上 下
29 / 65

地獄の番犬の猛追

しおりを挟む
 二月宮の執務室で、ギルバートは地図を睨んでいた。

 王宮の警備に話を聞けば、夜会が始まってから出入りした者たちがいる。

 入ってきたのは遅れて出席した貴族たちが圧倒的に多く、残りは王宮に食事や酒を搬入した商人たち。そして掃除婦たちと、ゴミなどを預かって処理場へ持って行く業者。

 そして夜会の大筋が終わると、早々に帰っていった高齢の貴族たちや事情があって帰った貴族たち。

 考えても、貴族の馬車にシャーロットが乗せられたとは考えにくい。

 あの部屋の前はセドリックがピッタリと警護していて、中から不審な物音は聞こえなかったという。

 おまけにシャーロットはぼんやりしているように見えるが、人一倍『元帥の妻』という座に誇りがある女性だ。

 儚い外見をしていながら、その芯はとてもしっかりしている。

 そんな彼女が仮にエリーゼという女性に誘われても、ギルバートが王族と一緒にいるのに城を出るのは考えられない。

 あり得るとしても、ブレアやセドリックに断ってギルバートに必ず連絡がいくようにするはずだ。

 なので、彼女自ら足を運んだというのはあり得ない。

 加えてエリーゼという『女性』がシャーロットを眠らせて運んだ……というのも現実味に欠ける。世の中、アリスのように男相手に立ち回ることのできる女性もいる。だが何の訓練も受けていないレディが、気を失った人間を運ぶというのは恐らくできないだろう。

 男性が女性を運ぶ時でも、相手に意識があれば体に芯が通り、抱きついてくれるなどの協力があれば容易に抱き上げられる。

 だが対象が気絶していれば、体の芯を失いグニャグニャになった体はとても重いし扱いづらい。

 男でさえ苦労するそれを、女性ができると思わない。

 だとすれば、エリーゼという令嬢は導入役で、実行したのは別の人間。

 それも窓枠やベッドの柱に擦れた跡――道具を使った様子をみれば複数いると思っていいだろう。

 庭園に配置していた軍にも気付かせず、シャーロットを連れ出したということは、前々から計画していたのだろう。

 そしてエリーゼというアルトドルファーの人間と、――恐らくエルフィンストーン側の内通者。両国が手を組んでシャーロットをさらったと考えていい。

 それでなければ、あのマロニエの木が一番近い部屋を押さえたりすることも不可能だろう。

 シャーロットが商人や掃除婦、業者などに紛れて連れ出されたとなると、その時間はかなり不特定になる。

 今回の夜会で契約をした商人たちに連絡をとるのと同時に、ギルバートは誘拐した者を隠しておきやすい屋敷、砦などを地図で確認した。

「……砦は考えにくいな。ただでさえ軍が駐屯しているのに、敵地に運び込むはずがない。どこぞの廃屋というのも考えられるが、天気が悪いから敵とて濡れるのは避けたいのではないだろうか。一番考えられるのは、私に反発を持つ貴族の館だが……」

 まったくの無表情でギルバートは地図を見下ろす。

 それはごく限られた側近だけが知るもので、王族や元帥に対して不穏な噂のある貴族の所有地がマークされてあった。

 戦争が終わったとは言え、エルフィンストーンの内部にも水面下での争いはある。

 現在の王を引きずり下ろして王子を据え、その背後に立ちたい者。ギルバートを気にくわない者。そして戦争の原因となっていた砂金に執着している者。

 主にそれらが原因で怪しいと考えられている貴族は、軍によって秘密裏に見張られている。

「会談の最中だというのに、国境を越えて騒ぎを起こすはずがない。シャルは国内にいるだろう。夜会が始まってシャルが女と二人きりになったのは二時間後ほど。女がセドリックに寝ているシャルを見せたのは、それから三時間後。私がダンスホールに出てきたのが、さらに一時間半後」

 懐中時計で時間を確認し、ギルバートが淡々と言う。

 それを側で書記官が筆記していた。

「夜会開始より五時間後に、シャルを乗せた馬車が王宮から出たとして……」

 コンパスで王宮からマークしてある貴族の館を測り、それに合わせて時間と馬車の大体の速度を計算してゆく。

 こうして自ら率先して敵地を突き止める所も、ギルバートが武勲を上げたゆえんだ。参謀を務めていた時代は上官に手柄を取らせ、やがて自ら考え動く大将となった。

 それらの下積みがあり、彼が元帥となった時も軍内部ではギルバートが妥当だろうという意見がまとまったのだ。

 計算を終えたギルバートの隻眼が、スッと細められた。

「……とうとう尻尾を出したか」

 金色の目が細められ、誰にも聞こえない声量で呟いたあと薄い唇が酷薄に笑う。

 トン、と兵棋が、とある貴族の館の上に置かれた。

「スローン卿の別宅を囲め。周囲の道も封鎖し、退路を塞げ」

「はっ!」

 その場にいた全員が声をそろえ、馬の用意をする者たちが足早に部屋を出て行く。

 二月宮が王宮の敷地内にあって良かったとつくづく思い、ギルバートはアリスに手伝われてマントを羽織る。

「どうぞ奥さまとお二人で、ご無事にお戻りくださいませ」

「留守を頼む」

 いつの間にか外は雨が降っていて、庭木の葉が雨粒に揺れるなかギルバートが率いる精鋭が馬を走らせた。

 平時の王都は会談の警戒態勢という面目上、警戒レベルを上げた。

 ギルバートたちが通りやすいように道は封鎖され、民たちは多少の不満を言いつつも隣国の王が来ているのだから仕方がないと苦笑いする。

 目立たないよう明かりを灯さず馬は疾走し、王都の石畳を蹄が鳴らした。

 向かうは王都より南西にある、スローン伯爵の別宅。

 砂金について人一倍執着し、平和協定を結ぶことにも最後まで反対していた過激派筆頭――。



**
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...