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地獄の番犬の猛追
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二月宮の執務室で、ギルバートは地図を睨んでいた。
王宮の警備に話を聞けば、夜会が始まってから出入りした者たちがいる。
入ってきたのは遅れて出席した貴族たちが圧倒的に多く、残りは王宮に食事や酒を搬入した商人たち。そして掃除婦たちと、ゴミなどを預かって処理場へ持って行く業者。
そして夜会の大筋が終わると、早々に帰っていった高齢の貴族たちや事情があって帰った貴族たち。
考えても、貴族の馬車にシャーロットが乗せられたとは考えにくい。
あの部屋の前はセドリックがピッタリと警護していて、中から不審な物音は聞こえなかったという。
おまけにシャーロットはぼんやりしているように見えるが、人一倍『元帥の妻』という座に誇りがある女性だ。
儚い外見をしていながら、その芯はとてもしっかりしている。
そんな彼女が仮にエリーゼという女性に誘われても、ギルバートが王族と一緒にいるのに城を出るのは考えられない。
あり得るとしても、ブレアやセドリックに断ってギルバートに必ず連絡がいくようにするはずだ。
なので、彼女自ら足を運んだというのはあり得ない。
加えてエリーゼという『女性』がシャーロットを眠らせて運んだ……というのも現実味に欠ける。世の中、アリスのように男相手に立ち回ることのできる女性もいる。だが何の訓練も受けていないレディが、気を失った人間を運ぶというのは恐らくできないだろう。
男性が女性を運ぶ時でも、相手に意識があれば体に芯が通り、抱きついてくれるなどの協力があれば容易に抱き上げられる。
だが対象が気絶していれば、体の芯を失いグニャグニャになった体はとても重いし扱いづらい。
男でさえ苦労するそれを、女性ができると思わない。
だとすれば、エリーゼという令嬢は導入役で、実行したのは別の人間。
それも窓枠やベッドの柱に擦れた跡――道具を使った様子をみれば複数いると思っていいだろう。
庭園に配置していた軍にも気付かせず、シャーロットを連れ出したということは、前々から計画していたのだろう。
そしてエリーゼというアルトドルファーの人間と、――恐らくエルフィンストーン側の内通者。両国が手を組んでシャーロットをさらったと考えていい。
それでなければ、あのマロニエの木が一番近い部屋を押さえたりすることも不可能だろう。
シャーロットが商人や掃除婦、業者などに紛れて連れ出されたとなると、その時間はかなり不特定になる。
今回の夜会で契約をした商人たちに連絡をとるのと同時に、ギルバートは誘拐した者を隠しておきやすい屋敷、砦などを地図で確認した。
「……砦は考えにくいな。ただでさえ軍が駐屯しているのに、敵地に運び込むはずがない。どこぞの廃屋というのも考えられるが、天気が悪いから敵とて濡れるのは避けたいのではないだろうか。一番考えられるのは、私に反発を持つ貴族の館だが……」
まったくの無表情でギルバートは地図を見下ろす。
それはごく限られた側近だけが知るもので、王族や元帥に対して不穏な噂のある貴族の所有地がマークされてあった。
戦争が終わったとは言え、エルフィンストーンの内部にも水面下での争いはある。
現在の王を引きずり下ろして王子を据え、その背後に立ちたい者。ギルバートを気にくわない者。そして戦争の原因となっていた砂金に執着している者。
主にそれらが原因で怪しいと考えられている貴族は、軍によって秘密裏に見張られている。
「会談の最中だというのに、国境を越えて騒ぎを起こすはずがない。シャルは国内にいるだろう。夜会が始まってシャルが女と二人きりになったのは二時間後ほど。女がセドリックに寝ているシャルを見せたのは、それから三時間後。私がダンスホールに出てきたのが、さらに一時間半後」
懐中時計で時間を確認し、ギルバートが淡々と言う。
それを側で書記官が筆記していた。
「夜会開始より五時間後に、シャルを乗せた馬車が王宮から出たとして……」
コンパスで王宮からマークしてある貴族の館を測り、それに合わせて時間と馬車の大体の速度を計算してゆく。
こうして自ら率先して敵地を突き止める所も、ギルバートが武勲を上げたゆえんだ。参謀を務めていた時代は上官に手柄を取らせ、やがて自ら考え動く大将となった。
それらの下積みがあり、彼が元帥となった時も軍内部ではギルバートが妥当だろうという意見がまとまったのだ。
計算を終えたギルバートの隻眼が、スッと細められた。
「……とうとう尻尾を出したか」
金色の目が細められ、誰にも聞こえない声量で呟いたあと薄い唇が酷薄に笑う。
トン、と兵棋が、とある貴族の館の上に置かれた。
「スローン卿の別宅を囲め。周囲の道も封鎖し、退路を塞げ」
「はっ!」
その場にいた全員が声をそろえ、馬の用意をする者たちが足早に部屋を出て行く。
二月宮が王宮の敷地内にあって良かったとつくづく思い、ギルバートはアリスに手伝われてマントを羽織る。
「どうぞ奥さまとお二人で、ご無事にお戻りくださいませ」
「留守を頼む」
いつの間にか外は雨が降っていて、庭木の葉が雨粒に揺れるなかギルバートが率いる精鋭が馬を走らせた。
平時の王都は会談の警戒態勢という面目上、警戒レベルを上げた。
ギルバートたちが通りやすいように道は封鎖され、民たちは多少の不満を言いつつも隣国の王が来ているのだから仕方がないと苦笑いする。
目立たないよう明かりを灯さず馬は疾走し、王都の石畳を蹄が鳴らした。
向かうは王都より南西にある、スローン伯爵の別宅。
