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一輪のバラと最初の告白1
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「大好きです!」
大きな声がし、イリス公爵家長女リリアンナの前に、深紅のバラが一輪差し出された。
「…………」
彼女――リリアンナは金色の光彩が混じった、グリーンの目でじっとそれを見る。
それから、ハァと息をついた。
「殿下、お戯れを」
すげなく言い、何の感動もないというように見やった先には、一人の美青年が立っていた。
黒髪に金色の目。スラッと背が高く、体躯も戦士のように鍛えられている。
――いや、彼は戦士として実際騎士団の先頭で戦う立場にいた。
勇猛果敢な戦士として名を馳せ、その美貌から国中のレディから人気がある。
一度剣を持って戦地に立てば、怖いものなどないと言われる彼が――、今その顔を緊張させてリリアンナの前に立っていた。
リリアンナは、女性ながらウィンドミドル王国の騎士を勤めている。
世界は精霊の加護や妖精の加護、竜族の加護がある国など、多岐に渡る。
ウィンドミドル王国は風の精霊に愛された王家が守護し、王国がある大陸はほぼ精霊の加護を持つ国々で成り立っていた。
人々は大なり小なり精霊の加護を受け、リリアンナは代々王家を守るイリス家の長女だ。
彼女の母リーズベットは十三年前に戦死した。享年三十二歳である。
当時リーズベットが守っていた王ウィリアもまた、戦禍の中帰らぬ人となった。
リリアンナは、母の背中を見て育った。
強く美しい母は、父・ライアンを深く愛し、屋敷を空け勝ちではあったが良い母だった。
リリアンナが母のようになりたいと思うのも、自然のことだったのだ。
そして現在、リリアンナは王位継承権第一の王子、ディアルトの身辺警護をしている。
白銀の鎧を身に纏い、女性らしくブルーのスカートと白いペチコートを覗かせている彼女は、他の男性騎士たちから圧倒的な人気がある。
完璧過ぎるほど整った美貌はスッとしていて、影ながら騎士たちが「罵られたい」「踏まれたい」と、危うい願望を囁き合っている。
身長もスラッと高く、胸も大きい。
白銀の胸当てになりたいと言う騎士もいれば、真っ白な谷間に顔を埋めたいという大胆な者もいる。
ペチコートから覗いた太腿も白く、膝から下はやはり白銀の防具によって固められている。スカートの後ろは長くなっているので、彼女を後ろから見れば普通にドレスを身に纏っているようにも見える。
名のある騎士であっても、リリアンナは女性らしさを忘れていない。
腰に下げているのはレイピア。
腕力こそは男性に敵わないので、その素早さを生かす武器を選んでいる。
加えてリリアンナは筋力で男性に敵わずとも、圧倒的な精霊の加護を持っているので、向かうところ敵なしだった。
美しい、強い、気高い。そして公爵家の娘。
男性なら誰もがリリアンナに憧れ、また戦えない一般のレディたちも彼女を『白百合の君』と呼んで熱を上げる始末だ。
そんな彼女に現在、ウィンドミドル王国の王子・ディアルトがバラを差し出して告白していた。
時間は夕方。場所は王宮のバラ園。
周囲にはまばらに貴族たちが歩いていて、ディアルトの大きな声に思わず顔をこちらに向けていた。
「……俺では駄目なのか? 誰か想っている人が?」
差し出した深紅のバラを下げることをせず、ディアルトはリリアンナにバラを捧げたままのポーズだ。
「特にそのような方はおりません。ただいま我が国は隣国ファイアナと交戦中です。私は殿下に『恋をするな』と言うつもりはございません。むしろお世継ぎのためにも、どんどんされるといいと思っております。ですが、私にその想いを告げられましても、私は殿下の想いに応えることはできません」
顔色一つ変えず、リリアンナは返事をする。
