まだ名前を知らない

くおん

文字の大きさ
上 下
2 / 7

お、し、お、き

しおりを挟む
「ホラホラ、働キナヨ~」

    シオンが魔力を込めた小さな人形が、ダラダラと家事をする私を急き立てる。甲高い声は正直耳障りで、この人形が導入された次の日には街で耳栓を購入してきた。

「サボッテンジャナイヨ~」

「働いてるし」

    煽るような言い方をするシオン人形にボソッと言い返してはみるものの、テキパキと体を動かす気にはなれなくてずっと流し場を磨いているんだから、シオン人形の言うことは的を射ている。分かってる。
    二人暮らしに広すぎるこの家は、掃除をするのにも半日かかる。ただでさえ広いのに物が散乱しているのだから、たまったものではない。

「物が多すぎるのが悪いのよ」

    なんの気なしにただ吐いた私の悪態に、シオン人形はパカッと口を開いて停止した。木でできた操り人形に水色の毛糸をくっつけただけという危ういバランスのシオン人形は、喋っていても怖いけれど黙るともっと怖い。
    どうしたのかと声をかけようとすると、シオン人形は目を白黒させてカタカタと震えだした。「ひっ」と思わず声を漏らした私に、キキキキカタカタと奇妙に頭と腕を振りながら詰め寄ってきたかと思うと、猛然と言葉を紡ぎ出す。

「オ言葉ダケド、僕ハキチント片付ケテルヨ。散ラバッタ粉ヤラ液体ヤラ、果テニハパンツマデソコラ辺ニ落トシテ文字通リ尻拭イ紛イノコトヲサセテルノハドコノドナタダイ?」

    私の足元にまとわりついて、「セクハラダナンテ言ワセナイヨ、寧ロ、強制的ニパンツヲ視界ニ入レサセルソノ行為コソ逆セクハラッテヤツダロ、ソウダロウ?」とかなんとか言葉を続けるシオン人形は、もはやホラーだ。

「ごめん!ごめんってば!私が悪かった働くから!許して!」

「ソウダ、分カレバイインダ、大体君ハ、今オシオキ中ダッテコトヲ忘レテヤシナイカイ?僕ハ今疲レテルナカ必死コイテ睡眠薬ヲ作ッテルヨ、コレダッテ君ノ尻拭イダゾ、普通弟子ガ師匠ニ尽クシテ教エヲ仰グンジャナイノカイ、何デ僕ハ君ノパンツヲ片付ケタリシテルンダイ、君ガ僕ノパンツヲ片付ケルベキナンジャナイノカイ…」

「ストップ、ストップ!」

「止マラナイヨ、止メラレナイヨ!」

「あああああああ!!」

    頭がおかしくなる前に、これをどうにかして貰わないといけない。
    私の尻拭いをしてくれているシオンには申し訳ないけど、このクレイジー人形の止め方が分からない。
    とにかくシオン人形の胴を両手でガッと掴む。「何ヲスル!掃除ヲシロ!」と私の指を噛みちぎりそうな勢いで歯をカチカチ鳴らしながら喚くものだから、噛みつかれないようにシオン人形を体から極力離して保持する。
    想像よりもずっと重かった人形をシオンの元へ持っていこうと一歩足を踏み出した時だった。バキャンッ!と弾けるような音がしたかと思うと、シオン人形がズンッと重くなった。

「なにこれ!?なにこれ!?」

    焦って人形から手を離しそうになったが、離れなかった。
    離れなかったのだ。手が人形にくっついている。人形は慌てふためく私を馬鹿にするように、「キキキキキ!キキキキキキ!」と喚き笑っている。
    どうしよう、どうしようとパニックになった時に出てくる言葉は、五歳の時と何も変わっていない。

「シオン!シオン!」

    バキャンッ!

「マルカ!?」

    泣きそうになりながら叫ぶと、バキャンッ!と弾けるような音と同時に必ずシオンが現れるのだ。
    五歳の時と、何も変わっていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

処理中です...