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第二部
16話 呪いとご加護
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ハチ公前には少し早く着いた。
大学にはマスクを着けていったにもかかわらず、「あの人……」「ニュースの……」とひそひそ噂された。
相当騒ぎになったらしい。恐る恐る見たニュースサイトにはばっちり載っていた。
昨日はSNSのトレンドの下の方にも少し乗ったらしい。出身高校や本名も特定されている。
スマホはメールと母親や親族からの鬼電の通知まみれで使い物にならない。
渋谷駅前は人でごった返していて、だれも自分に興味なんてなさそうでほっとした。
そういえば、真の連絡先をメール以外知らない。
「悪い、待たせたか?」
人込みからぬっと現れるように出てきた真に声をかけられる。
「いえ、全然!」
ぴょこっと背筋を伸ばすと、真がふっと笑う。
「……なんか妙にかわいいなお前」
「えっ」
「何でもない。行くぞ」
すたすたと歩きだす真を和樹は慌てて追いかけた。
表参道方面の住宅街を南東に向かって歩く。ポケットに突っ込まれた真の手を見て、和樹はごくっと唾を飲み込んだ。
手、とかつないでもいいんだろうか。
いやさすがに。人通り多いし。男同士だし。
いやでもつなぎたいし。恋人だし。いやでも……。
「何してんだ、着いたぞ」
はっとして顔を上げると、柵に囲まれた緑豊かな建物の門の前にいた。
「ここ、大学ですか?」
「神道系の私立大学だ。聞いたことくらいはあるだろ」
「知ってるも何も、俺去年ここ受験しましたよ」
真が目を丸くする。
「まじ?」
「第一志望で受かったけど世田谷の実家から通える範囲だったので諦めました。一人暮らししたかったんで」
「なるほどなあ」
前後に並んで門をくぐる。
「じゃあ和樹も俺の後輩になるかもしれなかったってわけか」
「真さんはここの出身なんですか?」
「ああ。ここの博士の学生と学部時代の同期でな。仕事を融通してもらってる」
白い建物に入ってエレベーターで上に昇り、掲示物で雑然とした廊下を進む。
一番奥の扉を真がノックなしに開けた。
「阿久津、俺だ」
埃っぽい本棚の奥にボロっとした大きめの机が配置されている。机で読書していた男が本を閉じて真に向かって手をあげる。
「おー、いらっしゃい」
阿久津と呼ばれた男は糸目で、線の細い体躯にちゃんちゃんこを羽織っている。
「あれ、その子うちの学生さん?」
阿久津が首をかしげて和樹を見つめた。
「松村和樹です。他大学の宗教科の1年です」
「へえ、よその学生さんか。珍しいね。僕は人間文化総合科、道尾研ドクターコースの阿久津淳也です、よろしく。ってあれ?」
机の周りを回って阿久津が和樹の顔を覗き込んだ。
「どこかで見たことが……てかよく見たらSNSでバズってた子?」
「お恥ずかしながら……」
「見たよ~あの動画。結局好きな人とは会えたの?」
和樹の肩に触れようとした阿久津の手を真が払う。
「触んな」
一瞬きょとんとした後、阿久津の口がにんまりとゆがんだ。
「えー、もしかして動画で言ってた『マコトさん』って真のこと? 僕、てっきり『マコトさん』って女性かと」
「……俺のだから無許可で触ったら容赦しねえ」
「へえ~! 『昨日できた恋人』ってわけね。真、男の趣味とかあったんだ」
まあまあ座んなよ、と阿久津に勧められて、ささくれた椅子に腰かける。
「それで、なんで真は和樹くんを連れてきたの?」
阿久津が真に尋ねる。
「うちの仕事を融通してやれないかと思ってな」
「一般人に融通できる仕事なんて何もないけど」
「それが和樹はちょっと特殊なんだよ。黄泉の神に魅入られたのに1日祓っただけで憑きが取れた。それに俺の親父の装束を着ても1晩無傷だった」
途中まで興味なさそうに聞いていた阿久津が、装束の話のあたりで細い目を開く。
「え、あの装束? 僕も5分しかもたなかったのに」
「なぜだかわからんが、和樹は俺と同じ特別な体質なんだと思う」
「体質というか、それ、なにかやばい物の怪の類に魅入られてない?」
