33 / 65
慈雨1
しおりを挟む
「可哀想に……。こんなに跡がついてしまって」
湯気がたつ風呂場で、シャーロットは背後からギルバートに包まれ、手首をさすられていた。
「大丈夫です。見た目ほど痛くありませんから」
「君の肌に縄目を覚えさせるのは、私が最初だと思っていたのに……」
「?」
よもや緊縛プレイがあると知らないシャーロットは、ギルバートの言うことが分からない。
「怖かっただろう、シャル」
シャーロットの細い手首にキスをし、妻の頬に口づけする。
「……ギルさまが助けに来てくださると、信じていましたから」
「もう二度とこんなことがないように、次からは夜会があったら君を連れて早めに帰ろう」
「……陛下や殿下が悲しまれます」
宥めるように笑うと、ギルバートが溜息をつく。
「……君は年齢の割に、物わかりが良すぎだ。もっと我が儘になっていいし、私にももっと甘えなさい」
「ちゃんと甘えていますよ?」
背中をギルバートの胸板に預け、シャーロットは疲弊した体を休める。
夜会での気疲れと体力的な疲労加え、誘拐されて極度の緊張でぐったりしてしまった。
ギルバートにたっぷりと優しく体を洗ってもらったので、もう今日は清潔な寝具に包まれて眠りたい。
心地いい温度に包まれて、ぼんやりとそう思っていた時だった。
「……ここは、痛むのか?」
優しくシャーロットの体が反転され、浴槽の縁に押しつけられる。
「……え」
金色の目が悲しそうに見るのは、胸の谷間につけられた浅い傷。
引っかかった程度の傷なのでもう血は流れていないが、固まった血がちょんとほくろのようについていた。
「血など見てもなんとも思わないのに……。君の真っ白な肌に血が見えて、取り乱しそうだった」
眉間にしわを寄せ、小さく呟くギルバートは深く悲しんでいた。
舌を出し、そのままシャーロットの傷を優しく舐める。
「っあ……」
チリッとした微かな痛みがあり、同時にギルバートの舌に体が反応した。
舌の平たい部分を押しつけて、ギルバートは執拗にシャーロットの傷跡を舐める。
唾液をたっぷりと含ませた柔らかな舌に、シャーロットは湯に浸かっているのとは別の理由で、体温が上がってゆくのを感じた。
「あつい……です」
は……と息をついてギルバートの頭を抱きしめると、指の間で黒髪がすべる。
「……ギルさまは……。人に憎まれるのも、慣れてしまったのですか?」
ゴットフリートの憎しみに彩られた顔を思い出し、シャーロットは悲しげに問う。
「…………」
シャーロットに頭を撫でられつつギルバートは顔を上げ、特になんの感情もない様子で答える。
「人にどう思われるかを気にする感覚など、もうとっくに忘れてしまった。ひと一人殺せば、その者の人生を背負うのだと、むかし父に言われた。この体は無数の屍でできているのだと」
あまりに壮絶な言葉に、シャーロットはキュッと眉を寄せる。
「その屍も五十ぐらいまでは数えていた。けれどそこから先はすべて等しい存在となった。いくつもの死がこの身にのしかかっているのではない。死は等しく毎日の生活の側にあり、私はそこに人を放り込むだけだ。……人から死神と言われるのも間違いではない」
「…………」
自分では決して体験しない世界に、シャーロットは何も言えない。
夫が傷ついているのなら、慰めるのが妻の役目だと思う。けれどギルバートは自分が傷ついているのかを、もう麻痺して気付けていない。
そう思うたびにシャーロットの胸はズキズキと痛むのだが、ギルバート自身が自分を哀れだと思っていない。だから彼を「可哀想」と思うことさえ許されないのだ。
「……わたしに、何かできますか? ギルさまを癒やして差し上げるために、何かできることはありますか?」
泣き笑いの表情で問うシャーロットを見て、ギルバートは自分の存在や生き方が彼女を傷つけていると感じた。けれど、今さら過去は変えようがないし、この心のあり方も急には変えられない。
