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婚約者と鍋【4】

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それから約1ヶ月が経ち、堅物メガネくんと愉快な仲間たちは学園を卒業したらしい。

私は彼らの1つ年下なので無関係の話だ。



その日は春休み初日で、あたたかい木漏れ日と春の風に誘われ街へと出た私は、肉屋で霜降り和牛をゲットした。

おひとり様一点だったけど、そこはアンナとニナと連携プレイだ。ズルとでとなんとでも言うがいい。うちは今日はすき焼きである。 

鍋に牛脂を入れ、具材とこだわりの割下を入れたあとは、ニコニコでお皿の中にたまごをとく。


「たまごったまごったまごったまごっ」

「18歳の子爵家の令嬢が珍妙な歌を歌わないでください」

「お肉たくさん入れて!」

「ダメです。これ高級なんですよ」 


まるで大輪の薔薇のようにこれでもかと乗せられた和牛の皿をアンナと取り合っていた、そのときだった。


「たっ大変ですぅっ!」

ギリ新人メイドのニナちゃんが、真っ青な顔をして部屋に駆け込んできた。


「ニナ!なんです騒々しい!和牛がひっくり返ったらどうしてくれるんですか!貴方の肉で支払うんですか!?」


すき焼き奉行のアンナが厳しい顔で叱責するが、ニナはそれどころじゃないのか一目散に私に駆け寄ってくる。


そして、


「復縁フラグです!」


この世の終わりのような顔でとてつもなく馬鹿っぽい言葉を叫んだ。







「ちょっと、来るなら事前にアポ取りなさいよね」

「す、すまない……またパーティーの邪魔をしてしまって……」


再びアポなしで我が家の食卓に緊急参戦してきたまっすぐメガネくんは大変恐縮した様子で私から茶碗を受け取った。

相変わらず堅苦しい顔でごねた元婚約者殿だが流石の彼も和牛の魅力には抗えなかったらしく、いそいそと私の向かい側に座る。

彼はなんとちゃんこ鍋に引き続きすき焼きも初めてらしく、まだ割っていない卵とお皿を渡すと不思議そうな顔をした。

私と卵を交互に見て首を傾げるのでこれをといて具をつけて食べるのだと説明すると信じられない顔をしたが、いざ恐る恐る口にすると、やはりもくもくと言葉を発さず食事に集中し始める。


「欲しいのあったら遠慮なく取りなさいよ」

「…わかった。ありがたくいただく」


せっかくの良い肉を取られたら堪らないので、私も本気ですき焼きに向き合うこととする。
 
まずは白菜である。くたくたになる前に火を弱めしっかり割下の旨みが染み込んだ素晴らしい出来栄えだ。シャキシャキ食感がたまらない。

次に豆腐だ。冷や奴は絹ごし派だが、鍋だと崩れてしまうため、今日は木綿豆腐を使用する。よし、こっちにもしっかり味が染み込んでいる。木綿豆腐は絹ごしと違い少しかためで歯応えがあって、これはこれで食感が楽しい。今度は肉豆腐にしたい。

そして主役の和牛だ。正直その他は前座である。箸でしっかりと溶き卵に絡め、ほかほかの白米にのせたあと、白米を肉で包んで大口を開けて放り込む。うむ、最高である。和牛の旨味と割下が見事にマッチしている。それだけではしょっぱくなりすぎそうなところを溶き卵が見事にマイルドにし、口の中に幸福の風を巻き起こしている。


思わずにこにこしながら具材、卵、米、具材、卵、米を繰り返していると、あっというまに皿が空になってしまった。

もちろんおかわり一択である。

炊飯器を開け茶碗に米をよそい、さらに菜箸に手を伸ばした私は、 


「「あ」」


正面から伸びてきた別の手とぶつかってしまい、驚いて目を見開いた。
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