6 / 61
朝練2
しおりを挟む
「殿下、参ります」
グリーンの瞳に挑戦的な光を宿し、リリアンナが先制一撃を繰り出した。
ビュッと空気を切り裂く音がし、咄嗟にディアルトが体をずらした肩当ての先に、切っ先がかすった。
同時にディアルトも鋭い突きを入れ、リリアンナが後方にジャンプして躱したのを追撃する。
「相変わらずリリアンナ様の初撃はえぐいな」
「美貌にボーッとして、あの一撃に沈んだ奴が何人いるか……」
「だが女王蜂の一撃を受けられるのは、名誉なことだぞ。相手すらできない奴のみじめさを思えば……」
周囲で休んでいる騎士たちが好き勝手なことを言い、訓練をしているディアルトの耳にも入る。
(リリアンナの攻撃を受けられるのは、俺だけだ)
内心ムッとしてから中段の突きを入れると、リリアンナが体を猫のようにしならせ、ビュッと突いてきた。
「殿下、お気持ちがどこかよそへ行っていますよ!」
怒ったような声がした後は、リリアンナの猛攻になる。
騎士たちが『地獄の突き』と呼ぶ、レイピアの連続突きが繰り出され、ディアルトはそれを剣でいなしながら後退する羽目になった。
「私を目の前にして、他のことを考えるのはやめて頂きましょうか!」
(喜んで!)
下手をすれば愛の告白とも取れる言葉に、ディアルトな内心狂喜乱舞する。だがそれを口にしてしまえば、リリアンナはもっと怒ってしまう。
「実戦でそのように呆けていれば、殿下のお命がありませんよ!」
緑の目に怒りすら燃やし、目付役のようにリリアンナが耳に痛いことを言う。
「その時は――」
レイピアの刀身すら見えない、残像だけの世界でディアルトは高揚していた。どのような形であれ、リリアンナにこれだけの熱量で求められるのが嬉しくて堪らない。
「出るぞ」
誰かがボソッと呟いた。
瞬間、バチィッ! と雷が爆ぜるような音がし、周囲に突風が吹き抜けていった。
「……君が、守ってくれるんだろう?」
ディアルトが放った一撃は、リリアンナのレイピアの突きより鋭い。
あまりの風圧に風の中に含まれる雷の精霊までが共鳴し、巻き起こった風はリリアンナの手からレイピアを奪い、スカートを大きくめくり上げた。
「ッヒュウ!」
白いペチコートが膨らんだ向こうに、真っ白な下着が見えて騎士たちが喝采を上げる。
「…………」
カランッと音をたててリリアンナのレイピアが地面に落ち、遅れて彼女のポニーテールや衣服がフワリと戻ってゆく。
リリアンナは呆然として目を見開き、固まっていた。
「……ご、ごめん。この技は使わない約束だったな」
思わず見えてしまったリリアンナの下着の白さが、目蓋の裏に焼き付いている。
(ああ、クソ。他の奴らに見せてしまった)
「……いいえ。私はそのようなこと、一言も申し上げておりません」
我に返ったリリアンナは、冷静に衣服や髪を整えるとレイピアを拾いに行った。
「俺が使わないと言ったんだよ」
――下着を見せてしまう羽目になるから。
「殿下の奥の手を失念していました。……流石、お強いですね。張っておいた風の障壁も、今の一撃で吹き飛んでしまいました」
レイピアを腰にある鞘に収めると、リリアンナは一度休憩を取るのか歩き出す。
その横顔はほんの少し微笑んでいて、ディアルトは若干の違和感を抱いた。
守るべき主の実力に、護衛が追いついていない。その苦々しさかと一瞬思ったが、違うような気もする。
「リリアンナ、どうかしたのか?」
ベンチに座ったリリアンナの隣に座り、顔を覗き込む。
「……いいえ。ただ殿下は、やはり将来王座につくべき方だと再認識しただけです」
「それはそうだが……。今のは本気を出した時のみの恩恵だ。……俺には精霊は見えないから」
何気なく言った言葉は、誰もが知っていることだ。
王家の者が多く有する金の目を持ちながら、ディアルトは精霊を見ることができない。よって、自分の意志のままに行使することもできない。
だから彼は、ただ純粋に己の肉体を鍛え上げていった。
そのことを特に王妃ソフィアは声高に陰口を言う。彼女の取り巻きたちも、ディアルトを嗤っていた。
幼い頃は神童と呼ばれ、誰もがディアルトが今までにない王になることを期待していた。
だが子供時代のある日、彼の体から根こそぎ守護精霊が失われてしまう。
本来なら先王ウィリアの息子として、現在ディアルトが若き王になっているはずだった。
しかしディアルトが精霊を見られないことを理由に、ソフィアの息がかかった大臣たちなどが即位に反対した。よってディアルトに力が戻るまでは、暫定的にウィリアの弟のカダンが王位につくことになった。
ディアルト派の者が「体のいいことを」と渋面になるのは仕方がない。
彼がもう一度精霊を見られるようになるには、どうしたらいいか。そんなこと、誰も分からないからだ。
「……そのうち、私が必ず殿下に精霊が見えるように致します」
リリアンナの呟きに、ディアルトは何も気負わず笑う。
「気にしなくていいよ。俺だって王座なんてもの、つかなくていいならそれで楽だ」
「殿下」
咎めるような声に、ディアルトはペロリと舌を出す。
「……本当は、君が側にいてくれるなら、何だっていいんだけどね」
「……またそのようなことを……」
「さ、あと二戦ほどしようか」
「はい」
汗を拭き水分補給をした二人は立ち上がり、また剣を交えるのだった。
グリーンの瞳に挑戦的な光を宿し、リリアンナが先制一撃を繰り出した。
ビュッと空気を切り裂く音がし、咄嗟にディアルトが体をずらした肩当ての先に、切っ先がかすった。
同時にディアルトも鋭い突きを入れ、リリアンナが後方にジャンプして躱したのを追撃する。
「相変わらずリリアンナ様の初撃はえぐいな」
「美貌にボーッとして、あの一撃に沈んだ奴が何人いるか……」
「だが女王蜂の一撃を受けられるのは、名誉なことだぞ。相手すらできない奴のみじめさを思えば……」
周囲で休んでいる騎士たちが好き勝手なことを言い、訓練をしているディアルトの耳にも入る。
(リリアンナの攻撃を受けられるのは、俺だけだ)
内心ムッとしてから中段の突きを入れると、リリアンナが体を猫のようにしならせ、ビュッと突いてきた。
「殿下、お気持ちがどこかよそへ行っていますよ!」
怒ったような声がした後は、リリアンナの猛攻になる。
騎士たちが『地獄の突き』と呼ぶ、レイピアの連続突きが繰り出され、ディアルトはそれを剣でいなしながら後退する羽目になった。
「私を目の前にして、他のことを考えるのはやめて頂きましょうか!」
(喜んで!)
下手をすれば愛の告白とも取れる言葉に、ディアルトな内心狂喜乱舞する。だがそれを口にしてしまえば、リリアンナはもっと怒ってしまう。
「実戦でそのように呆けていれば、殿下のお命がありませんよ!」
緑の目に怒りすら燃やし、目付役のようにリリアンナが耳に痛いことを言う。
「その時は――」
レイピアの刀身すら見えない、残像だけの世界でディアルトは高揚していた。どのような形であれ、リリアンナにこれだけの熱量で求められるのが嬉しくて堪らない。
「出るぞ」
誰かがボソッと呟いた。
瞬間、バチィッ! と雷が爆ぜるような音がし、周囲に突風が吹き抜けていった。
「……君が、守ってくれるんだろう?」
ディアルトが放った一撃は、リリアンナのレイピアの突きより鋭い。
あまりの風圧に風の中に含まれる雷の精霊までが共鳴し、巻き起こった風はリリアンナの手からレイピアを奪い、スカートを大きくめくり上げた。
「ッヒュウ!」
白いペチコートが膨らんだ向こうに、真っ白な下着が見えて騎士たちが喝采を上げる。
「…………」
カランッと音をたててリリアンナのレイピアが地面に落ち、遅れて彼女のポニーテールや衣服がフワリと戻ってゆく。
リリアンナは呆然として目を見開き、固まっていた。
「……ご、ごめん。この技は使わない約束だったな」
思わず見えてしまったリリアンナの下着の白さが、目蓋の裏に焼き付いている。
(ああ、クソ。他の奴らに見せてしまった)
「……いいえ。私はそのようなこと、一言も申し上げておりません」
我に返ったリリアンナは、冷静に衣服や髪を整えるとレイピアを拾いに行った。
「俺が使わないと言ったんだよ」
――下着を見せてしまう羽目になるから。
「殿下の奥の手を失念していました。……流石、お強いですね。張っておいた風の障壁も、今の一撃で吹き飛んでしまいました」
レイピアを腰にある鞘に収めると、リリアンナは一度休憩を取るのか歩き出す。
その横顔はほんの少し微笑んでいて、ディアルトは若干の違和感を抱いた。
守るべき主の実力に、護衛が追いついていない。その苦々しさかと一瞬思ったが、違うような気もする。
「リリアンナ、どうかしたのか?」
ベンチに座ったリリアンナの隣に座り、顔を覗き込む。
「……いいえ。ただ殿下は、やはり将来王座につくべき方だと再認識しただけです」
「それはそうだが……。今のは本気を出した時のみの恩恵だ。……俺には精霊は見えないから」
何気なく言った言葉は、誰もが知っていることだ。
王家の者が多く有する金の目を持ちながら、ディアルトは精霊を見ることができない。よって、自分の意志のままに行使することもできない。
だから彼は、ただ純粋に己の肉体を鍛え上げていった。
そのことを特に王妃ソフィアは声高に陰口を言う。彼女の取り巻きたちも、ディアルトを嗤っていた。
幼い頃は神童と呼ばれ、誰もがディアルトが今までにない王になることを期待していた。
だが子供時代のある日、彼の体から根こそぎ守護精霊が失われてしまう。
本来なら先王ウィリアの息子として、現在ディアルトが若き王になっているはずだった。
しかしディアルトが精霊を見られないことを理由に、ソフィアの息がかかった大臣たちなどが即位に反対した。よってディアルトに力が戻るまでは、暫定的にウィリアの弟のカダンが王位につくことになった。
ディアルト派の者が「体のいいことを」と渋面になるのは仕方がない。
彼がもう一度精霊を見られるようになるには、どうしたらいいか。そんなこと、誰も分からないからだ。
「……そのうち、私が必ず殿下に精霊が見えるように致します」
リリアンナの呟きに、ディアルトは何も気負わず笑う。
「気にしなくていいよ。俺だって王座なんてもの、つかなくていいならそれで楽だ」
「殿下」
咎めるような声に、ディアルトはペロリと舌を出す。
「……本当は、君が側にいてくれるなら、何だっていいんだけどね」
「……またそのようなことを……」
「さ、あと二戦ほどしようか」
「はい」
汗を拭き水分補給をした二人は立ち上がり、また剣を交えるのだった。
0
お気に入りに追加
241
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる