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第二部
18話 三尾の狐
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「ああっ」
真の指が後孔を蹂躙する。
「はやく、いれて……」
ふにゃふにゃした声でねだると、「いれるぞ」と真の声が反響するように聞こえた。
「うん、はやく……」
尻をぐいと突き出そうとしたとき、ジリリリリとベルの音がする。
はっと飛び起きて尻を触る。
「夢かあ……」
がっくりと肩を落として、もぞもぞと布団から這い出した。
こんな夢を見たのには明らかに原因があって、ここ数日、夜に風呂場で少し後ろをいじってみたせいだ。
真が自分のことを好きなのは呪いのせいかもしれないが、それはそうとセックスするには準備が必要だ。
村で触られた時は確かに快感があったのだが、自分で触ってもいまいちぴんとこない。
スマホの電源を入れたくないので、ここ数日は古い目覚まし時計を使っている。
阿久津に借りたガラケーの中に入っていたおみくじアプリを起動するのも最近の日課だ。
本日土曜日の運勢は吉。うーん、普通。
しゃこしゃこ歯磨きをして寝癖を整える。しばらく髪を切っていないのでかなり伸びている。
そろそろ切りにいかなきゃな。どのくらいお金かかるかな。頭の中で家計簿を計算しながら、はたと手を止める。
もしかして、仕送りを止められてはいないだろうか。母親や親族からの連絡はすべて無視しているし、もしかしたら……。
震える手でスマホの電源を入れ、通帳アプリを立ち上げる。
最後の仕送りは一昨日。いつもの額だ。
よかった、と胸をなでおろすと同時に、不安が押し寄せてくる。このまま永遠に無視し続けるわけにもいかないだろう。生活費くらいならアルバイトで工面できるかもしれないが、学費は到底無理だ。
とりあえずなるべく貯金だけしておいてあとで考えればいいか。
いったん先延ばしにしてアパートを出た。
初めての仕事は埼玉県。山手線の駒込で真と、池袋で阿久津と合流して、目的地まで行く予定だ。
駒込で電車を下りて駅のホームでダウンジャケットに手を突っ込み待っていると、後ろから頭に手を乗せられた。
「よ」
「真さん! おはようございます」
大きなリュックサックを背負った真の目の下には、深いくまができている。
「寝不足ですか」
「そりゃまあ……てかお前は平気なの?」
「わ、割と。でも夢見がいいのか悪いのか……えっちな夢見ちゃって……」
両手を口に当てて見上げると、真がまじまじとこちらを見ていた。
「お前って結構度胸座ってんのな。お祓いの前日に淫夢なんて見てられねえよ」
電車が来たので並んで乗り込む。
「そんなにお祓いってきついんですか」
「まあ神経は使うよな」
「へえ」
池袋で改札を出て、人の流れに沿って歩いていると、私鉄の改札前に阿久津が立っていた。
今日の阿久津はちゃんちゃんこではなくしゃきっとしたジャケットを羽織っている。似合うというよりかなり胡散臭く見えるが。
「やあ。時間ぴったりだね」
3人で電車に乗り込み、埼玉の某市へ向かった。
* * *
阿久津が一軒家のインターホンを押すと、ぱたぱたとスリッパの足音がして、疲れた様子の中年女性が出てきた。
「お祓い屋さんですか?」
「はい、先日ご連絡差し上げた阿久津淳也と申します」
「祓い屋の夏岡真です」
真の苗字は夏岡というのか。
新しく得た知識に少しうれしい気持ちになりながら、「松村和樹です」と挨拶する。
「お待ちしてました。どうぞ上がってください。うちの息子、お友達と心霊スポットに行った後から具合が悪くなってしまって」
「病院へは行かれましたか?」
阿久津が靴を脱ぎながら尋ねる。
「ええ。でも何も異常は見つかりませんでした。神社でお祓いもしてもらったんですけど、それでもだめで……藁にもすがる思いです。お三方とも、お祓いや神道にお詳しいんですよね?」
オカルト研究者に、土着信仰のゆるふわ神職、黄泉の国のこと以外は専門外の大学1年生。とても詳しいなんて言えないが。
「もちろんですよ! 請け負います」
阿久津が胸を張って答えた。
「タカシ、開けるわよ」
母親が2階の一室のドアをノックしてそっと開ける。
6畳ほどのあたたかい部屋。ベッドに男子高校生が横たわってうなされている。
「昨日の昼から熱がでてずっとこの様子なんです」
「ふむふむ、ちょっとお顔を拝見」
阿久津が男子高校生の顔に触れる。そのまま頭をさわさわと触って、真に向かって少し目くばせをした。
「お母さまは1階でお待ちください」
「え、ですが……」
「お祓いに神職以外の存在は禁物です。心中お察ししますがここはどうか……」
「わ、わかりました」
母親が退席し、ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。
「頭蓋骨がわずかだが変形している。こりゃ狐だね」
阿久津のセリフに、「おそらくな」と真がうなずく。
「狐?」
和樹が首を傾げると、阿久津が説明してくれる。
「狐憑きって聞いたことない? 人間を呪う憑き物は何も神様だけじゃない。神、怨霊、物の怪、魔物、妖狐、その他諸々」
「その他諸々?」
「分類できないやつが多いってことだよ。今回は間違いなく狐だね。心霊スポットは山の墓場にでも行ったんだろう。まあ一応混ざりものがないか術式で確認するけどね」
阿久津がビジネスバッグからガチャガチャのカプセルを取り出す。中から出てきたのは手のひらサイズの祭壇だった。
小さな祭壇を床に置いて、小さな榊の葉っぱでぶつぶつと術式を唱える。
「うんたらかんたらごにょごにょ、顕現せしめ、ごにょごにょごにょ……」
固唾をのんで見守っていると、小さな甲高い音が男子高校生の体から聞こえ始めた。
「ケーン、ンヌヌヌ、ギーッ!」
音に合わせて男子高校生の首のあたりから半透明の煙が立ち上る。煙はゆらゆらと形を変えて、少しずつ獣の姿になった。
狐。尻尾が三本ある。
「ふう、やっぱり狐だったね」
阿久津が榊を下ろして汗をぬぐう。
「狐ってあれですか?」
紫の煙を指さすと、真と阿久津が顔を見合わせる。
「……俺には何も見えないが」
「僕にも見えない。何が見えるんだい?」
尻尾が3つある狐が見える。苦しんでいるように鳴いていると説明すると、阿久津が白い眉間を険しくした。
「普通術式をつかわないと憑き物の全貌はわからないんだよ。目視なんてもってのほかだ。でも和樹くんは神に魅入られている状態だから見えるのかもしれないね。ちょっと狐に話しかけてみてくれ。できれば和樹くんに憑くようお願いして」
「は、はい」
煙に一歩近づいて、おずおずと話しかける。
「あの、狐さん」
狐にじろりとにらまれて和樹はたじろいだ。
「俺、和樹といいます」
「汝、何ト言ヘリ」
甲高い音が聞こえる。何を言っているのかわからないが、会話しようとしているのはわかる。
「あの、よかったらでいいんですけど、俺に憑いてみませんか?」
「……汝、イトウマニコソ見ユル。此ノ身ヲ捨テ、汝ガ身ニ移リ住マン」
煙がいきなり和樹の顔に向かって飛んできた。
「うわっ!」
「和樹!」
よろめく和樹の体を真が慌てて支える。
頭が一瞬キーンと痛んだ。
「うっ……」
「大丈夫か!」
「も、もう大丈夫です」
阿久津が険しい顔のまま尋ねる。
「狐は何と?」
「ええっと、何か古文で話してはいたんですけど……」
「古文? 古めかしい言葉ってことか。これは最近の妖狐じゃないな。真、ちょっと和樹くんの頭を確認するよ」
真に断りをいれてから、阿久津が和樹の頭に触れる。
「頭蓋骨が変形している。憑いたね。よくやった」
「こ、これって今俺に狐が憑いてる状態ってことですか?」
「そういうこと。ふつう憑かれ屋にこんなに早く憑くことはないんだけど、和樹くんの魅了の加護が役に立ったのかもね」
阿久津が手早く祭壇と榊を片付ける。
「じゃ、行こうか。近くの公民館を取ってある」
「ここで祓うんじゃないんですか?」
「もうお客さんの憑き物は取れたからね。お祓いは移動先でやるよ」
真の指が後孔を蹂躙する。
「はやく、いれて……」
ふにゃふにゃした声でねだると、「いれるぞ」と真の声が反響するように聞こえた。
「うん、はやく……」
尻をぐいと突き出そうとしたとき、ジリリリリとベルの音がする。
はっと飛び起きて尻を触る。
「夢かあ……」
がっくりと肩を落として、もぞもぞと布団から這い出した。
こんな夢を見たのには明らかに原因があって、ここ数日、夜に風呂場で少し後ろをいじってみたせいだ。
真が自分のことを好きなのは呪いのせいかもしれないが、それはそうとセックスするには準備が必要だ。
村で触られた時は確かに快感があったのだが、自分で触ってもいまいちぴんとこない。
スマホの電源を入れたくないので、ここ数日は古い目覚まし時計を使っている。
阿久津に借りたガラケーの中に入っていたおみくじアプリを起動するのも最近の日課だ。
本日土曜日の運勢は吉。うーん、普通。
しゃこしゃこ歯磨きをして寝癖を整える。しばらく髪を切っていないのでかなり伸びている。
そろそろ切りにいかなきゃな。どのくらいお金かかるかな。頭の中で家計簿を計算しながら、はたと手を止める。
もしかして、仕送りを止められてはいないだろうか。母親や親族からの連絡はすべて無視しているし、もしかしたら……。
震える手でスマホの電源を入れ、通帳アプリを立ち上げる。
最後の仕送りは一昨日。いつもの額だ。
よかった、と胸をなでおろすと同時に、不安が押し寄せてくる。このまま永遠に無視し続けるわけにもいかないだろう。生活費くらいならアルバイトで工面できるかもしれないが、学費は到底無理だ。
とりあえずなるべく貯金だけしておいてあとで考えればいいか。
いったん先延ばしにしてアパートを出た。
初めての仕事は埼玉県。山手線の駒込で真と、池袋で阿久津と合流して、目的地まで行く予定だ。
駒込で電車を下りて駅のホームでダウンジャケットに手を突っ込み待っていると、後ろから頭に手を乗せられた。
「よ」
「真さん! おはようございます」
大きなリュックサックを背負った真の目の下には、深いくまができている。
「寝不足ですか」
「そりゃまあ……てかお前は平気なの?」
「わ、割と。でも夢見がいいのか悪いのか……えっちな夢見ちゃって……」
両手を口に当てて見上げると、真がまじまじとこちらを見ていた。
「お前って結構度胸座ってんのな。お祓いの前日に淫夢なんて見てられねえよ」
電車が来たので並んで乗り込む。
「そんなにお祓いってきついんですか」
「まあ神経は使うよな」
「へえ」
池袋で改札を出て、人の流れに沿って歩いていると、私鉄の改札前に阿久津が立っていた。
今日の阿久津はちゃんちゃんこではなくしゃきっとしたジャケットを羽織っている。似合うというよりかなり胡散臭く見えるが。
「やあ。時間ぴったりだね」
3人で電車に乗り込み、埼玉の某市へ向かった。
* * *
阿久津が一軒家のインターホンを押すと、ぱたぱたとスリッパの足音がして、疲れた様子の中年女性が出てきた。
「お祓い屋さんですか?」
「はい、先日ご連絡差し上げた阿久津淳也と申します」
「祓い屋の夏岡真です」
真の苗字は夏岡というのか。
新しく得た知識に少しうれしい気持ちになりながら、「松村和樹です」と挨拶する。
「お待ちしてました。どうぞ上がってください。うちの息子、お友達と心霊スポットに行った後から具合が悪くなってしまって」
「病院へは行かれましたか?」
阿久津が靴を脱ぎながら尋ねる。
「ええ。でも何も異常は見つかりませんでした。神社でお祓いもしてもらったんですけど、それでもだめで……藁にもすがる思いです。お三方とも、お祓いや神道にお詳しいんですよね?」
オカルト研究者に、土着信仰のゆるふわ神職、黄泉の国のこと以外は専門外の大学1年生。とても詳しいなんて言えないが。
「もちろんですよ! 請け負います」
阿久津が胸を張って答えた。
「タカシ、開けるわよ」
母親が2階の一室のドアをノックしてそっと開ける。
6畳ほどのあたたかい部屋。ベッドに男子高校生が横たわってうなされている。
「昨日の昼から熱がでてずっとこの様子なんです」
「ふむふむ、ちょっとお顔を拝見」
阿久津が男子高校生の顔に触れる。そのまま頭をさわさわと触って、真に向かって少し目くばせをした。
「お母さまは1階でお待ちください」
「え、ですが……」
「お祓いに神職以外の存在は禁物です。心中お察ししますがここはどうか……」
「わ、わかりました」
母親が退席し、ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。
「頭蓋骨がわずかだが変形している。こりゃ狐だね」
阿久津のセリフに、「おそらくな」と真がうなずく。
「狐?」
和樹が首を傾げると、阿久津が説明してくれる。
「狐憑きって聞いたことない? 人間を呪う憑き物は何も神様だけじゃない。神、怨霊、物の怪、魔物、妖狐、その他諸々」
「その他諸々?」
「分類できないやつが多いってことだよ。今回は間違いなく狐だね。心霊スポットは山の墓場にでも行ったんだろう。まあ一応混ざりものがないか術式で確認するけどね」
阿久津がビジネスバッグからガチャガチャのカプセルを取り出す。中から出てきたのは手のひらサイズの祭壇だった。
小さな祭壇を床に置いて、小さな榊の葉っぱでぶつぶつと術式を唱える。
「うんたらかんたらごにょごにょ、顕現せしめ、ごにょごにょごにょ……」
固唾をのんで見守っていると、小さな甲高い音が男子高校生の体から聞こえ始めた。
「ケーン、ンヌヌヌ、ギーッ!」
音に合わせて男子高校生の首のあたりから半透明の煙が立ち上る。煙はゆらゆらと形を変えて、少しずつ獣の姿になった。
狐。尻尾が三本ある。
「ふう、やっぱり狐だったね」
阿久津が榊を下ろして汗をぬぐう。
「狐ってあれですか?」
紫の煙を指さすと、真と阿久津が顔を見合わせる。
「……俺には何も見えないが」
「僕にも見えない。何が見えるんだい?」
尻尾が3つある狐が見える。苦しんでいるように鳴いていると説明すると、阿久津が白い眉間を険しくした。
「普通術式をつかわないと憑き物の全貌はわからないんだよ。目視なんてもってのほかだ。でも和樹くんは神に魅入られている状態だから見えるのかもしれないね。ちょっと狐に話しかけてみてくれ。できれば和樹くんに憑くようお願いして」
「は、はい」
煙に一歩近づいて、おずおずと話しかける。
「あの、狐さん」
狐にじろりとにらまれて和樹はたじろいだ。
「俺、和樹といいます」
「汝、何ト言ヘリ」
甲高い音が聞こえる。何を言っているのかわからないが、会話しようとしているのはわかる。
「あの、よかったらでいいんですけど、俺に憑いてみませんか?」
「……汝、イトウマニコソ見ユル。此ノ身ヲ捨テ、汝ガ身ニ移リ住マン」
煙がいきなり和樹の顔に向かって飛んできた。
「うわっ!」
「和樹!」
よろめく和樹の体を真が慌てて支える。
頭が一瞬キーンと痛んだ。
「うっ……」
「大丈夫か!」
「も、もう大丈夫です」
阿久津が険しい顔のまま尋ねる。
「狐は何と?」
「ええっと、何か古文で話してはいたんですけど……」
「古文? 古めかしい言葉ってことか。これは最近の妖狐じゃないな。真、ちょっと和樹くんの頭を確認するよ」
真に断りをいれてから、阿久津が和樹の頭に触れる。
「頭蓋骨が変形している。憑いたね。よくやった」
「こ、これって今俺に狐が憑いてる状態ってことですか?」
「そういうこと。ふつう憑かれ屋にこんなに早く憑くことはないんだけど、和樹くんの魅了の加護が役に立ったのかもね」
阿久津が手早く祭壇と榊を片付ける。
「じゃ、行こうか。近くの公民館を取ってある」
「ここで祓うんじゃないんですか?」
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