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平和な昼食1
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結局リリアンナは、ディアルトの選んだアイボリーのドレスを身に纏うことになった。
「……私、本当に世のレディたちを尊敬します……」
ティータイムをとってから着替え、また中央宮殿に向かったリリアンナは、女性用の飾りのついた靴を履いて歩きづらそうにしている。
広い襟ぐりからは胸が必要以上に強調され、裾の長いドレスはいつものようにスタスタと速く歩かせてくれない。
結い上げられた髪に花簪がついているのも、何だか邪魔くさい感じがして落ち着かない。
「いやぁ……、綺麗だなぁ。こんな美女が隣に歩いているの、本当に光栄だ」
ディアルトは先ほどからチラチラとリリアンナを気にし、まともに前を向いて歩けていない。
「殿下、前を向いて歩いてください。お顔をぶつけます」
「いいよ、どうせ大した顔じゃない」
「……私の好きな顔ですので、お気をつけてください」
ボソッとリリアンナが言うと、ディアルトが目を丸くした。
「えっ? リリアンナ、俺の顔好みなのか? 初耳だ!」
「騒がないでください。恥ずかしいです」
「急にどうしたんだ? 俺の愛が通じた?」
はしゃぐディアルトを見てから、リリアンナは頭が痛いというように額に手をやる。
「……殿下が戦地に行かれるので、少し優しくしようと思っただけです」
「顔が好みなのは、本当?」
「……本当です」
「っし!」
リリアンナの返答に、ディアルトはグッと拳を握りしめた。
「これからのお食事の席では、あまり軽口を叩かれませんようお願いします」
「軽口って……。俺はいつも本気なんだがな」
「……はぁ」
溜め息をつき、リリアンナは口でディアルトに勝とうとするのを諦めた。
昼食の席に、ソフィアは現れなかった。
ディアルトもリリアンナも表には出さないが、場が険悪な空気にならず安堵しているのも本音だ。
テーブルの上座には国王カダンが座り、もう反対の王妃の席は空席。長いテーブルを挟むように、三兄弟とディアルト、リリアンナが向かい合った。
「ディアルト兄さん、さっきは母上がすみませんでした」
食事が始まり、開口一番ディアルトに謝ったのは次男のオリオだった。
オリオは、ソフィアから受け継いだ金髪が美しい二十歳だ。自分に王位の話はないと思っているのか、毎日学者たちの所に入り浸っている。
カダンの血を継いだ黒髪の長女ナターシャは、従兄であるディアルトに対して好意を持っているようだ。
向かいに座り上品に食事をしつつ、チラチラとディアルトとリリアンナを見ている。
好意と言っても従兄への憧れの域で、その隣にいるのがリリアンナなものだから、ナターシャはこの二人で妄想小説を書いているほどだ。
勿論、そのことをリリアンナは知らない。
「オリオ、どうして君が謝るんだ? 俺は何も気にしていないよ」
いつも通り穏やかな微笑のまま、ディアルトは従弟にいらえる。
ディアルトがそう言うだろうことが分かっているのか、オリオは微妙な顔だ。
母の言動を謝り罪悪感を消したいという気持ちと、いつも温厚なディアルトならこうやって許してくれると知っている安堵。そして自分が許されたいがために、半分打算でディアルトに謝っている事への嫌悪。
様々な感情が交じった顔だ。
「あとリリアンナ、俺はあんたには一応興味ないから」
つけ加えて言ったのは、茶髪の長男バレルだ。
母親が色々引っかき回しているお陰で、バレルはすっかり性格がねじ曲がってしまった。
本来なら政治に興味を持つ学者肌の青年で、武芸もそれなりにこなす。けれど母のソフィアがディアルトにきつく当たれば当たるほど、罪悪感を抱いて書庫に閉じこもるようになってしまった。
「おや、バレル。『一応』なのか。リリアンナのことを、美しいと少しは思っているということだな?」
ディアルトがからかいの笑みを浮かべると、バレルは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「美人は美人でも、ディアルトがいつも側にいるなら俺に可能性はないだろ」
いつものディアルトとバレルの言い合いに、渦中のリリアンナは顔色一つ変えず食事を続けている。
バレルの噛みつくような言い方に、ディアルトは眉を上げて「ふぅん?」と楽しそうな笑みを浮かべた。
「……何だよディア。その顔は」
バレルが唸るように言い、けれどディアルトの呼び方は幼い頃のものに戻っている。
そんな様子を、カダンは相好を崩して眺めていた。
これが本来の従弟同士のあり方で、自分とディアルトも本来なら叔父と甥という関係だ。それを崩して事態をややこしくしているのが、自分の妻だと思うと悩ましい。
最初は名門の生まれという事で見合いをしたのがソフィアとのはじまりだった。当初は互いにぎこちないながらも歩み寄り、微笑ましいやりとりをしたあと家族になった。
だが誇り高い名門貴族出身の彼女は、子供が生まれると次第にその教育や将来像に執着してきた。
カダンも最初は妻の熱心さに、ただ頷いていた。
けれど子供たちが大きくなるにつれて、ソフィアがディアルトに対してきつい態度を取るようになると、彼女の理念に疑問が生まれる。
今ではすっかり頭痛の種なのだが、相手は妻であり王妃だ。
若い時分の恋人なら関係を絶つこともできようが、子供が大きくなった今はそう簡単な話ではない。結婚して連れ添った間の情もある。
だがディアルトがこんなにリラックスした笑顔を見せてくれているのなら、この場に妻がいなくてホッとしている自分もいた。
カダンも我が子が可愛いのは当たり前だ。