バラ園を風が吹き抜け、芳しい香りが漂った。
リリアンナのポニーテールを揺らし、ディアルトの黒髪をそよがせる。
目の前で揺れるリリアンナのポニーテールは、毛先の方がクルンとカールしている。白いレースのついた青いリボンもついていて、彼女が外見に気を遣っているのも分かる。
しかし――、その心は普通のレディとまったく違う場所にあった。
「じゃあ、どうしたら俺を好きになってくれる? 戦争があるからこそ、俺は君を愛したい。いつ離ればなれになるか分からないなら、後悔しないように想いを伝えたい!」
真っ直ぐな目、声。
精霊に強く愛されているほど、この国の人間は美しい金の目を持つと言われている。
ディアルトの金の瞳はまっすぐにリリアンナを見て、彼女の瞳の奥に眠る本音を探ろうとしていた。
あまりに強すぎる目に、クールビューティーと呼ばれるリリアンナも一瞬たじろいだ。
「……殿下は、私の何がいいのですか?」
「全部!」
リリアンナが僅かに反応を見せると、それに対しディアルトは百倍ほどの勢いでパンッと答える。
まるで純粋な子供のような反応に、リリアンナは思わず目を眇めた。
「……殿下、やはり私をからかわれておいでで?」
猫が様子を窺うように、リリアンナが下からジロリと睨め上げる。
「からかってない。君はすべてが素晴らしい。容姿が美しいのは勿論だし、強いし頭がいい。君が騎士団に入った十二歳の時から、俺はずっと君を見ていた」
「…………」
リリアンナの母が亡くなったのは、彼女が八歳の時。
普通の少女だったリリアンナは、泣き暮れた後に母の後を継ぐと決めたのだ。
イリス家の当主は父のライアンだが、彼よりリーズベットの方が精霊の加護が強かった。ライアンは当主としてなすべきことをし、行動的な母は騎士団に入って王族を守る役目を負った。
生前の母は、「私、王様に迫られたこともあるのよ」と茶目っ気たっぷりに言っていたこともあるが、あながち冗談ではないのかもしれない。
守る者と守られる者。危険が伴うその関係の中で、相手を強く思う気持ちがあってもおかしくない。
だがリーズベットは夫を生涯愛し、リリアンナと弟のリオンを生んだ。
そして戦火の中、先王ウィリアを庇い共に旅立ったのだ。
今ウィンドミドル王国の王座には、先王の弟・カダンが座っている。
先王の妻シアナとディアルトは、離宮で暮らしている。
カダンはウィリアの悲劇を悼み、ディアルトを特に気にかけていた。
自分の大好きな兄の忘れ形見ということもあるし、自分が死ねばディアルトが王座に座ることになる。
カダンには妻の間に三人の子供がいたが、現王は自分の子供を贔屓することなく、ディアルトのことも平等に扱っている。
しかしカダンの妻ソフィアは、そうでもないようだ。
ディアルトさえいなければ、自分の二十四歳の長男バレルが次の王になれる。
ディアルトは二十六歳で、貴族たちや民からの人気も申し分ない。見目もいいし頭もいい。加えて戦える。
その『何でもでき過ぎる』点が、ソフィアの癪に障るようだ。
十年ほど前から、妙なことが起こり始めた。
猟に出ているとディアルトの馬だけが急に目を剥き、口から泡を吐いて暴れ出した。
騎士たちの剣技を競う大会に混じったディアルトの剣だけ、妙に脆い物とすり替えられていた。
果ては、ディアルトの食事に異物や毒が入ることまであった。
離宮で使われる食器は徹底して銀を使用され、いち早く毒に気付くことを重要視された。
それを本宮にいる王妃が揶揄してくるものだから、ディアルトの母と王妃の中は悪くなる一方だ。
戦争があり、水面下でも汚い争いがある中、ディアルトを徹底して守っているのはリリアンナだ。
常に側にいて、寝食こそ共にはしないが、ほぼ丸一日一緒にいると言っていい。
