31 / 65
死神の怒り1
しおりを挟む
「……囲まれてる」
「えっ?」
「っくそ! 蹄の音一つしなかったぞ! 早すぎる!」
毒づく男の声と裏腹に、シャーロットは歓喜していた。
(ギルさまが迎えに来てくださったのだわ)
「エリーゼ、逃げる準備をしておけ。君だけはこの混乱で死んではいけない。同志たちが命を落としても、弟の無念を知る者が誰か生き延びなければいけない」
「……分かったわ」
今度はハッキリと男は「エリーゼ」と呼び、シャーロットは確信する。
男が『弟』の仇を取りたいと思っているのも理解した。
(ギルさまにお知らせしなければ――)
だが――。
「おい、起きろ!」
「あっ!」
パンッと頬を張られ、シャーロットは声を上げた。同時に腕の縄が引かれ、上半身が乱暴に起こされる。
「お前の愛しい死神が迎えに来たぞ。……だが人質として、最後にその命でもって働いてもらう」
「うっ……」
グッと鎖骨の下――谷間が始まる辺りに剣の切っ先がつけられ、シャーロットは小さくうめいた。
冷たい金属の感触とともに、一瞬熱いものを感じる。
けれど目隠しをされたシャーロットの目には、自分の胸元に赤い血の膨らみができていることは、分からないのだった。
やがて遠い所から争う音が聞こえ、男はシャーロットを肩の上に担いで歩き出す。
「むぅっ」
猿ぐつわをされたシャーロットは、助けを呼ぼうにも声が出せない。
貴族の館らしく寝室に隠し通路があったらしく、男はそこを通っているようだった。ひんやりとした空気の向こう、壁ごしに戦いの気配を感じる。
剣戟、咆吼、そして苦悶の声。
戦場に身を置いたことのないシャーロットは、心臓をギュッと鷲づかみにされた気分でそれを聞いていた。
「無駄な抵抗はするなよ。お前を殺すのは、最適の場にしておきたい」
「…………」
抵抗をするなと言われても、固く戒められた身では何もできない。それに目隠しをされ縛られた身で暴れれば、男の肩から落ちて強かに体を打つだけだろう。
シャーロットは白い尻を男の顔の横に、太腿の裏を腕で押さえられていた。
(……ギルさまに見つけてもらいたいけれども、これはこれで見つかったらとても恥ずかしい格好だわ……)
内心そう思ってしまう自分にどこか余裕があるのは、夫が元帥であるという自負があるからだろうか。
「外に出る。騒ぐなよ」
どこか突き当たりまできたのか、ひんやりとする場所でシャーロットは体勢を変えられた。
(いや……っ)
はしたないことに、シャーロットは男の肩に股を預け、彼女の太腿の間から男の腕が入る格好をされてしまった。
上半身がずり下がらないように、反対側では腕の間から男の腕が通っている。
梯子のようなものを上り、男が出口を開いた時、シャーロットは尻が外気に触れてヒヤッとするのを感じた。
外は雨が降っていて、下着一枚のシャーロットは否が応でも濡れてしまう。
さすがにそれを可哀想と思う気持ちがあったのか、男はシャーロットの体の上にマントを被せた。
密かに移動し、屋敷の騒動をあとにしようとした時――。
「……っ」
男が息を呑むのが聞こえ、シャーロットの腿を掴む手に力が入る。
「――妻を、離せ」
獣のうなり声に近い、獰猛な声が聞こえた。
地を這う低い声はシャーロットの耳にも届いた。けれど彼女は一瞬『それ』が夫の声だと理解できなかった。
「もう一度言う。妻に――触れるな」
凄まじい怒気と殺気が男に向けられ、それをシャーロットも感じた。
指一本でも動かせば、次の瞬間容赦なく切られてしまうような気迫――。
自分に向けられたものではないのに、シャーロットは体がすくみ動けなくなってしまった。口の中がカラカラになり、嫌な汗がふつふつと湧き出る。
(これが……ギルさまの『死神』としての殺気……)
口腔に溜まった唾を嚥下できる余裕もなく、ただ息を潜めていた時――。
「…………」
男がゆっくりとシャーロットを地に下ろした。
雨でぬかるんだ大地に下ろされたシャーロットは、自力で起き上がることもできず体や頬に泥をつける。
