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語られる過去1

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 翌日ウィンドミドルの兵が見張る中、午前中にファイアナの兵が天幕を張る。
 爆発の罠など、何もおかしい素振りを見せないのを確認してから、両国の兵が見張りに立った。
 そして正午。
 衛兵が敬礼する中、先にディアルトとリリアンナ、騎士団長が到着した。やや遅れてカンヅェルとアドナ、そして宰相や臣下が数人着いた。
 和平の場だからと、それぞれ武器は別の場所に預けてある。
「あなたがディアルト王子か」
 不遜な態度をそのままに、カンヅェルは腕を組んだままの姿で笑う。
 ディアルトが会釈をする隣で、リリアンナもおつきの騎士として丁寧に頭を下げた。
 だがディアルトが会釈から姿勢を戻せば、カンヅェルが無遠慮な視線でリリアンナを見ているのに気付く。
(随分、思っていることや感情。色んなものを雄弁に語る視線だな)
 自分と同じ金色の目だが、含むものは似て非なるものだと感じた。
「はじめまして、カンヅェル様。私はウィンドミドル先王ウィリアの一人息子、ディアルトと申します。現国王陛下に代わり、和平のテーブルに着かせて頂きます」
 丁寧に頭を下げるディアルトを、カンヅェルは値踏みするような目で見る。
(フン……。鍛えてはあるが、精神は優男風だな。大方あの女の尻にでも引かれてるんじゃないのか? まぁ、あの女の尻なら気持ちよさそうだが)
 そこまで考えて、カンヅェルはまたリリアンナを見る。
 胸当ての上半分から見えている深い谷間や、ペチコートから出たスラリとした太腿。その上のしっかりとした腰のライン。
「カンヅェル様」
 視線でリリアンナを嬲っていたカンヅェルに、ディアルトが呼びかける。
 その声に顔を上げれば、ディアルトはカンヅェルが何を見ていたのか「分かってる」と言う目で微笑んでいた。
「天幕に入って、さっそく座りましょう」
 にこやかに天幕を示すディアルトに、カンヅェルは内心嗤った。
(喰えん男だな。この女に手を出したら、何をしてでも俺を殺す覚悟がある。とんだ狸だ)
 ディアルトの笑みを、カンヅェルは『黒い笑み』だと直感する。
(こいつは王の器だ。大事なもののためなら、笑顔で人の命を奪える。発言も考えてせねば、こちらが足をすくわれるな)
 思わぬ強敵の予感に、カンヅェルは知らずと笑っていた。
 やがて双方天幕に入り、用意されてあった席に着く。
 テーブルの中央に向かい合ってディアルトとカンヅェルが座る。ディアルトの両隣にリリアンナと騎士団長。カンヅェルの両脇にはアドナ将軍と宰相が座った。
「会談の前に食事を。俺が連れて来た料理長が腕をふるう」
 テーブルの側に調理台があり、両国の兵士が並んだ中で既に調理が行われていた。
「失礼ながら、確認させて頂きます」
 リリアンナが立ち上がり、調理台を見張っていた兵士と二、三会話をする。
 その姿を見て、カンヅェルは唇を片方もたげて笑う。
「いい女ですね」
「ええ。素晴らしい女性です」
 ディアルトも穏やかな表情のまま、カンヅェルの静かな挑発に応じる。
 一目見た時から男の直感で、カンヅェルがリリアンナに含んだ感情を持っているのが分かった。
 だが彼の見た目が派手だからと言って、そのまま粗野な人間かと思えば違う。獰猛な獣に似た瞳の奥に、如何に相手を効果的に追い詰めるかという狡猾な光がある。
「美しくて強くて……。スタイルもいい。ディアルト様もいい思いをされているのでは?」
「とんでもありません。いつもすげなく断られていますよ」
 リリアンナのことを『その気になれば、すぐ応える女』のように言われ、ディアルトは内心頬を引き攣らせていた。
 そこにリリアンナが席に戻り、微妙な沈黙になる。
「異常なしとのことでした。カンヅェル陛下の御前で、大変失礼致しました」
「いや? 気が済むまで調べてくれ。俺も交渉のテーブルで毒がまわったとなれば、寝覚めが悪い。俺は毒を盛るぐらいなら、正面から切りつけるタイプなのでな」
「はは、確かにそうお見受けします」
 その後、他愛のない話がなされ、横で調理が進んでゆく。
 交わされていた言葉は、主にリリアンナに関することだった。先ほどまでの内容の続きで、軽口にも似ている。
 本来ならリリアンナも自分を話題にされて、あまり快くは思わなかっただろう。
 だが今は大事な会談前なので、自分をネタに男性たちの会話がなされたとしても、特に構わなかった。
 それで会談前の大事な空気が保たれるのなら、何を言ってもいい。そう思っていたのだ。
「ファイアナの食事は、スパイシーな物が多いと聞きました。いい香りですね」
 運ばれてきた食事は、ディアルトが言う通り香辛料がたっぷり使われている。けれど見た目も美しく、暑い土地ならではの鮮やかな食用花も使われていた。
「両国の発展に」
 カンヅェルが酒の入ったグラスを掲げ、全員が同じようにグラスを掲げた。
 鼻に抜ける強い香りがあり、喉を通るとカァッと体が熱くなるような強い酒だ。けれど嚥下した後は軽やかでフルーティーな香りが突き抜け、爽快感がある。
「……美味しい」
 グラスから唇を離し、リリアンナが呟く。
「だろう? お前が望むなら、これから先の展開に寄っては破格で輸出してもいいが」
「ありがとうございます」
 雰囲気がいいのは、リリアンナのお陰。
 そう思ったディアルトは彼女に感謝しつつ、食事を始めた。
 全体的に味が濃く、舌にピリリとくる物もある。けれど舌休めにあっさりとした味の果物が挟まれ、口が辛くなってゆくことはない。
 砂漠ならではの味付けに精通した料理人ならではの、素晴らしいフルコースだ。
 ウィンドミドルでは滅多に食べられない火牛のステーキは、脂が乗っていて非常に美味だった。
 最後にカラフルなフルーツの盛り合わせで締めくくりになり、皆が幸せそうな顔になった後――。
「……では、茶でも飲みながら話を始めましょうか」
 カンヅェルが切り出し、ディアルトが頷く。
 食事中も会話は多くなかったが、そこから先の空気はピンと張り詰めてまったく別のものになる。
「仮に和平を結ぶのが目的として、ディアルト様はこの会談で何が必要だと感じられますか?」
 先手を打ったのはカンヅェルだ。
「双方、条件は同じかと思います。兵が死傷しているのも同じ、互いの国の先王が亡くなっているのも同じ。どちらかが下になり、不利な条件を負うことはないと思っています」
 それにディアルトも引かない。
「先に戦争をふっかけたのがこちらの国であっても?」
「……終戦後、この戦争で亡くなった遺族より申し立てがあれば、相応の謝罪を求めるでしょう。ですがファイアナより同じように謝罪要求があれば、我が国もできる限り対応するつもりです」
「ふん……」
 ――やはり喰えない。
 そう感じたカンヅェルは、ディアルトに手応えを感じてニヤリと笑う。
「さて、私が戦争の意義を見いだせなくなっても続けていたのは、互いの父の確執があるからです」
「……そうですね」
 ――きた。
 ディアルトは表情を崩さず、ゆるりと頷く。
「あの日何があったのか、ディアルト様は知りたくありませんか?」
「それは――。勿論」
 返事をし、ディアルトはチラリとアドナ将軍を見る。
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