the trip voice

あきら

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「湊?」
「ん、う……」

 トイレから戻った俺の目に入ったのは、テーブルに突っ伏して居眠りする背中だ。
 改めてそのテーブルの周りを見れば、けっこうな数の空き缶が転がっている。強くないという割にはけっこう飲んだなと思いながら、それらを拾ってゴミ袋に放り込んだ。

「っ、んー……とおる……?」
「悪い、うるさかったか?眠いなら寝ていいぞ」
「ん……だいじょぶ……」

 とろりとした声をどこかで聞いたことがあるような気がして不思議に思う。
 けれどまあ、気のせいだろう。それはそれとして、大丈夫そうには見えなかったので、苦笑して寝ろよと促した。

「……透は、さぁ……」
「ん?」
「透、は……」

 ねぼけたような、だけどそうでもないような。
 酔っているのは確実だけれども、それにしてはずいぶんと重苦しそうな声音で湊は言う。

「いつから――男の人、好きだった?」
「……えらいデリケートなとこ踏み込んでくんじゃん?」

 茶化した俺に、ごめん、という返事。

「言いたくないならいいんだ。ちょっと、聞いてみたかっただけだから」
「別にいいって。そうだな、はっきり自覚したのは四年ぐらい前か」

 言いながら、酒の入っていたグラスを流しで濯ぎ、湊の前に置いてやる。アルコールではないただの麦茶をそこに注ぐと、俺も同じものを用意した。

「きっかけとかあった?」
「そんな大層なもんじゃ、けどさ。一応、違和感はずっと昔からあった。好きだと思える女の子がいなかったし」
「……そっか」
「好みがうるさいだけかと思ってた時期もあったけどな」

 苦笑しつつ、麦茶をちびちびと飲んでいく。
 不思議なものだと思った。小学校、なんならその前の幼稚園から知っている相手に、こんな話をすることになるなんて。
 けれど嫌な気分にはならない。それはきっと、湊が面白がって聞いているわけではないことがわかるからだろう。

「高校んとき、好きな先輩がいて」
「……うん」
「最初はただ、尊敬っつーか。普通に遊びに行ったり飯行ったり、勉強や進路の相談乗ってもらったりしてて。自分の中に、そんな気持ちがあるだなんてことこれっぽっちも気づいてなかった」

 あまりいい思い出でもない。でも、今は何故だかずいぶんとゆったりした気分で話せる気がした。

「俺が二年で、先輩が三年で。いつもみたいに放送室――その人放送部だったんだけど、放送室に遊びに顔出したら泣いてんだよ」
「なんで?」
「失恋したって。付き合ってた奴に振られたんだって、ボロボロ泣いてて。それ見て、どうしようもなくなって――そこで気づいた」
「そっか……」
「その場の勢いで告白して押し倒して拒否られて、だけど少し笑ってくれて。ちゃんとお付き合いしようよって言われて嬉しくて舞い上がって――先輩の付き合ってた相手は男だったって知った」

 いつしか、少しずつ減っていた麦茶は空になっている。静かに新しいそれを注いで、俺は続けた。

「俺もそっち側なんだって自覚して、でも先輩のことが好きだったから、一緒にいたときは楽しかった」
「その、先輩とは、今も?」
「いや?結局浮気されて捨てられた、俺が」
「え」

 苦しくて辛かったそれは、もう過去のことだ。
 けれど、湊が。湊の顔が一瞬で辛そうに歪んで、その頬を涙が伝っていくから。
 泣くなよ、なんて笑って手を伸ばし、落ちる雫を拭ってやる。

「なんでお前が泣くかな」
「っ、だ、って、ひでぇ、じゃん。自分だって、振られたとき、しんどかっただろうに、そんなの」
「はは、ありがとな。でも仕方ねェんだって、俺重かったから」

 ぐすぐすと鼻をすする湊に、ティッシュを渡してやった。俺んちなんですけどと言いたげな、濡れた目が俺を見る。

「嬉しくて舞い上がり過ぎて、その人のことしか見えなくなって。半分ストーカーみたいになって追いかけ回して束縛して、怖がらせた」
「……そう、だとしても……お前が、その先輩のこと好きだったのは、ほんと、じゃん」
「俺がいくら好きでも、それが相手にとってしんどかったら別れるしかねえだろ。浮気もさ、俺のこと相談してるうちにってやつで――そんときはキツかったけど、今考えるとそりゃそうだよなとしか思えねえんだから。だから、いいんだよ、お前がんな泣くなって」

 少しの間の後、ごめん、と湊の小さな唇が震えて声を紡いだ。

「やなこと、思い出させて」
「いいって、もう大丈夫だし」
「……あ、じゃあ、こないだの人は?水ぶっかけられてたけど」
「ああ、あれは別に付き合ってるとか恋人とかそんなんじゃねえから。ただのセフレ」

 さらっと答えた俺を、今度は見開いた両目が捉える。よく動く表情だなと笑った。

「せ、セフレ、って」
「向こうが告白してきたんだって。んで、俺は別に誰かと付き合うつもりもないって断ったんだけどセフレでもいいって言うから」
「お前、なぁ……」
「ちょうどいいだけの相手だったって話。とはいえ、あいつのこと本気になれなかったのは俺が悪いから水や平手ぐらいは食らっておこうかと思って」

 悲しみよりも呆れが上回ったのか、引っ込んだ涙の代わりにため息をつかれる。
 仕方ないんだとつぶやけば、何がだよとさらに呆れられた。俺の秘密の部分だったけれど、湊ならいいかと口を開く。

「俺、声フェチなの。好きな声の相手じゃないとイけなくて」
「は?」
「あ、でもお前の声はけっこう好きかも。試してみる?」
「え?」

 冗談で言ったそれを咀嚼して理解して、今度は真っ赤に染まる顔。
 ぱくぱくと金魚のように口を開いて閉じて、それから。

「馬っ鹿じゃねぇの?!」
「冗談だって、んな声張り上げんなよでけえな」
「お前のせいだろ?!この色ボケパリピ!」
「誰がパリピだっつの」
「見た目がパリピなんだよ!」

 酔いはどこかへすっ飛んでったらしい湊の怒鳴り声と言い合いながら、こんなに笑ったのはいつぶりだっただろうか、なんてことを考えた。

 
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