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『ボウレイ隠者 Ⅱ 』
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雲井は鼻で笑った。
彼の視線の先にはモニターがあり、そこではエンフォーサーの死が映った。日本国内における最強の一角は最高傑作の前に潰えた。
「愚かな人間は自然を支配できると信じて疑わない」
一歩、また一歩約束の地へと向かう度に雲井は嬉しくて堪らない。かつて誓いそして捧げたあの時から雲井の目には、今の人間は愚図で劣等な絶滅するべき種族と映っていた。
「智慧の実を喰らったからこそ、人類は覇を唱えることができた。もしも、他の生物が智慧の実を齧りでもしていれば、ひとつの種が大手を振るうことはなかっただろう」
人類はただ運がよかっただけだ。決して、神に選ばれた優秀な種族などではなく、運がよかっただけの幸運な種である。
だから、雲井はその種を滅ぼすことに何の躊躇いも抱かない。滅びる道こそ世界が望む未来だ。
「だから、我々は『生命の実』を喰わねばならない」
しかし、いなくなるのは望んでいない。人という種を滅びる道を望んでいても智慧を持つ種の滅びは望んでいない。そんな矛盾に思える願望は前後の辻褄が合わないということはない。
「智慧と生命。その2つを併せ持ってようやく、人が生存することができる」
実を2つとも手にした種はようやく完成する。この星を支配するに相応しい種族へと。
「お前との約束はもう直成立する」
その視線の先はモニターではなく、どこか遠い――この世ではない場所へと向けられていた。
◇
首筋に刺さる激痛で意識が覚醒する。
「~~~っ~~~っ」
目覚めと共に周囲を見渡すと目の前には観察対象がいた。声を出そうとするが、噛まされた布の所為で無様な音しか出なかった。
「ストーカーを捕まえて犯罪者だなんて酷い言い草」
表と裏、そのどちらをも狩りの対象としており、全てから狙われている。周囲には気を配り警戒はしていたが、能力者が相手となるとその発見は難しい。
いつから監視されており、どんな情報を誰に知られたのか……彼に聴くことは沢山ある。
「ゲロれば楽になるよ? 私も乗り物酔いをした時は構わず吐くからよぉーくわかる」
背中を摩り男に吐くように促す。それで吐くならもっと早く吐いているのだが、尋問の心得を知らない彼女は一つずつ階段を上っていく。
「あたしはね。信じてるよ」
一人称が『私』から『あたし』に変化した。それを理解した時、男は冷や汗を流した。頬を伝う汗が顎へと届き、ポトンとズボンに落ちた。
「――ぐっ」
呻き声が漏れるが、痛みに悶える時間は与えられない。
「ねぇ? 聞いてる!? あたしはね! 楽にさせたいの! 心の内に秘めて隠すんじゃなくてさ! 外に出して発散しようよ!」
無造作に顔を胴体を脚を殴られ蹴られる。
一通り終わるとふぅと息を吐いて乱れた髪を軽く整える。
「ね? こうして発散すれば苦しいことから解放されるの。あなたもしてみたいでしょ?」
「狂人が……報いを受けろ……っ!」
怪物並みの暴力を受けても男は耐えた。男もまた能力者である。彼の能力では朔天には通じないため、口を動かした。
「狂人? あたしが!? あたしが狂ってるって?」
朔天は己が狂っているとは思っていない。悲しいこと、苦しいこと、嫌なこと、それらから解放されるための行為として素晴らしいことだ。
それを否定するなどその方が狂っている。快楽を得るためならば、人を殺すのも躊躇わない。それが人間という生き物なのに。
「ハ――っ! 笑わせてくれる。狂人ほど他人をイカれてるって言うんだよ? 自分の胸に手を当てて客観的に思い出してみてよ」
椅子に縫い付けた男に顔を近づかせる。
「どちらの方が狂っているのか。あたしが行っていることは救いなんだよ。救って上げるために手を差し延ばしているんだよ? そんな相手に『狂人』だなんて――」
心臓を目掛けて拳を振るう。
「馬鹿にするな」
熱したナイフでバターを切るように抵抗なくその拳を受け入れた。赤い血飛沫が飛び散るが彼女の顔は満たされることはなかった。
瞳から生気を失くしていき、体温が低下していく。
腕に纏わりついた仄かな温もりに舌を伸ばす。
「あなたの血はどんな味?」
視界から消えた笑い声が恐怖の笑みとして脳内に生み出される。視覚によって得られないことを思ってしまったばかりに『恐怖』は肥大する。
吸血行為により朔天の能力は劣化版ではあるが、かなりの数を揃えることはできた。
「人であることを辞めたらどうなるんだろ……」
空を見上げれば虫食いのように星が輝き、月の煌めきが視界に入る。
自身について様々な憶測が飛び交う。
元々は金子を稼ぐために始めた超人狩り。複数の異能を手にするという比較的簡単なことだった。
1度目より2度目、2度目よりも3度目……使えば使うほど異能へ理解を深め、その分だけ新たな異能を手にして来た。
「これだけあれば……」
朔天はそこで言葉を止めた。それ以上先を口にしてしまえば、後戻りができなくなってしまう。そう、理解しているため彼女の口からその続きが紡がれることは今はない。
「でも、まだその時じゃない」
今旗を掲げようとも何も為せずに終わってしまうだろう。
彼の視線の先にはモニターがあり、そこではエンフォーサーの死が映った。日本国内における最強の一角は最高傑作の前に潰えた。
「愚かな人間は自然を支配できると信じて疑わない」
一歩、また一歩約束の地へと向かう度に雲井は嬉しくて堪らない。かつて誓いそして捧げたあの時から雲井の目には、今の人間は愚図で劣等な絶滅するべき種族と映っていた。
「智慧の実を喰らったからこそ、人類は覇を唱えることができた。もしも、他の生物が智慧の実を齧りでもしていれば、ひとつの種が大手を振るうことはなかっただろう」
人類はただ運がよかっただけだ。決して、神に選ばれた優秀な種族などではなく、運がよかっただけの幸運な種である。
だから、雲井はその種を滅ぼすことに何の躊躇いも抱かない。滅びる道こそ世界が望む未来だ。
「だから、我々は『生命の実』を喰わねばならない」
しかし、いなくなるのは望んでいない。人という種を滅びる道を望んでいても智慧を持つ種の滅びは望んでいない。そんな矛盾に思える願望は前後の辻褄が合わないということはない。
「智慧と生命。その2つを併せ持ってようやく、人が生存することができる」
実を2つとも手にした種はようやく完成する。この星を支配するに相応しい種族へと。
「お前との約束はもう直成立する」
その視線の先はモニターではなく、どこか遠い――この世ではない場所へと向けられていた。
◇
首筋に刺さる激痛で意識が覚醒する。
「~~~っ~~~っ」
目覚めと共に周囲を見渡すと目の前には観察対象がいた。声を出そうとするが、噛まされた布の所為で無様な音しか出なかった。
「ストーカーを捕まえて犯罪者だなんて酷い言い草」
表と裏、そのどちらをも狩りの対象としており、全てから狙われている。周囲には気を配り警戒はしていたが、能力者が相手となるとその発見は難しい。
いつから監視されており、どんな情報を誰に知られたのか……彼に聴くことは沢山ある。
「ゲロれば楽になるよ? 私も乗り物酔いをした時は構わず吐くからよぉーくわかる」
背中を摩り男に吐くように促す。それで吐くならもっと早く吐いているのだが、尋問の心得を知らない彼女は一つずつ階段を上っていく。
「あたしはね。信じてるよ」
一人称が『私』から『あたし』に変化した。それを理解した時、男は冷や汗を流した。頬を伝う汗が顎へと届き、ポトンとズボンに落ちた。
「――ぐっ」
呻き声が漏れるが、痛みに悶える時間は与えられない。
「ねぇ? 聞いてる!? あたしはね! 楽にさせたいの! 心の内に秘めて隠すんじゃなくてさ! 外に出して発散しようよ!」
無造作に顔を胴体を脚を殴られ蹴られる。
一通り終わるとふぅと息を吐いて乱れた髪を軽く整える。
「ね? こうして発散すれば苦しいことから解放されるの。あなたもしてみたいでしょ?」
「狂人が……報いを受けろ……っ!」
怪物並みの暴力を受けても男は耐えた。男もまた能力者である。彼の能力では朔天には通じないため、口を動かした。
「狂人? あたしが!? あたしが狂ってるって?」
朔天は己が狂っているとは思っていない。悲しいこと、苦しいこと、嫌なこと、それらから解放されるための行為として素晴らしいことだ。
それを否定するなどその方が狂っている。快楽を得るためならば、人を殺すのも躊躇わない。それが人間という生き物なのに。
「ハ――っ! 笑わせてくれる。狂人ほど他人をイカれてるって言うんだよ? 自分の胸に手を当てて客観的に思い出してみてよ」
椅子に縫い付けた男に顔を近づかせる。
「どちらの方が狂っているのか。あたしが行っていることは救いなんだよ。救って上げるために手を差し延ばしているんだよ? そんな相手に『狂人』だなんて――」
心臓を目掛けて拳を振るう。
「馬鹿にするな」
熱したナイフでバターを切るように抵抗なくその拳を受け入れた。赤い血飛沫が飛び散るが彼女の顔は満たされることはなかった。
瞳から生気を失くしていき、体温が低下していく。
腕に纏わりついた仄かな温もりに舌を伸ばす。
「あなたの血はどんな味?」
視界から消えた笑い声が恐怖の笑みとして脳内に生み出される。視覚によって得られないことを思ってしまったばかりに『恐怖』は肥大する。
吸血行為により朔天の能力は劣化版ではあるが、かなりの数を揃えることはできた。
「人であることを辞めたらどうなるんだろ……」
空を見上げれば虫食いのように星が輝き、月の煌めきが視界に入る。
自身について様々な憶測が飛び交う。
元々は金子を稼ぐために始めた超人狩り。複数の異能を手にするという比較的簡単なことだった。
1度目より2度目、2度目よりも3度目……使えば使うほど異能へ理解を深め、その分だけ新たな異能を手にして来た。
「これだけあれば……」
朔天はそこで言葉を止めた。それ以上先を口にしてしまえば、後戻りができなくなってしまう。そう、理解しているため彼女の口からその続きが紡がれることは今はない。
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