和樹と真が顔を見合わせる。阿久津が「んー」と言いながら考えるように額をつついた。
「和樹くん、今までに何か心当たりはない? 神や物の怪の怒りを買うような経験は」
「ええっと……」
今まで(竜星たちが)壊してきた数々の祠を思い出す。
「正直……たくさんあります」
「わかった。ちょっと確かめてみよう。こっちへおいで」
阿久津が立ち上がって、隣の部屋へ続く扉を開ける。教授の机でも置かれているのかと思っていたが、そこにあったのは簡素な祭壇と床に置かれた大量の草葉だった。
「これ榊の葉ですか?」
「全部フェイクグリーンだよ。うちの研究室予算ないから」
阿久津がちゃんちゃんこを脱ぎ捨てて、「Nice Guy」と書かれたロンT姿になった。
「和樹くん、祭壇の前に立って」
「……はい」
「緊張しないで。お祓いじゃなくて何が憑いてるのか確認するだけだから」
榊の葉(偽物)を持って、阿久津が和樹の隣に立つ。
「ちょっとだけ和樹くんに触るよ」
阿久津が真にお伺いを立てる。真も小さくうなずいた。
和樹の位置を調整し、阿久津が呪文のようなものを唱え始める。
「うんたらかんたら、此の者に宿りし神名を顕現せしめ給え」
数分間、静寂が訪れる。
「……ふう、だいたいわかったよ」
気温が低いというのに、阿久津の額には汗がびっしりついている。
「結論から言うと、加護と呪いが半々だね」
「憑き物の名前は?」
真が尋ねる。
「妖姫神が憑いてたよ。淫魔と神の中間の存在だ。もしかして最近、鳥居か何かをまたいだりした?」
あの村の祠を壊したときに、15センチほどの小さい鳥居をまたいだ記憶がある。
和樹はうなずいた。
「またいだと思います」
「妖姫神が鳥居で休んでいるときに、ちょうど君にまたがれたもんだから怒りを買って呪われたらしい。ただ、妖姫神は途中から和樹くんをいたく気に入ったみたいで、加護を授けた」
「加護?」
「君を見た人間が君に好意的になる加護だよ。妖姫神は淫魔だから、他人を誘惑し魅了する加護と言ってもいい」
何か嫌な予感がする。それは真も同じのようで、食い入るように阿久津を睨んでいる。
「はっきり言うよ。真が和樹くんのことを好きになったのは、妖姫神の加護の影響である可能性が高い」
大学にはマスクを着けていったにもかかわらず、「あの人……」「ニュースの……」とひそひそ噂された。
相当騒ぎになったらしい。恐る恐る見たニュースサイトにはばっちり載っていた。
昨日はSNSのトレンドの下の方にも少し乗ったらしい。出身高校や本名も特定されている。
スマホはメールと母親や親族からの鬼電の通知まみれで使い物にならない。
渋谷駅前は人でごった返していて、だれも自分に興味なんてなさそうでほっとした。
そういえば、真の連絡先をメール以外知らない。
「悪い、待たせたか?」
人込みからぬっと現れるように出てきた真に声をかけられる。
「いえ、全然!」
ぴょこっと背筋を伸ばすと、真がふっと笑う。
「……なんか妙にかわいいなお前」
「えっ」
「何でもない。行くぞ」
すたすたと歩きだす真を和樹は慌てて追いかけた。
表参道方面の住宅街を南東に向かって歩く。ポケットに突っ込まれた真の手を見て、和樹はごくっと唾を飲み込んだ。
手、とかつないでもいいんだろうか。
いやさすがに。人通り多いし。男同士だし。
いやでもつなぎたいし。恋人だし。いやでも……。
「何してんだ、着いたぞ」
はっとして顔を上げると、柵に囲まれた緑豊かな建物の門の前にいた。
「ここ、大学ですか?」
「神道系の私立大学だ。聞いたことくらいはあるだろ」
「知ってるも何も、俺去年ここ受験しましたよ」
真が目を丸くする。
「まじ?」
「第一志望で受かったけど世田谷の実家から通える範囲だったので諦めました。一人暮らししたかったんで」
「なるほどなあ」
前後に並んで門をくぐる。
「じゃあ和樹も俺の後輩になるかもしれなかったってわけか」
「真さんはここの出身なんですか?」
「ああ。ここの博士の学生と学部時代の同期でな。仕事を融通してもらってる」
白い建物に入ってエレベーターで上に昇り、掲示物で雑然とした廊下を進む。
一番奥の扉を真がノックなしに開けた。
「阿久津、俺だ」
