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契約破綻までの顛末【1】
しおりを挟むはじめまして、私の名前アリーセ・フェルナンデス。
突然だが貴殿らに質問がある。
貴殿等は重大な契約違反をしてしまった時、己にどのような罰を下しているだろうか。
「……やはり腹を切るより他ないか」
「どこの武将だ、お前は」
ここが騎士団長の執務室だということも忘れ堂々と剣を抜く私に、団長は書類に視線を向けたまま呆れた顔で言った。危ないからしまえと言うので、仕方なく剣を腰の鞘におさめる。
そしてくるくるペンを回しながらつまらなそうに資料をつつく団長にむかって尋ねた。
「団長、ブショーとは何だ?強いのか?」
「ああ強いぞ。お前が好きな織田信長もその1人だ」
「!オダノブナガか!敵はホンノウジにあり!」
「……俺の歴オタ知識がここまでウケたのお前だけだよ」
強いなら良い。私は誰よりも強くありたい。
例え相手が男であろうとも、だ。
「失礼します」
次の瞬間、私は馬鹿みたいに飛び退いて背後の棚にぶつかっていた。中に入っていた本ががらがらがっしゃんと音を立てて床に崩れ落ちる。
「おーアリーセ、旦那が来たぜ」
そんな私を見て、団長が意地悪くにやにやと笑った。しかし今の私にはそれに腹を立てる余裕もない。
「な…!な…!なんで…!」
何故彼がここにいるんだ!!
体の熱が一気に頭部に……主に頬から耳にかけてのぼるのがわかる。まるで東の国にあるオンセンにつかりすぎた時みたいだ。
団長の趣味で物が少ないこの部屋では隠れようにも隠れられずみっともなくあたふたしていると、ドアの前に立った彼が私の方に気づいて、嬉しそうに笑って見せた。
「アリーセ、ここにいたんだね」
その瞬間、私の息は確かに止まった。
なんてことだ、この男は私を殺せる。剣の名家であるフェルナンデス家の長女にして、閃光の騎士と呼ばれたこの私をだ。
私を見つめる藍色の瞳が優しげに細まり、小首を傾げたことによって白銀の髪がさらりと揺れる。
そのあまりの美しさに、私は思わず言って目を瞑った。
……く……っ眩しくて前が見えない!
しかし駄目だ、平常心を保たねば。彼にこのことを悟られてはいけない、悟られるわけにはいけないのだ!
「あ、ああ。悪いか」
私はなんとか体勢をたてなおすと、必死にいつもの騎士然とした凛々しい顔で彼に答えた。これでいい。これでいいのに、心の中のもう1人の私がぎゃあぎゃあと騒いでいる。ああもう何故私はこんなに可愛げがないんだ!
しかし彼は、夫は、そんな私に怒った様子もなく、むしろさらに優しい声で微笑んだ。
「悪い?なんで。嬉しいよ。奥さんと会えたんだから」
「はえ…」
次の瞬間、私はまるで魔物にボディブローを受けた時のような衝撃を受けた。
「ハエ?」
我が夫はこてんと首を傾げ、どこ?とあたりを見回している。
いよいよ命が危ない。
私は突然襲ってきた衝撃に両手で心臓を抑え、1歩、2歩と後ずさった。
「アリーセ!?大丈夫!?どうかしたの!?」
しかし私は忘れていた。
私の夫は顔の造形が美しいだけではない。それは神の如く優しいのだ。
彼の白く骨ばった手が、よろめいた私の腕に触れかける。
こんな瞬間でも私の心臓はさらに鼓動をうち、私は反射的に彼の手を振り払った。
「だ、大丈夫だ!今日は少し調子が悪いらしい。医務室へ行ってくる!」
少しだけ、ほんの爪先だけ触れた右腕を胸に引き寄せ、私は根性でその場に踏みとどまる。視界の端で団長が何かいいたげに見てくるが、どうでもいい。
私に手を振り払われた夫は悲しげな顔をしていて胸が先ほどとは別の意味でズキリと痛むが、気づかないふりをした。
「それなら尚更、心配だよ。僕が診る」
「い、いい!ハルジオン殿は仕事があるだろう!私に構うな!」
眉を下げる彼の横を抜けて、猛ダッシュで執務室を飛び出す。
彼は政務官だ。流石に全力の私には追いつけないだろうし…………私のために、そこまでしないだろう。
だが、私は自分で逃げておきながら、彼が絶対に私を追いかけてこないであろう事実に、身勝手に絶望した。
そして同時に、半年前の浅はかな自分自身を恨む。
………何故私は、偽装結婚の相手に恋をしてしまったのだ!
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