砂金について人一倍執着し、平和協定を結ぶことにも最後まで反対していた過激派筆頭――。
**
王宮の警備に話を聞けば、夜会が始まってから出入りした者たちがいる。
入ってきたのは遅れて出席した貴族たちが圧倒的に多く、残りは王宮に食事や酒を搬入した商人たち。そして掃除婦たちと、ゴミなどを預かって処理場へ持って行く業者。
そして夜会の大筋が終わると、早々に帰っていった高齢の貴族たちや事情があって帰った貴族たち。
考えても、貴族の馬車にシャーロットが乗せられたとは考えにくい。
あの部屋の前はセドリックがピッタリと警護していて、中から不審な物音は聞こえなかったという。
おまけにシャーロットはぼんやりしているように見えるが、人一倍『元帥の妻』という座に誇りがある女性だ。
儚い外見をしていながら、その芯はとてもしっかりしている。
そんな彼女が仮にエリーゼという女性に誘われても、ギルバートが王族と一緒にいるのに城を出るのは考えられない。
あり得るとしても、ブレアやセドリックに断ってギルバートに必ず連絡がいくようにするはずだ。
なので、彼女自ら足を運んだというのはあり得ない。
加えてエリーゼという『女性』がシャーロットを眠らせて運んだ……というのも現実味に欠ける。世の中、アリスのように男相手に立ち回ることのできる女性もいる。だが何の訓練も受けていないレディが、気を失った人間を運ぶというのは恐らくできないだろう。
男性が女性を運ぶ時でも、相手に意識があれば体に芯が通り、抱きついてくれるなどの協力があれば容易に抱き上げられる。
だが対象が気絶していれば、体の芯を失いグニャグニャになった体はとても重いし扱いづらい。
男でさえ苦労するそれを、女性ができると思わない。
だとすれば、エリーゼという令嬢は導入役で、実行したのは別の人間。
それも窓枠やベッドの柱に擦れた跡――道具を使った様子をみれば複数いると思っていいだろう。
庭園に配置していた軍にも気付かせず、シャーロットを連れ出したということは、前々から計画していたのだろう。
そしてエリーゼというアルトドルファーの人間と、――恐らくエルフィンストーン側の内通者。両国が手を組んでシャーロットをさらったと考えていい。
それでなければ、あのマロニエの木が一番近い部屋を押さえたりすることも不可能だろう。
シャーロットが商人や掃除婦、業者などに紛れて連れ出されたとなると、その時間はかなり不特定になる。
今回の夜会で契約をした商人たちに連絡をとるのと同時に、ギルバートは誘拐した者を隠しておきやすい屋敷、砦などを地図で確認した。
「……砦は考えにくいな。ただでさえ軍が駐屯しているのに、敵地に運び込むはずがない。どこぞの廃屋というのも考えられるが、天気が悪いから敵とて濡れるのは避けたいのではないだろうか。一番考えられるのは、私に反発を持つ貴族の館だが……」
まったくの無表情でギルバートは地図を見下ろす。
それはごく限られた側近だけが知るもので、王族や元帥に対して不穏な噂のある貴族の所有地がマークされてあった。
戦争が終わったとは言え、エルフィンストーンの内部にも水面下での争いはある。
現在の王を引きずり下ろして王子を据え、その背後に立ちたい者。ギルバートを気にくわない者。そして戦争の原因となっていた砂金に執着している者。
主にそれらが原因で怪しいと考えられている貴族は、軍によって秘密裏に見張られている。
「会談の最中だというのに、国境を越えて騒ぎを起こすはずがない。シャルは国内にいるだろう。夜会が始まってシャルが女と二人きりになったのは二時間後ほど。女がセドリックに寝ているシャルを見せたのは、それから三時間後。私がダンスホールに出てきたのが、さらに一時間半後」
懐中時計で時間を確認し、ギルバートが淡々と言う。
それを側で書記官が筆記していた。
「夜会開始より五時間後に、シャルを乗せた馬車が王宮から出たとして……」
コンパスで王宮からマークしてある貴族の館を測り、それに合わせて時間と馬車の大体の速度を計算してゆく。
こうして自ら率先して敵地を突き止める所も、ギルバートが武勲を上げたゆえんだ。参謀を務めていた時代は上官に手柄を取らせ、やがて自ら考え動く大将となった。
それらの下積みがあり、彼が元帥となった時も軍内部ではギルバートが妥当だろうという意見がまとまったのだ。
計算を終えたギルバートの隻眼が、スッと細められた。
「……とうとう尻尾を出したか」
金色の目が細められ、誰にも聞こえない声量で呟いたあと薄い唇が酷薄に笑う。
トン、と兵棋が、とある貴族の館の上に置かれた。
「スローン卿の別宅を囲め。周囲の道も封鎖し、退路を塞げ」
「はっ!」
その場にいた全員が声をそろえ、馬の用意をする者たちが足早に部屋を出て行く。
二月宮が王宮の敷地内にあって良かったとつくづく思い、ギルバートはアリスに手伝われてマントを羽織る。
「どうぞ奥さまとお二人で、ご無事にお戻りくださいませ」
「留守を頼む」
いつの間にか外は雨が降っていて、庭木の葉が雨粒に揺れるなかギルバートが率いる精鋭が馬を走らせた。
平時の王都は会談の警戒態勢という面目上、警戒レベルを上げた。
ギルバートたちが通りやすいように道は封鎖され、民たちは多少の不満を言いつつも隣国の王が来ているのだから仕方がないと苦笑いする。
目立たないよう明かりを灯さず馬は疾走し、王都の石畳を蹄が鳴らした。
向かうは王都より南西にある、スローン伯爵の別宅。
砂金について人一倍執着し、平和協定を結ぶことにも最後まで反対していた過激派筆頭――。
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