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契約破綻までの顛末【3】
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それから私たちの偽装夫婦生活は始まった………かに思えた。
愛のない夫婦生活は、半年も経たずに終わりを告げてしまったのだ。
というか終わらせた。私が。
なんと私は、彼のことを好きになってしまったのだ。
最初は順調だった。
結婚しても私たちの生活はさして変わらず、それぞれのペースで好きなように生きる。
朝は団長に朝練に付き合ってもらうために日が登る前の時間に家を出て、日中は隊長として団員たちに稽古をつける。昼間になると家に帰って領地経営の代理をしてくれている男と打ち合わせをして、帰ったら任務に戦闘訓練。終われば月が昇る時間まで事務仕事をして、夜がふける前に家路に着く。そして執事長からその日の報告を聞いて、夫とは別の部屋で眠りにつく。
ハルジオンも私と同様、希望通り仕事漬けの日々を送っているようだった。しかし結婚から1ヶ月後。ハルジオンが急に困ったような顔で言い出したのだ。
「疲れてるのにごめんね、アリーセ。領地経営を代理してくれているあの男の人のことなんだけど……実は、不正していたみたいなんだ」
それは長年彼を信頼し実の兄のように懐いてきた私にとってショックな出来事だった。
ハルジオンは基本的に我が領地の経営に関わらないが、ある日偶然彼の不正の証拠を見つけてしまったらしく、声をかけたら逃げたので通報したらしい。彼は今は独房にいるという。
「そんな……どうして彼が………いや、感謝するハルジオン殿。領主なのにそんなことにも気づけないとは自分が情けない」
私はあまりの不甲斐なさに歯噛みした。己の考えの甘さにつくづく嫌気がさす。
それと同時に私は焦っていた。領地経営のことだ。母を追い詰めた親戚連中には絶対に任せたくないし、他に経営において頼りになる人間はいない。
ぎゅっと両拳を握りしめ歯を食いしばる。
やはり経営は領主たる私がするしか……。
「よかったら僕がやるよ」
次の瞬間、私の両拳は自分のものより大きくあたたかい手で包まれていた。
驚いて顔を上げると、自分より頭ひとつ分上に、優しい眼差しで私を見つめるハルジオンの顔があった。
この時はじめて、私はこの男がだいぶ整った顔立ちをしていることに気づいた。
男にこのような視線を向けられるのに慣れていない私は驚いて固まってしまう。
それにこの男は今なんていった?
自分が領地経営をやると言わなかったか?
「しょ、正気か!?貴殿はとてつもなく忙しいだろう!同情はよせ、私がやる」
「それをいうならアリーセだってとてつもなく忙しいじゃない。僕の職場は働き方改革で君よりも休日も多ければ勤務時間も短い。それに領地経営だって、父の仕事を手伝っていたことがあるからきっとできると思う」
なんてことだ。こんなところに優秀な人材がいた。優秀を通り越してなんだか都合が良すぎる気がしてくる。
しかし、私はそれでも気が引けた。
何故なら互いに干渉しないことを契約に私たちは結婚したのだ。
私は表情を曇らせ、彼から目を逸らした。
「だが、貴殿に迷惑をかけてしまう……」
「迷惑じゃないよ」
しかしその目は強制的に彼の顔へと戻された。ハルジオンが私の顔を両手で包み込んで戻したからだ。
またもやびっくりしてしまう私に、ハルジオンはひだまりのような微笑みを浮かべ言った。
「夫婦とは支え合っていくものだ。そんなに気になるなら、今度僕もアリーセに頼ってもいいかな」
私は彼と出会った当初、なんて軟弱そうな男だと思っていた。だが、それは大きな間違いだったようだ。私はつくづく人を見る目がない。
彼は柔和な見た目に反し、懐の大きい素晴らしい男だった。
「ああわかった!存分に頼るがいい!フェルナンデス家の名誓って貴様を存分に甘やかすと誓おう!」
感動した私はガッと彼の両手を掴み、大声で宣言する。
ハルジオンはぱちぱちと目を瞬かせていたが、次第にその目を綻ばせ、さも楽しげに笑った。
「そう、楽しみにしてるよ」
愛のない夫婦生活は、半年も経たずに終わりを告げてしまったのだ。
というか終わらせた。私が。
なんと私は、彼のことを好きになってしまったのだ。
最初は順調だった。
結婚しても私たちの生活はさして変わらず、それぞれのペースで好きなように生きる。
朝は団長に朝練に付き合ってもらうために日が登る前の時間に家を出て、日中は隊長として団員たちに稽古をつける。昼間になると家に帰って領地経営の代理をしてくれている男と打ち合わせをして、帰ったら任務に戦闘訓練。終われば月が昇る時間まで事務仕事をして、夜がふける前に家路に着く。そして執事長からその日の報告を聞いて、夫とは別の部屋で眠りにつく。
ハルジオンも私と同様、希望通り仕事漬けの日々を送っているようだった。しかし結婚から1ヶ月後。ハルジオンが急に困ったような顔で言い出したのだ。
「疲れてるのにごめんね、アリーセ。領地経営を代理してくれているあの男の人のことなんだけど……実は、不正していたみたいなんだ」
それは長年彼を信頼し実の兄のように懐いてきた私にとってショックな出来事だった。
ハルジオンは基本的に我が領地の経営に関わらないが、ある日偶然彼の不正の証拠を見つけてしまったらしく、声をかけたら逃げたので通報したらしい。彼は今は独房にいるという。
「そんな……どうして彼が………いや、感謝するハルジオン殿。領主なのにそんなことにも気づけないとは自分が情けない」
私はあまりの不甲斐なさに歯噛みした。己の考えの甘さにつくづく嫌気がさす。
それと同時に私は焦っていた。領地経営のことだ。母を追い詰めた親戚連中には絶対に任せたくないし、他に経営において頼りになる人間はいない。
ぎゅっと両拳を握りしめ歯を食いしばる。
やはり経営は領主たる私がするしか……。
「よかったら僕がやるよ」
次の瞬間、私の両拳は自分のものより大きくあたたかい手で包まれていた。
驚いて顔を上げると、自分より頭ひとつ分上に、優しい眼差しで私を見つめるハルジオンの顔があった。
この時はじめて、私はこの男がだいぶ整った顔立ちをしていることに気づいた。
男にこのような視線を向けられるのに慣れていない私は驚いて固まってしまう。
それにこの男は今なんていった?
自分が領地経営をやると言わなかったか?
「しょ、正気か!?貴殿はとてつもなく忙しいだろう!同情はよせ、私がやる」
「それをいうならアリーセだってとてつもなく忙しいじゃない。僕の職場は働き方改革で君よりも休日も多ければ勤務時間も短い。それに領地経営だって、父の仕事を手伝っていたことがあるからきっとできると思う」
なんてことだ。こんなところに優秀な人材がいた。優秀を通り越してなんだか都合が良すぎる気がしてくる。
しかし、私はそれでも気が引けた。
何故なら互いに干渉しないことを契約に私たちは結婚したのだ。
私は表情を曇らせ、彼から目を逸らした。
「だが、貴殿に迷惑をかけてしまう……」
「迷惑じゃないよ」
しかしその目は強制的に彼の顔へと戻された。ハルジオンが私の顔を両手で包み込んで戻したからだ。
またもやびっくりしてしまう私に、ハルジオンはひだまりのような微笑みを浮かべ言った。
「夫婦とは支え合っていくものだ。そんなに気になるなら、今度僕もアリーセに頼ってもいいかな」
私は彼と出会った当初、なんて軟弱そうな男だと思っていた。だが、それは大きな間違いだったようだ。私はつくづく人を見る目がない。
彼は柔和な見た目に反し、懐の大きい素晴らしい男だった。
「ああわかった!存分に頼るがいい!フェルナンデス家の名誓って貴様を存分に甘やかすと誓おう!」
感動した私はガッと彼の両手を掴み、大声で宣言する。
ハルジオンはぱちぱちと目を瞬かせていたが、次第にその目を綻ばせ、さも楽しげに笑った。
「そう、楽しみにしてるよ」
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