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第29話 嫉妬の月曜日
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既視感という言葉がある。俗にいうデジャブというやつだ。初めてみるものなのにまるでいつかどかかでみたことがあるかのように目に映ること、だと私は認識している。しかし、よく目にするデジャブの使われ方には疑問を抱かずにはいられない。明らかにみたことがあるであろう光景なのに「わ~、またこの景色だ~、みたことある~、デジャブだぁ」なんていう輩がいる。それはデジャブではない。既視感ではなく既視なのだ。大体「みたことある」という言葉と「デジャブ」という言葉は同時に使うことはない。そんな用法は矛盾している。しかし、そんな輩をどこでみただろうか、私が勝手に思っているだけかもしれない。まさか、これこそデジャ・・・いや、違う違う、そんなことはない。なんでこんなことを考えているのだろうか・・・。
なんて考えながら軽く蹴飛ばした小石が細い金網を擦り抜けて排水溝に流れていった。故意ではないにしろ、すまない小石よ。貴様の平穏な日々を私の軽いひと蹴りでぶち壊してしまった。しかし、同じ場所にいても何も変わらないぞ、ただの道端の石ころのまま終わりたくはないだろう。そういう意味では感謝されてもいいレベルだ。これからやつは排水溝の汚い下水に流され川へ放り投げられ大きな大きな海原へと誘われていくのだ。そうして強く大きな石になっていくのだ・・・いや、流されていく過程でおそらくあいつは砂となり消えて無くなってしまうかな。そうだとしてもきっと素晴らしい経験になるはずだ。特に罪悪感も抱いていないのにやけに小石に感情移入してしまった。しかしこれこそ私の平常運転だ。何かを考えていないと暇なのだ。学校からの下校時間なんて暇に決まっている。誰かと喋ればいいだって?愚問だな、私に喋りながら帰る相手なんていない、いるはずがない。だから私は私と会話するのだ。これっぽちも寂しいと感じたことはない。大体人と話しても疲れるだけではないか。気を使って、言葉を選んで、誰が誰をどう思っているか、ということを念頭において会話しなければならない。そんなこととてもじゃないが私ができる所業じゃない。だが、ほんの少し、ほんの少しだけ分け隔てなく誰とでも話すことができる人間のことをうらやましいと思うことはある。誰かを羨むことが卑しいことだということはよくわかっている。それでも、ないものを持っている人間のことはどうしても羨ましく思ってしまうのだ。人間とは、そういうもの。ある程度の羨望の意思がなければ発展もないのではないか、他国の軍事力を羨ましく思わなければそれ以上の力を得ようとは思わなかったかもしれないし、市場を独占している会社を羨ましく思わなければ競争から更なる高次の利益や発見は生まれなかったかもしれない。そう考えたら必ずしも不要なものではないように思う。もっとも、この世で不要だなんて断言できるものはそう多くないだろうが。思えもそうは思わないか?知らねえよ、と真っ赤な顔が言っている。そうか、相変わらずわかり合うことはできないのだな。その直後、青くなった。なんだ、素直になりなよ。
「どうも」
「あら、こんにちは」
「ねえ、聞いてよ」
「なんですか?」
「今日ね、ここに来る前にタバコ屋のおばあちゃんと話してたんだけどさ」
あんたタバコなんて吸わないだろ、と言いたくなった口を紡いでとりあえず話を聞いてみることにした。
「そのおばあちゃんね、今年で94歳なんだって~、でもね、全然そんなふうには見えないの、60歳くらいに見えるの!」
いくら94歳でも果たして60歳に見えるというのは失礼には値しないのだろうか?高齢すぎて感覚がわからない気がしたがそこはぐっと堪えて話を聞くことにした。
「しかもね、そのおばあさん、ひ孫さんがいるんだけどね、ひ孫さんももう30歳で子供もいるんだって!」
それは最初から玄孫と言えばよかったのではないですか?と言いたくなったが矢継ぎ早に話す彼女の勢いを殺すのは怖かったためそのまま話を聞くことにした。
「あ、あとね!そのタバコ屋で売ってるおにぎりと缶コーヒー貰っちゃった!そこのおばあちゃんが作ってるおにぎりなんだって」
缶コーヒーとおにぎりなんて、なんとも曲がった食べ合わせだな、と言いたくなったのでいうことにした。
「缶コーヒーとおにぎりなんて、なんとも曲がった食べ合わせですね」
「そう?でも美味しかったわよ、昆布だったし」
昆布だとコーヒーとマッチするのだろうか・・・いや、試したことはないからなんとも言えないが、私の脳細胞と味覚に問いかけてみたところ、芳しい返事はもらえなかった。それにしても・・・
「それにしても、よく知らない人とそんなに話せますね」
「そう?だって同じ日本語だし、わかるでしょ」
「いや、そういうことではなくてですね・・・」
だめだ、どう説明していいのか分からない。
「初対面とか、話したことない人とか、関係ないよ。その人と話したいから話してるだけ、ただ、それだけよ。私だって話したくなかったら話さないわよ」
そう言われたらそうなのかもしれないが、そもそも話したいという欲が私にはない。
「君と初めて話した時もそうよ。変な人だとは思ったけど、話してみたかったから話したの」
「そう言えば、なんだかんだ話してますね」
「そうそう、あんただってなんだかんだこうやって私と話すことはできてるんだから、話せるわよ。きっと、話そうとしてないだけ。案外話してみると話せるもんよ。」
「でも、何を話せばいいのか分からなくないですか?」
「そんなの、きっかけはなんでもいいのよ。身につけているもの、その人の雰囲気、今日あった少し嬉しかったこと、コンビニで美味しい新商品を見つけたとか、ほんとになんでもいいの」
「でもそれって、知ってる人に話すからこそ、話を聞いてみたくなるものじゃないですか?」
「だからその話す前から否定的になるのをまずやめなって、話してみなけりゃ、何も始まらないのよ。」
「それはそうですけど」
「それに、いいじゃない、それでうまく話せなかったとしても、それがあんたなんだから。少なくとも私はそんなあんたを嫌いになんてならないし、変なやつだと思って遠ざけたりしない」
「そう、ですか」
「えぇ、むしろ、人間性をより知ることができて嬉しかったり?」
「う、嬉しい、ですか」
「えぇ、嬉しいわよ、その人の知らない要素を知ることで興味を持ったりすることだってあるんだし、分からないじゃない、話してみないと」
「それはそうですけど・・・」
「はい、けどって言葉禁止で~す」
「いや、で・・・あ、そうですね。やってみないと分からない、ですね」
「うん、そうだよ。てかそんなことしなくても、私はあんたのそういう人間性はもう知ってるんだから、無理しなくてもいいんじゃない?」
「そうかもしれないですけど、話せたらどう感じるんだろうなって思ったんです」
「そっか、じゃあがんばれ!少年!へへっ」
不思議だ、彼女は自分に正直に真っ直ぐ生きているのに嫌味が全くなく、誰に迷惑をかけるでもなくただありのまま生きている。屈託なく笑うその顔に彼女の人間性の、魅力の本質を見た気がした。
ただそこでとあることに気づいた、私は話してみたいと思う相手がいない。まあいいか、今こうして1番話したいと思える人と話しているのだから。それ以上は今は望むまい。
なんて考えながら軽く蹴飛ばした小石が細い金網を擦り抜けて排水溝に流れていった。故意ではないにしろ、すまない小石よ。貴様の平穏な日々を私の軽いひと蹴りでぶち壊してしまった。しかし、同じ場所にいても何も変わらないぞ、ただの道端の石ころのまま終わりたくはないだろう。そういう意味では感謝されてもいいレベルだ。これからやつは排水溝の汚い下水に流され川へ放り投げられ大きな大きな海原へと誘われていくのだ。そうして強く大きな石になっていくのだ・・・いや、流されていく過程でおそらくあいつは砂となり消えて無くなってしまうかな。そうだとしてもきっと素晴らしい経験になるはずだ。特に罪悪感も抱いていないのにやけに小石に感情移入してしまった。しかしこれこそ私の平常運転だ。何かを考えていないと暇なのだ。学校からの下校時間なんて暇に決まっている。誰かと喋ればいいだって?愚問だな、私に喋りながら帰る相手なんていない、いるはずがない。だから私は私と会話するのだ。これっぽちも寂しいと感じたことはない。大体人と話しても疲れるだけではないか。気を使って、言葉を選んで、誰が誰をどう思っているか、ということを念頭において会話しなければならない。そんなこととてもじゃないが私ができる所業じゃない。だが、ほんの少し、ほんの少しだけ分け隔てなく誰とでも話すことができる人間のことをうらやましいと思うことはある。誰かを羨むことが卑しいことだということはよくわかっている。それでも、ないものを持っている人間のことはどうしても羨ましく思ってしまうのだ。人間とは、そういうもの。ある程度の羨望の意思がなければ発展もないのではないか、他国の軍事力を羨ましく思わなければそれ以上の力を得ようとは思わなかったかもしれないし、市場を独占している会社を羨ましく思わなければ競争から更なる高次の利益や発見は生まれなかったかもしれない。そう考えたら必ずしも不要なものではないように思う。もっとも、この世で不要だなんて断言できるものはそう多くないだろうが。思えもそうは思わないか?知らねえよ、と真っ赤な顔が言っている。そうか、相変わらずわかり合うことはできないのだな。その直後、青くなった。なんだ、素直になりなよ。
「どうも」
「あら、こんにちは」
「ねえ、聞いてよ」
「なんですか?」
「今日ね、ここに来る前にタバコ屋のおばあちゃんと話してたんだけどさ」
あんたタバコなんて吸わないだろ、と言いたくなった口を紡いでとりあえず話を聞いてみることにした。
「そのおばあちゃんね、今年で94歳なんだって~、でもね、全然そんなふうには見えないの、60歳くらいに見えるの!」
いくら94歳でも果たして60歳に見えるというのは失礼には値しないのだろうか?高齢すぎて感覚がわからない気がしたがそこはぐっと堪えて話を聞くことにした。
「しかもね、そのおばあさん、ひ孫さんがいるんだけどね、ひ孫さんももう30歳で子供もいるんだって!」
それは最初から玄孫と言えばよかったのではないですか?と言いたくなったが矢継ぎ早に話す彼女の勢いを殺すのは怖かったためそのまま話を聞くことにした。
「あ、あとね!そのタバコ屋で売ってるおにぎりと缶コーヒー貰っちゃった!そこのおばあちゃんが作ってるおにぎりなんだって」
缶コーヒーとおにぎりなんて、なんとも曲がった食べ合わせだな、と言いたくなったのでいうことにした。
「缶コーヒーとおにぎりなんて、なんとも曲がった食べ合わせですね」
「そう?でも美味しかったわよ、昆布だったし」
昆布だとコーヒーとマッチするのだろうか・・・いや、試したことはないからなんとも言えないが、私の脳細胞と味覚に問いかけてみたところ、芳しい返事はもらえなかった。それにしても・・・
「それにしても、よく知らない人とそんなに話せますね」
「そう?だって同じ日本語だし、わかるでしょ」
「いや、そういうことではなくてですね・・・」
だめだ、どう説明していいのか分からない。
「初対面とか、話したことない人とか、関係ないよ。その人と話したいから話してるだけ、ただ、それだけよ。私だって話したくなかったら話さないわよ」
そう言われたらそうなのかもしれないが、そもそも話したいという欲が私にはない。
「君と初めて話した時もそうよ。変な人だとは思ったけど、話してみたかったから話したの」
「そう言えば、なんだかんだ話してますね」
「そうそう、あんただってなんだかんだこうやって私と話すことはできてるんだから、話せるわよ。きっと、話そうとしてないだけ。案外話してみると話せるもんよ。」
「でも、何を話せばいいのか分からなくないですか?」
「そんなの、きっかけはなんでもいいのよ。身につけているもの、その人の雰囲気、今日あった少し嬉しかったこと、コンビニで美味しい新商品を見つけたとか、ほんとになんでもいいの」
「でもそれって、知ってる人に話すからこそ、話を聞いてみたくなるものじゃないですか?」
「だからその話す前から否定的になるのをまずやめなって、話してみなけりゃ、何も始まらないのよ。」
「それはそうですけど」
「それに、いいじゃない、それでうまく話せなかったとしても、それがあんたなんだから。少なくとも私はそんなあんたを嫌いになんてならないし、変なやつだと思って遠ざけたりしない」
「そう、ですか」
「えぇ、むしろ、人間性をより知ることができて嬉しかったり?」
「う、嬉しい、ですか」
「えぇ、嬉しいわよ、その人の知らない要素を知ることで興味を持ったりすることだってあるんだし、分からないじゃない、話してみないと」
「それはそうですけど・・・」
「はい、けどって言葉禁止で~す」
「いや、で・・・あ、そうですね。やってみないと分からない、ですね」
「うん、そうだよ。てかそんなことしなくても、私はあんたのそういう人間性はもう知ってるんだから、無理しなくてもいいんじゃない?」
「そうかもしれないですけど、話せたらどう感じるんだろうなって思ったんです」
「そっか、じゃあがんばれ!少年!へへっ」
不思議だ、彼女は自分に正直に真っ直ぐ生きているのに嫌味が全くなく、誰に迷惑をかけるでもなくただありのまま生きている。屈託なく笑うその顔に彼女の人間性の、魅力の本質を見た気がした。
ただそこでとあることに気づいた、私は話してみたいと思う相手がいない。まあいいか、今こうして1番話したいと思える人と話しているのだから。それ以上は今は望むまい。
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