ギルバートは闇のなか煌々と光る目で、目隠しと猿轡をされた妻の白い肌が泥に汚されるのを見た。
妻をあんな姿にしたのが許せない。
妻を縛り口を塞ぎ、自由を奪ったのが許せない。
自分以外の男が触れたなんて、怒りのあまり気がおかしくなりそうだ。
自分の物ではないマントが妻を包んでいるのを見て、マントを切り裂きたくなった。
「俺の顔を覚えているか」
「……知らん。戦場で名も顔も覚えられぬほど切り捨てたし、恨みを持つ者の顔など知ったことか」
すげないギルバートの声に、男もシャーロットも沈黙する。
男は言葉にならない怒りに震え、シャーロットはギルバートが憎まれることに平然としているのに心を痛めた。
しかし男よりも凄まじい怒気に包まれているのは、ギルバートのほうだ。
彼の目に映っているのは、男のマントの下、肌も露わになっているシャーロット。両手も脚も硬く縛られ、やわい肌に荒縄が食い込んでいるのが痛々しい。
目隠しをされ猿ぐつわをされている姿は、こんな緊急事態だというのに劣情を刺激させる。
「……私とてシャルを縛るのは、まだ先だと思っていたのに……」
きつく食いしばった歯の間から漏れた言葉は、幸い誰の耳にも届いていなかった。
「我が弟ベネディクトの仇、いま討ってやる!」
長剣を抜き、男が走り出した。
「知るか! 妻の肌に触れた罪、贖わせてやる!」
最高に苛ついたギルバートは隻眼を細め、目にもとまらぬ早さで抜剣する。
「えっ?」
「っくそ! 蹄の音一つしなかったぞ! 早すぎる!」
毒づく男の声と裏腹に、シャーロットは歓喜していた。
(ギルさまが迎えに来てくださったのだわ)
「エリーゼ、逃げる準備をしておけ。君だけはこの混乱で死んではいけない。同志たちが命を落としても、弟の無念を知る者が誰か生き延びなければいけない」
「……分かったわ」
今度はハッキリと男は「エリーゼ」と呼び、シャーロットは確信する。
男が『弟』の仇を取りたいと思っているのも理解した。
(ギルさまにお知らせしなければ――)
だが――。
「おい、起きろ!」
「あっ!」
パンッと頬を張られ、シャーロットは声を上げた。同時に腕の縄が引かれ、上半身が乱暴に起こされる。
「お前の愛しい死神が迎えに来たぞ。……だが人質として、最後にその命でもって働いてもらう」
「うっ……」
グッと鎖骨の下――谷間が始まる辺りに剣の切っ先がつけられ、シャーロットは小さくうめいた。
冷たい金属の感触とともに、一瞬熱いものを感じる。
けれど目隠しをされたシャーロットの目には、自分の胸元に赤い血の膨らみができていることは、分からないのだった。
やがて遠い所から争う音が聞こえ、男はシャーロットを肩の上に担いで歩き出す。
「むぅっ」
猿ぐつわをされたシャーロットは、助けを呼ぼうにも声が出せない。
貴族の館らしく寝室に隠し通路があったらしく、男はそこを通っているようだった。ひんやりとした空気の向こう、壁ごしに戦いの気配を感じる。
剣戟、咆吼、そして苦悶の声。
戦場に身を置いたことのないシャーロットは、心臓をギュッと鷲づかみにされた気分でそれを聞いていた。
「無駄な抵抗はするなよ。お前を殺すのは、最適の場にしておきたい」
「…………」
抵抗をするなと言われても、固く戒められた身では何もできない。それに目隠しをされ縛られた身で暴れれば、男の肩から落ちて強かに体を打つだけだろう。
シャーロットは白い尻を男の顔の横に、太腿の裏を腕で押さえられていた。
(……ギルさまに見つけてもらいたいけれども、これはこれで見つかったらとても恥ずかしい格好だわ……)
内心そう思ってしまう自分にどこか余裕があるのは、夫が元帥であるという自負があるからだろうか。
「外に出る。騒ぐなよ」
どこか突き当たりまできたのか、ひんやりとする場所でシャーロットは体勢を変えられた。
(いや……っ)
はしたないことに、シャーロットは男の肩に股を預け、彼女の太腿の間から男の腕が入る格好をされてしまった。
