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黒幕を陥れるために2
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「そ、それは失礼。我が領土自慢のハーブティーをいまご用意いたします」
スローンの命令でメイドが動き、応接間に沈黙が落ちる。
「時に、カールソン卿の領土は、砂金がとれるだけではなく、陶器を作るのに最適な土もあるらしいな。実に羨ましい」
「なっ……! 何……っ! そっ、そうですな! カールソン卿の土地は陶磁器で有名ですし、卿お抱えの陶器職人がより良い色を求め釉薬(ゆうやく)を研究していますな。釉薬を生むための灰を作る木なども、我が土地からは提供しております。長石や石英につきましては、カールソン卿の土地でふんだんに取れておりますから……」
ギルバートの言葉に、スローンは饒舌なまでに喋る。
「正妻の他に、内縁の妻も大勢いるのだとか……。私はそういうことには疎いが、妻やエリーゼ嬢から噂を聞いた。そういうのを、男の甲斐性と世間では言うのだろうか? 私は愛する妻が一人いれば、それで十分なのだがな」
シャーロットとエリーゼがギルバートに余計なことを言ったと思ったのか、スローンは目を剥いて二人を見る。
シャーロットは落ち着かない様子で隣に座るギルバートの手に触れていたが、エリーゼは背筋を伸ばしツンとしていた。
「は……ははっ! 死神と恐れられた元帥閣下も、いまではすっかり愛妻家ですな!」
スローンの世辞に、ギルバートはニコリともしない。
「わ、わたし、ギルバートさまに愛されていますもの。もし旦那さまが娼館に行くことがありましたら、涙で枕を濡らしてしまいますわ」
また、やや棒読みでシャーロットが言う。
これ以上ないほど目を見開いたスローンは、シャーロットの顔を凝視して口を開きかける。だが不用意なことを言っては堪らないと、引き攣った笑みを浮かべた。
「そ、そうですな。今をときめく話題の娼婦や歌姫、踊り子。男に誘惑はつきものですが、奥方さまは何せ新妻ですからな。今が一番ご夫婦にとって親密な時なのでしょう」
「スローンさまは娼婦などにお詳しいのですね? もしかして女遊びをしてらっしゃるのかしら? 殿方は危険な遊びがお好きですものね」
エリーゼがシャーロットの援護をすると、急にスローンの顔色が悪くなる。
「噂ですが……。噂ですのよ? 隣国であるわたくしの国にまで、スローンさまが殿方に女性を斡旋してらっしゃると小耳に挟んだことがあるのです」
「まあ! それは本当ですか? エリーゼさま。スローンさま? わたしの旦那さまに女性のご紹介はご遠慮くださいませね?」
エリーゼの言葉に、シャーロットが棒読みで過剰に反応する。
「こ、公爵夫人。あまりゴシップを真に受けられるのはよろしくない」
「そうですわよね。わたしとしましたことが、お恥ずかしい……。旦那さまがもしそういう場所に行ってしまっては、わたしが妻としての役目を果たせていないということになりますもの。想像するだけで悲しくなってしまいまして……」
スローンが王都の娼館を……のくだりは、シャーロットも本当に社交界で聞いたことがある。
友人令嬢の父や恋人などが、高級娼婦に入れあげているという話だ。
不実だからやめてほしいと思っても、贈り物などでごまかされ、口では「愛している」と言う。本命となる女性をそれでつなぎ止めたつもりでいて、体は足取り軽く娼館へ向かうのだ。
そういう女性が『必要』になれば、スローンに相談するのだという。そうすれば男の欲は簡単に『解決』するのだと、女性陣が眉をひそめて言っている。
「お茶をお持ちいたしました」
そこにメイドが現れ、四人の前にお茶を置いてゆく。
「ど、どうぞ召し上がってください」
動揺したスローンは、カップを持つ手が微かに震えていた。
「このティーカップも、カールソン卿の土地で作られたものですか?」
「あっちぃ!」
大きく手を震わせたスローンが、膝の上にあつあつの紅茶をこぼして悲鳴を上げた。
どうやら先ほどから、カールソンの名前が出る度に、ビクビクしているようだ。
そこにエリーゼが畳みかけるように言う。
「カールソン卿と言えば……。わたくし、突然父から隣国のカールソン卿と結婚しなさいと言われたのです。どうして他国の面識のない方と……。と父を問いただせば、我が国の財務大臣ダフネル閣下からのお達しがあったとかで……。そのあと、恋人が急に亡くなったものですから、失意のわたくしは寝込んでしまいました。婚姻の話は、まだうやむやになっているのです」
「そ……、それはご愁傷さまですな。女性は家のために嫁ぐものですから、仕方がないと言えば、仕方がないのでしょう。あなたの恋人という若者もどんな不幸に遭われたか分かりませんが、お気の毒に」
メイドがスローンの濡れた衣服を拭き、染みを作った姿でスローンはちびちびと紅茶を飲む。
「スローン卿。よくアルデンホフ伯爵令嬢の恋人が、若い男だと分かったな? それに不幸な目に遭ったと」
ギルバートが平然としたまま言い、悠然と腕を組む。
ただでさえギルバートは人に威圧感を与える容姿・雰囲気をしているのに、腕を組むと余計に圧が高くなる。おまけに隻眼でじっと見つめられれば、肉食獣の獲物になった気分だ。
スローンの手は細かく震え、なんとかズズッと音をたててハーブティーを飲んだ。
スローンの命令でメイドが動き、応接間に沈黙が落ちる。
「時に、カールソン卿の領土は、砂金がとれるだけではなく、陶器を作るのに最適な土もあるらしいな。実に羨ましい」
「なっ……! 何……っ! そっ、そうですな! カールソン卿の土地は陶磁器で有名ですし、卿お抱えの陶器職人がより良い色を求め釉薬(ゆうやく)を研究していますな。釉薬を生むための灰を作る木なども、我が土地からは提供しております。長石や石英につきましては、カールソン卿の土地でふんだんに取れておりますから……」
ギルバートの言葉に、スローンは饒舌なまでに喋る。
「正妻の他に、内縁の妻も大勢いるのだとか……。私はそういうことには疎いが、妻やエリーゼ嬢から噂を聞いた。そういうのを、男の甲斐性と世間では言うのだろうか? 私は愛する妻が一人いれば、それで十分なのだがな」
シャーロットとエリーゼがギルバートに余計なことを言ったと思ったのか、スローンは目を剥いて二人を見る。
シャーロットは落ち着かない様子で隣に座るギルバートの手に触れていたが、エリーゼは背筋を伸ばしツンとしていた。
「は……ははっ! 死神と恐れられた元帥閣下も、いまではすっかり愛妻家ですな!」
スローンの世辞に、ギルバートはニコリともしない。
「わ、わたし、ギルバートさまに愛されていますもの。もし旦那さまが娼館に行くことがありましたら、涙で枕を濡らしてしまいますわ」
また、やや棒読みでシャーロットが言う。
これ以上ないほど目を見開いたスローンは、シャーロットの顔を凝視して口を開きかける。だが不用意なことを言っては堪らないと、引き攣った笑みを浮かべた。
「そ、そうですな。今をときめく話題の娼婦や歌姫、踊り子。男に誘惑はつきものですが、奥方さまは何せ新妻ですからな。今が一番ご夫婦にとって親密な時なのでしょう」
「スローンさまは娼婦などにお詳しいのですね? もしかして女遊びをしてらっしゃるのかしら? 殿方は危険な遊びがお好きですものね」
エリーゼがシャーロットの援護をすると、急にスローンの顔色が悪くなる。
「噂ですが……。噂ですのよ? 隣国であるわたくしの国にまで、スローンさまが殿方に女性を斡旋してらっしゃると小耳に挟んだことがあるのです」
「まあ! それは本当ですか? エリーゼさま。スローンさま? わたしの旦那さまに女性のご紹介はご遠慮くださいませね?」
エリーゼの言葉に、シャーロットが棒読みで過剰に反応する。
「こ、公爵夫人。あまりゴシップを真に受けられるのはよろしくない」
「そうですわよね。わたしとしましたことが、お恥ずかしい……。旦那さまがもしそういう場所に行ってしまっては、わたしが妻としての役目を果たせていないということになりますもの。想像するだけで悲しくなってしまいまして……」
スローンが王都の娼館を……のくだりは、シャーロットも本当に社交界で聞いたことがある。
友人令嬢の父や恋人などが、高級娼婦に入れあげているという話だ。
不実だからやめてほしいと思っても、贈り物などでごまかされ、口では「愛している」と言う。本命となる女性をそれでつなぎ止めたつもりでいて、体は足取り軽く娼館へ向かうのだ。
そういう女性が『必要』になれば、スローンに相談するのだという。そうすれば男の欲は簡単に『解決』するのだと、女性陣が眉をひそめて言っている。
「お茶をお持ちいたしました」
そこにメイドが現れ、四人の前にお茶を置いてゆく。
「ど、どうぞ召し上がってください」
動揺したスローンは、カップを持つ手が微かに震えていた。
「このティーカップも、カールソン卿の土地で作られたものですか?」
「あっちぃ!」
大きく手を震わせたスローンが、膝の上にあつあつの紅茶をこぼして悲鳴を上げた。
どうやら先ほどから、カールソンの名前が出る度に、ビクビクしているようだ。
そこにエリーゼが畳みかけるように言う。
「カールソン卿と言えば……。わたくし、突然父から隣国のカールソン卿と結婚しなさいと言われたのです。どうして他国の面識のない方と……。と父を問いただせば、我が国の財務大臣ダフネル閣下からのお達しがあったとかで……。そのあと、恋人が急に亡くなったものですから、失意のわたくしは寝込んでしまいました。婚姻の話は、まだうやむやになっているのです」
「そ……、それはご愁傷さまですな。女性は家のために嫁ぐものですから、仕方がないと言えば、仕方がないのでしょう。あなたの恋人という若者もどんな不幸に遭われたか分かりませんが、お気の毒に」
メイドがスローンの濡れた衣服を拭き、染みを作った姿でスローンはちびちびと紅茶を飲む。
「スローン卿。よくアルデンホフ伯爵令嬢の恋人が、若い男だと分かったな? それに不幸な目に遭ったと」
ギルバートが平然としたまま言い、悠然と腕を組む。
ただでさえギルバートは人に威圧感を与える容姿・雰囲気をしているのに、腕を組むと余計に圧が高くなる。おまけに隻眼でじっと見つめられれば、肉食獣の獲物になった気分だ。
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