だが尊敬していて大好きだった兄の忘れ形見を、彼が大きくなったからと言って庇護の対象から外すことはできない。
それもまた、愛情だ。
「……私、本当に世のレディたちを尊敬します……」
ティータイムをとってから着替え、また中央宮殿に向かったリリアンナは、女性用の飾りのついた靴を履いて歩きづらそうにしている。
広い襟ぐりからは胸が必要以上に強調され、裾の長いドレスはいつものようにスタスタと速く歩かせてくれない。
結い上げられた髪に花簪がついているのも、何だか邪魔くさい感じがして落ち着かない。
「いやぁ……、綺麗だなぁ。こんな美女が隣に歩いているの、本当に光栄だ」
ディアルトは先ほどからチラチラとリリアンナを気にし、まともに前を向いて歩けていない。
「殿下、前を向いて歩いてください。お顔をぶつけます」
「いいよ、どうせ大した顔じゃない」
「……私の好きな顔ですので、お気をつけてください」
ボソッとリリアンナが言うと、ディアルトが目を丸くした。
「えっ? リリアンナ、俺の顔好みなのか? 初耳だ!」
「騒がないでください。恥ずかしいです」
「急にどうしたんだ? 俺の愛が通じた?」
はしゃぐディアルトを見てから、リリアンナは頭が痛いというように額に手をやる。
「……殿下が戦地に行かれるので、少し優しくしようと思っただけです」
「顔が好みなのは、本当?」
「……本当です」
「っし!」
リリアンナの返答に、ディアルトはグッと拳を握りしめた。
「これからのお食事の席では、あまり軽口を叩かれませんようお願いします」
「軽口って……。俺はいつも本気なんだがな」
「……はぁ」
溜め息をつき、リリアンナは口でディアルトに勝とうとするのを諦めた。
昼食の席に、ソフィアは現れなかった。
ディアルトもリリアンナも表には出さないが、場が険悪な空気にならず安堵しているのも本音だ。
テーブルの上座には国王カダンが座り、もう反対の王妃の席は空席。長いテーブルを挟むように、三兄弟とディアルト、リリアンナが向かい合った。
「ディアルト兄さん、さっきは母上がすみませんでした」
食事が始まり、開口一番ディアルトに謝ったのは次男のオリオだった。
オリオは、ソフィアから受け継いだ金髪が美しい二十歳だ。自分に王位の話はないと思っているのか、毎日学者たちの所に入り浸っている。
カダンの血を継いだ黒髪の長女ナターシャは、従兄であるディアルトに対して好意を持っているようだ。
向かいに座り上品に食事をしつつ、チラチラとディアルトとリリアンナを見ている。
好意と言っても従兄への憧れの域で、その隣にいるのがリリアンナなものだから、ナターシャはこの二人で妄想小説を書いているほどだ。
勿論、そのことをリリアンナは知らない。
「オリオ、どうして君が謝るんだ? 俺は何も気にしていないよ」
いつも通り穏やかな微笑のまま、ディアルトは従弟にいらえる。
ディアルトがそう言うだろうことが分かっているのか、オリオは微妙な顔だ。
母の言動を謝り罪悪感を消したいという気持ちと、いつも温厚なディアルトならこうやって許してくれると知っている安堵。そして自分が許されたいがために、半分打算でディアルトに謝っている事への嫌悪。
様々な感情が交じった顔だ。
「あとリリアンナ、俺はあんたには一応興味ないから」
つけ加えて言ったのは、茶髪の長男バレルだ。
母親が色々引っかき回しているお陰で、バレルはすっかり性格がねじ曲がってしまった。
本来なら政治に興味を持つ学者肌の青年で、武芸もそれなりにこなす。けれど母のソフィアがディアルトにきつく当たれば当たるほど、罪悪感を抱いて書庫に閉じこもるようになってしまった。
「おや、バレル。『一応』なのか。リリアンナのことを、美しいと少しは思っているということだな?」
ディアルトがからかいの笑みを浮かべると、バレルは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「美人は美人でも、ディアルトがいつも側にいるなら俺に可能性はないだろ」
いつものディアルトとバレルの言い合いに、渦中のリリアンナは顔色一つ変えず食事を続けている。
バレルの噛みつくような言い方に、ディアルトは眉を上げて「ふぅん?」と楽しそうな笑みを浮かべた。
「……何だよディア。その顔は」
バレルが唸るように言い、けれどディアルトの呼び方は幼い頃のものに戻っている。
そんな様子を、カダンは相好を崩して眺めていた。
これが本来の従弟同士のあり方で、自分とディアルトも本来なら叔父と甥という関係だ。それを崩して事態をややこしくしているのが、自分の妻だと思うと悩ましい。
最初は名門の生まれという事で見合いをしたのがソフィアとのはじまりだった。当初は互いにぎこちないながらも歩み寄り、微笑ましいやりとりをしたあと家族になった。
だが誇り高い名門貴族出身の彼女は、子供が生まれると次第にその教育や将来像に執着してきた。
カダンも最初は妻の熱心さに、ただ頷いていた。
けれど子供たちが大きくなるにつれて、ソフィアがディアルトに対してきつい態度を取るようになると、彼女の理念に疑問が生まれる。
今ではすっかり頭痛の種なのだが、相手は妻であり王妃だ。
若い時分の恋人なら関係を絶つこともできようが、子供が大きくなった今はそう簡単な話ではない。結婚して連れ添った間の情もある。
だがディアルトがこんなにリラックスした笑顔を見せてくれているのなら、この場に妻がいなくてホッとしている自分もいた。
カダンも我が子が可愛いのは当たり前だ。
だが尊敬していて大好きだった兄の忘れ形見を、彼が大きくなったからと言って庇護の対象から外すことはできない。
それもまた、愛情だ。
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