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二月宮の日々
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翌日からはギルバートは言っていたとおり、朝食後すぐに出かけてしまった。
シャーロットは一日アリスに案内をされ、二月宮を探検する。またギルバートの身辺を警護する精鋭たちとも、仲良く話すようになっていた。
午後のティータイムには、アリスにお願いをして同席してもらった。護衛当番の二人も、話し相手兼護衛ということで、同じ空間にいてもらう。
「ギルさまの今までってどういう感じだったの?」
好きな人の過去が気になってならないというシャーロットに、周囲は笑みを抑えきれないでいる。
「本当に奥さまは、ギルバートさまがお好きなんですね。本当に奇特な方です」
「そうかしら? だってあんなに優しくてすてきな方、他にいらっしゃらないわ」
ブレアとセドリックという護衛の二人も顔を見合わせ、目を丸くしている。
「わたしが知っている限り、ギルバートさまはいつも鉄面皮のつまらなーい方でしたよ? つまらなさそうに書類に目を通して、決まった時間に起きて食べて働いて寝て……」
アリスの言葉に、ブレアが頷く。
「俺も元帥は、恐ろしい方だというイメージしかありません」
「俺もです。元帥が感情を乱したり、陛下や位の高い方々の前以外で笑ったところを見たことがありません」
「まぁ、そうなの?」
シャーロットの脳裏には、優しく笑うギルバートの顔がくっきりと浮かび上がる。
あんなにも魅力的に笑う人なのに……。ともったいない思いがある。
「そしてその……。女性関係はどうだったの? か、過去の恋人とか……」
こちらの質問はやや勇気が要ったようで、シャーロットは質問したあとに俯いてもじもじと指を絡ませた。
「あー……、女関係は……」
ブレアがセドリックを見て、セドリックも意味ありげな視線を返す。
軍人という立場上、金回りがいいので女性が寄ってくるのは必然だ。下級兵士は当たり前のように娼館に行くし、上官だって社交界で浮名を流す。
ギルバートもレディたちに人気の者たち……までいかずとも、そのような噂がなかった……ことはない。だが誰もことの真相を知らないのも事実だ。誰一人として、恐ろしい元帥のプライベートを訊こうという命知らずはいない。
「モテませんね」
男二人の揺らいだ空気を、アリスがズバッと切り捨てた。
シャーロットの前でそんな不確かな話をしてしまえば、新婚の彼女に不安を与えかねない。そんなことをすれば、本当にギルバートに殺されてしまう。
「本当? アリス」
「ええ。最初も申し上げたではありませんか。本当に朴念仁なんです。剣と戦闘のことしか頭にないバーサーカーと言っても過言ではありません」
「……いえ、アリス。それは言い過ぎだわ」
主を擁護しようとしないアリスの言葉に、シャーロットは思わず苦笑いする。
「ですが実際の話、言葉の通りだと思います。ご両親を亡くされてから、公爵の座を継がれてギルバートさまはご多忙になられました。あの広大なブラッドワース城の主となると同時に、この国の軍も統括しなければなりません。その合間に甘い恋ができるほど、器用な方でもありませんから」
「そう……」
大変だったのだな、と思うのと同時に、シャーロットは安堵していた。
「仮に出会いがあったとしても、女性の質問に一言で返す程度で会話になりません。ギルバートさまは公爵や元帥という肩書きが魅力的な方であっても、一人の男性としてはあまり魅力のある方ではありません」
バサッと自分の主をしてそう言い捨てるアリスを、ブレアとセドリックは恐ろしいものを見る目で見ていた。
「そうなのね。わたしはギルさまのすてきな所を、たくさん知っているから……。それこそお互い求めていたものが符号した、ということかしら?」
胸の前で両手を合わせ、シャーロットは幸せそうに笑ってみせる。
その姿を、やはり三人は奇特な存在という目で見るのだった。
夕食前にはギルバートは戻り、まずシャーロットにキスをする。
「寂しくなかったか?」
「はい。アリスもいましたし、護衛の方々ともお話して楽しく過ごしていました。皆さんとても明るくて良い方ばかりですね」
シャーロットは心配ないという意味でそう答えたのだが、ギルバートは「そうか」とだけ言うと、笑みを消してしまった。
「……? お風呂の用意がしてあるそうです。お疲れになられているのなら、お食事の前に汗を流されてはどうです?」
「……あぁ」
ギルバートの労をねぎらう声にも、あまり反応がよくない。
上官の前なので直立不動するブレアとセドリックの横を通る時、ギルバートは一瞬チラリと彼らを見た。
その後を追いかけるシャーロットのドレスがフワッと翻り、二人分の足音が遠ざかってゆく。それから二人が同時に止めていた息を吐き出したのに、誰も気付かないのだった
シャーロットは一日アリスに案内をされ、二月宮を探検する。またギルバートの身辺を警護する精鋭たちとも、仲良く話すようになっていた。
午後のティータイムには、アリスにお願いをして同席してもらった。護衛当番の二人も、話し相手兼護衛ということで、同じ空間にいてもらう。
「ギルさまの今までってどういう感じだったの?」
好きな人の過去が気になってならないというシャーロットに、周囲は笑みを抑えきれないでいる。
「本当に奥さまは、ギルバートさまがお好きなんですね。本当に奇特な方です」
「そうかしら? だってあんなに優しくてすてきな方、他にいらっしゃらないわ」
ブレアとセドリックという護衛の二人も顔を見合わせ、目を丸くしている。
「わたしが知っている限り、ギルバートさまはいつも鉄面皮のつまらなーい方でしたよ? つまらなさそうに書類に目を通して、決まった時間に起きて食べて働いて寝て……」
アリスの言葉に、ブレアが頷く。
「俺も元帥は、恐ろしい方だというイメージしかありません」
「俺もです。元帥が感情を乱したり、陛下や位の高い方々の前以外で笑ったところを見たことがありません」
「まぁ、そうなの?」
シャーロットの脳裏には、優しく笑うギルバートの顔がくっきりと浮かび上がる。
あんなにも魅力的に笑う人なのに……。ともったいない思いがある。
「そしてその……。女性関係はどうだったの? か、過去の恋人とか……」
こちらの質問はやや勇気が要ったようで、シャーロットは質問したあとに俯いてもじもじと指を絡ませた。
「あー……、女関係は……」
ブレアがセドリックを見て、セドリックも意味ありげな視線を返す。
軍人という立場上、金回りがいいので女性が寄ってくるのは必然だ。下級兵士は当たり前のように娼館に行くし、上官だって社交界で浮名を流す。
ギルバートもレディたちに人気の者たち……までいかずとも、そのような噂がなかった……ことはない。だが誰もことの真相を知らないのも事実だ。誰一人として、恐ろしい元帥のプライベートを訊こうという命知らずはいない。
「モテませんね」
男二人の揺らいだ空気を、アリスがズバッと切り捨てた。
シャーロットの前でそんな不確かな話をしてしまえば、新婚の彼女に不安を与えかねない。そんなことをすれば、本当にギルバートに殺されてしまう。
「本当? アリス」
「ええ。最初も申し上げたではありませんか。本当に朴念仁なんです。剣と戦闘のことしか頭にないバーサーカーと言っても過言ではありません」
「……いえ、アリス。それは言い過ぎだわ」
主を擁護しようとしないアリスの言葉に、シャーロットは思わず苦笑いする。
「ですが実際の話、言葉の通りだと思います。ご両親を亡くされてから、公爵の座を継がれてギルバートさまはご多忙になられました。あの広大なブラッドワース城の主となると同時に、この国の軍も統括しなければなりません。その合間に甘い恋ができるほど、器用な方でもありませんから」
「そう……」
大変だったのだな、と思うのと同時に、シャーロットは安堵していた。
「仮に出会いがあったとしても、女性の質問に一言で返す程度で会話になりません。ギルバートさまは公爵や元帥という肩書きが魅力的な方であっても、一人の男性としてはあまり魅力のある方ではありません」
バサッと自分の主をしてそう言い捨てるアリスを、ブレアとセドリックは恐ろしいものを見る目で見ていた。
「そうなのね。わたしはギルさまのすてきな所を、たくさん知っているから……。それこそお互い求めていたものが符号した、ということかしら?」
胸の前で両手を合わせ、シャーロットは幸せそうに笑ってみせる。
その姿を、やはり三人は奇特な存在という目で見るのだった。
夕食前にはギルバートは戻り、まずシャーロットにキスをする。
「寂しくなかったか?」
「はい。アリスもいましたし、護衛の方々ともお話して楽しく過ごしていました。皆さんとても明るくて良い方ばかりですね」
シャーロットは心配ないという意味でそう答えたのだが、ギルバートは「そうか」とだけ言うと、笑みを消してしまった。
「……? お風呂の用意がしてあるそうです。お疲れになられているのなら、お食事の前に汗を流されてはどうです?」
「……あぁ」
ギルバートの労をねぎらう声にも、あまり反応がよくない。
上官の前なので直立不動するブレアとセドリックの横を通る時、ギルバートは一瞬チラリと彼らを見た。
その後を追いかけるシャーロットのドレスがフワッと翻り、二人分の足音が遠ざかってゆく。それから二人が同時に止めていた息を吐き出したのに、誰も気付かないのだった
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