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黒幕を陥れるために1

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 翌日ギルバートとシャーロット、そしてエリーゼは王都外にあるスローンの別荘に向かっていた。

 シャーロットは向かいに座るエリーゼの強張った顔を見て、昨晩のことを思い出す。

「ちょっと痛い! 痛いってばこの豪腕メイド!」

「あらぁ、アルトドルファーの令嬢は体がやわにできているんですねぇ」

 昨晩風呂場からエリーゼの悲鳴があがり、驚いてシャーロットが飛んでくればエリーゼの背中は真っ赤になっていた。

 やはり黒い笑顔でアリスは「いま隣国の令嬢の入浴をお手伝いしていますから」とシャーロットを追い出し、それからさらに「痛い痛い痛い! 馬鹿力!」というエリーゼの悲鳴が聞こえるのだった。

 それに続き、本日はアリスともう一人のメイドによるコルセットの締め上げである。

 すでに準備ができていたシャーロットは、苦笑いしながらその様子を身守った。

 護衛に見張られ、特に怪しい動きもなく昨晩客間で過ごしたエリーゼだが、アリスは何やら一人思うところがあるらしい。

「だって、わたしの可愛い女主人を酷い目に遭わせた犯人ですもの」

 というのが、アリスの言い分である。




「苦しい……。苦し……」

 そして馬車に揺られているあいだ、サスペンションで殺しきれない衝撃がくるたび、エリーゼはブツブツと苦しさを訴えていた。

「ところでアルデンホフ伯爵令嬢。手はずは頭に入っているな?」

「……ええ」

 ギルバートの声にエリーゼは仏頂面で頷き、コルセットが締まったのかコフッと息を吐く。

「悪い根を芋づる式に退治できれば、スッキリするだろうな」

 そう呟いてギルバートは目を閉じ、シャーロットの柔らかな手を握る。

「…………」

 いっぽうシャーロットはこれから自分がすべきことを思うと、緊張で胸が高鳴るのだった。



**



 スローン伯爵領は王都から離れた場所にあり、今回の舞台となったのは王都の近郊に滞在する時に使う別邸の一つだ。

 他所から持ってきて植えたのか、敷地には珍しい花が咲き温室もある。

 それを珍しそうに眺めるシャーロットの前で、ギルバートが見張りの兵に来訪を告げた。

 現在スローン伯爵別邸は軍の監視下にあるため、護衛の二人含める五人は主の許可なく屋敷に入ることができる。

 広々とした屋敷は別邸の一つだけあり、あまり生活感がない。

 家具や調度品、絵画や屋敷の造りはすばらしい。

 しかしこの屋敷に入ってすぐ、主や使用人がそろって客人を出迎えるというイメージはない。そんな、人の気配のない屋敷だった。

「スローン卿は」

「ゆっくりして頂いています」

 ギルバートの声に兵士は含みのある言い方をし、先導して歩き出す。

「書斎などには近づかせていないな?」
「はい」

「メインで使っている別宅よりお呼びしてからは、ここでずっとティータイムです」

 兵士はどこか茶化した言い方をして、背後にいるブレアとセドリックも思わず顔がにやける。だがギルバートは真面目な顔のままだった。

「スローン卿、部下が水腹にしてすまない」

 が、ギルバートがそのまま部下の言葉を拾ったので、周囲の兵士たちは笑いをかみ殺すのに必死だった。あちこちからブッと噴き出す音がし、クックック……と忍んだ笑いが聞こえる。

「閣下。これは一体どういうことでしょうか? 私は一向に身に覚えが……」

 渋面のままスローン伯爵――謁見の間で見た鷲鼻の男――の目が、ギルバートのあとに続くシャーロットを見る。そしてエリーゼを見たときにギクッと体が強張った。

「どうした? 私は妻と妻の友人を連れて来ただけだが」

 いつもと変わりないギルバートの声に、スローンは目を左右に泳がせてから唇をなんとか笑わせた。

「はは……。閣下は幼妻に夢中だと聞きましたが、そのご友人までお連れになるとは……。閣下のお仕事も、戦争が終わって女連れの緩やかなものになられたのか」

「あら、スローン卿。わたくしを覚えていらっしゃらないんですの? わたくしに色んなお薬をくださったではありませんか」

 芝居がかった様子でエリーゼが言うと、スローンは唇を曲げる。

「あ、あなたとは初対面でしょう。私は領地で他国の植物を栽培していますから、様々な薬やハーブを、国境を越え大勢の方に分けています。そのなかの一つかもしれませんね。冷え性に効く薬でしたか?」

 上ずった声でスローンがごまかし、周囲の兵士たちは失笑している。

「あらわたくしが国外の者だと、よくお分かりですね? そしてわたくしが頂いたお薬は、冷え性に効く物ではございませんわ。飲み物に混ぜると無味になる眠り薬や、肌に触れた部分からみるみるどす黒くなり苦しんで死ぬお薬をくださったではありませんか」

「し、失礼な! このアルデンホフの田舎娘! 私はそんな毒は知らない!」

 エリーゼの言葉に、スローンは真っ赤になって激昂する。

「スローン卿、よくこのレディの故郷が分かったな? それに彼女はあくまで『薬』と言っているが、卿は『毒』と断言するのだな?」

 ギルバートはゆったりとソファに座り、長い脚を組む。

「ど、毒は……。貴族が身の潔白を示すための手段であり、それを有する権利はあるはずだ」

 スローンはぎょろりとした目を左右に泳がせ、わななく唇で言い訳をする。

「しかし、それ以外の不必要な毒を所有するのは、法律で禁じられている。どうにも卿ご自慢の温室や領地には、さまざまな毒を生み出す不思議の植物があってもおかしくないからな。疑わしくも思ってしまう」

「はは……。しかし植物があるだけでは毒にもならないでしょう」

「ス、スローン卿。わたし、喉が渇きましたわ。仮にも元帥閣下とその妻が来ているのですから、お茶の一杯はほしいのですけれども」

 そこにやや棒読みのシャーロットの声が挟まる。

 だが動揺したスローンはシャーロットの声の調子など、気付いていない。
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