12 / 61
平和な昼食2
しおりを挟む
「……リリアンナ、美味いか?」
「はい、陛下」
メインの鴨料理を静かに食べていたリリアンナに声をかけると、彼女は笑顔を浮かべる。
「先ほどの場でソフィアはああ言っていたが、リリアンナは自由にしていいからな。ディアルトを追って前線に行くのは、私もライアンに対して申し開きができないので反対だ。だが王都に残るリリアンナまでもが、妻の言う通り淑女らしい生活を送らなくてもいい」
「……ありがとうございます、陛下」
流石に国王に対しては、リリアンナもレディらしい態度を取る。
「……私を妻に逆らえない、不甲斐ない王だと思うだろうか」
「いいえ」
カダンの言葉に、リリアンナはきっぱりと否定する。
「陛下はお優しい方です。殿下に対しても、国王である前に叔父であろうとされています。バレル殿下たちの良き父であろうとされています。愛情に溢れたお優しい国王陛下を、尊敬しても不甲斐ないと思うことはありません」
嘘偽りを嫌うリリアンナの言葉に、カダンは傷が癒やされたような気持ちになる。
この質問を、ずっと誰かにしたかった。
前王ウィリアの治世から、ディアルトを支持する者たちの中には、カダンに反発する者も一部いる。
カダンが今王座についているのも、ソフィアが声を上げたからだ。
元々自分は、ウィリア存命の時よりディアルトを支えるつもりで生きてきた。
兄のウィリアはディアルトと似た性格で、のらりくらりしつつも何でもできて魅力的な人物だ。兄弟仲も良く、カダンは弟として兄の補佐をするのが好きだった。
そのように育ってきて、カダンその人はリーダータイプではないと自分でも分かっている。
「……私は本当は、王になるべき男ではなかった」
「そんなこと仰らないでください。陛下は立派な方です」
リリアンナの声は凛として強い。
自分を励ます声を聞きながら、カダンは自分はずっとこうやって誰かに励まされたかったのだと感じていた。
「叔父上。そんなに弱気になられているのなら、俺が不在の間リリアンナをお側に置いてみてください。有能な彼女は、きっと叔父上を励ましてくれます。嘘もおべっかも嫌いですから、すべて心からの言葉ですよ」
軽めのワインを飲み、ディアルトが朗らかに言う。
独占欲の強い彼がカダンにリリアンナを任せると言った言葉から、ディアルトが本気でカダンを心配しているのが分かった。
「……ありがとう、ディアルト。しかし妬かれては困るから、リリアンナの独り占めはよしておくよ」
カダンの軽口にディアルトが笑い、リリアンナも小さく笑う。
「今日のデザートはレモンのシャーベットと、レモンパイを用意した。リリアンナの好物だろう?」
「へ、陛下」
まさか国王が自分の好物を知っていると思わず、リリアンナは咄嗟にディアルトを見る。
「叔父上。リリアンナが喜ぶと、俺も喜ぶとよく分かりましたね」
「大事な甥のことは、分かっているつもりだ。これでも父親代わりだからな」
「ありがとうございます。リリアンナが食べる姿を、目蓋に焼き付けておきます」
「殿下」
食べている所を見ると言われ、リリアンナが怒ってみせる。
それを見て内心悶えているのはナターシャ。
バレルとオリオは特に何を感じるでもなく、食事を終えようとしていた。
「ディアルトお兄様、本当に前線に行かれるんですか?」
二十三歳のナターシャは、勿論結婚の話や縁談などが出ている。黒髪は父譲り、美貌は母譲りで評判もいい。
けれど彼女が目下夢中になっているのは、できすぎた従兄と皆が憧れる美しい女騎士の恋の行方だ。
「そりゃあね。元々気になっていた事ではあるし、いい機会だと思っている。さっきも言った通り、出しゃばった真似はしないから安心してくれ」
「リリアンナと、離ればなれになってしまうのね……」
だがナターシャが気にしているのは、別のことのようだ。
彼女の脳内でめくるめく妄想が繰り広げられているのを察し、ディアルトはこっそり笑う。
どんな窮地になろうが、妄想や想像を膨らませて一人幸せでいられるのは、才能だと思っている。
ナターシャの秘密――妄想小説を知ってしまった時も、ディアルトは「完成したら教えてくれ」と理解があることを告げた。それ以来、ナターシャはすっかりディアルトに懐いた。
「ナターシャ殿下。私は大丈夫でございます。殿下も無事に戻って来られると、約束してくださいましたし」
リリアンナがナターシャを勇気づけると、『約束』の言葉で彼女の妄想が更に捗り、「あぁ……」と溜め息が漏れた。
そのようにソフィアが欠席した食事会は和やかに行われ、穏やかなティータイムの後ディアルトとリリアンナは離宮に戻ることにした。
「はい、陛下」
メインの鴨料理を静かに食べていたリリアンナに声をかけると、彼女は笑顔を浮かべる。
「先ほどの場でソフィアはああ言っていたが、リリアンナは自由にしていいからな。ディアルトを追って前線に行くのは、私もライアンに対して申し開きができないので反対だ。だが王都に残るリリアンナまでもが、妻の言う通り淑女らしい生活を送らなくてもいい」
「……ありがとうございます、陛下」
流石に国王に対しては、リリアンナもレディらしい態度を取る。
「……私を妻に逆らえない、不甲斐ない王だと思うだろうか」
「いいえ」
カダンの言葉に、リリアンナはきっぱりと否定する。