「殿下。恐れながら殿下のそのお気持ちは、鳥の雛が初めて目に入った者を親と見る刷り込みと似たようなものかと存じます。四六時中お側にいる私が相手なら、親密な気持ちになって当然です。加えて何度もお命をお助けすることもありましたが、吊り橋効果という言葉もあります。殿下は一国の王子なのですから、もう少しご自身のお気持ちをお大事にしてください」
リリアンナはディアルトの気持ちを冷静に分析する。
自分の想いを論理的に否定されたディアルトは、じと目になってリリアンナを見る。
「……君はいつもそうだな。俺が毎日『ありがとう』と言っても『仕事ですから』ばかり。『欲しい物はあるか?』と訊いても『警護の給与はもらっています』。俺は君の口から、女性らしい可愛らしい言葉を聞いてみたい」
やっと差し出していたバラを引っ込め、ディアルトは手の中で一輪のバラをクルクルと弄ぶ。
だが今度はリリアンナが、物申すという目つきでディアルトに反撃した。
「果たして殿下が仰る『女性らしい』というのは、どのようなことを指すのでしょうね? 刺客が現れたら『怖ぁい』と言えばいいのでしょうか? 殿下から何か言われたら、頬を染めて目を潤ませればいいのでしょうか? 果たしてそれは、殿下が望む私の姿なのでしょうか?」
例えとして引き合いに出した仮のセリフを言う時も、リリアンナはこれ以上ない真顔だ。
「う……。いや、それは……。確かに君らしさが損なわれてしまう……、な」
「でしょう。想像するに、殿下は今のままの私を好きになってくださったのかと存じます。悔し紛れとはいえ、本意でないことを仰るのは得策ではないと存じます」
静かに言い、リリアンナは涼しげな視線を周囲にやる。
身辺警護をしているので、周囲を注意するその目つきはごく自然なものだった。
「俺が君を好きだということは、認めてくれるのか?」
それでもディアルトは諦めない。
「……はぁ。好意を持ってくださっているということは、自覚しております」
リリアンナは溜息を隠そうとしない。
「俺の妻になる気は?」
「ございません。そろそろ戻らなければ、夕食に遅れてしまいます」
リリアンナが先に歩き始め、ディアルトもそれに続く。
大きな声がし、イリス公爵家長女リリアンナの前に、深紅のバラが一輪差し出された。
「…………」
彼女――リリアンナは金色の光彩が混じった、グリーンの目でじっとそれを見る。
それから、ハァと息をついた。
「殿下、お戯れを」
すげなく言い、何の感動もないというように見やった先には、一人の美青年が立っていた。
黒髪に金色の目。スラッと背が高く、体躯も戦士のように鍛えられている。
――いや、彼は戦士として実際騎士団の先頭で戦う立場にいた。
勇猛果敢な戦士として名を馳せ、その美貌から国中のレディから人気がある。
一度剣を持って戦地に立てば、怖いものなどないと言われる彼が――、今その顔を緊張させてリリアンナの前に立っていた。
リリアンナは、女性ながらウィンドミドル王国の騎士を勤めている。
世界は精霊の加護や妖精の加護、竜族の加護がある国など、多岐に渡る。
ウィンドミドル王国は風の精霊に愛された王家が守護し、王国がある大陸はほぼ精霊の加護を持つ国々で成り立っていた。
人々は大なり小なり精霊の加護を受け、リリアンナは代々王家を守るイリス家の長女だ。
彼女の母リーズベットは十三年前に戦死した。享年三十二歳である。
当時リーズベットが守っていた王ウィリアもまた、戦禍の中帰らぬ人となった。
リリアンナは、母の背中を見て育った。
強く美しい母は、父・ライアンを深く愛し、屋敷を空け勝ちではあったが良い母だった。
リリアンナが母のようになりたいと思うのも、自然のことだったのだ。
そして現在、リリアンナは王位継承権第一の王子、ディアルトの身辺警護をしている。
白銀の鎧を身に纏い、女性らしくブルーのスカートと白いペチコートを覗かせている彼女は、他の男性騎士たちから圧倒的な人気がある。
完璧過ぎるほど整った美貌はスッとしていて、影ながら騎士たちが「罵られたい」「踏まれたい」と、危うい願望を囁き合っている。
