上 下
16 / 61

出立

しおりを挟む
 その後、二週間ほどの時が流れて、ディアルトが前線に赴く日となった。
 日程までにディアルトは大量の仕事をこなし、自分が王宮にいなくても事足りるように引き継ぎを終えていた。
 城門の外には騎士団の騎馬隊が出発する準備をし、賑わっている。
 戦地に赴く男たちの異様な熱気を前に、リリアンナは一人疎外感を受けていた。
「リリアンナ様、どうぞご心配なく。殿下はちゃんとお守りしますから」
「……ありがとうございます」
 騎士の言葉にリリアンナは元気のない笑みを浮かべ、目は忙しく準備をしているディアルトを追っている。
 自分の馬の背に荷を負わせた後、ディアルトは騎士団に混じって他の荷馬車への荷の積み込みを手伝っていた。
 リリアンナもそれに混じろうとしたのだが、他の騎士たちによって「大丈夫ですから」と遠慮されてしまう。
 結果物凄い歯がゆさを感じたリリアンナは、自分を足手まといのように感じていた。
「留守中のリリアンナ様のことは、私が殿下から一任されています」
 そう言って微笑んだのは、例の若く美しいケインツだ。
 彼は騎士団の精鋭と言っても、王都に常駐するメンバーなので戦地には行かないことになっている。
 ディアルトもケインツ相手だと異性的魅力に不安がありつつも、実力者なのでリリアンナを任せた。
「……私は守ってもらわずとも大丈夫です」
 風が吹き、リリアンナの前髪やポニーテール、スカートをなびかせて通り過ぎていった。
(せめて……。守護精霊に殿下を守るようお願いしたら……)
 少しでもディアルトを守れるのなら、と思ってリリアンナは自分を守護している風の精霊に気持ちを集中させた。
 だが彼女が何か願う前に、隣からグッと手を握られる。
「……何ですか? ケインツ」
 邪魔をしないで欲しいと、やや非難を込めた目で隣に立つ騎士を見る。けれど彼は静かに首を振った。
「遠方からの精霊を使っての援助はなさらないようにと、殿下からのご命令です」
「それぐらい……」
「戦地は騎士や兵士たちが、武器だけではなく精霊の力も使って戦っています。白兵戦だけではなく、精霊の力がぶつかり合っています。その余波で、いつリリアンナ様の精霊が影響を受けるか分かりません。強すぎる力に干渉した時、術者はその場で昏倒する場合もあります。殿下はそのようなことを心配しておいでなのです」
「……こんな時まで……」
 自分の心配ではなく、人のことばかり。
 だからこそ、リリアンナは余計に心配してしまう。
 戦地でディアルトが、窮地に陥っている騎士や兵士たちを助けて回る姿が用意に思い浮かぶ。その過程で、油断を突かれて何かされたらどうするのだろう。
「……殿下のバカ」
 拳を握りしめ、小さく呟くリリアンナをケインツは優しく見つめる。
 騎士団の誰もが憧れる白百合の君。
 自分こそが彼女の相手になりたいと口では言いつつ、そうなれないのを誰だって分かっている。リリアンナの目にディアルトしか入っていないからこそ、騎士団たちは毎日バカのように浮かれられるのだ。
「亭主留守で元気がいいって言うじゃないですか。あれ? ちょっと違うかな」
「……私と殿下は夫婦ではありません」
 二人が静かに会話をしていると、リリアンナの表情を読んだ誰かが「ケインツ! 泣かせるなよ!」と怒鳴った。
 それを聞いて周囲がドッと沸き、ディアルトが焦ってリリアンナを確認する様子が、更に笑いを誘う。
 死地を前に明るさを失わない男たちに、リリアンナは額に手をやって溜め息をついた。


「じゃあ、行ってくるよ。リリアンナ」
 馬上のディアルトは、青空を背後に清々しい笑みを浮かべる。
 これから戦地に行くとは思えない爽やかさだ。
「殿下、お気をつけて」
 ディアルトの手の甲にキスをしようと、リリアンナが手を伸ばした時、彼がサッとバラを差し出した。
 その数は四本。
 ヒュウッと誰かが尻上がりの口笛を吹き、周囲が沸く。
「『死ぬまで愛の気持ちは変わらない』。はい、受け取って。リリアンナ」
「……もう。縁起が悪いです」
 これ以上ないほど大きな溜め息をつき、リリアンナは一応バラを受け取る。
「浮気したらお仕置きだからな? リリアンナ」
「私はただの護衛係です」
 ディアルトの軽口に、リリアンナはいつものクールな態度で切り返す。
 同時に彼がわざと『日常』の空気を作ってくれているのだと察し、逆に泣きたい気持ちになる。
「あと、無事に戻って来たら結婚のこと考えてくれよ?」
 ディアルトの大きな声にリリアンナはカァッと赤面し、騎士たちが一斉にブーイングをする。
「考えるだけです」
 半眼になって言ったあと、リリアンナはディアルトの手の甲に敬愛のキスをした。
「ご武運を」
 嫉妬に混じった男達の声がし、その中からヤケクソ気味に「俺たちには勝利の女神がついているぞ!」と吠える声がある。
 やがて隊列は動き出し、ディアルトはリリアンナの頭をポンポンと撫でてから、馬の腹を軽く蹴った。
「リリアンナ、いつも通りに過ごすんだよ。愛してる!」
 最後にそう言うと、ディアルトは振り返らずに馬を進めていった。
 先頭集団に続くように後続も動き出し、リリアンナはケインツに手を引かれ静かに後ずさる。
 騎士団に恋人のいるレディたちもその場にいたが、その他のレディたちは運命に引き裂かれる王子と白百合の君の悲恋に涙ぐんでいた。
 遠くの方にはシアナ、ロキア、アリカがいる。その側にカダンたち一家もいた。
 ソフィアは隊列が動き出してすぐに踵を返し、慌てて侍女や賑やかしの貴族たちが後を追う。
 王都の大通りを通ってゆく隊列を、リリアンナはいつまでも見送ろうと思った。
 ……のだが、キャアッと黄色い声が上がったかと思うと、レディたちに取り囲まれてしまった。
「リリアンナ様。これからわたくし達とお茶をしませんか?」
「お辛いでしょう? わたくし達と同じですわよね? 一緒にお喋りをして思いを晴らしましょう」
「リリアンナ様。恋人の無事を祈るおまじないがあるんです。一緒にしませんこと?」
 どこまでも逞しいレディたちの熱気に、リリアンナは思わず笑みを零してしまう。
「……私で宜しいのなら、ご一緒しましょう」
 女性向けの優しい笑みを浮かべると、またキャアッと声がする。
 長身の彼女を取り囲むようにレディたちが集まるのを、ケインツは安心したように見守っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

第十王子との人違い一夜により、へっぽこ近衛兵は十夜目で王妃になりました。

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
軍司令官ライオネルとの婚約を強制された近衛兵のミリアは、片思い相手の兵長ヴィルヘルムに手紙を書き、望まぬ婚姻の前に純潔を捧げようと画策した。 しかし手紙はなぜか継承権第十位の王子、ウィリエールの元に届いていたようで―――― ミリアは王子と一夜を共にしてしまう!? 陰謀渦巻く王宮では、ウィリエールの兄であるベアラルの死を皮切りに、謎の不審死が続き、とうとうミリアにも危険が迫るが――――

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

処理中です...