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第二部
24話 妖姫神
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何か幸せな夢を見ていた気がする。
多幸感に包まれて、和樹は目を覚ました。
こちらを見下ろしている真と目が合う。
「寝ながらにやにやしてたぞ。いい夢見れたか?」
「えへ、でもなんか……起きてる方が幸せかも」
胸元に抱き着くと、よしよしと頭を撫でられた。触れている箇所が全部心地いい。おみくじアプリはまだ開いていないが、今日は大吉に違いない。
「体は?」
優しく甘ったるい声で尋ねられる。
「平気です」
「よかった。今日何か予定は?」
「ええと、期末試験の勉強をしなきゃいけないくらいで、特には……」
「あー、学生ってそういうのもあるのか」
真が和樹のつむじをすんすんと嗅ぐ。くすぐったさに身をよじっていると、目を覗くようにじっと見つめられた。
「お前がよければなんだけど、今日妖姫神を祓ってみないか?」
「え」
「考えてたんだ。加護を取り払ったうえで、ちゃんと和樹のこと愛したいって」
和樹は黙り込んだ。
正直不安があった。妖姫神の加護がなくなっても、真は自分を好きでいてくれるだろうか? それとも冷めてしまうのだろうか。
真に頭を抱きしめられる。
「お前の心配してることはわかってる。でも絶対にそんなことにはならないから」
「……わかりました、祓いたいです、俺も」
鎖骨に向かって返事をすると、再び後頭部を撫でられた。
「ありがとう。俺は呪いは祓ったことはあるが、加護の祓いはまだやったことがない。阿久津にも協力してもらうことになると思う。一応、な」
「はい」
真の首の後ろに手をまわしてしがみつく。
ずっとこのままがいい。そう思う自分と、本当の意味で好きになってもらいたい、そう思う自分がせめぎあって苦しかった。
* * *
大学の研究室で阿久津を待つ間、真は何も言わずに和樹の手を握っていた。
十数分後、足音がして、ちゃんちゃんこ姿の阿久津が現れる。
「ごめんごめん、待った?」
「いや」
「和樹くんは千葉から来てくれた? わざわざ悪いね」
いえ、その、と和樹が口ごもる。
「あ、もしかして真の部屋に泊まったの?」
「……はい」
こんなの「ヤりました」と言っているようなものだ。
顔を赤くしていると、阿久津が細い目を少し開けてじろじろ眺めてきた。
「相変わらず、なかなか強い加護だね。和樹くんの後ろにキラキラエフェクトが見えるし、どうにかして好かれたいと思ってしまう」
「え」
冗談ですよね、と聞く前に、「僕もあてられそうだよ」と阿久津がにやにやする。
冗談なのか本気なのかわからない。
「そろそろ本題に移ろうか。妖姫を祓いたいって話だったよね」
「ああ」
「真って加護は祓ったことないでしょ。大丈夫なの?」
「……わからん、正直」
「まあやるだけやってみようか」
3人で隣の祓い部屋に入った。
真が装束に着替えている間、居心地悪く床や壁を眺める。
「準備できた? じゃあ妖姫神を降ろすよ」
阿久津が和樹を祭壇の前に立たせ、榊を手に持って祝詞を唱え始めた。
「妖姫神よ、御姿を顕現せしめ給え、顕現せしめ給え、顕現……和樹くん、もっと集中して」
注意されてはっと我に返る。
「あ……すみません」
「君も祈ってごらん。なんでもいいから」
「はい……」
目を閉じて祈る。妖姫神様、どうかお姿をあらわしください。どうか、どうか……。
「そなたはそれでよいのか?」
女性の声が聞こえた。
はっと顔を上げる。阿久津と真にも聞こえたようで、2人ともきょろきょろしている。
「こっちじゃこっち。窓の方を見い」
驚いて窓ガラスを見ると、背丈は2mほどもありそうな大柄な女が和樹の傍に立っているのが映って見えた。白い着物を胸元まではだけさせ、脚が裾から妖艶に露出している。頭には光り輝く金冠のついたかんざしを挿している。
慌てて振り返るが、誰もいない。
「わらわはこっちじゃ」
「あ、あなたが妖姫神様ですか?」
「そうじゃ。かわいい子よ」
妖姫神がガラスに映った和樹の顎をするりと撫でる。
阿久津が汗のにじむ額を拭いて、真に目くばせする。
「ついにおでましか。真」
「ああ」
真が窓に近づいて、妖姫神を見つめた。
「妖姫神、和樹に憑くのをやめてもらえないだろうか」
「それはならぬ」
「なぜ!」
「わらわは和樹を気に入ったのじゃ。今ではこの子に執着さえしておる。憑き落とそうとは思わんことじゃの」
真が舌打ちして、榊を握りしめる。
「それなら強引にでも祓うまで……」
「真さん、待ってください!」
和樹が声で真を制し、窓の妖姫神を見上げる。
「妖姫様は俺のどこを気に入ったんですか?」
妖姫神が白目のない眼を細める。
「おぬしはなかなか面白いからの。見ていて飽きない」
「じゃあ……それなら、俺から加護だけでも取り払ってくれないでしょうか?」
「ふむ、加護とな。じゃが、この魅了の加護はおぬしにとってよいことばかりじゃろうに」
「違うんです……」
和樹が両手を握りしめる。
「真さんが俺のことを好きなのは、少なからず加護の影響があると思うんです。……俺は真さんと本当の意味で結ばれたい。だから、お願いします!」
「ふむ、それは変じゃのう」
妖姫神が妖しくにやにやし始めた。
「わしが和樹に加護を授けたのは、畜生の像の前であったぞ」
「畜生……? ハチ公像のことですか?」
頭が混乱してきた。つまり、どういうことだ?
「そなたらの言葉でいえば、真が初めて和樹に好きだと言ったのは、わらわが和樹に加護を授けるより前、ということじゃの」
「は……」
真の口から声が漏れる。
「はああああああ!?」
多幸感に包まれて、和樹は目を覚ました。
こちらを見下ろしている真と目が合う。
「寝ながらにやにやしてたぞ。いい夢見れたか?」
「えへ、でもなんか……起きてる方が幸せかも」
胸元に抱き着くと、よしよしと頭を撫でられた。触れている箇所が全部心地いい。おみくじアプリはまだ開いていないが、今日は大吉に違いない。
「体は?」
優しく甘ったるい声で尋ねられる。
「平気です」
「よかった。今日何か予定は?」
「ええと、期末試験の勉強をしなきゃいけないくらいで、特には……」
「あー、学生ってそういうのもあるのか」
真が和樹のつむじをすんすんと嗅ぐ。くすぐったさに身をよじっていると、目を覗くようにじっと見つめられた。
「お前がよければなんだけど、今日妖姫神を祓ってみないか?」
「え」
「考えてたんだ。加護を取り払ったうえで、ちゃんと和樹のこと愛したいって」
和樹は黙り込んだ。
正直不安があった。妖姫神の加護がなくなっても、真は自分を好きでいてくれるだろうか? それとも冷めてしまうのだろうか。
真に頭を抱きしめられる。
「お前の心配してることはわかってる。でも絶対にそんなことにはならないから」
「……わかりました、祓いたいです、俺も」
鎖骨に向かって返事をすると、再び後頭部を撫でられた。
「ありがとう。俺は呪いは祓ったことはあるが、加護の祓いはまだやったことがない。阿久津にも協力してもらうことになると思う。一応、な」
「はい」
真の首の後ろに手をまわしてしがみつく。
ずっとこのままがいい。そう思う自分と、本当の意味で好きになってもらいたい、そう思う自分がせめぎあって苦しかった。
* * *
大学の研究室で阿久津を待つ間、真は何も言わずに和樹の手を握っていた。
十数分後、足音がして、ちゃんちゃんこ姿の阿久津が現れる。
「ごめんごめん、待った?」
「いや」
「和樹くんは千葉から来てくれた? わざわざ悪いね」
いえ、その、と和樹が口ごもる。
「あ、もしかして真の部屋に泊まったの?」
「……はい」
こんなの「ヤりました」と言っているようなものだ。
顔を赤くしていると、阿久津が細い目を少し開けてじろじろ眺めてきた。
「相変わらず、なかなか強い加護だね。和樹くんの後ろにキラキラエフェクトが見えるし、どうにかして好かれたいと思ってしまう」
「え」
冗談ですよね、と聞く前に、「僕もあてられそうだよ」と阿久津がにやにやする。
冗談なのか本気なのかわからない。
「そろそろ本題に移ろうか。妖姫を祓いたいって話だったよね」
「ああ」
「真って加護は祓ったことないでしょ。大丈夫なの?」
「……わからん、正直」
「まあやるだけやってみようか」
3人で隣の祓い部屋に入った。
真が装束に着替えている間、居心地悪く床や壁を眺める。
「準備できた? じゃあ妖姫神を降ろすよ」
阿久津が和樹を祭壇の前に立たせ、榊を手に持って祝詞を唱え始めた。
「妖姫神よ、御姿を顕現せしめ給え、顕現せしめ給え、顕現……和樹くん、もっと集中して」
注意されてはっと我に返る。
「あ……すみません」
「君も祈ってごらん。なんでもいいから」
「はい……」
目を閉じて祈る。妖姫神様、どうかお姿をあらわしください。どうか、どうか……。
「そなたはそれでよいのか?」
女性の声が聞こえた。
はっと顔を上げる。阿久津と真にも聞こえたようで、2人ともきょろきょろしている。
「こっちじゃこっち。窓の方を見い」
驚いて窓ガラスを見ると、背丈は2mほどもありそうな大柄な女が和樹の傍に立っているのが映って見えた。白い着物を胸元まではだけさせ、脚が裾から妖艶に露出している。頭には光り輝く金冠のついたかんざしを挿している。
慌てて振り返るが、誰もいない。
「わらわはこっちじゃ」
「あ、あなたが妖姫神様ですか?」
「そうじゃ。かわいい子よ」
妖姫神がガラスに映った和樹の顎をするりと撫でる。
阿久津が汗のにじむ額を拭いて、真に目くばせする。
「ついにおでましか。真」
「ああ」
真が窓に近づいて、妖姫神を見つめた。
「妖姫神、和樹に憑くのをやめてもらえないだろうか」
「それはならぬ」
「なぜ!」
「わらわは和樹を気に入ったのじゃ。今ではこの子に執着さえしておる。憑き落とそうとは思わんことじゃの」
真が舌打ちして、榊を握りしめる。
「それなら強引にでも祓うまで……」
「真さん、待ってください!」
和樹が声で真を制し、窓の妖姫神を見上げる。
「妖姫様は俺のどこを気に入ったんですか?」
妖姫神が白目のない眼を細める。
「おぬしはなかなか面白いからの。見ていて飽きない」
「じゃあ……それなら、俺から加護だけでも取り払ってくれないでしょうか?」
「ふむ、加護とな。じゃが、この魅了の加護はおぬしにとってよいことばかりじゃろうに」
「違うんです……」
和樹が両手を握りしめる。
「真さんが俺のことを好きなのは、少なからず加護の影響があると思うんです。……俺は真さんと本当の意味で結ばれたい。だから、お願いします!」
「ふむ、それは変じゃのう」
妖姫神が妖しくにやにやし始めた。
「わしが和樹に加護を授けたのは、畜生の像の前であったぞ」
「畜生……? ハチ公像のことですか?」
頭が混乱してきた。つまり、どういうことだ?
「そなたらの言葉でいえば、真が初めて和樹に好きだと言ったのは、わらわが和樹に加護を授けるより前、ということじゃの」
「は……」
真の口から声が漏れる。
「はああああああ!?」
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