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あきら

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5 ルームツアー

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 今日は朝から上機嫌だ。
 引っ越しの片づけがやっと終わったらしい湊から、朝飯作り過ぎたから食いにこいよというメールがきて。
 いそいそと飲み物片手にお邪魔すると、テーブルにはご飯に納豆、鮭の塩焼きに卵焼きと海苔。それから大根の味噌汁が並んでいた。

「すげえ旅館の朝飯じゃん」
「おう、なんかこうそれっぽいの食いたくなって作ったらやり過ぎた。お前いるからいいかなと思って」
「ありがたくいただきますわ」

 いつの間にか置かれるようになった俺の箸と、食器たち。礼を言ってから、腹が減っていたこともありけっこうな速さでがっつく。
 朝飯、とはいうが時刻はもうすぐ九時を回ろうとしていた。俺も湊も、今日は午後からの講義だからと、のんびりした朝だ。
 皿の上の物を綺麗に平らげて、キッチンに下げる。一拍遅れた湊の手から、彼の食べ終わった食器を受け取るとスポンジに洗剤をつけた。
 こうして、湊が何か食わせてくれたときは片づけるのが俺になっている。不満もないし、むしろ片づけくらいで美味い食事にありつけるのなら有難いばかりだ。

「お茶いる?牛乳もあるけど」
「んー、茶がいい」
「了解。おっちゃおっちゃぎゅうにゅう」
「なんだそれ」

 自作の歌を口ずさみながら冷蔵庫を開けるから、思わず吹き出した。
 片づけを全部済ませ、一度自分の部屋に戻る。講義まではまだもう少しあるし、湊を誘ってゲームでもするかなと考えながら携帯を開いた。

「ん?」

 目に入るのは、Xの通知。そういえばあいつと飯を食ったり酒を呑んだりするようになってから、あまり見てないなと深く考えずにそれを開く。

『引っ越し終わって、やっと部屋も片付きました。今日の夜、配信しようかなと思ってます』

 画面に表示されたのは『さく』のアカウントだ。
 実に二週間ぶりのその通知に嬉しくなって、ぜひお願いしますとリプを送った。
 見れば、投稿時刻はほんの数分前で。そのまま見ていたのだろうか、俺の送ったそれにいいねがつく。
 そんな些細なことで嬉しくなって、鼻歌交じりで今日の支度をすることにした。



 さて、と独り言が口から零れる。
 飯も風呂も済ませ、準備万端。ヘッドホンを装着し、目の前のパソコンには待機画面が流れていた。
 カウントダウンがゼロになり、その画面が切り替わる。

『お久しぶりです、こんばんは~』

 ほんの数週間、聞けなかったそれが耳に届いて。馬鹿みたいだと思いながら、胸には懐かしさのようなものがよぎった。

『誰もきてくれなかったらどうしようかと思ってたけど、良かった』

 ふふ、と笑う吐息になぜだか泣きそうにすらなる。
 自分でもよくはわからないが、俺はこの顔も名前も知らない相手の声が好きで仕方ないのだと改めて思い知った。

『あ、え、ちょ、スパチャ多くない?ジョーさんどしたの落ち着いて』

 無意識で何度も送ってしまっていたらしい。すみませんと無色のコメントを打って、しょんぼりした顔文字もつけておく。

『いや嬉しいからいいんだけどさぁ。でもびっくりしちゃった、ありがと』

 相変わらず俺は、自分の好意が重たい自覚はあって。
 そのせいで恋人だった先輩を怖がらせたことを思い出し、深呼吸で古い記憶を逃がした。この間湊に話をしたせいで、少し感傷的になっているのかもしれない。

『あ、引っ越し無事終わりました。まだ本とかちょっと出てるんだけど、こうして配信とか録音とかはできるようになったよ』

 楽しそうに言う声に、少しの好奇心が湧いた。ちょっとだけ部屋を見てみたい、とダメもとでコメントしてみる。似たような文章がすぐに並んだ。
 えー、と戸惑う声がする。

『部屋、見たいの?』

 戸惑いながらも、確認というよりは強請るような。甘えるような声音に、見たい、と脊髄反射で返した。
 同じように思った視聴者の数は、けして少なくない。ずらりと並んだ同じ言葉に苦笑して、彼は続ける。

『うーん、まだ全部片付いたわけじゃないからちょっと恥ずかしいけど……それに何も面白いものもないし』

 片付いているかどうかはさしたる問題でもなく、面白いかどうかはさらに問題でもなんでもない。
 大丈夫と何の根拠もない単語を打てば、仕方ないなぁと笑う声がした。

『ほんと、ちょっとだけだよ。一時停止とか拡大とかしないでよね』

 恥ずかしいんだから、と繰り返す。
 今までの配信で部屋を映すこともあったから、そんなに渋るのも珍しい気がした。とはいえ見たいものは見たいので、ありがとうという言葉と一緒に少額の投げ銭をしておく。

『まったくもう。つまらないからって文句言わないでよ?』

 言いながら、何やらごそごそという音。おそらくカメラの設定を弄っているのか、それとも着替えでもしているのだろうことは想像がついた。
 しばらくの間があって、イラストだった配信画面が切り替わる。
 その中に映るのは、黒いTシャツにデニムの服装と、顔の下半分を覆うマスクだ。とはいえ、顔の全体像を映すことはしないから、見えているのは少し長い襟足とそのマスクだけなのだけれども。

『急だから何も準備してなかったんだって。めっちゃ部屋着。普段着。許して』

 許すも許さないもない。むしろ部屋着ありがとうの気持ちしかなく、思わず画面のこちら側で両手を合わせた。

『あとほんと、大したものないよ。新しくしたベッドでしょ、本棚、あと机。本棚足らなくて、全部収まりきってないの見える?恥ずかしい』

 照れ隠しに笑う声が聞こえて、再度拝む。こういうとき、寮とはいえ相部屋とかではなくてよかったと心から思った。

 彼の言うとおり、壁際には白いシーツの新しそうなベッドと本棚が並んでいる。当然閉められたカーテンは淡い緑色で、何かの植物がデザインされているのがちらりと見えた。
 床には何冊かの小説らしき本と雑誌、それから配信のために急いで開けたのだろうヘッドホンやマイクの箱が無造作に追いやられている。
 垣間見える生活感に、もっと知りたい欲が湧き上がって、再び駄目元でコメントを送った。

『え、間取り?個人情報聞き出そうとしてる?』

 くすくすとからかうような声は楽しそうで、ずっと聞いていたくなる。
 一応はそんなんじゃないと否定を送れば、わかってるよと返事があった。

『んと、間取りねぇ。玄関入ってすぐリビングでしょ、反対側にカウンターキッチン。あんまり広くはないかな、独り暮らし用だし』

 彼の説明を頭の中で想像してみるけれどうまく図にはできなくて、慌てながら書くものを用意する。
 チラシの裏に転がっていたボールペンで、楽しそうに話す間取りを書き込んでいった。

『お風呂とトイレは別。洗面所があって洗濯機が乾燥付で……あ、これ備え付けなんだよね嬉しいことに』
「確かにありがたいよな」

 独り言が漏れる。俺のいるこの寮にある洗濯機も、同様に備え付けだ。

『それで、リビングの右側に引き戸でもう一部屋あって、それが今配信してる部屋。寝室だよね要は』
「……ん?」
『はい、おしまい。引っ越した俺んちはこんな感じでした』

 何かが引っかかっているうちに、画面はイラストに戻ってしまう。

『んと、今日はメンバー限定配信はお休みさせてね。まだ片付いてないの見たでしょ?』
「マジかぁ」
『今度の週末、どっちかでやるかも。待っててね』

 まるで俺の独り言が聞こえているようだ。そんな馬鹿なことを考えながら、今日何度目かのスパチャを飛ばした。
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