44 / 65
黒幕を陥れるために3
しおりを挟む
「そ、それは勘です。若い令嬢の恋人なら若い男でしょうし、亡くなられたと言われれば、不幸なことがあったのでしょう」
物憂げな表情をしていたエリーゼは、急に挑戦的な光を宿してスローンを見る。
「スローンさまは、十月堂事件のことをどう思いまして?」
「じゅっ……!」
ギクリと身を強張らせ、スローンはまた目を剥く。
「あの騒ぎを起こしたとされる、我が国の若い騎士。彼はどうしてあのような事件を起こしてしまったのでしょうね? わたくしは同じ国の騎士が起こした事件ですから、エルフィンストーン王国に対して申し訳ないという気持ちと同時に、彼が哀れでなりません」
スローンは冷や汗をかき、あつあつの紅茶をちびちびと飲む。
「あ、あれは不幸な事故でしたな……。彼も何か凶行を起こさざるを得ない理由でもあったのではないですか? それとも和平に反対だった愛国心溢れる青年だったとか……」
そこにシャーロットが言葉を挟んだ。
「まるで、何か悪い毒でも飲んで、気をしっかり持てなくなったようだと、わたしの父が言っていました」
「そっ、そんなことはありません……っ! 彼は毒など……、あぁ、毒を呷って自害したんでしたっけ」
スローンは先ほどから、ギルバートを見ることができないでいた。
ひとたび死神の目を見てしまえば、自分の命も刈り取られてしまう。そんな強迫観念にも似た思いを抱いていたのだろうか。
「ほう? まるでかの騎士がどうしてあの行動を起こしたのか、知っていそうな口ぶりだな?」
「言いがかりです! さっきから娼婦がどうのこうのという事だって……。私にはなんの繋がりも証拠もない噂ばかりです。気分が悪い」
「繋がりも証拠もない、か」
ギルバートは腕を下ろし、近くにいた兵に合図をした。
スローンは何があるのかとその様子を凝視している。
兵士はギルバートに書類を渡し、彼は紙がこすれる音を僅かにさせ、その紙面に目を落としていた。
痛いほどの沈黙の後、ギルバートが言う。
「これはエルフィンストーンとアルトドルファーの検問を通る娼婦の一団が、検問所の者に言った言葉だ。娼婦は自由職業としても、二十人以上が一度に隣国に渡るとなれば、一応何か運び込む物がないかなどチェックしなければいけない」
「そ、それが如何した……」
スローンの喉元から、ゴクリという音が漏れたのも本人は気付いていないようだ。
「その娼婦たちは随分と勝ち気でいてな? 『自分達に何かあれば、エルフィンストーン王国のスローン伯爵がすべて責任を取ってくれる』と言った。これはその記録だ」
ギルバートが書類を差し出すと、スローンは奪い取るようにしてそれに視線を走らせる。彼に追撃を加えるが如く、ギルバートは冷静に言葉を重ねた。
「彼女たちはアルトドルファーのダフネル大臣の所に行き、しばらく荒稼ぎをしてくると言っていたそうだ。スローン卿、あなたとダフネル大臣は繋がりがあるのでは?」
「そ……そんな……。娼婦ごときが言うことなど……」
スローンの顔色は青白く、細い指に力が込められ書類に皺を作っていた。
「仮にの話だが。スローン卿とダフネル大臣に繋がりがあるのなら……。卿の恩人でもあるカールソン卿の機嫌をとるために、隣国の美女であるアルデンホフ伯爵令嬢を嫁がせようとするのも可能なのではないか? 大臣からの命令ともなれば、アルデンホフ伯爵令嬢の父君も首を縦に振るしかあるまい」
「いっ……、言いがかりだ!」
スローンは唾を飛ばして激昂し、ソファに座るギルバートを睨みつける。
「だっ、第一私と隣国のダフネル殿の繋がりなど、どう証明する!?」
「卿もダフネル殿も……。最後まで和平に反対していたな。和平が結ばれる前の二国会議で、アルトドルファーの騎士団長と話をすることがあった。彼の話では、財務大臣のダフネル殿の一派は、最後まで我が国の砂金を奪うべきだと主張していたとか」
「そんなことは知らない……っ」
顔色を悪くするスローンに、エリーゼが嫌味たっぷりという様子で語りかける。
「スローンさま? そういえば申し上げておりませんでしたが、わたくしの恋人というのは、例の十月堂事件を起こした騎士ですの。何か存じ上げませんこと?」
復讐にかられたギラギラとした目を向けられ、スローンの頬はピクピクと痙攣する。
スローンもエリーゼも、互いの存在を知っていながら初対面のような振りを通している。そんな芝居も、エリーゼがギルバートに強力すると決意した時から滑稽な小芝居と化している。
「仮にあの哀れな若い騎士が、恋人のアルデンホフ伯爵令嬢の婚姻を盾に、陛下のお命を狙うよう言われていたのだとしたら……。それには卿も関係していることに繋がる」
ギルバートもシャーロットもエリーゼも、お茶に手をつけていないことにスローンは気付いていなかった。
物憂げな表情をしていたエリーゼは、急に挑戦的な光を宿してスローンを見る。
「スローンさまは、十月堂事件のことをどう思いまして?」
「じゅっ……!」
ギクリと身を強張らせ、スローンはまた目を剥く。
「あの騒ぎを起こしたとされる、我が国の若い騎士。彼はどうしてあのような事件を起こしてしまったのでしょうね? わたくしは同じ国の騎士が起こした事件ですから、エルフィンストーン王国に対して申し訳ないという気持ちと同時に、彼が哀れでなりません」
スローンは冷や汗をかき、あつあつの紅茶をちびちびと飲む。
「あ、あれは不幸な事故でしたな……。彼も何か凶行を起こさざるを得ない理由でもあったのではないですか? それとも和平に反対だった愛国心溢れる青年だったとか……」
そこにシャーロットが言葉を挟んだ。
「まるで、何か悪い毒でも飲んで、気をしっかり持てなくなったようだと、わたしの父が言っていました」
「そっ、そんなことはありません……っ! 彼は毒など……、あぁ、毒を呷って自害したんでしたっけ」
スローンは先ほどから、ギルバートを見ることができないでいた。
ひとたび死神の目を見てしまえば、自分の命も刈り取られてしまう。そんな強迫観念にも似た思いを抱いていたのだろうか。
「ほう? まるでかの騎士がどうしてあの行動を起こしたのか、知っていそうな口ぶりだな?」
「言いがかりです! さっきから娼婦がどうのこうのという事だって……。私にはなんの繋がりも証拠もない噂ばかりです。気分が悪い」
「繋がりも証拠もない、か」
ギルバートは腕を下ろし、近くにいた兵に合図をした。
スローンは何があるのかとその様子を凝視している。
兵士はギルバートに書類を渡し、彼は紙がこすれる音を僅かにさせ、その紙面に目を落としていた。
痛いほどの沈黙の後、ギルバートが言う。
「これはエルフィンストーンとアルトドルファーの検問を通る娼婦の一団が、検問所の者に言った言葉だ。娼婦は自由職業としても、二十人以上が一度に隣国に渡るとなれば、一応何か運び込む物がないかなどチェックしなければいけない」
「そ、それが如何した……」
スローンの喉元から、ゴクリという音が漏れたのも本人は気付いていないようだ。
「その娼婦たちは随分と勝ち気でいてな? 『自分達に何かあれば、エルフィンストーン王国のスローン伯爵がすべて責任を取ってくれる』と言った。これはその記録だ」
ギルバートが書類を差し出すと、スローンは奪い取るようにしてそれに視線を走らせる。彼に追撃を加えるが如く、ギルバートは冷静に言葉を重ねた。
「彼女たちはアルトドルファーのダフネル大臣の所に行き、しばらく荒稼ぎをしてくると言っていたそうだ。スローン卿、あなたとダフネル大臣は繋がりがあるのでは?」
「そ……そんな……。娼婦ごときが言うことなど……」
スローンの顔色は青白く、細い指に力が込められ書類に皺を作っていた。
「仮にの話だが。スローン卿とダフネル大臣に繋がりがあるのなら……。卿の恩人でもあるカールソン卿の機嫌をとるために、隣国の美女であるアルデンホフ伯爵令嬢を嫁がせようとするのも可能なのではないか? 大臣からの命令ともなれば、アルデンホフ伯爵令嬢の父君も首を縦に振るしかあるまい」
「いっ……、言いがかりだ!」
スローンは唾を飛ばして激昂し、ソファに座るギルバートを睨みつける。
「だっ、第一私と隣国のダフネル殿の繋がりなど、どう証明する!?」
「卿もダフネル殿も……。最後まで和平に反対していたな。和平が結ばれる前の二国会議で、アルトドルファーの騎士団長と話をすることがあった。彼の話では、財務大臣のダフネル殿の一派は、最後まで我が国の砂金を奪うべきだと主張していたとか」
「そんなことは知らない……っ」
顔色を悪くするスローンに、エリーゼが嫌味たっぷりという様子で語りかける。
「スローンさま? そういえば申し上げておりませんでしたが、わたくしの恋人というのは、例の十月堂事件を起こした騎士ですの。何か存じ上げませんこと?」
復讐にかられたギラギラとした目を向けられ、スローンの頬はピクピクと痙攣する。
スローンもエリーゼも、互いの存在を知っていながら初対面のような振りを通している。そんな芝居も、エリーゼがギルバートに強力すると決意した時から滑稽な小芝居と化している。
「仮にあの哀れな若い騎士が、恋人のアルデンホフ伯爵令嬢の婚姻を盾に、陛下のお命を狙うよう言われていたのだとしたら……。それには卿も関係していることに繋がる」
ギルバートもシャーロットもエリーゼも、お茶に手をつけていないことにスローンは気付いていなかった。
1
お気に入りに追加
1,133
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる