ。その和樹の体を乗っ取った何者か、あっちで泣いてるぬいぐるみかを」
真が押し黙る。
ウサギが泣き落としにかかり始めた。
「ひどいよ、真さん。俺を疑うなんて……。俺、ちゃんと覚えてるよ。真さんと過ごした日のこと。黒歴史を読まれたり、恥ずかしいことされたり、いろいろあったけど、それでも好きだよ」
「……」
真がゆっくりウサギを抱きしめる。
終わった。和樹がそう観念したとき、真が優しい声でウサギに向かって言った。
「かわいそうに。つらかったんだな」
「え?」
「もう元の体に戻っていいんだぞ。大丈夫だ。悪いようにはしない」
「真さん、俺は本物の和樹で……」
「もう嘘なんてつかなくていい」
ウサギの目から涙が零れ落ちた。
「あれ……俺、泣こうなんて思ってないのに」
「お前、怨霊の類だろ。何があったのか話してくれないか?」
「そんな……ただあたしは、売れ残って、寂しくて……」
ウサギが和樹の体でおいおい泣き始める。
「あたしはずっと人間になりたかったんだ! 波長の合う人間をようやく見つけたと思った! ちょっとだけ乗っ取るつもりだったのに、こいつが愛されているのを見てうらやましくなったんだ! お前たちのせいだ! お前たちがっ!」
「阿久津、こいつを押さえておいてくれ。あと、榊の準備を」
真はそう言ってウサギを阿久津に預け、振り返ると、ぬいぐるみの棚の前に立った。
上の方のぬいぐるみを一つ一つ眺めていき、最後に和樹のぼろぼろの体に目をとめる。
「やっぱりお前か」
真が和樹の布の体を持ち上げて、両手で包み込む。
あたたかさにほっとして、泣きそうになった。
「阿久津、転魂ってやったことあるか?」
「さあ。やり方くらいしか知らないね」
「わかった。手伝ってくれ」
泣きじゃくるウサギと和樹を並べて、榊を持った阿久津と真が同時に祝詞を唱える。
何度も、何度も力強く唱える。
ふっと和樹の意識が途絶えた。
阿久津が眉をひそめる。
真の、あの首を締める動作には見覚えがある。憑いているものを確認するときの動作に似ている。
もしかして、気づいてくれた……?
「こいつ、和樹じゃねえ。言動がちょっとおかしかった。それに最後の。俺がぬいぐるみを拾ったのはサメの入っているカゴの中だった。でもこいつは『棚に戻しましょう』って言ったんだ」
「言い間違いじゃないのかい?」
阿久津はまだ納得がいっていないようだ。
真が首を横に振る。
「いや、こいつは和樹じゃねえ。何か憑いてる。阿久津、とっとと祓うぞ」
真の言葉に、再び絶望感が押し寄せてくる。
真はあのウサギが和樹でないこと自体は見破ったが、中身が入れ替わっていることには気づいていない。ウサギは祓えたとしても、自分がもとに戻るすべはない。
「あーあ、残念」
いつの間にか早見がカゴ台車の陰に座っていた。
「早見さん! どこにいたんですか」
「面白そうだったから透明化してみてたんだけど、あの真ってやつ、やっぱりあいつはだめだね」
「だめ……?」
「甲斐性なし。無職だし、おじさんだし、和樹が和樹であることにすら気づかない。なにもいいところないじゃん。あんなやつと仲良くするのやめたら?」
開いた口が塞がらなかった。
なんなんだこの男は。デリカシーがないとか、そのレベルではない。
「……許せません」
「え?」
「真さんのことを悪く言うなんて、許せない! だったら早見さんはどうなんですか? 性格悪い、漢字も読めない、しかも死んでる、いいところなにもないじゃないですか!」
もう自分が何に対して怒っているのかもわからない。ただ激しい後悔からくる怒りを、早見にぶつけていた。
怒りながら、この状況はまずいと客観的に見る自分がどこかにいた。
今、真たちと話ができるのは早見だけだ。どう考えても味方につけるべき早見に喧嘩を売ってしまった。
「ふっ」
早見が口をゆがめて吹き出した。
「あはははは、和樹ってやっぱり面白いね」
「……え?」
「協力してやるよ。貸しは高くつくからな」
早見がふよふよと浮遊して、真の近くに飛んで行った。
「おい、真」
「なんだよ幽霊。今忙しいんだ」
「あっそ。じゃあもう知らね。和樹がぬいぐるみの中で泣いてるのになあ。かわいそうに」
「……は?」
真が手を止めて、早見を見上げる。
阿久津が割り込むように真をたしなめた。
「真、ちょっと冷静になって。そのわけわかんない幽霊の言うこと信じてどうすんのさ」
「それもそうだけど……」
早見が畳みかける。
「じゃあ選んでよ。その和樹の体を乗っ取った何者か、あっちで泣いてるぬいぐるみかを」
真が押し黙る。
ウサギが泣き落としにかかり始めた。
「ひどいよ、真さん。俺を疑うなんて……。俺、ちゃんと覚えてるよ。真さんと過ごした日のこと。黒歴史を読まれたり、恥ずかしいことされたり、いろいろあったけど、それでも好きだよ」
「……」
真がゆっくりウサギを抱きしめる。
終わった。和樹がそう観念したとき、真が優しい声でウサギに向かって言った。
「かわいそうに。つらかったんだな」
「え?」
「もう元の体に戻っていいんだぞ。大丈夫だ。悪いようにはしない」
「真さん、俺は本物の和樹で……」
「もう嘘なんてつかなくていい」
ウサギの目から涙が零れ落ちた。
「あれ……俺、泣こうなんて思ってないのに」
「お前、怨霊の類だろ。何があったのか話してくれないか?」
「そんな……ただあたしは、売れ残って、寂しくて……」
ウサギが和樹の体でおいおい泣き始める。
「あたしはずっと人間になりたかったんだ! 波長の合う人間をようやく見つけたと思った! ちょっとだけ乗っ取るつもりだったのに、こいつが愛されているのを見てうらやましくなったんだ! お前たちのせいだ! お前たちがっ!」
「阿久津、こいつを押さえておいてくれ。あと、榊の準備を」
真はそう言ってウサギを阿久津に預け、振り返ると、ぬいぐるみの棚の前に立った。
上の方のぬいぐるみを一つ一つ眺めていき、最後に和樹のぼろぼろの体に目をとめる。
「やっぱりお前か」
真が和樹の布の体を持ち上げて、両手で包み込む。
あたたかさにほっとして、泣きそうになった。
「阿久津、転魂ってやったことあるか?」
「さあ。やり方くらいしか知らないね」
「わかった。手伝ってくれ」
泣きじゃくるウサギと和樹を並べて、榊を持った阿久津と真が同時に祝詞を唱える。
何度も、何度も力強く唱える。
ふっと和樹の意識が途絶えた。
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