上 下
33 / 61

『火の意志』の気配

しおりを挟む
「……大気が渦巻いていますね」
 ディアルトと共に砦の屋上に出ると、リリアンナが呟いた。
「どんな具合だい?」
 精霊をまったく見られないディアルトが問うと、リリアンナは遠方を見る目つきで答える。
「確かに、火の精霊の活動が増していますね。それに触発され、こちらの風の精霊も活発になっています。こちらの活発化は、恐らく私が来たということも起因していると思います。そしてあちらの陣にも、きっと……」
 そこまで言い、リリアンナは胸の前で手を広げる。
 するとすぐにそこに風の精霊が集い、リリアンナの命令を乞う。
「……お願いします。『見せて』ください」
 唇で呟き、リリアンナは風の精霊に集中したまま、遠くファイアナの陣に手を伸ばした。
 同時に、リリアンナの意識を乗せた風の精霊が、グングンと距離を伸ばしてゆく。
 目を瞑ったリリアンナの意識には、見えるはずのない大地が空を飛んでいるように可視できていた。
 砦の前にある壕を越え、更にその向こうにある白兵戦が行われる国境近くを越える。
 朝一番の戦いが行われている風景を見下ろし、火の精霊が爆発を起こした時はチリッと頭痛がした。
 トランス状態になっているリリアンナを、側からディアルトがそっと支える。そうしなければ、ユラユラと体を動かしているリリアンナが倒れてしまいそうに思ったからだ。
 またそうすることができるのが、自分だけだということも分かっている。
 精霊をまったく扱えないディアルトだからこそ、術を使っている最中のリリアンナに触れても何ら影響を与えることがない。
「……見えます」
 目を瞑ったリリアンナの意識には、ファイアナの本陣が見えていた。
 忙しく動き回っている下級兵、命令を出している上官。白い天幕が幾つも建ち、その奥まった場所にとても強い力を感じた。
「……常駐されているのは、三将軍の中で一番古参のアドナ将軍です。一番の実力者でありながら、常識人。……この方なら、話し合いの場になっても公平な視線でいてくださるかもしれません」
「もっと見られるか?」
 今まで砦にいた見張りの実力では、ここまで見られなかった。せいぜい、大きな力を持つ者がいる。その程度の認識ができただけ。
 ディアルトの言葉に、リリアンナは更に遠く――もっと強大な火の力に集中した。
「……移動しています。この速度は馬車。沢山の火の精霊に囲まれています」
 グングンと景色が近づき、砂漠を進む一軍が見えた。
 砂煙を上げ、金色の馬車が猛スピードで進んでいる。車輪に火を纏わせ、その神々しさは火の神が駆る馬車のようだ。
「……あなたは……」
 リリアンナが手を伸ばし、誰かの頬に触れるような手つきになった。
 金色の光彩が開いた時――、『目が合った』。
「あっ!」
 バチンッとリリアンナが飛ばしていた風の精霊が払われ、その余波で彼女の頭に重たい一撃が加わった。
「リリィ!」
 昏倒しかけたリリアンナをディアルトが抱き留め、その場に座り込む。
「リリィ、大丈夫か?」
「う……」
 苦しげに眉を寄せ、リリアンナが呻く。
 こうなってしまうから、ディアルトはリリアンナを戦地に呼びたがらなかった。幾ら彼女が国で一番精霊と契約しているとしても、大事な身を危険に晒す訳にいかない。
 昔、リーズベットに頼まれたのだ。
『殿下。もし私の娘が殿下をお守りするようなことになれば、宜しくお願い致しますね。あの子、私によく似た子ですから、きっと命がけで殿下をお守りすると思います』
 いつも父の側にいた明るく勇猛な彼女が、母の目をして言った。
 まだ十歳を過ぎたばかりのディアルトは、可愛らしいリリアンナを思い出し、リーズベトのようになるのかと首を傾げた。
 けれど母親の予想は当たり、リリアンナは今リーズベットそっくりの人気者になっている。
 幾ら彼女が王家の守り手でも、リリアンナはただの護衛係であり、兵士ではない。
 人望があり、強さがあり、そこに戦歴さえ加わればリリアンナはリーズベットと同じ英雄になる。
「リリィ。戻って休もう」
 そのままリリアンナを抱き上げかけたディアルトの手を、リリアンナがグッと握った。
「大丈夫です……。少し当てられただけです」
 顔を歪めながら目を開き、リリアンナは自力で起き上がる。
 フゥッと息をつき、足に力を入れて立ち上がった。
「本陣に向かっているのは、ファイアナの王カンヅェル陛下です。あの速度なら今日中に本陣に着くでしょう。急ぎ、対策を」
 キリリとした顔で言うリリアンナに、ディアルトは優しく微笑んだ。
「……分かった。騎士団長や本部と話し合うから、君はその立ち会いを」
 ――本当に、ここまで強く凜々しい彼女を見ると、惚れ直してしまう。
「はい、殿下」
 屋上の強い風を受けながら、二人は砦の内部に入っていった。
 リリアンナは若干の不安を感じる。
 カンヅェルを認識した時、金の瞳と赤い髪を持つあの王とバッチリ目が合ってしまった。
(あちらも探りは入れているだろうけれど、これが後で裏目にでなければいいけれど)
 唇を舐め、リリアンナは自然に乾いてしまった喉を潤そうとした。

**

 同時刻、砂上。
「……今の女は……」
 豪奢な馬車の中で、ファイアナの王カンヅェルは目を瞬かせていた。
 急に強い精霊の力がグングン近づいてきたかと思うと、目の前に絶世の美女の幻がフワッと浮き上がった。
 あちらも驚いたような顔をしていて、こちらに気付かれるのは予想外だったのだろう。
 咄嗟にカンヅェルを守る火の精霊が働き、追い払ったが――。
「俺に干渉してくる程なら、同等の使い手か」
 唸るように低く言い、長い脚を伸ばしながらカンヅェルは腕を組む。
 燃えるような赤い髪、それに日に焼けた肌に逞しい体。男ながらに色気がだだ漏れるカンヅェルは、国王でありながら独身の三十歳だ。
 周囲にそろそろ結婚をと言われながら、ついつい女遊びが収まらない。
 父の代から戦争が続いていて、カンヅェルは十三年前に即位した。
 戦争のさなか話し合いのテーブルで争いが起こり、カンヅェルの父とウィンドミドルの前国王、そしてその護衛の女騎士が亡くなった。
 その後にカンヅェルは新国王としてファイアナを治め、ウィンドミドルは先王の弟が治めているとか。
「……火の意志は、父が亡くなって俺に宿った。風の意志は先王が死んで、今の国王に受け継がれているはずだがな……」
 しかし今感じた巨大な力は、自分と比べてもなんら遜色のないものだ。
 目を眇めて考え込むカンヅェルは、水晶のアミュレットが嵌まった額を、トントンと指で打っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

婚約破棄後のお話

Nau
恋愛
これは婚約破棄された令嬢のその後の物語 皆さん、令嬢として18年生きてきた私が平民となり大変な思いをしているとお思いでしょうね? 残念。私、愛されてますから…

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...