埃っぽい本棚の奥にボロっとした大きめの机が配置されている。机で読書していた男が本を閉じて真に向かって手をあげる。
「おー、いらっしゃい」
阿久津と呼ばれた男は糸目で、線の細い体躯にちゃんちゃんこを羽織っている。
「あれ、その子うちの学生さん?」
阿久津が首をかしげて和樹を見つめた。
「松村和樹です。他大学の宗教科の1年です」
「へえ、よその学生さんか。珍しいね。僕は人間文化総合科、道尾研ドクターコースの阿久津淳也です、よろしく。ってあれ?」
机の周りを回って阿久津が和樹の顔を覗き込んだ。
「どこかで見たことが……てかよく見たらSNSでバズってた子?」
「お恥ずかしながら……」
「見たよ~あの動画。結局好きな人とは会えたの?」
和樹の肩に触れようとした阿久津の手を真が払う。
「触んな」
一瞬きょとんとした後、阿久津の口がにんまりとゆがんだ。
「えー、もしかして動画で言ってた『マコトさん』って真のこと? 僕、てっきり『マコトさん』って女性かと」
「……俺のだから無許可で触ったら容赦しねえ」
「へえ~! 『昨日できた恋人』ってわけね。真、男の趣味とかあったんだ」
まあまあ座んなよ、と阿久津に勧められて、ささくれた椅子に腰かける。
「それで、なんで真は和樹くんを連れてきたの?」
阿久津が真に尋ねる。
「うちの仕事を融通してやれないかと思ってな」
「一般人に融通できる仕事なんて何もないけど」
「それが和樹はちょっと特殊なんだよ。黄泉の神に魅入られたのに1日祓っただけで憑きが取れた。それに俺の親父の装束を着ても1晩無傷だった」
途中まで興味なさそうに聞いていた阿久津が、装束の話のあたりで細い目を開く。
「え、あの装束? 僕も5分しかもたなかったのに」
「なぜだかわからんが、和樹は俺と同じ特別な体質なんだと思う」
「体質というか、それ、なにかやばい物の怪の類に魅入られてない?」
和樹と真が顔を見合わせる。阿久津が「んー」と言いながら考えるように額をつついた。
「和樹くん、今までに何か心当たりはない? 神や物の怪の怒りを買うような経験は」
「ええっと……」
今まで(竜星たちが)壊してきた数々の祠を思い出す。
「正直……たくさんあります」
「わかった。ちょっと確かめてみよう。こっちへおいで」
阿久津が立ち上がって、隣の部屋へ続く扉を開ける。教授の机でも置かれているのかと思っていたが、そこにあったのは簡素な祭壇と床に置かれた大量の草葉だった。
「これ榊の葉ですか?」
「全部フェイクグリーンだよ。うちの研究室予算ないから」
阿久津がちゃんちゃんこを脱ぎ捨てて、「Nice Guy」と書かれたロンT姿になった。
「和樹くん、祭壇の前に立って」
「……はい」
「緊張しないで。お祓いじゃなくて何が憑いてるのか確認するだけだから」
榊の葉(偽物)を持って、阿久津が和樹の隣に立つ。
「ちょっとだけ和樹くんに触るよ」
阿久津が真にお伺いを立てる。真も小さくうなずいた。
和樹の位置を調整し、阿久津が呪文のようなものを唱え始める。
「うんたらかんたら、此の者に宿りし神名を顕現せしめ給え」
数分間、静寂が訪れる。
「……ふう、だいたいわかったよ」
気温が低いというのに、阿久津の額には汗がびっしりついている。
「結論から言うと、加護と呪いが半々だね」
「憑き物の名前は?」
真が尋ねる。
「妖姫神が憑いてたよ。淫魔と神の中間の存在だ。もしかして最近、鳥居か何かをまたいだりした?」
あの村の祠を壊したときに、15センチほどの小さい鳥居をまたいだ記憶がある。
和樹はうなずいた。
「またいだと思います」
「妖姫神が鳥居で休んでいるときに、ちょうど君にまたがれたもんだから怒りを買って呪われたらしい。ただ、妖姫神は途中から和樹くんをいたく気に入ったみたいで、加護を授けた」
「加護?」
「君を見た人間が君に好意的になる加護だよ。妖姫神は淫魔だから、他人を誘惑し魅了する加護と言ってもいい」
何か嫌な予感がする。それは真も同じのようで、食い入るように阿久津を睨んでいる。
「はっきり言うよ。真が和樹くんのことを好きになったのは、妖姫神の加護の影響である可能性が高い」
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