1404本のバラが起こした奇跡~へこたれない王子とツンデレ騎士の純愛物語

臣桜

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『火の意志』の気配

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「……大気が渦巻いていますね」
 ディアルトと共に砦の屋上に出ると、リリアンナが呟いた。
「どんな具合だい?」
 精霊をまったく見られないディアルトが問うと、リリアンナは遠方を見る目つきで答える。
「確かに、火の精霊の活動が増していますね。それに触発され、こちらの風の精霊も活発になっています。こちらの活発化は、恐らく私が来たということも起因していると思います。そしてあちらの陣にも、きっと……」
 そこまで言い、リリアンナは胸の前で手を広げる。
 するとすぐにそこに風の精霊が集い、リリアンナの命令を乞う。
「……お願いします。『見せて』ください」
 唇で呟き、リリアンナは風の精霊に集中したまま、遠くファイアナの陣に手を伸ばした。
 同時に、リリアンナの意識を乗せた風の精霊が、グングンと距離を伸ばしてゆく。
 目を瞑ったリリアンナの意識には、見えるはずのない大地が空を飛んでいるように可視できていた。
 砦の前にある壕を越え、更にその向こうにある白兵戦が行われる国境近くを越える。
 朝一番の戦いが行われている風景を見下ろし、火の精霊が爆発を起こした時はチリッと頭痛がした。
 トランス状態になっているリリアンナを、側からディアルトがそっと支える。そうしなければ、ユラユラと体を動かしているリリアンナが倒れてしまいそうに思ったからだ。
 またそうすることができるのが、自分だけだということも分かっている。
 精霊をまったく扱えないディアルトだからこそ、術を使っている最中のリリアンナに触れても何ら影響を与えることがない。
「……見えます」
 目を瞑ったリリアンナの意識には、ファイアナの本陣が見えていた。
 忙しく動き回っている下級兵、命令を出している上官。白い天幕が幾つも建ち、その奥まった場所にとても強い力を感じた。
「……常駐されているのは、三将軍の中で一番古参のアドナ将軍です。一番の実力者でありながら、常識人。……この方なら、話し合いの場になっても公平な視線でいてくださるかもしれません」
「もっと見られるか?」
 今まで砦にいた見張りの実力では、ここまで見られなかった。せいぜい、大きな力を持つ者がいる。その程度の認識ができただけ。
 ディアルトの言葉に、リリアンナは更に遠く――もっと強大な火の力に集中した。
「……移動しています。この速度は馬車。沢山の火の精霊に囲まれています」
 グングンと景色が近づき、砂漠を進む一軍が見えた。
 砂煙を上げ、金色の馬車が猛スピードで進んでいる。車輪に火を纏わせ、その神々しさは火の神が駆る馬車のようだ。
「……あなたは……」
 リリアンナが手を伸ばし、誰かの頬に触れるような手つきになった。
 金色の光彩が開いた時――、『目が合った』。
「あっ!」
 バチンッとリリアンナが飛ばしていた風の精霊が払われ、その余波で彼女の頭に重たい一撃が加わった。
「リリィ!」
 昏倒しかけたリリアンナをディアルトが抱き留め、その場に座り込む。
「リリィ、大丈夫か?」
「う……」
 苦しげに眉を寄せ、リリアンナが呻く。
 こうなってしまうから、ディアルトはリリアンナを戦地に呼びたがらなかった。幾ら彼女が国で一番精霊と契約しているとしても、大事な身を危険に晒す訳にいかない。
 昔、リーズベットに頼まれたのだ。
『殿下。もし私の娘が殿下をお守りするようなことになれば、宜しくお願い致しますね。あの子、私によく似た子ですから、きっと命がけで殿下をお守りすると思います』
 いつも父の側にいた明るく勇猛な彼女が、母の目をして言った。
 まだ十歳を過ぎたばかりのディアルトは、可愛らしいリリアンナを思い出し、リーズベトのようになるのかと首を傾げた。
 けれど母親の予想は当たり、リリアンナは今リーズベットそっくりの人気者になっている。
 幾ら彼女が王家の守り手でも、リリアンナはただの護衛係であり、兵士ではない。
 人望があり、強さがあり、そこに戦歴さえ加わればリリアンナはリーズベットと同じ英雄になる。
「リリィ。戻って休もう」
 そのままリリアンナを抱き上げかけたディアルトの手を、リリアンナがグッと握った。
「大丈夫です……。少し当てられただけです」
 顔を歪めながら目を開き、リリアンナは自力で起き上がる。
 フゥッと息をつき、足に力を入れて立ち上がった。
「本陣に向かっているのは、ファイアナの王カンヅェル陛下です。あの速度なら今日中に本陣に着くでしょう。急ぎ、対策を」
 キリリとした顔で言うリリアンナに、ディアルトは優しく微笑んだ。
「……分かった。騎士団長や本部と話し合うから、君はその立ち会いを」
 ――本当に、ここまで強く凜々しい彼女を見ると、惚れ直してしまう。
「はい、殿下」
 屋上の強い風を受けながら、二人は砦の内部に入っていった。
 リリアンナは若干の不安を感じる。
 カンヅェルを認識した時、金の瞳と赤い髪を持つあの王とバッチリ目が合ってしまった。
(あちらも探りは入れているだろうけれど、これが後で裏目にでなければいいけれど)
 唇を舐め、リリアンナは自然に乾いてしまった喉を潤そうとした。

**

 同時刻、砂上。
「……今の女は……」
 豪奢な馬車の中で、ファイアナの王カンヅェルは目を瞬かせていた。
 急に強い精霊の力がグングン近づいてきたかと思うと、目の前に絶世の美女の幻がフワッと浮き上がった。
 あちらも驚いたような顔をしていて、こちらに気付かれるのは予想外だったのだろう。
 咄嗟にカンヅェルを守る火の精霊が働き、追い払ったが――。
「俺に干渉してくる程なら、同等の使い手か」
 唸るように低く言い、長い脚を伸ばしながらカンヅェルは腕を組む。
 燃えるような赤い髪、それに日に焼けた肌に逞しい体。男ながらに色気がだだ漏れるカンヅェルは、国王でありながら独身の三十歳だ。
 周囲にそろそろ結婚をと言われながら、ついつい女遊びが収まらない。
 父の代から戦争が続いていて、カンヅェルは十三年前に即位した。
 戦争のさなか話し合いのテーブルで争いが起こり、カンヅェルの父とウィンドミドルの前国王、そしてその護衛の女騎士が亡くなった。
 その後にカンヅェルは新国王としてファイアナを治め、ウィンドミドルは先王の弟が治めているとか。
「……火の意志は、父が亡くなって俺に宿った。風の意志は先王が死んで、今の国王に受け継がれているはずだがな……」
 しかし今感じた巨大な力は、自分と比べてもなんら遜色のないものだ。
 目を眇めて考え込むカンヅェルは、水晶のアミュレットが嵌まった額を、トントンと指で打っていた。
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