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朝練2

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「殿下、参ります」
 グリーンの瞳に挑戦的な光を宿し、リリアンナが先制一撃を繰り出した。
 ビュッと空気を切り裂く音がし、咄嗟にディアルトが体をずらした肩当ての先に、切っ先がかすった。
 同時にディアルトも鋭い突きを入れ、リリアンナが後方にジャンプして躱したのを追撃する。
「相変わらずリリアンナ様の初撃はえぐいな」
「美貌にボーッとして、あの一撃に沈んだ奴が何人いるか……」
「だが女王蜂の一撃を受けられるのは、名誉なことだぞ。相手すらできない奴のみじめさを思えば……」
 周囲で休んでいる騎士たちが好き勝手なことを言い、訓練をしているディアルトの耳にも入る。
(リリアンナの攻撃を受けられるのは、俺だけだ)
 内心ムッとしてから中段の突きを入れると、リリアンナが体を猫のようにしならせ、ビュッと突いてきた。
「殿下、お気持ちがどこかよそへ行っていますよ!」
 怒ったような声がした後は、リリアンナの猛攻になる。
 騎士たちが『地獄の突き』と呼ぶ、レイピアの連続突きが繰り出され、ディアルトはそれを剣でいなしながら後退する羽目になった。
「私を目の前にして、他のことを考えるのはやめて頂きましょうか!」
(喜んで!)
 下手をすれば愛の告白とも取れる言葉に、ディアルトな内心狂喜乱舞する。だがそれを口にしてしまえば、リリアンナはもっと怒ってしまう。
「実戦でそのように呆けていれば、殿下のお命がありませんよ!」
 緑の目に怒りすら燃やし、目付役のようにリリアンナが耳に痛いことを言う。
「その時は――」
 レイピアの刀身すら見えない、残像だけの世界でディアルトは高揚していた。どのような形であれ、リリアンナにこれだけの熱量で求められるのが嬉しくて堪らない。
「出るぞ」
 誰かがボソッと呟いた。
 瞬間、バチィッ! と雷が爆ぜるような音がし、周囲に突風が吹き抜けていった。
「……君が、守ってくれるんだろう?」
 ディアルトが放った一撃は、リリアンナのレイピアの突きより鋭い。
 あまりの風圧に風の中に含まれる雷の精霊までが共鳴し、巻き起こった風はリリアンナの手からレイピアを奪い、スカートを大きくめくり上げた。
「ッヒュウ!」
 白いペチコートが膨らんだ向こうに、真っ白な下着が見えて騎士たちが喝采を上げる。
「…………」
 カランッと音をたててリリアンナのレイピアが地面に落ち、遅れて彼女のポニーテールや衣服がフワリと戻ってゆく。
 リリアンナは呆然として目を見開き、固まっていた。
「……ご、ごめん。この技は使わない約束だったな」
 思わず見えてしまったリリアンナの下着の白さが、目蓋の裏に焼き付いている。
(ああ、クソ。他の奴らに見せてしまった)
「……いいえ。私はそのようなこと、一言も申し上げておりません」
 我に返ったリリアンナは、冷静に衣服や髪を整えるとレイピアを拾いに行った。
「俺が使わないと言ったんだよ」
 ――下着を見せてしまう羽目になるから。
「殿下の奥の手を失念していました。……流石、お強いですね。張っておいた風の障壁も、今の一撃で吹き飛んでしまいました」
 レイピアを腰にある鞘に収めると、リリアンナは一度休憩を取るのか歩き出す。
 その横顔はほんの少し微笑んでいて、ディアルトは若干の違和感を抱いた。
 守るべき主の実力に、護衛が追いついていない。その苦々しさかと一瞬思ったが、違うような気もする。
「リリアンナ、どうかしたのか?」
 ベンチに座ったリリアンナの隣に座り、顔を覗き込む。
「……いいえ。ただ殿下は、やはり将来王座につくべき方だと再認識しただけです」
「それはそうだが……。今のは本気を出した時のみの恩恵だ。……俺には精霊は見えないから」
 何気なく言った言葉は、誰もが知っていることだ。
 王家の者が多く有する金の目を持ちながら、ディアルトは精霊を見ることができない。よって、自分の意志のままに行使することもできない。
 だから彼は、ただ純粋に己の肉体を鍛え上げていった。
 そのことを特に王妃ソフィアは声高に陰口を言う。彼女の取り巻きたちも、ディアルトを嗤っていた。
 幼い頃は神童と呼ばれ、誰もがディアルトが今までにない王になることを期待していた。
 だが子供時代のある日、彼の体から根こそぎ守護精霊が失われてしまう。
 本来なら先王ウィリアの息子として、現在ディアルトが若き王になっているはずだった。
 しかしディアルトが精霊を見られないことを理由に、ソフィアの息がかかった大臣たちなどが即位に反対した。よってディアルトに力が戻るまでは、暫定的にウィリアの弟のカダンが王位につくことになった。
 ディアルト派の者が「体のいいことを」と渋面になるのは仕方がない。
 彼がもう一度精霊を見られるようになるには、どうしたらいいか。そんなこと、誰も分からないからだ。
「……そのうち、私が必ず殿下に精霊が見えるように致します」
 リリアンナの呟きに、ディアルトは何も気負わず笑う。
「気にしなくていいよ。俺だって王座なんてもの、つかなくていいならそれで楽だ」
「殿下」
 咎めるような声に、ディアルトはペロリと舌を出す。
「……本当は、君が側にいてくれるなら、何だっていいんだけどね」
「……またそのようなことを……」
「さ、あと二戦ほどしようか」
「はい」
 汗を拭き水分補給をした二人は立ち上がり、また剣を交えるのだった。
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