上 下
29 / 39

第29話 嫉妬の月曜日

しおりを挟む
 既視感という言葉がある。俗にいうデジャブというやつだ。初めてみるものなのにまるでいつかどかかでみたことがあるかのように目に映ること、だと私は認識している。しかし、よく目にするデジャブの使われ方には疑問を抱かずにはいられない。明らかにみたことがあるであろう光景なのに「わ~、またこの景色だ~、みたことある~、デジャブだぁ」なんていう輩がいる。それはデジャブではない。既視感ではなく既視なのだ。大体「みたことある」という言葉と「デジャブ」という言葉は同時に使うことはない。そんな用法は矛盾している。しかし、そんな輩をどこでみただろうか、私が勝手に思っているだけかもしれない。まさか、これこそデジャ・・・いや、違う違う、そんなことはない。なんでこんなことを考えているのだろうか・・・。
 なんて考えながら軽く蹴飛ばした小石が細い金網を擦り抜けて排水溝に流れていった。故意ではないにしろ、すまない小石よ。貴様の平穏な日々を私の軽いひと蹴りでぶち壊してしまった。しかし、同じ場所にいても何も変わらないぞ、ただの道端の石ころのまま終わりたくはないだろう。そういう意味では感謝されてもいいレベルだ。これからやつは排水溝の汚い下水に流され川へ放り投げられ大きな大きな海原へと誘われていくのだ。そうして強く大きな石になっていくのだ・・・いや、流されていく過程でおそらくあいつは砂となり消えて無くなってしまうかな。そうだとしてもきっと素晴らしい経験になるはずだ。特に罪悪感も抱いていないのにやけに小石に感情移入してしまった。しかしこれこそ私の平常運転だ。何かを考えていないと暇なのだ。学校からの下校時間なんて暇に決まっている。誰かと喋ればいいだって?愚問だな、私に喋りながら帰る相手なんていない、いるはずがない。だから私は私と会話するのだ。これっぽちも寂しいと感じたことはない。大体人と話しても疲れるだけではないか。気を使って、言葉を選んで、誰が誰をどう思っているか、ということを念頭において会話しなければならない。そんなこととてもじゃないが私ができる所業じゃない。だが、ほんの少し、ほんの少しだけ分け隔てなく誰とでも話すことができる人間のことをうらやましいと思うことはある。誰かを羨むことが卑しいことだということはよくわかっている。それでも、ないものを持っている人間のことはどうしても羨ましく思ってしまうのだ。人間とは、そういうもの。ある程度の羨望の意思がなければ発展もないのではないか、他国の軍事力を羨ましく思わなければそれ以上の力を得ようとは思わなかったかもしれないし、市場を独占している会社を羨ましく思わなければ競争から更なる高次の利益や発見は生まれなかったかもしれない。そう考えたら必ずしも不要なものではないように思う。もっとも、この世で不要だなんて断言できるものはそう多くないだろうが。思えもそうは思わないか?知らねえよ、と真っ赤な顔が言っている。そうか、相変わらずわかり合うことはできないのだな。その直後、青くなった。なんだ、素直になりなよ。
「どうも」
「あら、こんにちは」
「ねえ、聞いてよ」
「なんですか?」
「今日ね、ここに来る前にタバコ屋のおばあちゃんと話してたんだけどさ」
 あんたタバコなんて吸わないだろ、と言いたくなった口を紡いでとりあえず話を聞いてみることにした。
「そのおばあちゃんね、今年で94歳なんだって~、でもね、全然そんなふうには見えないの、60歳くらいに見えるの!」
 いくら94歳でも果たして60歳に見えるというのは失礼には値しないのだろうか?高齢すぎて感覚がわからない気がしたがそこはぐっと堪えて話を聞くことにした。
「しかもね、そのおばあさん、ひ孫さんがいるんだけどね、ひ孫さんももう30歳で子供もいるんだって!」
 それは最初から玄孫と言えばよかったのではないですか?と言いたくなったが矢継ぎ早に話す彼女の勢いを殺すのは怖かったためそのまま話を聞くことにした。
「あ、あとね!そのタバコ屋で売ってるおにぎりと缶コーヒー貰っちゃった!そこのおばあちゃんが作ってるおにぎりなんだって」
 缶コーヒーとおにぎりなんて、なんとも曲がった食べ合わせだな、と言いたくなったのでいうことにした。
「缶コーヒーとおにぎりなんて、なんとも曲がった食べ合わせですね」
「そう?でも美味しかったわよ、昆布だったし」
 昆布だとコーヒーとマッチするのだろうか・・・いや、試したことはないからなんとも言えないが、私の脳細胞と味覚に問いかけてみたところ、芳しい返事はもらえなかった。それにしても・・・
「それにしても、よく知らない人とそんなに話せますね」
「そう?だって同じ日本語だし、わかるでしょ」
「いや、そういうことではなくてですね・・・」
だめだ、どう説明していいのか分からない。
「初対面とか、話したことない人とか、関係ないよ。その人と話したいから話してるだけ、ただ、それだけよ。私だって話したくなかったら話さないわよ」
 そう言われたらそうなのかもしれないが、そもそも話したいという欲が私にはない。
「君と初めて話した時もそうよ。変な人だとは思ったけど、話してみたかったから話したの」
「そう言えば、なんだかんだ話してますね」
「そうそう、あんただってなんだかんだこうやって私と話すことはできてるんだから、話せるわよ。きっと、話そうとしてないだけ。案外話してみると話せるもんよ。」
「でも、何を話せばいいのか分からなくないですか?」
「そんなの、きっかけはなんでもいいのよ。身につけているもの、その人の雰囲気、今日あった少し嬉しかったこと、コンビニで美味しい新商品を見つけたとか、ほんとになんでもいいの」
「でもそれって、知ってる人に話すからこそ、話を聞いてみたくなるものじゃないですか?」
「だからその話す前から否定的になるのをまずやめなって、話してみなけりゃ、何も始まらないのよ。」
「それはそうですけど」
「それに、いいじゃない、それでうまく話せなかったとしても、それがあんたなんだから。少なくとも私はそんなあんたを嫌いになんてならないし、変なやつだと思って遠ざけたりしない」
「そう、ですか」
「えぇ、むしろ、人間性をより知ることができて嬉しかったり?」
「う、嬉しい、ですか」
「えぇ、嬉しいわよ、その人の知らない要素を知ることで興味を持ったりすることだってあるんだし、分からないじゃない、話してみないと」
「それはそうですけど・・・」
「はい、けどって言葉禁止で~す」
「いや、で・・・あ、そうですね。やってみないと分からない、ですね」
「うん、そうだよ。てかそんなことしなくても、私はあんたのそういう人間性はもう知ってるんだから、無理しなくてもいいんじゃない?」
「そうかもしれないですけど、話せたらどう感じるんだろうなって思ったんです」
「そっか、じゃあがんばれ!少年!へへっ」
 不思議だ、彼女は自分に正直に真っ直ぐ生きているのに嫌味が全くなく、誰に迷惑をかけるでもなくただありのまま生きている。屈託なく笑うその顔に彼女の人間性の、魅力の本質を見た気がした。
 ただそこでとあることに気づいた、私は話してみたいと思う相手がいない。まあいいか、今こうして1番話したいと思える人と話しているのだから。それ以上は今は望むまい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【完結!】『山陰クライシス!202X年、出雲国独立~2024リライト版~』 【こども食堂応援企画参加作品】

のーの
現代文学
RBFCの「のーの」です。 この度、年末に向けての地元ボランティアの「こども食堂応援企画」に当作品で参加させていただきこととなりました! まあ、「鳥取出身」の「総理大臣」が誕生したこともあり、「プチタイムリーなネタ」です(笑)。 投稿インセンティブは「こども食堂」に寄付しますので、「こども食堂応援企画」に賛同いただける読者様は「エール」で応援いただけると嬉しいです! 当作の「原案」、「チャプター」は「赤井翼」先生によるものです。 ストーリーは。「島根県」が日本国中央政権から、「生産性の低い過疎の県」扱いを受け、国会議員一人当たりの有権者数等で議員定数変更で県からの独自の国会議員枠は削られ、蔑(ないがし)ろにされます。 じり貧の状況で「島根県」が選んだのは「議員定数の維持してもらえないなら、「出雲国」として日本から「独立」するという宣言でした。 「人口比シェア0.5%の島根県にいったい何ができるんだ?」と鼻で笑う中央政府に対し、島根県が反旗を挙げる。「神無月」に島根県が中央政府に突き付けた作戦とは? 「九州、四国を巻き込んだ日本からの独立計画」を阻止しようとする中央政府の非合法作戦に、出雲の国に残った八百万の神の鉄槌が下される。 69万4千人の島根県民と八百万柱の神々が出雲国を独立させるまでの物語です。 まあ、大げさに言うなら、「大阪独立」をテーマに映画化された「プリンセス・トヨトミ」や「さらば愛しの大統領」の「島根県版」です(笑)。 ゆるーくお読みいただければ幸いです。 それでは「面白かった」と思ってくださった読者さんで「こども食堂応援」に賛同下さる方からの「エール」も心待ちにしていまーす! よろしくお願いしまーす! °˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

明るい浮気問題

pusuga
現代文学
 ある日、妻が浮気をしたかも知れないと自白した。    全15話予定。 隔日連載です

草稿集

藤堂Máquina
現代文学
草稿詩篇集

春秋花壇

春秋花壇
現代文学
小さな頃、家族で短歌を作ってよく遊んだ。とても、楽しいひと時だった。 春秋花壇 春の風に吹かれて舞う花々 色とりどりの花が咲き誇る庭園 陽光が優しく差し込み 心を温かく包む 秋の日差しに照らされて 花々はしおれることなく咲き続ける 紅葉が風に舞い 季節の移ろいを告げる 春の息吹と秋の彩りが 花壇に織りなす詩のよう 時を超えて美しく輝き 永遠の庭園を彩る

【百合】彗星と花

永倉圭夏
現代文学
一筋の彗星となって消えゆく一羽の隼とその軌跡 全72話、完結済。六年前、我執により左腕を切断したレーサー星埜千隼。再接合手術には成功するものの、レーサーとして再起の道は断たれた。「虚ろの発作」に苛まれ雨にそぼ濡れる千隼に傘を差しだしたのは…… (カクヨムにて同時連載中) 鷹花の二人編:第1話~第22話 疾走編:第23話~第58話 再生編:第59話~最終第71話 となっております。

無責任な大人達

Jane
現代文学
海が丘高校には進学科と普通科がある。進学科には過去にいじめられた被害者の子や傍観者だった子が入学する。それは海が丘高校がいじめに厳しい学校だからだ。 一方、普通科にはいじめの加害生徒が入ってくる。 そんな海が丘高校の進学科の生徒と普通科の生徒の5つのお話。(念のため、いじめにトラウマのある方はお避けください) 可哀想な子・教師の子(完)

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

処理中です...