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死神元帥の素顔1
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それから二週間ほどが経ち、シャーロットはギルバートが住む城へと赴いた。
結婚前の挨拶をしなければならず、正式にはこれが初めてギルバートと顔を合わせる日だ。
シャーロットはアイボリーのペチコートに百合柄のヴァトー・プリーツを着て、ハーフアップにした髪にも小さな白い花簪を挿していた。
百合柄を選んだのは、「あなた色に染まる」という意味を強めてのことだ。
御者の手を取り踏み台から降りると、目の前には立派な城がそびえ立っていた。
ブラッドワース家は、もともと王族にも匹敵するほどの軍事力を持つ公爵家だ。
ブラッドワース公爵領が独立して公国とならないのも、ひとえに現在の王家への恩があるからだ。
それでなければとっくのとうに独立し、エルフィンストーン王国の脅威となっていたかもしれない。
それほどの権力があるからか、城も見事なものだ。灰色の壁に青い屋根の尖塔たちは、見る者を圧倒する迫力がある。
シャーロットが住んでいるアルバーン伯爵の館は、こぢんまりとしている。
だがそれよりも古い時代に建てられたブラッドワース城は、華麗でいていかめしい印象がある。
「アルバーン伯爵令嬢シャーロットさま。お待ちしておりました」
城を見上げて呆けていたシャーロットは、かけられた言葉にハッとして前方を見る。
すると城の入り口にランドスチュワートをはじめ、使用人たちが勢揃いしていた。
「皆さん、お気遣いありがとうございます」
待たせてしまっていたと思うと、やや申し訳なくなる。
本当は急ぎ足で行きたいところを、シャーロットは令嬢らしく優雅に歩いて行った。
使用人たちが左右に並んでシャーロットを迎える先――、中央にひときわ背の高い男性がいる。
(あ……)
「この人だ」と心の中で感じた瞬間、シャーロットの胸が小さく鳴った。
記憶にある通り、左目に黒い眼帯がある。
少し長めの黒髪は無造作に顔や襟にかかり、秀麗な顔つきをしている。――のだけれど、歓迎の場だというのにニコリとも笑わない表情から「怖そう」という感想が自然に生まれた。
「お招きありがとうございます。アルバーン伯爵家の長女シャーロットと申します。このたびはご縁により、ギルバートさまにご挨拶に参りました。宜しくお願い致します」
令嬢らしく優雅なお辞儀をすると、使用人たちが歓迎するムードで微笑んでくれた。
が、ギルバートは唇を笑わせることなく、踵を返す。
「遠路はるばるご苦労。中に入って話をしよう」
ねぎらいの言葉はある。
けれど実に簡潔な言葉だ。
(お話していくうちにギルバートさまの性格を掴んで……。それに合わせていくしかないんだわ。追い返したりしないでちゃんと対応してくださるところを見ると、礼儀のなっているきちんとした方だもの)
シャーロットは心のなかで自分の指針を決めると、微笑んだ。
「はい、お気遣いありがとうございます」
周囲から愛されて育ったシャーロットの笑顔は、見る者の心を柔らかくすると評判だ。
自分の笑顔が特別という自覚はないが、笑顔は魅力二割増しと母に教え込まれている。
もちろんギルバートはシャーロットの笑顔に、笑顔を返すということはない。
だがすぐに反応が返ってくる相手ではなく、長期戦で仲良くなってゆく相手だと思えば、シャーロットも落胆することはなかった。
**
玄関から中に入ると、屋根が尖塔になっているだけに天井が高い。
フレスコ画が描かれてある天井を見上げていると、ギルバートはどんどん奥へ進んで行ってしまう。
「ここが客間になっている。いまメイドが茶を用意するから、座っていてくれ」
通された広間は、大きな暖炉がある豪勢な作りだった。
壁には暖炉で作られた温かい空気を逃がさないように、色とりどりのタペストリーが掛けられてある。天井からはシャンデリアが下がり、窓はトレーリーによって美しく飾られていた。
途中見た階段の上には見事なステンドグラスもあったし、本当にこの城は美しい。
その主であるギルバートは、黒字に黒の柄が入ったジャケットを着て、他はシャツ、クラバット、トラウザーズはグレーを基調にシンプルだ。
黒い革ブーツはピカピカに磨き上げられ、椅子に座りゆったりと脚を組んだつま先をシャーロットはつい見てしまう。
「あの……お招きありがとうございます」
座ったままもう一度頭を下げると、ギルバートは真正面からしばらくシャーロットを無言で見つめていた。
「……あの……?」
目を瞬かせ少し小首を傾げるシャーロットに、ギルバートは静かに息をつく。
「まさか君のような……失礼。……君のような若い娘が、私の花嫁になるとはな」
その「望んでいない」という雰囲気に、シャーロットはいささか傷ついた。
「ギルバートさまは……、わたしを望んでいらっしゃらないのでしょうか? もし他に想い人がいらっしゃるのなら……」
「いや、そうじゃない。語弊があったな、すまない」
シャーロットの言葉をすぐに打ち消し、ギルバートは謝罪する。
(あら、意外だわ。軍人さんで元帥閣下なのに、謝る……のね)
剣を持ち戦う軍人と言えば、頭が硬くて女性に謝ることなどないのだと勝手に思っていた。
そこにワゴンを押したメイドが現れ、二人に香りのいい紅茶を出す。
「君は自分がこうなった経緯を知っているか?」
