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監獄で1
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ギルバートに手を握られたまま向かったのは、王宮の北にある監獄だった。
暗く湿っぽい。松明が照らす影は揺れていて、物陰からヌッと何者かが襲いかかってきそうな恐ろしさがある。
どこからかうめくような声が聞こえたり、ドンドンドンと戸を叩く音、「出せ!」と怒鳴る声。そのすべてが怖かった。
けれどこの国最強であるギルバートが、しっかりと手を繋いでくれている。
ドレスの上にフード付きのマントを羽織ったシャーロットは、俯いてなるべく余計なものを見ないようにして進んだ。
牢屋のあるフロアから階上に上がると、軍人が立っていてギルバートとシャーロットに敬礼をした。その先にある小部屋に入ると、ムッとする血臭とともに昨日の実行犯たちが鎖に繋がれていた。
「っ……」
とっさに口元を押さえるが、ギルバートが言っていた通り彼らは特に目立って血を流してはいなかった。
「臭いだろう、シャル。すまない。ここは臭いがこびりついているから」
「……いいえ」
ここで行われているだろうことを考えようとして――やめた。
「できるだけ早めに済まそう。シャル、ここに座って調書を読んでくれ。もし気になった箇所があれば、教えてほしい」
調書というものは捕らえた者が何か話せばすぐに書き足されるので、二月宮で読むわけにはいかなかったらしい。
事務室のような別部屋に通されたシャーロットは、勧められた椅子に座り書類に目を通す。幸いそこは普通の部屋で、少し気持ちも落ち着いた。
シャーロットが書類に目を落としている間も、ギルバートはシャーロットの肩に手を触れさせ、落ち着かせてくれていた。
調書には様々なことが細かに書かれてあった。
大筋は、十月堂事件の時の実行犯であるベネディクト・フォン・バッハシュタインの仇を討つため、その兄であるゴットフリートとベネディクトの恋人であったエリーゼが中心となり決起したそうだ。
それに協力したのは、バッハシュタイン兄弟の仲間だったアルトドルファーの騎士たちや、彼らに声を掛けられたエルフィンストーンの者たち。
アルトドルファー王国の騎士団にも、戦っていた身だからか和平に納得していない者がいる。そして仲間であるベネディクトが悪者にされ、牢獄で毒を呷り死んだという不名誉な結果も納得できない。
その毒は十月堂事件で『英雄』になった死神元帥が、邪魔な反逆者の口封じをするために飲ませたもの。という噂があり、ギルバートのためにベネディクトが犠牲になる必要があったのでは、という疑いがあった。
エルフィンストーン内部の離反者は、もともと反ギルバート派と言える者たちだ。
もちろん、それはすべて彼らの憶測だ。
実際ギルバートは毒など知らないし、そんなものに頼るぐらいなら自分の手で相手を屠るタイプだ。
その噂がアルトドルファーから起こった時、一部の者の発案で二月宮が捜査されたこともあった。だがギルバートの住まいに毒などなく、むしろ英雄の潔白を示した結果となった。
「あら……」
調書の中に出てきた名前を見て、シャーロットは思わず声を出していた。
「どうした? シャル」
「重要なことでなければすみません。エリーゼさまについてですが、彼女に縁談があったというカールソン侯爵……。あの国境に領土を持つ方ですよね?」
「あぁ。砂金によって富を得た侯爵だ」
「社交界の噂……なのですが、カールソン侯爵はとても……その。好色な方だと耳にしました。お金に糸目をつけず、愛人を何人も囲っているとか」
「そうか……」
ギルバートは軍が関わることなら目鼻が利くが、社交界のゴシップなどにはてんで疎い。誰が誰と結婚をしたとか、熱愛だとか、そういう噂はちっとも興味がない。
「エリーゼさまが復讐を決意されるほど、ベネディクトさまを愛してらっしゃったとして……。エルフィンストーンの貴族と縁談があったのに、少し違和感を感じました。もし家の事情で位の高い方との縁談があるとしても、それは同じ国内に留まると思うのです」
「確かに……」
「もうひとつ。昨日私が囚われていた屋敷の持ち主、スローン伯爵の噂です。スローン伯爵令嬢がある夜会で、お酒に酔われて得意げに仰っていました。『うちはカールソン侯爵さまの後ろ盾があるから、お金に困ることはないの』と。それにスローン伯爵の次女はカールソン侯爵のお屋敷にいらっしゃるはずです」
「…………」
シャーロットの言葉にギルバートは真剣な顔をし、彼女の向かいに座るといま妻が話したことをまとめだした。
同じ部屋の中でもブレアとセドリックが顔を見合わせ、「何か大きなものが引きずり出される」という予感を感じているようだった。
暗く湿っぽい。松明が照らす影は揺れていて、物陰からヌッと何者かが襲いかかってきそうな恐ろしさがある。
どこからかうめくような声が聞こえたり、ドンドンドンと戸を叩く音、「出せ!」と怒鳴る声。そのすべてが怖かった。
けれどこの国最強であるギルバートが、しっかりと手を繋いでくれている。
ドレスの上にフード付きのマントを羽織ったシャーロットは、俯いてなるべく余計なものを見ないようにして進んだ。
牢屋のあるフロアから階上に上がると、軍人が立っていてギルバートとシャーロットに敬礼をした。その先にある小部屋に入ると、ムッとする血臭とともに昨日の実行犯たちが鎖に繋がれていた。
「っ……」
とっさに口元を押さえるが、ギルバートが言っていた通り彼らは特に目立って血を流してはいなかった。
「臭いだろう、シャル。すまない。ここは臭いがこびりついているから」
「……いいえ」
ここで行われているだろうことを考えようとして――やめた。
「できるだけ早めに済まそう。シャル、ここに座って調書を読んでくれ。もし気になった箇所があれば、教えてほしい」
調書というものは捕らえた者が何か話せばすぐに書き足されるので、二月宮で読むわけにはいかなかったらしい。
事務室のような別部屋に通されたシャーロットは、勧められた椅子に座り書類に目を通す。幸いそこは普通の部屋で、少し気持ちも落ち着いた。
シャーロットが書類に目を落としている間も、ギルバートはシャーロットの肩に手を触れさせ、落ち着かせてくれていた。
調書には様々なことが細かに書かれてあった。
大筋は、十月堂事件の時の実行犯であるベネディクト・フォン・バッハシュタインの仇を討つため、その兄であるゴットフリートとベネディクトの恋人であったエリーゼが中心となり決起したそうだ。
それに協力したのは、バッハシュタイン兄弟の仲間だったアルトドルファーの騎士たちや、彼らに声を掛けられたエルフィンストーンの者たち。
アルトドルファー王国の騎士団にも、戦っていた身だからか和平に納得していない者がいる。そして仲間であるベネディクトが悪者にされ、牢獄で毒を呷り死んだという不名誉な結果も納得できない。
その毒は十月堂事件で『英雄』になった死神元帥が、邪魔な反逆者の口封じをするために飲ませたもの。という噂があり、ギルバートのためにベネディクトが犠牲になる必要があったのでは、という疑いがあった。
エルフィンストーン内部の離反者は、もともと反ギルバート派と言える者たちだ。
もちろん、それはすべて彼らの憶測だ。
実際ギルバートは毒など知らないし、そんなものに頼るぐらいなら自分の手で相手を屠るタイプだ。
その噂がアルトドルファーから起こった時、一部の者の発案で二月宮が捜査されたこともあった。だがギルバートの住まいに毒などなく、むしろ英雄の潔白を示した結果となった。
「あら……」
調書の中に出てきた名前を見て、シャーロットは思わず声を出していた。
「どうした? シャル」
「重要なことでなければすみません。エリーゼさまについてですが、彼女に縁談があったというカールソン侯爵……。あの国境に領土を持つ方ですよね?」
「あぁ。砂金によって富を得た侯爵だ」
「社交界の噂……なのですが、カールソン侯爵はとても……その。好色な方だと耳にしました。お金に糸目をつけず、愛人を何人も囲っているとか」
「そうか……」
ギルバートは軍が関わることなら目鼻が利くが、社交界のゴシップなどにはてんで疎い。誰が誰と結婚をしたとか、熱愛だとか、そういう噂はちっとも興味がない。
「エリーゼさまが復讐を決意されるほど、ベネディクトさまを愛してらっしゃったとして……。エルフィンストーンの貴族と縁談があったのに、少し違和感を感じました。もし家の事情で位の高い方との縁談があるとしても、それは同じ国内に留まると思うのです」
「確かに……」
「もうひとつ。昨日私が囚われていた屋敷の持ち主、スローン伯爵の噂です。スローン伯爵令嬢がある夜会で、お酒に酔われて得意げに仰っていました。『うちはカールソン侯爵さまの後ろ盾があるから、お金に困ることはないの』と。それにスローン伯爵の次女はカールソン侯爵のお屋敷にいらっしゃるはずです」
「…………」
シャーロットの言葉にギルバートは真剣な顔をし、彼女の向かいに座るといま妻が話したことをまとめだした。
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