「陛下はお優しい方です。殿下に対しても、国王である前に叔父であろうとされています。バレル殿下たちの良き父であろうとされています。愛情に溢れたお優しい国王陛下を、尊敬しても不甲斐ないと思うことはありません」
嘘偽りを嫌うリリアンナの言葉に、カダンは傷が癒やされたような気持ちになる。
この質問を、ずっと誰かにしたかった。
前王ウィリアの治世から、ディアルトを支持する者たちの中には、カダンに反発する者も一部いる。
カダンが今王座についているのも、ソフィアが声を上げたからだ。
元々自分は、ウィリア存命の時よりディアルトを支えるつもりで生きてきた。
兄のウィリアはディアルトと似た性格で、のらりくらりしつつも何でもできて魅力的な人物だ。兄弟仲も良く、カダンは弟として兄の補佐をするのが好きだった。
そのように育ってきて、カダンその人はリーダータイプではないと自分でも分かっている。
「……私は本当は、王になるべき男ではなかった」
「そんなこと仰らないでください。陛下は立派な方です」
リリアンナの声は凛として強い。
自分を励ます声を聞きながら、カダンは自分はずっとこうやって誰かに励まされたかったのだと感じていた。
「叔父上。そんなに弱気になられているのなら、俺が不在の間リリアンナをお側に置いてみてください。有能な彼女は、きっと叔父上を励ましてくれます。嘘もおべっかも嫌いですから、すべて心からの言葉ですよ」
軽めのワインを飲み、ディアルトが朗らかに言う。
独占欲の強い彼がカダンにリリアンナを任せると言った言葉から、ディアルトが本気でカダンを心配しているのが分かった。
「……ありがとう、ディアルト。しかし妬かれては困るから、リリアンナの独り占めはよしておくよ」
カダンの軽口にディアルトが笑い、リリアンナも小さく笑う。
「今日のデザートはレモンのシャーベットと、レモンパイを用意した。リリアンナの好物だろう?」
「へ、陛下」
まさか国王が自分の好物を知っていると思わず、リリアンナは咄嗟にディアルトを見る。
「叔父上。リリアンナが喜ぶと、俺も喜ぶとよく分かりましたね」
「大事な甥のことは、分かっているつもりだ。これでも父親代わりだからな」
「ありがとうございます。リリアンナが食べる姿を、目蓋に焼き付けておきます」
「殿下」
食べている所を見ると言われ、リリアンナが怒ってみせる。
それを見て内心悶えているのはナターシャ。
バレルとオリオは特に何を感じるでもなく、食事を終えようとしていた。
「ディアルトお兄様、本当に前線に行かれるんですか?」
二十三歳のナターシャは、勿論結婚の話や縁談などが出ている。黒髪は父譲り、美貌は母譲りで評判もいい。
けれど彼女が目下夢中になっているのは、できすぎた従兄と皆が憧れる美しい女騎士の恋の行方だ。
「そりゃあね。元々気になっていた事ではあるし、いい機会だと思っている。さっきも言った通り、出しゃばった真似はしないから安心してくれ」
「リリアンナと、離ればなれになってしまうのね……」
だがナターシャが気にしているのは、別のことのようだ。
彼女の脳内でめくるめく妄想が繰り広げられているのを察し、ディアルトはこっそり笑う。
どんな窮地になろうが、妄想や想像を膨らませて一人幸せでいられるのは、才能だと思っている。
ナターシャの秘密――妄想小説を知ってしまった時も、ディアルトは「完成したら教えてくれ」と理解があることを告げた。それ以来、ナターシャはすっかりディアルトに懐いた。
「ナターシャ殿下。私は大丈夫でございます。殿下も無事に戻って来られると、約束してくださいましたし」
リリアンナがナターシャを勇気づけると、『約束』の言葉で彼女の妄想が更に捗り、「あぁ……」と溜め息が漏れた。
そのようにソフィアが欠席した食事会は和やかに行われ、穏やかなティータイムの後ディアルトとリリアンナは離宮に戻ることにした。
0
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。
せいめ
恋愛
婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。
そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。
前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。
そうだ!家を出よう。
しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。
目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?
豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。
金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!
しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?
えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!
ご都合主義です。内容も緩いです。
誤字脱字お許しください。
義兄の話が多いです。
閑話も多いです。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる