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第一部
13話 全世界のさらし者
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夏休みのあの日以降、眠れぬ夜が続き、学業もおろそかになっていた。
どきどきしながらダイレクトメッセージを送った初期アイコンの「あ」というハンドルネームのアカウントは、3日後にブロックされていた。そのアカウントはまもなくして消えた。
真とのつながりが絶たれたようで苦しかった。
12月、恥をしのんで村を再訪すると、そこにはもう真はいなかった。
「真なら東京へ帰ったぞ」
村長の言葉に和樹は唖然とした。
「れ、連絡先は」
「それが何も言わずに行ってしまったもんだから、誰もあやつの行く先はわからん。もうしばらく戻ってこんじゃろうな」
雪道を踏みながら山を降り、海沿いの駅へ戻る。
あの日、自身の気持ちに気づいた切符売り場に立ったとき、和樹の胸の奥にふつふつと怒りが湧き上がった。
ふざけんな。ふざけんなふざけんな。ようやく気持ちを理解したのに逃げるなんて。
切符を買って自宅へ戻り、ビデオカメラとノートパソコンを持ってアパートを飛び出した。
インターホンを複数鳴らすと、寝ぼけ眼で出てきたのは竜星だった。
「は? 和樹?」
「竜星、チャンネルのパスワード教えて」
靴を脱いでずかずかと竜星の部屋に上がり込む。
「ちょ、待てよ、俺もうあれにこりて動画は辞めて……」
「いいから、早く」
わけがわからないといった様子の竜星から聞き出したパスワードを打ち込み、祠壊しのチャンネルにログインする。
「お前、何するつもりだ……?」
困惑する竜星を無視してカメラをノートパソコンにつなぐ。勢いでライブ配信を開始し、自身の顔を全世界にさらけ出した。
「真さん、これ、俺の連絡先っ!」
登録者数6桁の大きなチャンネルは、しばらく停止していたとはいえ、続々と視聴者が集まってくる。
え?
何?
www
乗っ取り???
流れるコメントもそのままに、メモに書いたメールアドレスを画面に向けた。
世界に向かって大きな声で叫ぶ。
「逃げられると思うなよ! 俺はあんたを好きになったんだ。もう何も恥ずかしくない! なんだって晒してやる!」
スマホからは通知音が止まらない。
迷惑メールが届く音、ピザの配達通知、メッセージチャットへの着信……。
竜星の家から足早に帰宅し、ひとつひとつメールを開封していく。
からかいの言葉、暴言、誹謗中傷、呪いのメール。それから数秒おきに、母親からの着信。
数日そんな状態が続く中、大量の迷惑メールの中に、一つだけタイトルなしのメールがあった。
本文には東京の住所と、一言だけ。
「どうされたいかはお前が決めな」
和樹は上着も羽織らずに外へ飛び出した。
特急で1本、そこから乗り換えて1本。
電車では女子高生にくすくす笑われた。インターネットのいたるところに晒されて、和樹はもうちょっとした有名人だった。
だがそんなことどうだっていい。
古いアパートのインターホンを押すと、1回で鍵の開く音がした。
「お前なあ」
裸足で出てきたのは、まぎれもない、真だった。
「真さん!」
「馬鹿なことしやがって……お前の人生もうめちゃくちゃだぞ。俺がどれだけ……」
「いい、それでもいい。それだけあんたが欲しかったんだ」
真が耳まで赤くなった。
「その恰好、寒いだろ……入れよ」
閉まる扉に体を滑り込ませて、性急に靴を脱ぎ捨てる。真の背中に向かって必死に訴えた。
「真さん、ほんとに俺、真さんのこと……」
「わかったよ」
真が振り返って冷たくなった和樹の体をぎゅっと抱きしめる。
「俺そんなに優しくねえし、10コも下のやつとなんか付き合ったことない。お前が思うほどかっこよくもないよ。それでもいいのか?」
「うん」
深くうなずくと、真が小さく笑って和樹の肩に頭を乗せた。
「馬鹿」
第一部END
つづく
どきどきしながらダイレクトメッセージを送った初期アイコンの「あ」というハンドルネームのアカウントは、3日後にブロックされていた。そのアカウントはまもなくして消えた。
真とのつながりが絶たれたようで苦しかった。
12月、恥をしのんで村を再訪すると、そこにはもう真はいなかった。
「真なら東京へ帰ったぞ」
村長の言葉に和樹は唖然とした。
「れ、連絡先は」
「それが何も言わずに行ってしまったもんだから、誰もあやつの行く先はわからん。もうしばらく戻ってこんじゃろうな」
雪道を踏みながら山を降り、海沿いの駅へ戻る。
あの日、自身の気持ちに気づいた切符売り場に立ったとき、和樹の胸の奥にふつふつと怒りが湧き上がった。
ふざけんな。ふざけんなふざけんな。ようやく気持ちを理解したのに逃げるなんて。
切符を買って自宅へ戻り、ビデオカメラとノートパソコンを持ってアパートを飛び出した。
インターホンを複数鳴らすと、寝ぼけ眼で出てきたのは竜星だった。
「は? 和樹?」
「竜星、チャンネルのパスワード教えて」
靴を脱いでずかずかと竜星の部屋に上がり込む。
「ちょ、待てよ、俺もうあれにこりて動画は辞めて……」
「いいから、早く」
わけがわからないといった様子の竜星から聞き出したパスワードを打ち込み、祠壊しのチャンネルにログインする。
「お前、何するつもりだ……?」
困惑する竜星を無視してカメラをノートパソコンにつなぐ。勢いでライブ配信を開始し、自身の顔を全世界にさらけ出した。
「真さん、これ、俺の連絡先っ!」
登録者数6桁の大きなチャンネルは、しばらく停止していたとはいえ、続々と視聴者が集まってくる。
え?
何?
www
乗っ取り???
流れるコメントもそのままに、メモに書いたメールアドレスを画面に向けた。
世界に向かって大きな声で叫ぶ。
「逃げられると思うなよ! 俺はあんたを好きになったんだ。もう何も恥ずかしくない! なんだって晒してやる!」
スマホからは通知音が止まらない。
迷惑メールが届く音、ピザの配達通知、メッセージチャットへの着信……。
竜星の家から足早に帰宅し、ひとつひとつメールを開封していく。
からかいの言葉、暴言、誹謗中傷、呪いのメール。それから数秒おきに、母親からの着信。
数日そんな状態が続く中、大量の迷惑メールの中に、一つだけタイトルなしのメールがあった。
本文には東京の住所と、一言だけ。
「どうされたいかはお前が決めな」
和樹は上着も羽織らずに外へ飛び出した。
特急で1本、そこから乗り換えて1本。
電車では女子高生にくすくす笑われた。インターネットのいたるところに晒されて、和樹はもうちょっとした有名人だった。
だがそんなことどうだっていい。
古いアパートのインターホンを押すと、1回で鍵の開く音がした。
「お前なあ」
裸足で出てきたのは、まぎれもない、真だった。
「真さん!」
「馬鹿なことしやがって……お前の人生もうめちゃくちゃだぞ。俺がどれだけ……」
「いい、それでもいい。それだけあんたが欲しかったんだ」
真が耳まで赤くなった。
「その恰好、寒いだろ……入れよ」
閉まる扉に体を滑り込ませて、性急に靴を脱ぎ捨てる。真の背中に向かって必死に訴えた。
「真さん、ほんとに俺、真さんのこと……」
「わかったよ」
真が振り返って冷たくなった和樹の体をぎゅっと抱きしめる。
「俺そんなに優しくねえし、10コも下のやつとなんか付き合ったことない。お前が思うほどかっこよくもないよ。それでもいいのか?」
「うん」
深くうなずくと、真が小さく笑って和樹の肩に頭を乗せた。
「馬鹿」
第一部END
つづく
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