「いいえ。わたしはお父さまが望むのなら……、そのご意志に沿おうと思ったまでです」
「ふむ……」
それはそうか、というような顔をしてギルバートは顎に手をやる。
結婚前の挨拶をしなければならず、正式にはこれが初めてギルバートと顔を合わせる日だ。
シャーロットはアイボリーのペチコートに百合柄のヴァトー・プリーツを着て、ハーフアップにした髪にも小さな白い花簪を挿していた。
百合柄を選んだのは、「あなた色に染まる」という意味を強めてのことだ。
御者の手を取り踏み台から降りると、目の前には立派な城がそびえ立っていた。
ブラッドワース家は、もともと王族にも匹敵するほどの軍事力を持つ公爵家だ。
ブラッドワース公爵領が独立して公国とならないのも、ひとえに現在の王家への恩があるからだ。
それでなければとっくのとうに独立し、エルフィンストーン王国の脅威となっていたかもしれない。
それほどの権力があるからか、城も見事なものだ。灰色の壁に青い屋根の尖塔たちは、見る者を圧倒する迫力がある。
シャーロットが住んでいるアルバーン伯爵の館は、こぢんまりとしている。
だがそれよりも古い時代に建てられたブラッドワース城は、華麗でいていかめしい印象がある。
「アルバーン伯爵令嬢シャーロットさま。お待ちしておりました」
城を見上げて呆けていたシャーロットは、かけられた言葉にハッとして前方を見る。
すると城の入り口にランドスチュワートをはじめ、使用人たちが勢揃いしていた。
「皆さん、お気遣いありがとうございます」
待たせてしまっていたと思うと、やや申し訳なくなる。
本当は急ぎ足で行きたいところを、シャーロットは令嬢らしく優雅に歩いて行った。
使用人たちが左右に並んでシャーロットを迎える先――、中央にひときわ背の高い男性がいる。
(あ……)
「この人だ」と心の中で感じた瞬間、シャーロットの胸が小さく鳴った。
記憶にある通り、左目に黒い眼帯がある。
少し長めの黒髪は無造作に顔や襟にかかり、秀麗な顔つきをしている。――のだけれど、歓迎の場だというのにニコリとも笑わない表情から「怖そう」という感想が自然に生まれた。
「お招きありがとうございます。アルバーン伯爵家の長女シャーロットと申します。このたびはご縁により、ギルバートさまにご挨拶に参りました。宜しくお願い致します」
令嬢らしく優雅なお辞儀をすると、使用人たちが歓迎するムードで微笑んでくれた。
が、ギルバートは唇を笑わせることなく、踵を返す。
「遠路はるばるご苦労。中に入って話をしよう」
ねぎらいの言葉はある。
けれど実に簡潔な言葉だ。
(お話していくうちにギルバートさまの性格を掴んで……。それに合わせていくしかないんだわ。追い返したりしないでちゃんと対応してくださるところを見ると、礼儀のなっているきちんとした方だもの)
シャーロットは心のなかで自分の指針を決めると、微笑んだ。
「はい、お気遣いありがとうございます」
周囲から愛されて育ったシャーロットの笑顔は、見る者の心を柔らかくすると評判だ。
自分の笑顔が特別という自覚はないが、笑顔は魅力二割増しと母に教え込まれている。
もちろんギルバートはシャーロットの笑顔に、笑顔を返すということはない。
だがすぐに反応が返ってくる相手ではなく、長期戦で仲良くなってゆく相手だと思えば、シャーロットも落胆することはなかった。
**
玄関から中に入ると、屋根が尖塔になっているだけに天井が高い。
フレスコ画が描かれてある天井を見上げていると、ギルバートはどんどん奥へ進んで行ってしまう。
「ここが客間になっている。いまメイドが茶を用意するから、座っていてくれ」
通された広間は、大きな暖炉がある豪勢な作りだった。
壁には暖炉で作られた温かい空気を逃がさないように、色とりどりのタペストリーが掛けられてある。天井からはシャンデリアが下がり、窓はトレーリーによって美しく飾られていた。
途中見た階段の上には見事なステンドグラスもあったし、本当にこの城は美しい。
その主であるギルバートは、黒字に黒の柄が入ったジャケットを着て、他はシャツ、クラバット、トラウザーズはグレーを基調にシンプルだ。
黒い革ブーツはピカピカに磨き上げられ、椅子に座りゆったりと脚を組んだつま先をシャーロットはつい見てしまう。
「あの……お招きありがとうございます」
座ったままもう一度頭を下げると、ギルバートは真正面からしばらくシャーロットを無言で見つめていた。
「……あの……?」
目を瞬かせ少し小首を傾げるシャーロットに、ギルバートは静かに息をつく。
「まさか君のような……失礼。……君のような若い娘が、私の花嫁になるとはな」
その「望んでいない」という雰囲気に、シャーロットはいささか傷ついた。
「ギルバートさまは……、わたしを望んでいらっしゃらないのでしょうか? もし他に想い人がいらっしゃるのなら……」
「いや、そうじゃない。語弊があったな、すまない」
シャーロットの言葉をすぐに打ち消し、ギルバートは謝罪する。
(あら、意外だわ。軍人さんで元帥閣下なのに、謝る……のね)
剣を持ち戦う軍人と言えば、頭が硬くて女性に謝ることなどないのだと勝手に思っていた。
そこにワゴンを押したメイドが現れ、二人に香りのいい紅茶を出す。
「君は自分がこうなった経緯を知っているか?」
「いいえ。わたしはお父さまが望むのなら……、そのご意志に沿おうと思ったまでです」
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