「……私は初めて君を見て、人に対して興味を持ち、好きだと思った。大切にしようと思った。多くの人間を屠った男が今さら愛を欲するなど厚顔無恥かもしれないが、それでも私は君に笑っていてほしい。安全な場所にいて、私だけを見て幸せそうにしていてほしい。……それだけが願いだ」
「……はい」
その願いは言葉通りにも聞こえたし、暗に「頼むから危ないことに巻き込まれるな」と言っているようにも思えた。
「……つけ加えるのなら」
「はい、なんでもします」
喜び勇んでシャーロットはギルバートを見つめる。
まるでその姿は忠犬だ。今にも白いお尻からフサフサの尻尾が生えて、勢いよく左右に振りそうな雰囲気がある。
目がキラキラとしていて、ギルバートの言うことなら何でもきく。
そんな様子にギルバートは静かに笑い、優しくシャーロットの頭を撫でた。
「私を愛してくれ。両親の愛情もろくに覚えていないこの男を、どうか聖母のごとき慈愛でもって包み込んでくれ」
「……はい!」
それが自分にできることなら――。
そう思ったシャーロットは、ギルバートの頬を包みそっと彼にキスをした。
湯気がたつ風呂場で、シャーロットは背後からギルバートに包まれ、手首をさすられていた。
「大丈夫です。見た目ほど痛くありませんから」
「君の肌に縄目を覚えさせるのは、私が最初だと思っていたのに……」
「?」
よもや緊縛プレイがあると知らないシャーロットは、ギルバートの言うことが分からない。
「怖かっただろう、シャル」
シャーロットの細い手首にキスをし、妻の頬に口づけする。
「……ギルさまが助けに来てくださると、信じていましたから」
「もう二度とこんなことがないように、次からは夜会があったら君を連れて早めに帰ろう」
「……陛下や殿下が悲しまれます」
宥めるように笑うと、ギルバートが溜息をつく。
「……君は年齢の割に、物わかりが良すぎだ。もっと我が儘になっていいし、私にももっと甘えなさい」
「ちゃんと甘えていますよ?」
背中をギルバートの胸板に預け、シャーロットは疲弊した体を休める。
夜会での気疲れと体力的な疲労加え、誘拐されて極度の緊張でぐったりしてしまった。
ギルバートにたっぷりと優しく体を洗ってもらったので、もう今日は清潔な寝具に包まれて眠りたい。
心地いい温度に包まれて、ぼんやりとそう思っていた時だった。
「……ここは、痛むのか?」
優しくシャーロットの体が反転され、浴槽の縁に押しつけられる。
「……え」
金色の目が悲しそうに見るのは、胸の谷間につけられた浅い傷。
引っかかった程度の傷なのでもう血は流れていないが、固まった血がちょんとほくろのようについていた。
「血など見てもなんとも思わないのに……。君の真っ白な肌に血が見えて、取り乱しそうだった」
眉間にしわを寄せ、小さく呟くギルバートは深く悲しんでいた。
舌を出し、そのままシャーロットの傷を優しく舐める。
「っあ……」
チリッとした微かな痛みがあり、同時にギルバートの舌に体が反応した。
舌の平たい部分を押しつけて、ギルバートは執拗にシャーロットの傷跡を舐める。
唾液をたっぷりと含ませた柔らかな舌に、シャーロットは湯に浸かっているのとは別の理由で、体温が上がってゆくのを感じた。
「あつい……です」
は……と息をついてギルバートの頭を抱きしめると、指の間で黒髪がすべる。
「……ギルさまは……。人に憎まれるのも、慣れてしまったのですか?」
ゴットフリートの憎しみに彩られた顔を思い出し、シャーロットは悲しげに問う。
「…………」
シャーロットに頭を撫でられつつギルバートは顔を上げ、特になんの感情もない様子で答える。
「人にどう思われるかを気にする感覚など、もうとっくに忘れてしまった。ひと一人殺せば、その者の人生を背負うのだと、むかし父に言われた。この体は無数の屍でできているのだと」
あまりに壮絶な言葉に、シャーロットはキュッと眉を寄せる。
「その屍も五十ぐらいまでは数えていた。けれどそこから先はすべて等しい存在となった。いくつもの死がこの身にのしかかっているのではない。死は等しく毎日の生活の側にあり、私はそこに人を放り込むだけだ。……人から死神と言われるのも間違いではない」
