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情緒纒綿(じょうしょてんめん)1

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「ふぅ……」
 ドレスを着たリリアンナが窮屈そうだったので、ディアルトは先に花の離宮に行き彼女を着替えさせることにした。
 いつもの姿に戻ったリリアンナは、ホッとした顔をしている。
「逆にレディたちから見れば、いつも甲冑を身につけている君の方が、重たかったり窮屈なんじゃないだろうか? と思われているんだろうね」
「それは……、あるかもしれませんね」
 月の離宮に向かいながら、二人はそんな会話を交わす。
「さて。前線に行く前に、今日は仕事を片付けてしまわないと」
「今日は何のお茶がいいですか? 先日南から新しい茶葉が届きましたが」
「あ、じゃあ気分を変えるためにそれにしようかな」
 離宮の前には早朝とは違った顔の衛兵がいて、リリアンナの姿を見ると背筋を伸ばす。
「ご苦労様」
「ご苦労様です」
 ディアルトとリリアンナに声をかけられ、衛兵たちはカッと踵を合わせ直立不動になる。二人が通り過ぎた後、また衛兵たちの姿勢が元に戻る気配がした。


「ではお茶の用意をしておりますね」
 ディアルトが衣装室で着替えている間、リリアンナはお茶を淹れる支度をしていた。
 こういう時、リリアンナは淑女としての顔を見せる。
 母親のリーズベットはウィリアの護衛でほとんど家にいなかったが、リリアンナに美味しい紅茶の淹れ方を教えてくれた。
 お陰でディアルトは、リリアンナの紅茶にすっかり惚れ込んだ。
 彼女が側にいる日中はリリアンナの紅茶しか飲まず、他はロキアが淹れた紅茶のみ。宮殿にいるメイドの紅茶は飲もうとせず、それだったら自分で淹れるほどだ。
 ディアルトは様々な人に対してオープンなようで、実はごく一部の者にしか心を開いていない。
(そんな難しい殿下をお側で支えているのが、私の役目なのだけれど……)
 高い位置からお湯を茶葉の入ったポットに注いでいると、普段着に着替えたディアルトがこちらにやって来る。
「君がお茶を淹れる姿は、やっぱりいいね」
「そうですか?」
 ガラスのポットの中で茶葉がジャンプしているのを確認すると、リリアンナは蓋を閉めてしばし蒸す。
 背後から近づいてきたディアルトは、リリアンナ越しにテーブルに手をついて彼女を腕の中に閉じ込めた。
「殿下……っ」
 ポニーテールのうなじに唇をつけると、リリアンナが逃げだそうとして身動きする。けれど彼女の両手を優しくテーブル押さえつけると、観念したように大人しくなった。
「……好きだ」
 首筋に熱い吐息を感じたかと思うと、ディアルトがそう呟く。
「……お戯れは……」
「本気だよ」
 リリアンナの手を押さえていた手は、そっと彼女の体にまわった。
「……あーあ、甲冑じゃなかったら君の胸を触れたのに」
 残念そうに言うディアルトの手は、白銀の甲冑の胸当てに触れている。
「そのための甲冑でもあります」
「はは……」
 シンとした執務室の中、ディアルトが何度もリリアンナの口筋に唇をつける音が響いた。
「……殿下……」
「ディアルト。……と呼んでくれないか?」
 またチュ、と音がしてリリアンナのうなじが吸われる。
 背後から抱きしめられて顔は見られていない。
 声を出して反応しない代わりに、リリアンナは顔を真っ赤にさせていた。
「殿下は……、殿下です」
「ディアルト、だよ」
 チュッとまた同じ場所が吸われ、リリアンナの肩がヒクッと跳ねた。
 自分の体に回っているディアルトの手に手を重ね、爪がカリ……とディアルトの皮膚を引っ掻く。
「……殿下、お茶が」
「リリィ?」
 今度はカプッと耳を噛まれ、「ひっ」とリリアンナの唇から悲鳴が漏れた。
「で、殿下……。や、やめてくださ……っ」
「リリィ」
 最後まで抵抗していたリリアンナだが、耳たぶを舐められてとうとう降参した。
「ディ……っ、ディアルトっ」
「……いい子だね」
 普段の彼女なら絶対に出さないか細い声に、ディアルトは満足気に目を細める。
 その後、彼女の細い顎に手をやって自分の方を向かせると、リリアンナの顔の赤さにディアルトの笑みが深まる。
「……たまには男女の雰囲気もいいね?」
「……任務に差し支えがでます」
 まだ顔の熱は引いていないが、リリアンナは目線だけを逸らして僅かに反抗した。
「俺のこと好きな癖に」
 リリアンナの耳元で低く囁く。彼女の体がビクッと震えた隙に、ディアルトはリリアンナの唇を奪った。
「……ん……。ぅ」
 ちゅっ、ちゅっとリップ音が何度も続き、切なく息を吸い込む音がする。
 リリアンナの後頭部に回されたディアルトの手は、ポニーテールにするのにまとめられた髪の流れを指先で楽しんでいた。
 彼女の頭に触れていると、その熱がダイレクトに掌に伝わってくる気がする。
 ――愛しい。
 初めて彼女を見た時から、可愛い子だと思っていた。
 女だてらに騎士たちに混ざり、自分を護衛すると言って目の前に立ったあの日から、リリアンナは並々ならぬ覚悟を持っていたと思う。
 武器を持った刺客が襲ってきた時だってあったし、ディアルト自身が毒を口にして苦しんだ時もあった。
 そのすべての時間に、リリアンナはすぐ側にいて守り、手を握ってくれていた。
 愛情が生まれない方が、逆にどうかしている。
「好きだよ、リリィ」
 少し顔を離して囁くと、金の光彩が混じったグリーンの目には涙が浮かび上がっていた。
「……私を置いて、行ってしまわれる癖に」
 ずっと押し殺していた言葉(おもい)が解き放たれると、大粒の涙がツッと白磁の頬を滑っていった。
「必ず戻ってくるよ。ちょっとした遠足のようなものだ」
 穏やかに笑ってまたキスをすると、トンッと胸板が叩かれた。
「んっ……、ん、……っふ――」
 泣いて文句を言いたがるリリアンナは、唇を塞がれたままディアルトの胸板を叩き続ける。
 そこまでリリアンナが感情を露わにするのも珍しく、こちらも気分が高まったディアルトはリリアンナを抱き上げてテーブルの上に座らせた。
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