身長もスラッと高く、胸も大きい。
白銀の胸当てになりたいと言う騎士もいれば、真っ白な谷間に顔を埋めたいという大胆な者もいる。
ペチコートから覗いた太腿も白く、膝から下はやはり白銀の防具によって固められている。スカートの後ろは長くなっているので、彼女を後ろから見れば普通にドレスを身に纏っているようにも見える。
名のある騎士であっても、リリアンナは女性らしさを忘れていない。
腰に下げているのはレイピア。
腕力こそは男性に敵わないので、その素早さを生かす武器を選んでいる。
加えてリリアンナは筋力で男性に敵わずとも、圧倒的な精霊の加護を持っているので、向かうところ敵なしだった。
美しい、強い、気高い。そして公爵家の娘。
男性なら誰もがリリアンナに憧れ、また戦えない一般のレディたちも彼女を『白百合の君』と呼んで熱を上げる始末だ。
そんな彼女に現在、ウィンドミドル王国の王子・ディアルトがバラを差し出して告白していた。
時間は夕方。場所は王宮のバラ園。
周囲にはまばらに貴族たちが歩いていて、ディアルトの大きな声に思わず顔をこちらに向けていた。
「……俺では駄目なのか? 誰か想っている人が?」
差し出した深紅のバラを下げることをせず、ディアルトはリリアンナにバラを捧げたままのポーズだ。
「特にそのような方はおりません。ただいま我が国は隣国ファイアナと交戦中です。私は殿下に『恋をするな』と言うつもりはございません。むしろお世継ぎのためにも、どんどんされるといいと思っております。ですが、私にその想いを告げられましても、私は殿下の想いに応えることはできません」
顔色一つ変えず、リリアンナは返事をする。
バラ園を風が吹き抜け、芳しい香りが漂った。
リリアンナのポニーテールを揺らし、ディアルトの黒髪をそよがせる。
目の前で揺れるリリアンナのポニーテールは、毛先の方がクルンとカールしている。白いレースのついた青いリボンもついていて、彼女が外見に気を遣っているのも分かる。
しかし――、その心は普通のレディとまったく違う場所にあった。
「じゃあ、どうしたら俺を好きになってくれる? 戦争があるからこそ、俺は君を愛したい。いつ離ればなれになるか分からないなら、後悔しないように想いを伝えたい!」
真っ直ぐな目、声。
精霊に強く愛されているほど、この国の人間は美しい金の目を持つと言われている。
ディアルトの金の瞳はまっすぐにリリアンナを見て、彼女の瞳の奥に眠る本音を探ろうとしていた。
あまりに強すぎる目に、クールビューティーと呼ばれるリリアンナも一瞬たじろいだ。
「……殿下は、私の何がいいのですか?」
「全部!」
リリアンナが僅かに反応を見せると、それに対しディアルトは百倍ほどの勢いでパンッと答える。
まるで純粋な子供のような反応に、リリアンナは思わず目を眇めた。
「……殿下、やはり私をからかわれておいでで?」
猫が様子を窺うように、リリアンナが下からジロリと睨め上げる。
「からかってない。君はすべてが素晴らしい。容姿が美しいのは勿論だし、強いし頭がいい。君が騎士団に入った十二歳の時から、俺はずっと君を見ていた」
「…………」
リリアンナの母が亡くなったのは、彼女が八歳の時。
普通の少女だったリリアンナは、泣き暮れた後に母の後を継ぐと決めたのだ。
イリス家の当主は父のライアンだが、彼よりリーズベットの方が精霊の加護が強かった。ライアンは当主としてなすべきことをし、行動的な母は騎士団に入って王族を守る役目を負った。
生前の母は、「私、王様に迫られたこともあるのよ」と茶目っ気たっぷりに言っていたこともあるが、あながち冗談ではないのかもしれない。
守る者と守られる者。危険が伴うその関係の中で、相手を強く思う気持ちがあってもおかしくない。
だがリーズベットは夫を生涯愛し、リリアンナと弟のリオンを生んだ。
そして戦火の中、先王ウィリアを庇い共に旅立ったのだ。
今ウィンドミドル王国の王座には、先王の弟・カダンが座っている。
先王の妻シアナとディアルトは、離宮で暮らしている。
カダンはウィリアの悲劇を悼み、ディアルトを特に気にかけていた。
自分の大好きな兄の忘れ形見ということもあるし、自分が死ねばディアルトが王座に座ることになる。
カダンには妻の間に三人の子供がいたが、現王は自分の子供を贔屓することなく、ディアルトのことも平等に扱っている。
しかしカダンの妻ソフィアは、そうでもないようだ。
ディアルトさえいなければ、自分の二十四歳の長男バレルが次の王になれる。
ディアルトは二十六歳で、貴族たちや民からの人気も申し分ない。見目もいいし頭もいい。加えて戦える。
その『何でもでき過ぎる』点が、ソフィアの癪に障るようだ。
十年ほど前から、妙なことが起こり始めた。
猟に出ているとディアルトの馬だけが急に目を剥き、口から泡を吐いて暴れ出した。
騎士たちの剣技を競う大会に混じったディアルトの剣だけ、妙に脆い物とすり替えられていた。
果ては、ディアルトの食事に異物や毒が入ることまであった。
離宮で使われる食器は徹底して銀を使用され、いち早く毒に気付くことを重要視された。
それを本宮にいる王妃が揶揄してくるものだから、ディアルトの母と王妃の中は悪くなる一方だ。
戦争があり、水面下でも汚い争いがある中、ディアルトを徹底して守っているのはリリアンナだ。
常に側にいて、寝食こそ共にはしないが、ほぼ丸一日一緒にいると言っていい。
「殿下。恐れながら殿下のそのお気持ちは、鳥の雛が初めて目に入った者を親と見る刷り込みと似たようなものかと存じます。四六時中お側にいる私が相手なら、親密な気持ちになって当然です。加えて何度もお命をお助けすることもありましたが、吊り橋効果という言葉もあります。殿下は一国の王子なのですから、もう少しご自身のお気持ちをお大事にしてください」
リリアンナはディアルトの気持ちを冷静に分析する。
自分の想いを論理的に否定されたディアルトは、じと目になってリリアンナを見る。
「……君はいつもそうだな。俺が毎日『ありがとう』と言っても『仕事ですから』ばかり。『欲しい物はあるか?』と訊いても『警護の給与はもらっています』。俺は君の口から、女性らしい可愛らしい言葉を聞いてみたい」
やっと差し出していたバラを引っ込め、ディアルトは手の中で一輪のバラをクルクルと弄ぶ。
だが今度はリリアンナが、物申すという目つきでディアルトに反撃した。
「果たして殿下が仰る『女性らしい』というのは、どのようなことを指すのでしょうね? 刺客が現れたら『怖ぁい』と言えばいいのでしょうか? 殿下から何か言われたら、頬を染めて目を潤ませればいいのでしょうか? 果たしてそれは、殿下が望む私の姿なのでしょうか?」
例えとして引き合いに出した仮のセリフを言う時も、リリアンナはこれ以上ない真顔だ。
「う……。いや、それは……。確かに君らしさが損なわれてしまう……、な」
「でしょう。想像するに、殿下は今のままの私を好きになってくださったのかと存じます。悔し紛れとはいえ、本意でないことを仰るのは得策ではないと存じます」
静かに言い、リリアンナは涼しげな視線を周囲にやる。
身辺警護をしているので、周囲を注意するその目つきはごく自然なものだった。
「俺が君を好きだということは、認めてくれるのか?」
それでもディアルトは諦めない。
「……はぁ。好意を持ってくださっているということは、自覚しております」
リリアンナは溜息を隠そうとしない。
「俺の妻になる気は?」
「ございません。そろそろ戻らなければ、夕食に遅れてしまいます」
リリアンナが先に歩き始め、ディアルトもそれに続く。
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