上 下
31 / 38
第三部

31話 お茶が沸くまで

しおりを挟む
 スマホをいじっていた真が険しい顔をする。

「悪い、阿久津から電話だ。ちょっと外に出る。ついでにコンビニ行ってくるけど、なんかほしいものあるか?」
「じゃあ俺お茶とパンほしい」

 早見がリクエストする。

「幽霊には聞いてねえよ。和樹は?」
「あ、じゃあ俺もパンを」
「わかった」

 真が靴をひっかけて外へ出ていく。

 今のうちに大学の準備をしておこうと、リュックサックを漁る。先週の火曜日は大学をサボってしまった。本当なら誰かにノートを借りたいが、友達と言える友達がいない。

「なあなあ、なにしてんの」

 早見が浮遊して周囲をぐるぐる回る。

「先週の授業に出られなかったので、ちょっと予習をしようかと」
「それってどの授業?」
「中級英語Ⅱですけど」
「あ、それなら俺聞いてたよ」

 は?
 目を丸くする。

「内容は大したことなかったけど、短いレポートが課題で出てたな。テーマは……」

 早見が綺麗な発音で課題内容の英語を話す。 

「待ってください、授業出たんですか? 幽霊なのに?」
「まあ暇だしなあ。後藤さんに借りた絵本読むか、大学の授業潜るしか暇潰しないし。こないだは理学部の実験に潜ろうとして追い出されたな」

 この幽霊、何が何だかよくわからない。

「なあ、教えてやった代わりにお願いがあるんだけど」
「な、なんですか」

 早見が色素の薄いめでじっと見てくる。

「茶が飲みたい。あと、『和樹』って漢字でどうやって書くのか教えて」

 ひとつ売った恩で見返りを2つ求めるのか、この幽霊。

「わかりました。紅茶でいいですか。安いやつしかないですけど」
「いいよ」

 ケトルで湯を沸かしながらティーバッグを探していると、後ろから「なあなあ」と早見の声がする。

「和樹、もう一個お願いがあるんだけど」
「見返り何回求める気ですかあんた……」

 振り返って固まる。
 押し入れにしまっていたはずの黒歴史小説「勇者華月カヅキの冒険」を、早見がぱらぱらとめくっていた。

「これ、漢字がいっぱいで読めない。なんて書いてあるの? 教えて」
「だめ! だめです!」

 ノートをひったくろうとすると、早見がひょいとノートを持ち上げて、手がすかっと空を切る。

「ちょっと、返して!」
「なんで?」
「大事なものなんです!」

 腕を伸ばしてノートを奪って、はっとした。
 膝が早見の腹を貫通しており、目の前に美しい顔がある。

「うわっ、す、すみませ……」

 早見の目がくるっと光る。

「和樹、昨日の夜、真にちんこ触らせてたでしょ」

 バ、バレてる……。
 だらだらと冷や汗を流していると、早見が和樹の肩に手を伸ばす。

「いいなあ、俺も和樹に触ってみたい」
 なんだかものすごい告白をされた気がするが、早見はけろっとしていて真意がわからない。

「そ、そういうのは好きな子に言ってあげてください」
「好きな子? そんなの作ってどうすんの。俺もう死んでるのに」

 まずい。デリカシーのないことを言ってしまった。
 冷や汗の量を増やしていると、早見がふっと笑う。

「あはは、慌てすぎ」
「いえ、軽率でした……ごめんなさい」

 ケトルがカチっとなって、湯が沸いたことを知らせる。

「いいよ、別に。お茶飲んでいい?」
「あ、どうぞ……」

 ドッドッと鳴る心臓を抑えてノートを押し入れの深くに放り込んだとき、玄関で音がして真が帰ってきた。

「ただいま。和樹、クリームパンでよかった?」
「あ、ありがとうございます」
「あれ、どうしたの。顔青いけど」
「えっと、ちょっと寒くて……」

 言い訳をしながらパンを受け取る。

「和樹、今夜時間あるか? 阿久津からバイトの依頼が来た」
「時間ならありますけど……」
「悪いな。勉強忙しいのに」

 真が眉尻を下げる。
 ぶんぶんと首を振ると、真が依頼の説明を始めた。

「この間行った家具の量販店あるだろ」
「俺が布団買ったところですか?」
「そう。あそこに最近『出る』らしい」

 出る。ということは幽霊の類だろうか。
 本物はここにもひとりいるけど。

「閉店前に綺麗にしておいても、朝になったら荒らされていることが増えたらしい。不審者が侵入してるのかと思って監視カメラを確認したら」
「確認したら……?」
「家具が勝手に動いてたんだと」

 なんだそれ。ファンタジーな世界観ならともかく、量販店の家具が勝手に動くなんて気持ち悪すぎる。

「間違いなくなにか憑いてるから、原因を突き止めて祓ってくれとのことだ。報酬はかなり弾んでくれるらしい」
「てことは、夜に店に潜入するってことですか?」
「ああ。都合が悪ければ別の日にしてもらうが……」
「行きます」

 二つ返事で答えていた。
 お化けは勘弁だが、真の役に立つチャンスだ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...