上半身がずり下がらないように、反対側では腕の間から男の腕が通っている。
梯子のようなものを上り、男が出口を開いた時、シャーロットは尻が外気に触れてヒヤッとするのを感じた。
外は雨が降っていて、下着一枚のシャーロットは否が応でも濡れてしまう。
さすがにそれを可哀想と思う気持ちがあったのか、男はシャーロットの体の上にマントを被せた。
密かに移動し、屋敷の騒動をあとにしようとした時――。
「……っ」
男が息を呑むのが聞こえ、シャーロットの腿を掴む手に力が入る。
「――妻を、離せ」
獣のうなり声に近い、獰猛な声が聞こえた。
地を這う低い声はシャーロットの耳にも届いた。けれど彼女は一瞬『それ』が夫の声だと理解できなかった。
「もう一度言う。妻に――触れるな」
凄まじい怒気と殺気が男に向けられ、それをシャーロットも感じた。
指一本でも動かせば、次の瞬間容赦なく切られてしまうような気迫――。
自分に向けられたものではないのに、シャーロットは体がすくみ動けなくなってしまった。口の中がカラカラになり、嫌な汗がふつふつと湧き出る。
(これが……ギルさまの『死神』としての殺気……)
口腔に溜まった唾を嚥下できる余裕もなく、ただ息を潜めていた時――。
「…………」
男がゆっくりとシャーロットを地に下ろした。
雨でぬかるんだ大地に下ろされたシャーロットは、自力で起き上がることもできず体や頬に泥をつける。
ギルバートは闇のなか煌々と光る目で、目隠しと猿轡をされた妻の白い肌が泥に汚されるのを見た。
妻をあんな姿にしたのが許せない。
妻を縛り口を塞ぎ、自由を奪ったのが許せない。
自分以外の男が触れたなんて、怒りのあまり気がおかしくなりそうだ。
自分の物ではないマントが妻を包んでいるのを見て、マントを切り裂きたくなった。
「俺の顔を覚えているか」
「……知らん。戦場で名も顔も覚えられぬほど切り捨てたし、恨みを持つ者の顔など知ったことか」
すげないギルバートの声に、男もシャーロットも沈黙する。
男は言葉にならない怒りに震え、シャーロットはギルバートが憎まれることに平然としているのに心を痛めた。
しかし男よりも凄まじい怒気に包まれているのは、ギルバートのほうだ。
彼の目に映っているのは、男のマントの下、肌も露わになっているシャーロット。両手も脚も硬く縛られ、やわい肌に荒縄が食い込んでいるのが痛々しい。
目隠しをされ猿ぐつわをされている姿は、こんな緊急事態だというのに劣情を刺激させる。
「……私とてシャルを縛るのは、まだ先だと思っていたのに……」
きつく食いしばった歯の間から漏れた言葉は、幸い誰の耳にも届いていなかった。
「我が弟ベネディクトの仇、いま討ってやる!」
長剣を抜き、男が走り出した。
「知るか! 妻の肌に触れた罪、贖わせてやる!」
最高に苛ついたギルバートは隻眼を細め、目にもとまらぬ早さで抜剣する。
3
お気に入りに追加
1,137
あなたにおすすめの小説
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
獅子の最愛〜獣人団長の執着〜
水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。
目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。
女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。
素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。
謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は…
ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる