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決戦前2
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「はー……。ひっさしぶりに笑った」
腹部を押さえてひいひいと言うディアルトを、リリアンナは冷めた目で見やった。
「どこに笑う要素があったんですか」
「姉上の筋肉が男張りという所とか?」
「リオン?」
「いやいや、でも姉上が来てくださって良かったですよ本当に。これじゃあ、本気で終戦も目の前なんじゃないですか?」
上手く話を躱したリオンの言葉に、思わずディアルトとリリアンナも顔を見合わせる。
「そう上手くいくかは……、明日にならないと分からないな」
「そうですね。こちらの援軍の出番は明日。ファイアナの王も明日出てくる予感がします。……ファイアナの王が出て来た時は、私が打って出ますが」
毅然として言うリリアンナに、ディアルトもリオンも眉を顰める。
彼女に対して「女だから」というのは間違えていると、二人とも分かっている。リリアンナには実力があり、国を救うだけの力がある。
誰もがリリアンナに期待をしている。そして彼女も、期待に応えるのが当たり前だと思っている。
一人の女性としてリリアンナを想うディアルトと、姉を心配するリオンには頭の痛い事態だ。
「……姉上が、そこまですることはないんじゃないですか? 今日だって大きく戦力を削りました。後は我々でどうにかなります。我々だって戦えるんですから」
「そうだよ、リリアンナ。君がどこまでも矢面に立つ理由はない」
二人の反対に、リリアンナはゆるりとかぶりを振った。
「私、これは自分の使命……いえ、運命のような気がしているんです。母が戦死した場所で、もしかしたら私が戦争を終わらせられるかもしれない。母は先王陛下をお守りしきれませんでしたが、私はちゃんと殿下を守り切り、この国の未来を見たい。そう思うのです」
清々しいまでに、リリアンナはリリアンナだ。
背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を向いて微笑む彼女を見ると、ディアルトもリオンも何も言えなくなってしまう。
「……かと言って、女性の君に戦争を終わらせろと命じるのは。……本当に……」
ディアルトは両手を組むと、それを額に当てて深く溜め息をついた。
リオンも姉から視線を外し、腕を組み遠くを見ている。
「殿下。二人きりの時はともかく、私のことは女とお思いにならないでください。私は風の意志に選ばれました。そこには世界の意志があり、男も女も関係ありません。私はこの大いなる力を、愛する祖国のため、殿下のために使えるのを誇りに思っています。どうか私から、その誇りを奪わないでください」
穏やかに微笑むリリアンナは、もう決意を覆すつもりはなさそうだ。
顔を上げたディアルトは、溜め息交じりにリリアンナを見て唇をもたげる。
「……本当に、惚れ惚れするよ。君は俺の誇りだ。そして間違いなく国の英雄だ」
半分諦めたように、半分悲しそうに言う。
それからディアルトはスゥッと息を吸い、姿勢を正してリリアンナを見つめる。
じっと自分の愛する女性を凝視してから――、最後の命令を下した。
「リリアンナ。……では、現在のアイリーン砦最高責任者として、君に最後の命令する。明日の朝応援部隊が到着し、午後に総攻撃をかける。その時、君に先陣を切ってもらう。目標はファイアナの軍を完膚なきまで叩き潰し、敵陣にいるだろうカンヅェル王を引きずり出すこと。そして彼に、和平を結ばせる。どんな手を使ってでもいい。卑怯と呼ばれようが、俺が守りたいのは自国の平和だ」
「はっ!」
ディアルトの命令に、リリアンナは立ち上がって背筋を伸ばした。
カッとブーツの踵を鳴らし、腹から出した声が休憩室の空気を震わせる。
その場にいた他の騎士や兵士たちが、気を引き締めたリリアンナを見て、自分たちも奮い立たされたようだ。
「明日だぞ」、「やるぞ」と気合いの入った声があちこちから聞こえ、その雰囲気のいい熱がサワサワと周囲に広がってゆくのを感じる。
彼らを見て、リリアンナは微笑んだ。
「私、やっぱりここに来て良かったです。自分で言うのもおこがましいですが、私が来たことで兵たちの士気が上がった気がします。雰囲気のいい軍は、それだけの結果を残します」
「そうですね。ウォーリナの女性たちを前に、皆さんソワソワしていましたが、姉上が来た時の比ではありません。姉上は何というか……。女性というよりも、希望や勝利の象徴に思えます」
リオンの言葉に、リリアンナは困惑顔だ。
「リオン。あなた王都に帰ったら、何か私に買ってほしいものでもあるの?」
「……姉上」
せっかく真面目に話したことが裏目に出て、リオンはガクリと項垂れる。
引き締まった空気の後だというのに、ディアルトはまた笑い出してしまった。
その日、ファイアナからの攻撃はなかった。
リリアンナが戦闘に加わったことと、彼女を交えての陣で大打撃を喰らわせたのが功を奏した。
ウィンドミドルの騎士や兵たちの誰もが、自分たちに『良い風』が吹いたと信じる。そして英雄の娘はやはり英雄だと、浮き足立つのだった。
けれど夕食の席で「明日は決戦です」とリリアンナに鼓舞され、彼らも気持ちを引き締める。
見張りがファイアナの様子を見逃さないまま、翌朝早く援軍が辿り着いた。
腹部を押さえてひいひいと言うディアルトを、リリアンナは冷めた目で見やった。
「どこに笑う要素があったんですか」
「姉上の筋肉が男張りという所とか?」
「リオン?」
「いやいや、でも姉上が来てくださって良かったですよ本当に。これじゃあ、本気で終戦も目の前なんじゃないですか?」
上手く話を躱したリオンの言葉に、思わずディアルトとリリアンナも顔を見合わせる。
「そう上手くいくかは……、明日にならないと分からないな」
「そうですね。こちらの援軍の出番は明日。ファイアナの王も明日出てくる予感がします。……ファイアナの王が出て来た時は、私が打って出ますが」
毅然として言うリリアンナに、ディアルトもリオンも眉を顰める。
彼女に対して「女だから」というのは間違えていると、二人とも分かっている。リリアンナには実力があり、国を救うだけの力がある。
誰もがリリアンナに期待をしている。そして彼女も、期待に応えるのが当たり前だと思っている。
一人の女性としてリリアンナを想うディアルトと、姉を心配するリオンには頭の痛い事態だ。
「……姉上が、そこまですることはないんじゃないですか? 今日だって大きく戦力を削りました。後は我々でどうにかなります。我々だって戦えるんですから」
「そうだよ、リリアンナ。君がどこまでも矢面に立つ理由はない」
二人の反対に、リリアンナはゆるりとかぶりを振った。
「私、これは自分の使命……いえ、運命のような気がしているんです。母が戦死した場所で、もしかしたら私が戦争を終わらせられるかもしれない。母は先王陛下をお守りしきれませんでしたが、私はちゃんと殿下を守り切り、この国の未来を見たい。そう思うのです」
清々しいまでに、リリアンナはリリアンナだ。
背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を向いて微笑む彼女を見ると、ディアルトもリオンも何も言えなくなってしまう。
「……かと言って、女性の君に戦争を終わらせろと命じるのは。……本当に……」
ディアルトは両手を組むと、それを額に当てて深く溜め息をついた。
リオンも姉から視線を外し、腕を組み遠くを見ている。
「殿下。二人きりの時はともかく、私のことは女とお思いにならないでください。私は風の意志に選ばれました。そこには世界の意志があり、男も女も関係ありません。私はこの大いなる力を、愛する祖国のため、殿下のために使えるのを誇りに思っています。どうか私から、その誇りを奪わないでください」
穏やかに微笑むリリアンナは、もう決意を覆すつもりはなさそうだ。
顔を上げたディアルトは、溜め息交じりにリリアンナを見て唇をもたげる。
「……本当に、惚れ惚れするよ。君は俺の誇りだ。そして間違いなく国の英雄だ」
半分諦めたように、半分悲しそうに言う。
それからディアルトはスゥッと息を吸い、姿勢を正してリリアンナを見つめる。
じっと自分の愛する女性を凝視してから――、最後の命令を下した。
「リリアンナ。……では、現在のアイリーン砦最高責任者として、君に最後の命令する。明日の朝応援部隊が到着し、午後に総攻撃をかける。その時、君に先陣を切ってもらう。目標はファイアナの軍を完膚なきまで叩き潰し、敵陣にいるだろうカンヅェル王を引きずり出すこと。そして彼に、和平を結ばせる。どんな手を使ってでもいい。卑怯と呼ばれようが、俺が守りたいのは自国の平和だ」
「はっ!」
ディアルトの命令に、リリアンナは立ち上がって背筋を伸ばした。
カッとブーツの踵を鳴らし、腹から出した声が休憩室の空気を震わせる。
その場にいた他の騎士や兵士たちが、気を引き締めたリリアンナを見て、自分たちも奮い立たされたようだ。
「明日だぞ」、「やるぞ」と気合いの入った声があちこちから聞こえ、その雰囲気のいい熱がサワサワと周囲に広がってゆくのを感じる。
彼らを見て、リリアンナは微笑んだ。
「私、やっぱりここに来て良かったです。自分で言うのもおこがましいですが、私が来たことで兵たちの士気が上がった気がします。雰囲気のいい軍は、それだけの結果を残します」
「そうですね。ウォーリナの女性たちを前に、皆さんソワソワしていましたが、姉上が来た時の比ではありません。姉上は何というか……。女性というよりも、希望や勝利の象徴に思えます」
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「リオン。あなた王都に帰ったら、何か私に買ってほしいものでもあるの?」
「……姉上」
せっかく真面目に話したことが裏目に出て、リオンはガクリと項垂れる。
引き締まった空気の後だというのに、ディアルトはまた笑い出してしまった。
その日、ファイアナからの攻撃はなかった。
リリアンナが戦闘に加わったことと、彼女を交えての陣で大打撃を喰らわせたのが功を奏した。
ウィンドミドルの騎士や兵たちの誰もが、自分たちに『良い風』が吹いたと信じる。そして英雄の娘はやはり英雄だと、浮き足立つのだった。
けれど夕食の席で「明日は決戦です」とリリアンナに鼓舞され、彼らも気持ちを引き締める。
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