「…………」
自分では決して体験しない世界に、シャーロットは何も言えない。
夫が傷ついているのなら、慰めるのが妻の役目だと思う。けれどギルバートは自分が傷ついているのかを、もう麻痺して気付けていない。
そう思うたびにシャーロットの胸はズキズキと痛むのだが、ギルバート自身が自分を哀れだと思っていない。だから彼を「可哀想」と思うことさえ許されないのだ。
「……わたしに、何かできますか? ギルさまを癒やして差し上げるために、何かできることはありますか?」
泣き笑いの表情で問うシャーロットを見て、ギルバートは自分の存在や生き方が彼女を傷つけていると感じた。けれど、今さら過去は変えようがないし、この心のあり方も急には変えられない。
「……私は初めて君を見て、人に対して興味を持ち、好きだと思った。大切にしようと思った。多くの人間を屠った男が今さら愛を欲するなど厚顔無恥かもしれないが、それでも私は君に笑っていてほしい。安全な場所にいて、私だけを見て幸せそうにしていてほしい。……それだけが願いだ」
「……はい」
その願いは言葉通りにも聞こえたし、暗に「頼むから危ないことに巻き込まれるな」と言っているようにも思えた。
「……つけ加えるのなら」
「はい、なんでもします」
喜び勇んでシャーロットはギルバートを見つめる。
まるでその姿は忠犬だ。今にも白いお尻からフサフサの尻尾が生えて、勢いよく左右に振りそうな雰囲気がある。
目がキラキラとしていて、ギルバートの言うことなら何でもきく。
そんな様子にギルバートは静かに笑い、優しくシャーロットの頭を撫でた。
「私を愛してくれ。両親の愛情もろくに覚えていないこの男を、どうか聖母のごとき慈愛でもって包み込んでくれ」
「……はい!」
それが自分にできることなら――。
そう思ったシャーロットは、ギルバートの頬を包みそっと彼にキスをした。
1
お気に入りに追加
1,131
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R-18】触手婚~触手に襲われていたら憧れの侯爵様に求婚されました!?~
臣桜
恋愛
『絵画を愛する会』の会員エメラインは、写生のために湖畔にいくたび、体を這い回る何かに悩まされていた。想いを寄せる侯爵ハロルドに相談するが……。
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~
一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。
だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。
そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R-18】記憶喪失な新妻は国王陛下の寵愛を乞う【挿絵付】
臣桜
恋愛
ウィドリントン王国の姫モニカは、隣国ヴィンセントの王子であり幼馴染みのクライヴに輿入れする途中、謎の刺客により襲われてしまった。一命は取り留めたものの、モニカはクライヴを愛した記憶のみ忘れてしまった。モニカと侍女はヴィンセントに無事受け入れられたが、クライヴの父の余命が心配なため急いで結婚式を挙げる事となる。記憶がないままモニカの新婚生活が始まり、彼女の不安を取り除こうとクライヴも優しく接する。だがある事がきっかけでモニカは頭痛を訴えるようになり、封じられていた記憶は襲撃者の正体を握っていた。
※全体的にふんわりしたお話です。
※ムーンライトノベルズさまにも投稿しています。
※表紙はニジジャーニーで生成しました
※挿絵は自作ですが、後日削除します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる