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翌日、シャーロットはギルバートが言っていたように、常に彼の目が届く場所にいた。
遅く起きればギルバートはもう執務室にいた。シャーロットの身支度が終われば、安楽椅子に座って執務室で静かに本を読む。
昼休憩になる前に、いつもの護衛の面々が訪れては昨晩のことについて報告しているのが聞こえた。さらわれた本人であるシャーロットが目の前にいるので、あまり色んなことを大きな声で言えない雰囲気も感じられる。
けれどシャーロットは、「自分はただここに置かせてもらっているだけ」という姿を貫き、ただの一度も彼らを気にして見ることはなかった。
「シャル」
「はい」
話しかけられて返事をすると、ギルバートは少し伸びをし、背もたれに体を預けて天井を見上げていた。
「なん……でしょう?」
その横顔は何かを言うのを躊躇っている顔で、いつものギルバートらしくない。
潔癖そうな薄い唇は少し開き、息を少し吸って言葉を紡ごうとして――また閉じる。
その繰り返しのなかに、彼の迷いを見た。
シャーロットは本を閉じて立ち上がり、ゆっくりとギルバートの正面に回り込む。
執務机にそっと手をついて、やわらかく微笑んだ。
「ギルさま、なんでも仰ってください」
自分はこの元帥閣下の妻なのだ。
怖いと思うことがあるとしても、ギルバートが側にいてくれるのならなんだってできる。
そんな覚悟のある微笑みだった。
「……君に」
シャーロットの微笑みを見て、ギルバートは深く長く息をつく。
それから指を組むと肘を机の上についた。組んだ指で口元を隠し、隻眼が妻を射貫く。
「……昨晩の事件の被害者として、彼らの前に立ってほしい。彼らが嘘を言っていないか、ただそれを見分けるだけでいい。あらかた話は聞きだしたが、その中に嘘が混じっているかもしれない。他、部下がまとめた情報につけ加えること、偽りがあれば教えてほしい」
「承知いたしました。元帥閣下」
ドレスのスカートをつまんで丁寧にお辞儀をすると、ギルバートがまた深い溜息をついた。
「……すまない、シャル」
「いいえ。旦那さまのお仕事のお役に立てるのなら……。わたしにできることがあるのなら、なんだってします」
健気な妻の声を聞き、ギルバートはギュッと眉間にしわを寄せるとそこに拳を押し当てた。なにかに堪えるような表情に、シャーロットまで心苦しくなってしまう。
「大丈夫です。側に……いてくださるのでしょう?」
ゆっくりと執務机を回り込み、シャーロットはギルバートの肩に手を掛ける。
「あぁ、側にいる」
少し椅子を引き、ギルバートは妻に向けて両手を広げた。
その中にシャーロットは優しく収まり、軍服を着た夫に頬ずりをする。
「でしたら大丈夫です。ギルさまが側にいてくださるのなら、怖いものなどありません」
恐怖の代名詞となっている元帥をして、シャーロットはそう言う。
それを異国の言葉のように感じながら、ギルバートは膝の上にシャーロットを乗せてキスをした。
「ん……」
柔らかな唇が重なり、ちゅ、ちゅ、とついばまれる。
ドレスの上からまるい腰を撫でられ、ほんのりとシャーロットの体温が上がった。
――と、
「失礼いた――、あっ」
ブレアの声がすると二人の姿を見て声をあげ、シャーロットは真っ赤になるとパッとギルバートの胸板を押し返す。
が、ギルバートはせっかく腕の中に迎え入れたシャーロットを離さない。
「……なんだ、ブレア。そのまま報告を」
剣呑な目が向けられ、ブレアの背に薄ら寒いものがはしる。
「……じ、実行犯の取り調べの準備ができました。いつでも……大丈夫です」
できるものなら、レディのように失神してこの場をやり過ごしてしまいたい。そう思いつつ彼は、すべき報告をする。
「分かった。昼食後に向かう」
「はっ」
ブレアが立ち去り、シャーロットはホ……と息をついた。
「あの……、一つお聞きしたいのですが、昨日言っていた……。な、生爪をはがす……とか……」
その言葉を口にするだけでも体が震え、シャーロットは睫毛を伏せる。
「多少部下が乱暴に扱ったかもしれないが、取り押さえる際でのものだ。それ以上のことは、アルトドルファー側にも波風が立つからしていないさ」
「良かった……」
心底安堵して胸をなで下ろすシャーロットを、ギルバートは優しく撫でる。
「すまない、脅しすぎてしまったな。どうやら私がなんとも思わないことも、君にとっては口にするのも恐ろしいことらしい」
初めて知ったというようなギルバートの頬を、シャーロットは優しくなでながらかぶりを振る。
「男性の世界ですもの。わたしが知らなくて当然です。そして、それにわたしは口を出してはいけないのだと思います。昨日は……申し訳ございませんでした」
ゴットフリートとの戦いを止めたことを詫び、ギルバートも苦く笑う。
「いや、私も頭に血が上っていた。君に触れられ、傷つけられ、大事な情報を吐く相手だというのに、危うく殺してしまうところだった」
それにシャーロットは何も言わず、ギルバートに抱きついた。
「人は死なないほうがいいですね」と言いたかったが、それを言えば彼のこれまでを否定してしまう。
軍人としての彼の矜持だってあっただろうに、何も知らない自分が簡単に否定してはいけない。
人の存在や人格、性格を否定する言葉は、その人の人生をまるごと知ってからでないと、口にしてはいけないとシャーロットは思っている。
ギルバートの感情の起伏が少ないところだって、そうなった理由が必ずあるからだ。
「ランチ、行きましょうか」
「あぁ」
二人は手を繋ぎ、昼食をとりに行く。
