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婚約者と鍋【3】

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「で、なに?卒業直前にやっと心に決めて婚約破棄しにきたの」


たたみかけながらも箸だけは止めなかった私だが、ようやく腹が膨れてきたので、箸を置いて意気地なしメガネくんを見上げる。

意気地なしメガネくんは視線をうろうろとさせ、はぁ…と小さいため息をついた。


「………僕は確かに、婚約解消の検討に来た」

「検討」


実に彼らしい言葉である。

呆れ通して感心していると、彼はぽつぽつと本題について話し出した。


「………僕は、同じクラスのアリス・ミーディルを気になっている」

「知ってる」

「初めて僕に『無理をしている』と指摘してくれた、優しい子なんだ」

「へぇ」

「……だが彼女はあっという間に人気者になり、僕にはとても手の届かない存在になった」

「そう?相手は平民であんたは伯爵令息。むしろ他の連中に比べたらまだ現実的だと思うけどね」

「…………しかし、彼女は王太子殿下のことが気になっているようなんだ」

「そりゃそうよ」

「だが、それでもまだこんな僕を慕い頼ってくれる」

「キー…、パシ………、大切にされてるのね」

「………そして1ヶ月前、急に彼女が僕の顔を見ると表情を曇らせるようになったんだ」

「ふぅん」

「気になって話を聞いたら、彼女はこう答えたんだ」

「なんて?」

「………君に、嫌がらせを受けていると」

「…………」

「だから、今日それを問いただすためここに来たんだが…………今気づいた」

「………何を?」

「君は、僕たちと違う学校だ」

「馬鹿なの?」

「ノートを破いたり上履きを隠したりなんてできるわけない」

「当たり前だわ。私フェンシング部の主将とテーブルゲーム部の部長掛け持ちしてんのよ」

「それに僕の婚約者の名前は『セシリア・メルディウス』ではなく『セシル・メルディ』だ」

「あんたやっと思い出したのね」

「10年も会っていないから忘れていた」

「この薄情もの」

「面目ない」


こいつを次期宰相候補にしているこの国はもうおしまいかもしれない。

私は今年一番の盛大なため息をつき、のろのろとこたつから出た。そして特撮のヒーローのようにバッ!とはんてんを脱ぎ去り、びしっと人差し指でポンコツメガネくんを指さす。


「コーネリウス・ローラント!今日を持って貴方との婚約を破棄するわ!あんたみたいな臆病者、こっちが願い下げよ!」

「な……っ!?」

「その子に告白するまで、2度と顔を……いえ、うちの敷居を跨がないで!」


パン!と2回手を叩くと、どこからともなく現れた有能メイドのアンナが諸々の書類を懐から取り出した。

既にサイン済みであるそれを目の前に並べられたアホヅラメガネくんは目を白黒させている。

いつのまにか鍋パを中断して部屋を覗きに来ていた新人メイドちゃん達は「これが見たかった!」と感涙の涙を流していた。


「………セシル……」


盛大に婚約破棄を受けた真面目メガネくんは、何故か泣きそうな顔で私を見上げてきた。


「何よ」


何か文句あるかと睨みつけると、何を勘違いしたのか、純粋培養メガネくんは何かを決意した顔をし、力強く頷いて見せた。


「……ありがとう」


何がよ。

そういう前に、律儀メガネくんは茶碗を空っぽにして部屋を飛び出していった。


「………え、シメまだいれてないんだけど」


あまりの行動の速さに驚いた私は、完全に出遅れたうどんを持って、呆然と遠のいていく元婚約者の後ろ姿を見つめた。
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