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999本のバラと共に2

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 リリアンナはうっすら化粧をし、唇には薔薇色の紅が差されてある。白粉をはたかれていつもより少し白い肌に、思わずキスをしたくなった。
 そんなディアルトに、リリアンナは口元で「しぃ」と窘める。
 しかしその後に目を閉じて少し顔を上向け、キスを待つ顔になったのでディアルトは堪らない。
 思わずガバッと抱き締めたいのを堪え、そっとリリアンナを抱き寄せた。
「これで君は、ずっと俺のものだ」
 もう一度呟いてから、ディアルトはリリアンナに誓いのキスをした。
 ふわりと重なった唇は、天使の祝福かと思った。
 特別な場所、特別なシチュエーションでされるキスは、リリアンナの脳を甘美に蕩けさせる。
 自然と手がディアルトの軍服をそっと掴んでいた。
「……は」
 存分に新妻となったリリアンナの唇を堪能し、ディアルトが顔を離す。
 目の前には頬をほんのり染めたリリアンナが、珍しく照れた顔で視線を落としていた。
「あなた方新しき夫婦に、精霊のご加護があらんことを。あなた方の歩む新しい人生に、良い風が吹きますことをお祈り致します」
 司祭が祝福の言葉を述べ、祭壇に用意されてある指輪に聖水をかけた。
「それでは、指輪の交換を」
 ディアルトが用意した結婚指輪は、王家のしきたりに従った物だ。
 指輪そのものは良質なプラチナや宝石で作った物を用意し、それを七日『聖風殿(せいふうでん)』と呼ばれる神殿に保管した。
 聖風殿には良い風が下りるとされる小部屋があり、古来よりウィンドミドルの王家の催事で重要な役割を果たす物がある場合、そこで清められることになっていた。
「この指輪をもって、私は妻リリアンナに生涯の愛と忠実の印とします」
 リリアンナの手を取り、ディアルトは彼女の左手の薬指に指輪を通す。
 上品なプラチナに、やや青緑の光を宿したダイヤモンドが並んだ指輪。そのような特殊な色を選んだのも、風の精霊の祝福を願ってのことだ。
「この指輪を持って、私は夫ディアルトに生涯の愛と忠実の印とします」
 同様にリリアンナも、ディアルトの指に誓いの指輪を通す。
 パイプオルガンの演奏が奏でられるなか、二人は証明書にサインをし司祭が祝福をする。
 司祭が十字を切ったあと、二人はフラワーシャワーのなか退堂してゆく。
「ディアルト兄様! リリアンナ! おめでとう!」
 堪らずナターシャが涙を光らせた顔で祝福をし、手に持っている小さなバスケットからバッと花びらを撒く。
 その勢いに思わず二人とも笑ってしまい、カダンやシアナ、バレルにオリオも続く。
 反対側からは、ライアンにリオンが二人を祝福してくれた。
 続く親族たちからも花を降らされ、聖堂を出る頃には二人はすっかり花びらまみれになってしまっていた。
 二人の姿が扉の外に出ると、騎士団が整列して最敬礼をしている。
 その中にディアルトとリリアンナにもよく馴染んだ顔がある。彼らに祝福されていると思うと感慨深くなった。
「リリィ、泣いてる騎士もいるよ」
「ありがたいことです」
 列の中には敬礼をしながら、グスッと洟を啜っている騎士もいる。それほどまで自分たちの結婚を祝ってくれているのだと思うと、リリアンナは深く感謝したくなる。
 だがその実、彼らは憧れのリリアンナが人妻になってしまったことに、絶望しているだけだった。
 それが分かっているディアルトは、我ながら性格が悪いと思いつつ、美しい花嫁を独り占めできてご満悦だ。
 行く先には白い馬車が用意されてあり、これから王都を一周することになっている。馬車は花で飾られてあり、馬車を引く白馬も美しい。
「ディアルト様、お腹が空きました。ディアルト様は大丈夫ですか?」
 馬車に乗り込むとリリアンナが真面目に聞いてきて、思わずディアルトは笑い出す。
「朝食はとらなかったの?」
「アリカに、『体型が崩れてはいけないので、食べ過ぎてはいけません』と言われました。結局口にできたのは、ほんの少しのお菓子ぐらいで……」
 いつもガッツリ食べているリリアンナの胃袋なら、その程度の量は食事にもならないのだろう。
「パレードが終わったら、お腹が楽になるドレスに着替えてガーデンパーティーに挑もう。アリカもそこでならいいと言うだろうし」
「はい」
 グルル……と鳴く腹をさすり、リリアンナは馬車の周囲に並ぶ騎士団を見やる。
「何だか実感が湧きません」
「そうだね。俺もずっと君に求婚してきたのに、いざ当日となると感慨深すぎてこれが現実なのか夢なのか分からないよ」
 整列が終わり、馬車がゆっくりと動き出した。
「王妃陛下は、やはり参列してくださいませんでしたね」
「まぁ、仕方ないんじゃないかな。病気療養という名目だし。王都に戻ったら戻ったで、また周囲に色々問い詰められるだろうし。一応詰問される事から逃げられたのだから、戻って来たら意味がないんじゃないか?」
「……殿下は今になっても、王妃陛下を悪く仰らないのですね」
「俺が叔母上にやり返す理由もないしね。彼女が俺を疎む理由があっても、俺は父代わりになってくれた叔父上の妻を、どうこうしたいと思わない」
 ガーデンパーティーの準備がされている前庭を進んでゆくと、王城の門の向こうは異様な熱気に包まれていた。
「……そのような、悪く言えば甘いディアルト様だからこそ、私はこれからもずっとお側でお守りしなければならないのです」
 力を失ってもなお、自分がディアルトの側にいる意義を見つけられたというように、リリアンナは清々しい笑みを浮かべた。
 やがて門を抜けて王宮の敷地を出て、王都へとさしかかるとワァッと大気をビリビリとさせるほどの歓声が二人を包んだ。
「す……ごい」
 その勢いにリリアンナは目を丸くし、ディアルトは笑みを深める。
「……ん?」
 民衆に対して手を振っていたリリアンナだが、最前列に出ている者たちの中にチラホラと一本のバラを持っている者を見かけた。
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