そしてそのあと、二人は思わぬできごとに巻き込まれてゆく――。
**
遅く起きればギルバートはもう執務室にいた。シャーロットの身支度が終われば、安楽椅子に座って執務室で静かに本を読む。
昼休憩になる前に、いつもの護衛の面々が訪れては昨晩のことについて報告しているのが聞こえた。さらわれた本人であるシャーロットが目の前にいるので、あまり色んなことを大きな声で言えない雰囲気も感じられる。
けれどシャーロットは、「自分はただここに置かせてもらっているだけ」という姿を貫き、ただの一度も彼らを気にして見ることはなかった。
「シャル」
「はい」
話しかけられて返事をすると、ギルバートは少し伸びをし、背もたれに体を預けて天井を見上げていた。
「なん……でしょう?」
その横顔は何かを言うのを躊躇っている顔で、いつものギルバートらしくない。
潔癖そうな薄い唇は少し開き、息を少し吸って言葉を紡ごうとして――また閉じる。
その繰り返しのなかに、彼の迷いを見た。
シャーロットは本を閉じて立ち上がり、ゆっくりとギルバートの正面に回り込む。
執務机にそっと手をついて、やわらかく微笑んだ。
「ギルさま、なんでも仰ってください」
自分はこの元帥閣下の妻なのだ。
怖いと思うことがあるとしても、ギルバートが側にいてくれるのならなんだってできる。
そんな覚悟のある微笑みだった。
「……君に」
シャーロットの微笑みを見て、ギルバートは深く長く息をつく。
それから指を組むと肘を机の上についた。組んだ指で口元を隠し、隻眼が妻を射貫く。
「……昨晩の事件の被害者として、彼らの前に立ってほしい。彼らが嘘を言っていないか、ただそれを見分けるだけでいい。あらかた話は聞きだしたが、その中に嘘が混じっているかもしれない。他、部下がまとめた情報につけ加えること、偽りがあれば教えてほしい」
「承知いたしました。元帥閣下」
ドレスのスカートをつまんで丁寧にお辞儀をすると、ギルバートがまた深い溜息をついた。
「……すまない、シャル」
「いいえ。旦那さまのお仕事のお役に立てるのなら……。わたしにできることがあるのなら、なんだってします」
健気な妻の声を聞き、ギルバートはギュッと眉間にしわを寄せるとそこに拳を押し当てた。なにかに堪えるような表情に、シャーロットまで心苦しくなってしまう。
「大丈夫です。側に……いてくださるのでしょう?」
ゆっくりと執務机を回り込み、シャーロットはギルバートの肩に手を掛ける。
「あぁ、側にいる」
少し椅子を引き、ギルバートは妻に向けて両手を広げた。
その中にシャーロットは優しく収まり、軍服を着た夫に頬ずりをする。
「でしたら大丈夫です。ギルさまが側にいてくださるのなら、怖いものなどありません」
恐怖の代名詞となっている元帥をして、シャーロットはそう言う。
それを異国の言葉のように感じながら、ギルバートは膝の上にシャーロットを乗せてキスをした。
「ん……」
柔らかな唇が重なり、ちゅ、ちゅ、とついばまれる。
ドレスの上からまるい腰を撫でられ、ほんのりとシャーロットの体温が上がった。
――と、
「失礼いた――、あっ」
ブレアの声がすると二人の姿を見て声をあげ、シャーロットは真っ赤になるとパッとギルバートの胸板を押し返す。
が、ギルバートはせっかく腕の中に迎え入れたシャーロットを離さない。
「……なんだ、ブレア。そのまま報告を」
剣呑な目が向けられ、ブレアの背に薄ら寒いものがはしる。
「……じ、実行犯の取り調べの準備ができました。いつでも……大丈夫です」
できるものなら、レディのように失神してこの場をやり過ごしてしまいたい。そう思いつつ彼は、すべき報告をする。
「分かった。昼食後に向かう」
「はっ」
ブレアが立ち去り、シャーロットはホ……と息をついた。
「あの……、一つお聞きしたいのですが、昨日言っていた……。な、生爪をはがす……とか……」
その言葉を口にするだけでも体が震え、シャーロットは睫毛を伏せる。
「多少部下が乱暴に扱ったかもしれないが、取り押さえる際でのものだ。それ以上のことは、アルトドルファー側にも波風が立つからしていないさ」
「良かった……」
心底安堵して胸をなで下ろすシャーロットを、ギルバートは優しく撫でる。
「すまない、脅しすぎてしまったな。どうやら私がなんとも思わないことも、君にとっては口にするのも恐ろしいことらしい」
初めて知ったというようなギルバートの頬を、シャーロットは優しくなでながらかぶりを振る。
「男性の世界ですもの。わたしが知らなくて当然です。そして、それにわたしは口を出してはいけないのだと思います。昨日は……申し訳ございませんでした」
ゴットフリートとの戦いを止めたことを詫び、ギルバートも苦く笑う。
「いや、私も頭に血が上っていた。君に触れられ、傷つけられ、大事な情報を吐く相手だというのに、危うく殺してしまうところだった」
それにシャーロットは何も言わず、ギルバートに抱きついた。
「人は死なないほうがいいですね」と言いたかったが、それを言えば彼のこれまでを否定してしまう。
軍人としての彼の矜持だってあっただろうに、何も知らない自分が簡単に否定してはいけない。
人の存在や人格、性格を否定する言葉は、その人の人生をまるごと知ってからでないと、口にしてはいけないとシャーロットは思っている。
ギルバートの感情の起伏が少ないところだって、そうなった理由が必ずあるからだ。
「ランチ、行きましょうか」
「あぁ」
二人は手を繋ぎ、昼食をとりに行く。
そしてそのあと、二人は思わぬできごとに巻き込まれてゆく――。
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