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前髪おろしただけなのに【前】
しおりを挟む「お前を愛することはない」
「そんなん私もじゃボケ」
結婚式の披露宴後。
私たちは互いの認識を再確認し、健やかに別々の寝室に就寝した。
私はアンジュ・ティエール。
大の男嫌いだけど、ちょっと配偶者が入り用だったので嫌々ながら親に勧められた男と結婚したバリキャリ志望の文官である。
夫?子供?そんなのいらない。
この不景気な時代、安寧な老後生活のため、そんなものにかまけているわけにはいかないのだ。
……が、仕事に明け暮れ色々な人と関わるうち、こんな価値観を知ってしまった。
「いい年して結婚していない人って、なんか信用できないのよねぇ」
私は衝撃を受けた。
独身というだけで信用できない?
既婚者だけど信用ならないやつだってザラにいるだろう。
そう内心突っ込むと同時に、どこかで完全否定しかねる自分もいた。
………確かに結婚していない、イコール訳ありな人ととられても、この貴族社会ではおかしくないのかもしれない。
そうと決まれば婚活だ。
私は母に頼み込み、私の人生に絶対に邪魔してこない、都合のいい男を見繕ってもらうことにした。
それが私の配偶者、レオナルド・ティエールである。
しかしこの男、とてつもなく嫌みな男だった。
「げ、よりによってお前かよ。アンジュ・ドルーパ」
この男は、私の寄宿学校時代の同級生だった。私は監督生で、よく学園の風紀を乱すこの男を取り締まりくだらない言い争いをしていた気がする。
端的に言えば私たちは相性が悪かった。
もちろん、母には他の男を紹介するようせがんだ。しかし母は呆れた顔で首を横に振るだけだ。
「いないわよ、あんたのいうようなそんな都合の良い男。むしろレオナルドくんが見つかっただけ奇跡だわ」
最悪である。
そしてなんとレオナルドのほうも、私と同じようだった。
因みにこの男の指定した条件は
仕事に口出ししない
女と話していても騒がない
長期出張可
だった。馬鹿にも程がある。
「仕方ねえ………おい、アンジュ・ドルーパ。お前と結婚してやる」
「は?どうか結婚してくださいの間違いじゃないの?この勘違い男」
そうして私たちは互いの利益のもと、嫌々ながらに結婚したのだった。
仕事と将来設計のため………そう言い聞かせ結婚したが、やはり同居していれば、いやでも顔を合わせてしまう。
たとえば朝の食卓。
私が優雅にボイルドエッグを口にしてると、正面に座った奴が嫌みな顔で突っかかってくる。
「うわ、ボイルドエッグとかありえねー。朝といえばスクランブルエッグだろ」
「あらあらまあまあそんなにケチャップをかけちゃって……それでは素材の味がわからないでしょ?もしかしてバカ舌なの?」
「んだとゴラ」
たとえば仕事からの帰宅時。
大量の生傷をつくり帰ってきた奴に、無視しようと思ったが堪らず声をかけてしまう。
「……ちょっと、まさかその状態でうちの敷居を跨ぐ気?」
「あ?チッなんだようるせー女だな。あとで掃除するからいいだろ」
「そうじゃなくてとっとと浄化して手当てしないと化膿すんでしょって言ってんのよ馬鹿レオナルド」
「は!?ちょっ、おい!」
私は聖属性の魔力を持っており、微力だが浄化と治癒の魔法を使うことができるので、仕方なく奴の手当てをしてやる。治してやると言っているのに頑なに断ろうとする姿は全く可愛げがないが、終わった時に「………りがとよ」と小さく言う姿は悪くない。
今日遭遇したのは、シャワーを浴びたあとのことだった。
今日は蒸し暑く汗をかいたから、シャワーを浴びてから夕食を食べようと思ったのだ。
簡易的なドレスを着て食堂へと向かっていると、ちょうど帰宅したらしいレオナルドと遭遇した。
レオナルドは一瞬いつものように嫌みな顔を浮かべたが、私の姿を捉えた途端、明らかに目を見開き、硬直した。
そしてみるみる顔を赤く染め、聞いたこともないうわずった声で叫んだ。
「え……おま……前髪おろしただけでそんな変わることあるか!?」
こいつ、何言ってるんだろう。
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