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第三部

34話 いけあの白ウサギ

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 右足をぐるっと動かしてみる。
 可動域は狭いが、飛び跳ねればどうにか移動はできそうだ。

 問題は移動経路だ。棚の間にはみっちりとサメの詰まったカゴ台車が置かれており、荒くれもののサメたちの上を通って行かねばならない。

「本当に行くのね」

 ライオンのぬいぐるみが言った。

「はい」

 短く答えて、サメたちに向かって叫ぶ。

「サメさんたち!」

「お、なんだなんだ?」
「最強の俺様たちとおしゃべりしようってのか?」
「ギャハハハ!」

 和樹はごくりと喉を鳴らした。

「そうです、みなさんは最強です。どのくらい最強か、確かめてみませんか?」

 ふざけた青いサメたちの波がしんと凪のように静まり返った。

「確かめるだと?」
「そうです。僕がいまからみなさんの数を数えてあげます。多ければ多いほど大量生産。つまり人気者。最強ってことですよ!」

 少し間を置いてから、「うおおおお」とサメたちが沸いた。

「俺様たちがどのくらい最強なのかなんて考えたこともなかったぜ!」
「最強! 俺様たち最強!」
「ギャハハハ」

 サメが馬鹿で助かった。

 和樹は思い切って棚から飛び降りて、端っこのサメに飛び乗った。

「じゃあ数えまーす。1、2、3……」

 ぴょんぴょん跳ねてひとつずつ数えていく。
 厳密には上の方にあるサメしか数えていないことになるのだが、頭に綿が詰まったサメ共には幸い気づかれていない。

「4、5、6……」

 サメたちが青い海のようにうねるので数えにくい。

 「7、8、9、10……」

 すこしくたびれて立ちどまった。
 荒れた息を整える。

「なあ、俺様たち10もいるんだってさ!」
「10だってさ、ギャハハハ」

 うるさい。少し黙ってくれよ。
 口の中で小さくつぶやいて、再び足を踏み出した。

「11」

 急にサメがしんと静かになった。

「じゅういち……?」
「じゅういちってなんだ……?」
「いや、聞いたこともねえぞ……」

 サメがひそひそ話を始める。

 まずい。何がまずいのかまだわからないが、嫌な気配がする。

「もしかしてあの白ウサギ、俺様たちのことをだまそうとしている……?」
「そうだ、そうに違いない!」
「やっちまえ!」

 だれかの号令とともに、サメたちが暴れだした。

 やばい。慌てて逃げ出そうとしたが、足がもつれて動かない。
 だって馬鹿なサメが11以上の数を知らないだなんて誰も思わないじゃないか。

 布を破かれ、綿を引きずり出されて悲鳴を上げる。

 痛覚がないから痛くはない。
 ただひたすらに苦しい。

「助けて、助けて!」
 棚のぬいぐるみたちは助けに来ない。それもそうだ。彼らは和樹に同情していただけで、仲間でもなんでもない。
 早見もどこかへ行ってしまったのか、姿が見えない。

「助けて! うぐっ、ああっ、やめろ、やめてくれ!」

 長い耳をもぎとられ、足をちぎられ、背中の糸を引き出される。
 苦しい。苦しい。
 まずい、このままじゃ死……。

「あれ、なんだこれ」

 声が聞こえて、ひょいと持ち上げられた。

 引っ張られて出目になったビーズの瞳に、真の顔が大写しになる。

「なんか物音が聞こえると思って来てみたら……ぼろぼろのぬいぐるみ?」
「えー、ゴミですよそれ」

 真の隣にいた、和樹の体のウサギが言った。

 今がチャンスだ。

「真さん! 真さん!」
 暴れまわって叫ぶが、真にぬいぐるみの声は届かない。

「うわ、若干動いた」
「えー、気持ち悪い。捨てちゃいましょうよ」

 ウサギが、げっという顔をする。

「いや、さすがに捨てるわけにはいかねえだろ。これが騒動の原因かもしれないし。阿久津! 起きろ」

 真が阿久津を呼んだ。


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