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二月宮2

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 静かにドアが閉まるのを見送ってから、ギルバートが口を開く。

「ここには慣れそうか?」

「ええ。アリスとも仲良くなれそうですし、また新たに探検のしがいがありそうなお屋敷です」

 上品に紅茶を飲むと、いい香りが鼻を抜けてゆく。

「……私の両親が生きていれば、君を温かく迎えていたと思うのに、すまない」

 控えめに笑うギルバートを見て、シャーロットは彼の両親は不慮の事故で亡くなったということを思い出す。

「馬が暴走して、馬車ごと崖から転落したと聞いています。本当に不幸な事故だったと思いますし……。ギルさまが気にされることではありません」

「事故……と言われているか」
「え?」

 歯切れの悪い言い方に、シャーロットは不吉なものを感じる。

「私はあの事故を耳にした時、嫌な予感しかしなかった。何もかもタイミングが良すぎて、まるで……」

 そのあとの言葉をギルバートは口にせず、シャーロットも夫の両親の死に暗いものを感じて表情を曇らせる。

「すまない。嫌な思いをさせたな。だが自分の両親のことだから、いずれ自分の手でハッキリさせたいと思っている。その時はなるべく君に心配をかけないようにするから」

 そう言って微笑するギルバートは、やはりシャーロットを大切に思っている。

 彼の微笑みを見るたびに、シャーロットは彼の優しさを感じると同時に、自分のなかで決意が固まってゆくのも感じていた。

「ギルさま」
「ん?」

「……わたしは、確かにアリスと比べて何もできないただの女性です。特技は刺繍ぐらいのようなものです。ですが、わたしはギルさま……エルフィンストーン王国の元帥の妻となりました。その名に恥じない覚悟だけは、しておきたいと常々思っているのです」

 窓から差し込む光を背後に、シャーロットは穏やかに笑う。

 可憐な令嬢の笑みのように見えて、その奥には貴族の娘として、元帥の妻としての確固たる決意がある。

 それを感じたギルバートは、胸を震わせた。

「……ありがとう、シャル。君の覚悟に恥じないよう、私は元帥としての務めを果たそう。そして君を守り抜くと誓う」

「……はい」

 夫婦として通じ合っていると感じたシャーロットは、嬉しくなって笑みをこぼした。

「おいで、シャル」

 ギルバートが自分の隣をポンと叩き、シャーロットはテーブルを回り込んで夫の隣に座る。

「ん……」

 指先が顎に触れたかと思うと、上向けられてシャーロットはキスをされていた。

 柔らかな唇を感じると、人になんと言われていようがギルバートが血の通う人間であり、妻を愛する優しい人なのだと痛感する。

 ぬめらかな舌がシャーロットの口腔を探り、快楽を覚え込まされたシャーロットの下腹部が疼いた。

 舌と舌が絡み合い、息継ぎの合間に切ない声が漏れる。

 ギルバートの手はそのままシャーロットのドレスにかかり、絹の長靴下に包まれた脚をなで上げた。

 ――が。

「……今はいけません」

 小さくたしなめられて、ギルバートは溜息をついた。

「しかしシャル。いまは本来なら蜜月で……」

「明日陛下とお会いするのに、色々準備をしなければなりません。ブラッドワース城から運んできた荷物や、ドレスも指定の場所に収めなければなりませんし」

「……はぁ」

 妻らしいしっかりとした意見に、ギルバートはもう一度溜息をつきつつ苦笑する。

「もう一つ……ギルさまのことを教えてください」

「ん?」

 不思議そうに隻眼を瞬かせるギルバートに、シャーロットはおずおずと言う。

「王宮の敷地内に入ってから、ギルさまをあまり快く思わない視線を感じました。恐れられているというのは知っていても……。今まで不快ではなかったのですか?」

 ギルバートの古傷に触れるような、そっとした声だ。それに彼はおかしそうに笑う。

「別になんとも思っていない。私が戦場で多くの人間を殺したのは事実だし、この通り表情もあまり変わらない。それが原因で好き勝手に名をつけられたり、噂を広められてもある程度は仕方がないと思っている」

「ですが……」

「元帥の不名誉になるほどの噂なら、それはさすがに粛正する。だが社交界の酒の肴になる程度のものなら、いちいち対処していても仕方がない。シャルは私が悪魔を召喚して契約したとか、夜な夜な血を飲んでいるというのを信じるか?」

「い、いいえ。それはさすがに……」

 そんな噂まであるのか、とシャーロットは逆に驚いた。

「だろう? 私が相手にするのは、現実的に想定できて陛下を煩わせる類いのものだ。あとは他愛のない流言だと思っている」

「そう……なのですね」

「もっとも、君をだしに低俗な噂を流されれば……。私は君の名誉のために剣を抜くが」

 スッと金色の目が細められ、そこから一切の感情が抜ける。

『それ』を見てしまったシャーロットは、ゾクッと背筋を震わせた。その目こそ、彼が戦場で『悪魔』と言われる目だと、直感で知ったのだ。

「……いいえ。それはしてはなりません」

 ギュッとギルバートの手を両手で握り、シャーロットはかぶりを振る。

「ギルさまが誇り高い元帥閣下としての矜持をお持ちなら、わたしもそれに倣って自身に誇りを持ちたいと思います。どのような噂が流れても、強くありたいとギルさまのお話を聞いて背筋が伸びました」

「……君はつくづく、いい女だな」

 ふ……とギルバートは柔らかく笑い、シャーロットを引き寄せる。

「っあの……」

 ここでは駄目だと言ったばかりなのに、ギルバートの手はシャーロットの腰を欲をもってなで回していた。

「ここではしない。キスぐらいいいだろう」

 そう言って、ギルバートはシャーロットをソファに押しつけ、貪るようなキスをする。

 遠くで使用人たちが荷物を運び込む音を聞きながら、二人は広い応接室で濡れた音をたてていた。



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