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第三部
31話 お茶が沸くまで
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スマホをいじっていた真が険しい顔をする。
「悪い、阿久津から電話だ。ちょっと外に出る。ついでにコンビニ行ってくるけど、なんかほしいものあるか?」
「じゃあ俺お茶とパンほしい」
早見がリクエストする。
「幽霊には聞いてねえよ。和樹は?」
「あ、じゃあ俺もパンを」
「わかった」
真が靴をひっかけて外へ出ていく。
今のうちに大学の準備をしておこうと、リュックサックを漁る。先週の火曜日は大学をサボってしまった。本当なら誰かにノートを借りたいが、友達と言える友達がいない。
「なあなあ、なにしてんの」
早見が浮遊して周囲をぐるぐる回る。
「先週の授業に出られなかったので、ちょっと予習をしようかと」
「それってどの授業?」
「中級英語Ⅱですけど」
「あ、それなら俺聞いてたよ」
は?
目を丸くする。
「内容は大したことなかったけど、短いレポートが課題で出てたな。テーマは……」
早見が綺麗な発音で課題内容の英語を話す。
「待ってください、授業出たんですか? 幽霊なのに?」
「まあ暇だしなあ。後藤さんに借りた絵本読むか、大学の授業潜るしか暇潰しないし。こないだは理学部の実験に潜ろうとして追い出されたな」
この幽霊、何が何だかよくわからない。
「なあ、教えてやった代わりにお願いがあるんだけど」
「な、なんですか」
早見が色素の薄いめでじっと見てくる。
「茶が飲みたい。あと、『和樹』って漢字でどうやって書くのか教えて」
ひとつ売った恩で見返りを2つ求めるのか、この幽霊。
「わかりました。紅茶でいいですか。安いやつしかないですけど」
「いいよ」
ケトルで湯を沸かしながらティーバッグを探していると、後ろから「なあなあ」と早見の声がする。
「和樹、もう一個お願いがあるんだけど」
「見返り何回求める気ですかあんた……」
振り返って固まる。
押し入れにしまっていたはずの黒歴史小説「勇者華月の冒険」を、早見がぱらぱらとめくっていた。
「これ、漢字がいっぱいで読めない。なんて書いてあるの? 教えて」
「だめ! だめです!」
ノートをひったくろうとすると、早見がひょいとノートを持ち上げて、手がすかっと空を切る。
「ちょっと、返して!」
「なんで?」
「大事なものなんです!」
腕を伸ばしてノートを奪って、はっとした。
膝が早見の腹を貫通しており、目の前に美しい顔がある。
「うわっ、す、すみませ……」
早見の目がくるっと光る。
「和樹、昨日の夜、真にちんこ触らせてたでしょ」
バ、バレてる……。
だらだらと冷や汗を流していると、早見が和樹の肩に手を伸ばす。
「いいなあ、俺も和樹に触ってみたい」
なんだかものすごい告白をされた気がするが、早見はけろっとしていて真意がわからない。
「そ、そういうのは好きな子に言ってあげてください」
「好きな子? そんなの作ってどうすんの。俺もう死んでるのに」
まずい。デリカシーのないことを言ってしまった。
冷や汗の量を増やしていると、早見がふっと笑う。
「あはは、慌てすぎ」
「いえ、軽率でした……ごめんなさい」
ケトルがカチっとなって、湯が沸いたことを知らせる。
「いいよ、別に。お茶飲んでいい?」
「あ、どうぞ……」
ドッドッと鳴る心臓を抑えてノートを押し入れの深くに放り込んだとき、玄関で音がして真が帰ってきた。
「ただいま。和樹、クリームパンでよかった?」
「あ、ありがとうございます」
「あれ、どうしたの。顔青いけど」
「えっと、ちょっと寒くて……」
言い訳をしながらパンを受け取る。
「和樹、今夜時間あるか? 阿久津からバイトの依頼が来た」
「時間ならありますけど……」
「悪いな。勉強忙しいのに」
真が眉尻を下げる。
ぶんぶんと首を振ると、真が依頼の説明を始めた。
「この間行った家具の量販店あるだろ」
「俺が布団買ったところですか?」
「そう。あそこに最近『出る』らしい」
出る。ということは幽霊の類だろうか。
本物はここにもひとりいるけど。
「閉店前に綺麗にしておいても、朝になったら荒らされていることが増えたらしい。不審者が侵入してるのかと思って監視カメラを確認したら」
「確認したら……?」
「家具が勝手に動いてたんだと」
なんだそれ。ファンタジーな世界観ならともかく、量販店の家具が勝手に動くなんて気持ち悪すぎる。
「間違いなくなにか憑いてるから、原因を突き止めて祓ってくれとのことだ。報酬はかなり弾んでくれるらしい」
「てことは、夜に店に潜入するってことですか?」
「ああ。都合が悪ければ別の日にしてもらうが……」
「行きます」
二つ返事で答えていた。
お化けは勘弁だが、真の役に立つチャンスだ。
「悪い、阿久津から電話だ。ちょっと外に出る。ついでにコンビニ行ってくるけど、なんかほしいものあるか?」
「じゃあ俺お茶とパンほしい」
早見がリクエストする。
「幽霊には聞いてねえよ。和樹は?」
「あ、じゃあ俺もパンを」
「わかった」
真が靴をひっかけて外へ出ていく。
今のうちに大学の準備をしておこうと、リュックサックを漁る。先週の火曜日は大学をサボってしまった。本当なら誰かにノートを借りたいが、友達と言える友達がいない。
「なあなあ、なにしてんの」
早見が浮遊して周囲をぐるぐる回る。
「先週の授業に出られなかったので、ちょっと予習をしようかと」
「それってどの授業?」
「中級英語Ⅱですけど」
「あ、それなら俺聞いてたよ」
は?
目を丸くする。
「内容は大したことなかったけど、短いレポートが課題で出てたな。テーマは……」
早見が綺麗な発音で課題内容の英語を話す。
「待ってください、授業出たんですか? 幽霊なのに?」
「まあ暇だしなあ。後藤さんに借りた絵本読むか、大学の授業潜るしか暇潰しないし。こないだは理学部の実験に潜ろうとして追い出されたな」
この幽霊、何が何だかよくわからない。
「なあ、教えてやった代わりにお願いがあるんだけど」
「な、なんですか」
早見が色素の薄いめでじっと見てくる。
「茶が飲みたい。あと、『和樹』って漢字でどうやって書くのか教えて」
ひとつ売った恩で見返りを2つ求めるのか、この幽霊。
「わかりました。紅茶でいいですか。安いやつしかないですけど」
「いいよ」
ケトルで湯を沸かしながらティーバッグを探していると、後ろから「なあなあ」と早見の声がする。
「和樹、もう一個お願いがあるんだけど」
「見返り何回求める気ですかあんた……」
振り返って固まる。
押し入れにしまっていたはずの黒歴史小説「勇者華月の冒険」を、早見がぱらぱらとめくっていた。
「これ、漢字がいっぱいで読めない。なんて書いてあるの? 教えて」
「だめ! だめです!」
ノートをひったくろうとすると、早見がひょいとノートを持ち上げて、手がすかっと空を切る。
「ちょっと、返して!」
「なんで?」
「大事なものなんです!」
腕を伸ばしてノートを奪って、はっとした。
膝が早見の腹を貫通しており、目の前に美しい顔がある。
「うわっ、す、すみませ……」
早見の目がくるっと光る。
「和樹、昨日の夜、真にちんこ触らせてたでしょ」
バ、バレてる……。
だらだらと冷や汗を流していると、早見が和樹の肩に手を伸ばす。
「いいなあ、俺も和樹に触ってみたい」
なんだかものすごい告白をされた気がするが、早見はけろっとしていて真意がわからない。
「そ、そういうのは好きな子に言ってあげてください」
「好きな子? そんなの作ってどうすんの。俺もう死んでるのに」
まずい。デリカシーのないことを言ってしまった。
冷や汗の量を増やしていると、早見がふっと笑う。
「あはは、慌てすぎ」
「いえ、軽率でした……ごめんなさい」
ケトルがカチっとなって、湯が沸いたことを知らせる。
「いいよ、別に。お茶飲んでいい?」
「あ、どうぞ……」
ドッドッと鳴る心臓を抑えてノートを押し入れの深くに放り込んだとき、玄関で音がして真が帰ってきた。
「ただいま。和樹、クリームパンでよかった?」
「あ、ありがとうございます」
「あれ、どうしたの。顔青いけど」
「えっと、ちょっと寒くて……」
言い訳をしながらパンを受け取る。
「和樹、今夜時間あるか? 阿久津からバイトの依頼が来た」
「時間ならありますけど……」
「悪いな。勉強忙しいのに」
真が眉尻を下げる。
ぶんぶんと首を振ると、真が依頼の説明を始めた。
「この間行った家具の量販店あるだろ」
「俺が布団買ったところですか?」
「そう。あそこに最近『出る』らしい」
出る。ということは幽霊の類だろうか。
本物はここにもひとりいるけど。
「閉店前に綺麗にしておいても、朝になったら荒らされていることが増えたらしい。不審者が侵入してるのかと思って監視カメラを確認したら」
「確認したら……?」
「家具が勝手に動いてたんだと」
なんだそれ。ファンタジーな世界観ならともかく、量販店の家具が勝手に動くなんて気持ち悪すぎる。
「間違いなくなにか憑いてるから、原因を突き止めて祓ってくれとのことだ。報酬はかなり弾んでくれるらしい」
「てことは、夜に店に潜入するってことですか?」
「ああ。都合が悪ければ別の日にしてもらうが……」
「行きます」
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