1404本のバラが起こした奇跡~へこたれない王子とツンデレ騎士の純愛物語

臣桜

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ファイアナの王2

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「……来たか」
 地を轟かす音を耳にし、それまで大きなベッドで寛いでいたカンヅェルが呟く。
 攻撃が始まるまでのんびり寝て待っていたが、開かれた目は頭上にある赤い天蓋を見てまた閉じられる。
 そして何かを拾い取るように、カンヅェルは神経を張り巡らせた。
「……随分風の精霊に慕われているな。……ふぅん、『守りたい』か。親父の代もそうだったが、ウィンドミルの先王もいい女に守られていたとか」
 一人呟き、カンヅェルは自分を探ってきた女の顔を思い出す。
「……あんないい女が側にいて『守る』というのは……、羨ましいな。俺の周りはむさ苦しい男とジジイと、俺の顔と権力しか見てない女だけだ」
 そう言ってカンヅェルは起き上がり、天幕を出た。
 王の姿を見て姿勢を正す衛兵を尻目に、カンヅェルは天幕の間を抜けて兵士たちが忙しく行き来する場所まで出て行く。
「陛下、このような所まで来られては危険です」
 カンヅェルの姿を認めたアドナが制するも、「放っておけ」と悠然と腕を組むだけだ。
「俺はちょっと、あの女に会いに行ってくる」
「え!?」
 一国の王の行動とは思えない宣言に、アドナは目を剥く。
 けれど一瞬の間にカンヅェルは足元にボンッと火を生み出すと、その力で飛んでいった。
「兵の指揮はお前らに任せたぞ! 俺の護衛はいらん」
「陛下!」
 眼下に焦燥した将軍や兵士、臣下がワラワラと集まるも、それらを無視してカンヅェルはあっという間に飛んでいってしまった。

**

 ――何か、来る!?
 最初の一撃を終えて体勢を立て直し、ファイアナの右翼を崩そうとしたリリアンナは異変を感じた。
 とても攻撃的な意志を持つ『何か』が、グングンとこちらに近づいてくる。
 その正体が強い火の意志だと気付く前に、リリアンナは咄嗟に風の障壁を張っていた。
「!!」
 ドンッと全身に強い衝撃が走り、風の障壁の向こうが業火に包まれた。
 リリアンナを中心に小さな太陽ができたのではという程の光量、火力に、ウィンドミドルの兵たちはたじろぐ。
 だが――。
「ほぉう……。やはり、凌いだか」
 強い風に火が流され、光も煙も落ち着いてゆく。
 その中からリリアンナが強い目のまま姿を現したのを見て、カンヅェルは満足そうに目を細めた。
「あなたは……。ファイアナの国王カンヅェル陛下ですか?」
 金色に光るグリーンの目が、じっとカンヅェルを見据える。
 薄い色の金髪も、青いドレスも、白い肌も、リリアンナはいつもの通り美しい。
「そうだ。お前の名は? ウィンドミドルの美しき守護者よ」
 威風堂々。
 そんな言葉が相応しいカンヅェルは、浅黒い肌にコントラストが映える白い歯を見せて笑う。
 黒い装束の上に、目に鮮やかな赤い柄物の羽織が風になびく。同時に手首や首、額にあるアクセサリーが、カンヅェルという男に似合わない繊細な音をたてた。
「ウィンドミドルの軍事統括を担う公爵家。イリス家の長女リリアンナと申します。カンヅェル様には、是非とも話し合いのテーブルに着いて頂きたいと存じます」
 カンヅェルをじっと見つめたままリリアンナが頭を下げると、彼は周囲に響き渡るような笑い声を上げた。
「はははは! 我が軍の兵士を天高く吹き飛ばしておいて、よく言う!」
 笑いというものは、普通その場の空気を和ませるものだ。
 けれどカンヅェルの獰猛とも言える笑い声は、リリアンナに更なる緊張をもたらした。
「戦争ですから」
 引くつもりもなくリリアンナが言うと、カンヅェルはニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。
「そうだな。俺の親父が始めた、意味のよく分からん戦争だ」
「……カンヅェル様は、この戦争に意義を認めていらっしゃらないと?」
 リリアンナが不可解そうな顔をすると、彼は余裕綽々という態度を崩さず答える。
「そりゃあな。他国の緑や水が羨ましいのなら、和平を結んで隣国に観光に行けばいい。金を落としてついでに自国のアピールをすれば、周囲からもファイアナに人が来るだろう。もっと言えば、移り住んでもいい。農産物も海の幸も、交易を盛んにすれば事足りる。ファイアナには金をはじめ、様々な鉱山資源という強みがあるからな」
「! ではなぜ今すぐにでも和平を結ばないのです! いたずらに戦争を続けていても、互いにマイナスにしかならないと理解されているでしょう!」
 ――戦争さえなければ、ディアルトが怪我を負うこともなかった。
 ――自分の母もディアルトの父も死なずに済んだ。
 そう思うと、リリアンナは悔しくて堪らない。
 歯を食いしばり、激しく睨みつける先、カンヅェルは尊大な態度でリリアンナを見ている。
「俺は一応王だ。先王を殺されておきながら、和平を結びましょうとこちらから言えるものか。お前らとて同じだろう。同じ場所で両国とも王を失った。領土拡大やらよりも、ずっと深い確執だぞ」
「それは……」
 核心を突かれてリリアンナは言葉に窮する。
「言われてみれば、私たちも生まれた時から戦争が続いていたから、戦うのが当たり前と思っていた節がありました。私はファイアナという国の誰か……ではなく、ファイアナという国を憎く思っている所もあります。私の母を奪い、大事な殿下の父君を奪いました。ですが、憎しみは憎しみを生むということも知っています。いま私たちの代で戦争を終わらせなければ、次の代が苦しみます。私は自分の子に、こんな思いをさせたくありません」
 空に立ち、苦しみを耐えるような顔でリリアンナは正直に言う。
 自分の憎しみも悲しみも、決して誤魔化そうとしない。
 それをちゃんと認めなければ、綺麗事だけではこのカンヅェルという男は動かないような気がしたからだ。
 大前提として、リリアンナは自分の心の一部を誤魔化すということがとても苦手だ。
「ほう? お前、子を孕んでいるのか?」
「な……っ、何を仰るのですか! 失礼な!」
 真面目な話をしているというのに、カンヅェルの言葉は「自分の子に」という箇所を指摘する。
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