32 / 65
死神の怒り2
しおりを挟む
ギィンッと凄まじい音がし、シャーロットは肩を跳ねさせた。
「奥さま、ご無事ですか!?」
そこにブレアとセドリックが駆けつけ、シャーロットを目隠しと猿轡から解放する。
「ブレア! セドリック! 妻に触れるなよ!」
戦っていてなお部下の動向を一喝する余裕がギルバートにはあり、それに男がさらに逆上する。
「お前は十月堂で俺の弟を反逆者に仕立てた! 牢獄で毒を呷った弟の嘆き、怒り! その身に受けろ!」
上段から袈裟切りに振り下ろされた剣を、ギルバートは一歩踏み込むと同時に弾いた。
剣がまだ軌道を描いているうちに上半身を滑らかにひねり、グルッと半円を描く上半身に続いて、左手が出る。
『死神の左手』と呼ばれるその手には、いつの間にか腰の裏から抜かれた短剣が握られていた。
逆手に持った短剣は、そのままがら空きになった男の右胴を狙う。
『それ』が決まれば、男は内臓を傷つけられてあっけなく死ぬだろう。だがギルバートの隻眼にはいっさいの迷いはなく、見開かれた金の目は次の動きだけを考えていた。
男の目は自分の右胴を見ていたが、その口元には――なぜか不敵な笑みがあった。
命を引き換えにでも、何か策がある。
そんな顔だった。
次の一撃が決まろうとしていた時――。
「おやめください!」
泣き叫ぶシャーロットの声が聞こえ、ギルバートはピタッと動きを止め後方にジャンプした。
体勢を崩した男がなお剣を振るうが、その前に左手の短剣を捨てたギルバートが両手で剣を叩きつけると、あっけなく男の剣は弾き飛ばされた。
「ぐっ……」
手が痺れ、男は利き手を押さえる。
怯んだ男を容赦なく蹴り飛ばし、仰向けになった胸の上をギルバートの足の裏がドンッと踏みつける。
「ぐふっ」
苦しげに呻いたと同時に、男の腰からゴロリと小瓶が落ちた。ギルバートはそれを眇めた目で見下ろし、冷静に部下に指示を出す。
「ブレア、セドリック。捕らえろ。館で取り押さえた者と一緒に後で尋問する」
「「はっ」」
シャーロットの側から二人が離れ、入れ替わるようにギルバートが悠然と歩み寄る。
「大丈夫か? シャル。可哀想に……。こんなに泥で汚れて」
シャーロットはすでにブレアとセドリックのマントを被せられていたが、ギルバートはそれを剥がして自分のマントを巻き付ける。
いつも彼女を「シャル」と呼ぶ優しい目がそこにあるが、シャーロットは安堵してギルバートに甘えられない。
「あの方は……どうなるのですか?」
短剣で荒縄を切られ、シャーロットはやっと解放される。
「どう……って。尋問をしてすべてを吐かせたあと、しかるべき罰を与えられるだろう」
命のやり取りをした相手だというのに、ギルバートはもうすでに興味を失っているようだった。
「君の肌に触れた罰として、生爪をすべて剥がすくらいはしてもいい」
「そんなことしなくていいのです! あの方は……。十月堂で事件を起こした若い騎士……、バッハシュタイン家の方です。牢で毒を呷ったベネディクトさんのお兄さまで……エリーゼさまはその恋人……なんです」
父が失態を犯した十月堂事件の犯人ベネディクトの兄。そして恋人が主犯だった。
シャーロットは直接関わりがないとはいえ、どうにもこのまま見過ごすことはできない。
大きな目に涙を溜めて訴えるシャーロットを見て、ギルバートは後ろ手に縛られている男を見る。
「……お前、名前は」
「……ゴットフリート。ベネディクト・フォン・バッハシュタインの兄だ」
犯人の名前を聞いてギルバートは視線を外し、少し何か考えているようだった。
「……牢獄で手に入るはずのない毒を呷った犯人。毒の入手先。こいつらが根城に使ったスローン卿の屋敷……。そしてその妙な瓶」
ブツブツと呟きながら何か考え、ギルバートは地面に落ちた小瓶を見下ろす。
これからのことを決めたのか、彼はまずシャーロットを抱き上げた。
「……とりあえず、シャルの望みなら手荒なことはするな。だが自害しないように細心の注意を払っておけ。あとその小瓶は押収するが、不用意に空けず軍医師に分析を任せろ」
「「はっ」」
ブレアとセドリックはそろって声を出し、ゴットフリートを引き立てていった。
遠くからエリーゼが「離して!」と甲高い声を出しているのも聞こえ、事態は収まりをみせていた。
「……シャル、風邪を引いては困る。屋敷に戻ろう」
「……はい」
ギルバートに軽々と抱き上げられたまま、シャーロットはそのまま二月宮に戻る。
いつも自分を抱き上げてくれる夫の腕を、こんなに嬉しく思ったことはない。
帰るべき腕に戻ることができた。
安堵に包まれたシャーロットは、ギルバートにギュッと抱きついたまま少し泣いた。
王宮ではなにも知らない貴族たちが、まだダンスやゲームに興じている。
そんななか、降りしきる雨の下で一つの事件が解決しようとしていた。
**
「奥さま、ご無事ですか!?」
そこにブレアとセドリックが駆けつけ、シャーロットを目隠しと猿轡から解放する。
「ブレア! セドリック! 妻に触れるなよ!」
戦っていてなお部下の動向を一喝する余裕がギルバートにはあり、それに男がさらに逆上する。
「お前は十月堂で俺の弟を反逆者に仕立てた! 牢獄で毒を呷った弟の嘆き、怒り! その身に受けろ!」
上段から袈裟切りに振り下ろされた剣を、ギルバートは一歩踏み込むと同時に弾いた。
剣がまだ軌道を描いているうちに上半身を滑らかにひねり、グルッと半円を描く上半身に続いて、左手が出る。
『死神の左手』と呼ばれるその手には、いつの間にか腰の裏から抜かれた短剣が握られていた。
逆手に持った短剣は、そのままがら空きになった男の右胴を狙う。
『それ』が決まれば、男は内臓を傷つけられてあっけなく死ぬだろう。だがギルバートの隻眼にはいっさいの迷いはなく、見開かれた金の目は次の動きだけを考えていた。
男の目は自分の右胴を見ていたが、その口元には――なぜか不敵な笑みがあった。
命を引き換えにでも、何か策がある。
そんな顔だった。
次の一撃が決まろうとしていた時――。
「おやめください!」
泣き叫ぶシャーロットの声が聞こえ、ギルバートはピタッと動きを止め後方にジャンプした。
体勢を崩した男がなお剣を振るうが、その前に左手の短剣を捨てたギルバートが両手で剣を叩きつけると、あっけなく男の剣は弾き飛ばされた。
「ぐっ……」
手が痺れ、男は利き手を押さえる。
怯んだ男を容赦なく蹴り飛ばし、仰向けになった胸の上をギルバートの足の裏がドンッと踏みつける。
「ぐふっ」
苦しげに呻いたと同時に、男の腰からゴロリと小瓶が落ちた。ギルバートはそれを眇めた目で見下ろし、冷静に部下に指示を出す。
「ブレア、セドリック。捕らえろ。館で取り押さえた者と一緒に後で尋問する」
「「はっ」」
シャーロットの側から二人が離れ、入れ替わるようにギルバートが悠然と歩み寄る。
「大丈夫か? シャル。可哀想に……。こんなに泥で汚れて」
シャーロットはすでにブレアとセドリックのマントを被せられていたが、ギルバートはそれを剥がして自分のマントを巻き付ける。
いつも彼女を「シャル」と呼ぶ優しい目がそこにあるが、シャーロットは安堵してギルバートに甘えられない。
「あの方は……どうなるのですか?」
短剣で荒縄を切られ、シャーロットはやっと解放される。
「どう……って。尋問をしてすべてを吐かせたあと、しかるべき罰を与えられるだろう」
命のやり取りをした相手だというのに、ギルバートはもうすでに興味を失っているようだった。
「君の肌に触れた罰として、生爪をすべて剥がすくらいはしてもいい」
「そんなことしなくていいのです! あの方は……。十月堂で事件を起こした若い騎士……、バッハシュタイン家の方です。牢で毒を呷ったベネディクトさんのお兄さまで……エリーゼさまはその恋人……なんです」
父が失態を犯した十月堂事件の犯人ベネディクトの兄。そして恋人が主犯だった。
シャーロットは直接関わりがないとはいえ、どうにもこのまま見過ごすことはできない。
大きな目に涙を溜めて訴えるシャーロットを見て、ギルバートは後ろ手に縛られている男を見る。
「……お前、名前は」
「……ゴットフリート。ベネディクト・フォン・バッハシュタインの兄だ」
犯人の名前を聞いてギルバートは視線を外し、少し何か考えているようだった。
「……牢獄で手に入るはずのない毒を呷った犯人。毒の入手先。こいつらが根城に使ったスローン卿の屋敷……。そしてその妙な瓶」
ブツブツと呟きながら何か考え、ギルバートは地面に落ちた小瓶を見下ろす。
これからのことを決めたのか、彼はまずシャーロットを抱き上げた。
「……とりあえず、シャルの望みなら手荒なことはするな。だが自害しないように細心の注意を払っておけ。あとその小瓶は押収するが、不用意に空けず軍医師に分析を任せろ」
「「はっ」」
ブレアとセドリックはそろって声を出し、ゴットフリートを引き立てていった。
遠くからエリーゼが「離して!」と甲高い声を出しているのも聞こえ、事態は収まりをみせていた。
「……シャル、風邪を引いては困る。屋敷に戻ろう」
「……はい」
ギルバートに軽々と抱き上げられたまま、シャーロットはそのまま二月宮に戻る。
いつも自分を抱き上げてくれる夫の腕を、こんなに嬉しく思ったことはない。
帰るべき腕に戻ることができた。
安堵に包まれたシャーロットは、ギルバートにギュッと抱きついたまま少し泣いた。
王宮ではなにも知らない貴族たちが、まだダンスやゲームに興じている。
そんななか、降りしきる雨の下で一つの事件が解決しようとしていた。
**
10
お気に入りに追加
1,131
あなたにおすすめの小説
皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~
一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。
だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。
そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R-18】触手婚~触手に襲われていたら憧れの侯爵様に求婚されました!?~
臣桜
恋愛
『絵画を愛する会』の会員エメラインは、写生のために湖畔にいくたび、体を這い回る何かに悩まされていた。想いを寄せる侯爵ハロルドに相談するが……。
※表紙はニジジャーニーで生成しました
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる