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二月宮1
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道すがらの街では高級宿を取り、そこで同じベッドに寝るものの、ギルバートはシャーロットを抱かなかった。
抱きたいのはやまやまだが、隣の部屋に寝る部下にシャーロットの声を聞かせたくない。それを知るのは自分だけでいいと思っているからだ。
そのようにして四日が経ち、二人は王都に着いた。
「滞在する館はあちらだ。君はそこを中心に過ごしてほしい」
「はい、分かりました」
「まずは明日二人で謁見して、会食などになると思う。そのあとは私は王都軍の様子をみたりしなければならないから、寂しい思いをさせるかもしれない。用事がある時は、いつも側に護衛をつけているから、その者と一緒に行動すること」
「はい」
王宮の庭園を歩き、シャーロットは貴族たちの視線を感じていた。
着飾ったレディたちはあからさまにギルバートの姿を見て顔を青くし、男性も関わりたくないというような顔をしている。
おまけにヒソヒソと「かわいそう」という言葉が聞こえれば、なぜ自分は哀れまれないとならないのだろう、と不思議になる。
「館は代々……と言っても先代は私の父だったが、元帥が使用しているものだ。蜜月が終われば、君もこちらで過ごすことも多くなるかもしれないな」
「え、ええ……」
ギルバートにも貴族たちの声は聞こえ、あの視線も分かっているだろうに。彼はなんとも思わないのだろうか?
それよりも――。彼は王宮でいつもこのような視線を浴びていた?
そう思ってシャーロットはチラッとギルバートを盗み見し、視線を落とす。
――だとしたら、なんて辛いことなのだろう。
元帥の館は二月宮と呼ばれ、この王国の始まりから軍事のトップが住まう館とされてきた。もとは二月にエルフィンストーン王国の軍制ができたことから、記念に立てられた館をそう呼ぶようになったらしい。
中に入ると贅をこらした造りになっていて、シャーロットは思わず息を呑む。
玄関ホールには大きなシャンデリアがあり、壁の継ぎ目や天井のフレスコ画を囲む枠まで、すべて金だ。
城や屋敷などに使う金部分は、純金を使えば重さで天井が抜けてしまうのでメッキが多い。その理屈は分かっていても、金という富の象徴の色はシャーロットの目をくらませた。
通り抜ける部屋の暖炉の上には、著名な画家の絵画が飾られてある。
絵画ではなく像を主体とした間は、その際にギルバートが「ヴィーナスの間」や「軍神の間」など教えてくれた。なるほど言われた通り、いまにも動き出しそうな精緻な銅像が飾られてある。
「メインに使っているのは、この執務室に隣の寝室。反対側にある私室だ。君には貴賓室を用意してもいいが、目の届く所にいてくれると安心する」
「はい、わたしもギルさまのお側にいたいです。……お仕事の邪魔にならなければ……ですが」
「あぁ、それはない。君の気配にはもうすっかり慣れたから」
案内された執務室から出て、先ほど通り過ぎた応接室にまた戻った。
そこにはメイドが控えていて、熱い湯をポットに向かって高い場所から注いでいるところだった。
「この館づきの侍女のアリスだ。戦災孤児だったのを、父が拾った。……他にも戦災孤児はいたと思うが、どういう心づもりだったのかは分からないが。この館で娘のように育てていたので、私は幼いころこの館にくる度に敵意を向けられていた」
「まぁ、どうしてですか?」
アリス本人がいるというのに、かなりズケズケとした物言いをするギルバートに、シャーロットは内心ヒヤヒヤしていた。
「嫉妬だ。アリスなりに父を実父のように思っていた所もあったのだろう。父から『女もいざという時には戦えないと駄目だ』と育てられていたから、君の護衛にもなってくれるだろう」
「まぁ……。そうなのですね。宜しくお願いします、アリス」
ギルバートの向かいに腰を下ろすと、栗毛にそばかすがチャーミングなアリスは、クシャッと笑ってみせた。
「朴念仁のギルバートさまに、奥さまのような可愛らしい方が現れて、アリスはホッとしております」
主をもって朴念仁というアリスに、シャーロットは思わず笑ってしまった。
「改めましてはじめまして、奥さま。アリスと申します。この二月宮の裏の番人でございます。こう見えて、ギルバートさまの部下の方と渡り合えるほどには戦えます」
「えぇ?」
驚くシャーロットにアリスは頼もしい笑みを浮かべ、手元で香りのいい紅茶をカップに注ぐ。
「まぁ本当だ。父は何を考えたか、アリスに文字や計算を教えた上で戦い方も学ばせた。男と同じ筋力とは言わないが、敵の隙をついて投げ飛ばしたり、武器を与えればそこらの兵士より使える」
「そう……なんですね」
驚いたシャーロットは大きな目をパチパチとさせる。
彼女の世界では、女性というものは着飾ってダンスをし、お菓子をつまんでは手持ち無沙汰にレースを編んだり刺繍をするものだと思っていた。
目の前にいるアリスは特に筋骨隆々という訳でもなく、普通の体型の女性に見える。それが「戦える」と言われても、なかなか想像がつかない。
「ふふ、驚かれるのも仕方ありません。わたしのような者はあまり前例がないでしょうから。ですが、わたしのような伏兵は、その出番がないほうがいいのです」
青い絵付けがされたティーカップが二人の前に置かれ、焼き菓子も美味しそうだ。
「アリス。久しぶりだが、シャルと話をしたいから下がっていてくれ」
「かしこまりました。何かありましたらお声を」
そう言ってアリスは部屋を出て行った。
抱きたいのはやまやまだが、隣の部屋に寝る部下にシャーロットの声を聞かせたくない。それを知るのは自分だけでいいと思っているからだ。
そのようにして四日が経ち、二人は王都に着いた。
「滞在する館はあちらだ。君はそこを中心に過ごしてほしい」
「はい、分かりました」
「まずは明日二人で謁見して、会食などになると思う。そのあとは私は王都軍の様子をみたりしなければならないから、寂しい思いをさせるかもしれない。用事がある時は、いつも側に護衛をつけているから、その者と一緒に行動すること」
「はい」
王宮の庭園を歩き、シャーロットは貴族たちの視線を感じていた。
着飾ったレディたちはあからさまにギルバートの姿を見て顔を青くし、男性も関わりたくないというような顔をしている。
おまけにヒソヒソと「かわいそう」という言葉が聞こえれば、なぜ自分は哀れまれないとならないのだろう、と不思議になる。
「館は代々……と言っても先代は私の父だったが、元帥が使用しているものだ。蜜月が終われば、君もこちらで過ごすことも多くなるかもしれないな」
「え、ええ……」
ギルバートにも貴族たちの声は聞こえ、あの視線も分かっているだろうに。彼はなんとも思わないのだろうか?
それよりも――。彼は王宮でいつもこのような視線を浴びていた?
そう思ってシャーロットはチラッとギルバートを盗み見し、視線を落とす。
――だとしたら、なんて辛いことなのだろう。
元帥の館は二月宮と呼ばれ、この王国の始まりから軍事のトップが住まう館とされてきた。もとは二月にエルフィンストーン王国の軍制ができたことから、記念に立てられた館をそう呼ぶようになったらしい。
中に入ると贅をこらした造りになっていて、シャーロットは思わず息を呑む。
玄関ホールには大きなシャンデリアがあり、壁の継ぎ目や天井のフレスコ画を囲む枠まで、すべて金だ。
城や屋敷などに使う金部分は、純金を使えば重さで天井が抜けてしまうのでメッキが多い。その理屈は分かっていても、金という富の象徴の色はシャーロットの目をくらませた。
通り抜ける部屋の暖炉の上には、著名な画家の絵画が飾られてある。
絵画ではなく像を主体とした間は、その際にギルバートが「ヴィーナスの間」や「軍神の間」など教えてくれた。なるほど言われた通り、いまにも動き出しそうな精緻な銅像が飾られてある。
「メインに使っているのは、この執務室に隣の寝室。反対側にある私室だ。君には貴賓室を用意してもいいが、目の届く所にいてくれると安心する」
「はい、わたしもギルさまのお側にいたいです。……お仕事の邪魔にならなければ……ですが」
「あぁ、それはない。君の気配にはもうすっかり慣れたから」
案内された執務室から出て、先ほど通り過ぎた応接室にまた戻った。
そこにはメイドが控えていて、熱い湯をポットに向かって高い場所から注いでいるところだった。
「この館づきの侍女のアリスだ。戦災孤児だったのを、父が拾った。……他にも戦災孤児はいたと思うが、どういう心づもりだったのかは分からないが。この館で娘のように育てていたので、私は幼いころこの館にくる度に敵意を向けられていた」
「まぁ、どうしてですか?」
アリス本人がいるというのに、かなりズケズケとした物言いをするギルバートに、シャーロットは内心ヒヤヒヤしていた。
「嫉妬だ。アリスなりに父を実父のように思っていた所もあったのだろう。父から『女もいざという時には戦えないと駄目だ』と育てられていたから、君の護衛にもなってくれるだろう」
「まぁ……。そうなのですね。宜しくお願いします、アリス」
ギルバートの向かいに腰を下ろすと、栗毛にそばかすがチャーミングなアリスは、クシャッと笑ってみせた。
「朴念仁のギルバートさまに、奥さまのような可愛らしい方が現れて、アリスはホッとしております」
主をもって朴念仁というアリスに、シャーロットは思わず笑ってしまった。
「改めましてはじめまして、奥さま。アリスと申します。この二月宮の裏の番人でございます。こう見えて、ギルバートさまの部下の方と渡り合えるほどには戦えます」
「えぇ?」
驚くシャーロットにアリスは頼もしい笑みを浮かべ、手元で香りのいい紅茶をカップに注ぐ。
「まぁ本当だ。父は何を考えたか、アリスに文字や計算を教えた上で戦い方も学ばせた。男と同じ筋力とは言わないが、敵の隙をついて投げ飛ばしたり、武器を与えればそこらの兵士より使える」
「そう……なんですね」
驚いたシャーロットは大きな目をパチパチとさせる。
彼女の世界では、女性というものは着飾ってダンスをし、お菓子をつまんでは手持ち無沙汰にレースを編んだり刺繍をするものだと思っていた。
目の前にいるアリスは特に筋骨隆々という訳でもなく、普通の体型の女性に見える。それが「戦える」と言われても、なかなか想像がつかない。
「ふふ、驚かれるのも仕方ありません。わたしのような者はあまり前例がないでしょうから。ですが、わたしのような伏兵は、その出番がないほうがいいのです」
青い絵付けがされたティーカップが二人の前に置かれ、焼き菓子も美味しそうだ。
「アリス。久しぶりだが、シャルと話をしたいから下がっていてくれ」
「かしこまりました。何かありましたらお声を」
そう言ってアリスは部屋を出て行った。
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