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契約破綻までの顛末【6】
しおりを挟む物陰から覗き込んだ視界にうつったのは、相変わらず麗しい微笑みを浮かべるハルジオンと、そのハルジオンの腕に白い細腕を絡ませ上目遣いに彼を見つめる小柄な少女だった。
ハルジオンより頭2つ分ほど小さい華奢な彼女は、この世の万物の庇護欲を掻き立てるような愛らしい見た目をしていた。
子猫のように大きな瞳は蜂蜜のような色をしていて、ブラウンシュガー色の髪はふわふわと宙を靡いている。
そんな彼女とハルジオンが隣に並ぶ姿は、まるで一枚の絵のようにしっくりときて、お似合いだった。
私の心臓が未だかつてないスピードで鼓動を打つ。もちろん今までハルジオンに感じてきた類のものでなく、どちらかというと、災厄級の魔物と相対した時に感じた胸騒ぎに近かった。
………ハルジオンはなんと答えるのだろう。
私は恐怖で心がすくむと同時に、どこかで期待をしていた。
もしかしたら、彼は彼女とてんびんにかけて私を選んでくれたんじゃないかと。
……だが、
「仕方ないよ、君より先にあの子とお見合いをしたんだから」
それは今の私にとって、一番聞きたくない言葉だった。
………そうか。ハルジオン殿は私とお見合いなんかしなければ、こんな美しい令嬢と結ばれていたかもしれないのだな。
再び、目からポロリと汗が流れる。
……いや、認めよう。これは涙だ。
彼に恋をしてから、私は泣いてばかりだ。
「………フェルナンデス家の当主ともあろうものが、ずいぶん女々しくなったものだな」
手の甲で乱雑に目元を拭い、私に気づかず立ち去っていく二つの背中を見送る。
そしてすくりと立ち上がった私は、あることを決意した。
次に会った時は、彼から逃げない。
「ハルジオン殿、離縁しよう。もう君とはやっていけそうにない」
その日の夜、私は少し前に団長からもらった秘蔵のワインを持って、ハルジオンの部屋に押しかけた。
夜も更けた時間にも関わらず襲撃してきた私にハルジオンは驚いた顔をしていたが、相変わらず優しい笑みを浮かべ迎え入れてくれた。
彼にすすめられたソファに腰掛け、互いにグラスに入れたワインに口をつけたあとのことだった。
私は、神妙な顔で彼に別れを告げた。
「…………」
返事がない。
私はずっと俯いていて、彼が何を考えているのか全くわからない。
喜んでいる?悲しんでいる?
それとも、なんとも思っていない?
知るのはおそろしかったが、どうしても気になって恐る恐る顔を上げた私は
ハルジオンの表情を見て背筋が凍った。
彼は、無表情だった。
何も感じていない──というより、今まで被っていた仮面を今しがた外したかのような、表情が抜け落ちた「無表情」
「ハ、ハルジオン……」
私は自分が震えていることに声を発してから気づいた。
そんな私に何を思ったのか、ハルジオンはにっこりと微笑む。しかしいつものような花の綻ぶような笑みではない。まるで貼り付けたような形ばかりの笑顔だった。
「………ああ、ごめんね。びっくりしちゃって」
一見普段通りの彼なのだが、心なしか声のトーンがいつもより低い気がする。それに抑揚がない。
「どうして?」
たった4文字のシンプルな質問に、用意していたはずなのに、言葉がなぜか上手く紡げない。
「僕のこと最近避けていたのと同じ原因なの?」
………そうだ。
それだけは正確に答えることができた。
私は重たい頭をゆっくりと縦に振った。
………だが、下にもたげた頭を再び戻すことは、叶わなかった。
突然視界が反転し、体が床に崩れ落ちる前に、何か温かいものにふわりと包み込まれる。
「───そう、じゃあ話し合いは必要ないね」
最後に聞いた言葉は、ひどく冷たく、そして悲しみに暮れていた。
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